FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
「罠、なんじゃあないのか」
「ええ、多分そうでしょうね」
「じゃあ……」
「でも、私達に選択権なんて、最初から無いのよ」
「……どういう意味だ」
「全ては、あの『門』のせい。敵に回ると、あれほど厄介だとは思わなかったわ」
「……なるほど、つまり、空間転移を使った不意打ちか」
「そういうこと。いくらセイバーが最高ランクの対魔力の持ち主でも、私達はキャスターの、ほんのお遊びみたいな魔力で蒸発してしまう。『門』から魔術だけを飛ばして攻撃されれば、対応の仕様が無いわ」
「じゃあ、先制攻撃をすればいいんじゃあないのか?」
「それも、ランサーがあっちに味方した時点で効力が薄いわね。電撃的な殲滅は不可能だろうし、一回逃がせば、今度はどんな戦術を組み立ててくるか、分かったもんじゃあない。私だって、キャスターの魔術の全てを把握してるわけじゃあないんだから」
「……行くしかない、そういうことだな」
「行くしかない、そういうことよ」
episode63 アベルカイン2 大混戦
いつからか、雨はあがっていた。
それでも、風は依然と逆巻くように吹き荒れている。
ごうごうと、唸り狂う嵐の海のように。
雲が、驚くほど速く流れていく。
その隙間を縫って、時折月が夜を照らす。
丸い、月。
ほとんど満月だ。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
校門。
人の気配の絶えて久しい、鉄の門扉。
そこに、貝紫のローブが、立っていた。
その声に、一切の感情は、無い。
そして、彼女の後ろに控える人影。
ほんの少しだけ不本意そうに、愛槍を担いだ蒼い騎士。
その赤い瞳が、気の無い素振りでこちらを射抜く。
それでも、その立ち振る舞いに一切の隙は、無い。
まるで、野生の虎。
鉛玉を打ち出す、小賢しい人の小道具程度では、到底敵し得ない、実在感。
その、更に後ろ。
ゆらゆらと揺らめく、黒い影。
まるで、水面に漂う、海月。
ふわふわと、ゆらゆらと、儚く、不吉。
陰を纏った、女性の影。
『ようこそ、姉さん、貴方の死に場所に』
「ホストなんだから、もう少し寒気のする台詞でも考えておきなさいよ」
『貴方には、この程度で十分でしょう?』
「ええ、そうね。きっと、貴方の悲鳴は、もっと優雅よね」
凜は、何の気負いも無く最初の一歩を踏み出した。
身を包むのは、赤い外套。
これでもかというくらい、魔術礼装を詰め込んだ、凜の戦装束。
戦場を駆ける、女武者。
血煙に舞う、巴御前。
そんな、陳腐な感想。
「ここまでお膳立てしたんだもの、私の相手は貴方が努めてくれるんでしょう?」
『ええ、不本意ながら、喜んで』
二騎のサーヴァントは、十戒のように道を開けた。
そこを、王様のように通り過ぎていく凜。
背筋を真っ直ぐに、誇り高く。
左肩を、だらんと下げたまま。
一度だけ、振り返った。
「あの馬鹿を、いっぺんぶちのめしてから連れて帰ってくるから」
「……待ってるぞ」
「そんなに、不安そうな顔しないでよ。ちょっと行ってくるだけなんだから」
「……ちょっと、だぞ」
凛は、にこりと微笑った。
そして、駆け出した。
ゆっくりと、その背中が暗やみに塗れていく。
それを、阿呆みたいに見送った。
「……ったく、なっちゃあいねえな、坊主」
やがて、彼女の足音も聞こえなくなったとき、蒼い獣がそう言った。
かつん、と蹴り飛ばした小石が、茂みの中に消えていく。
「なんで、あの女を見送った?ありゃあ、お前のオンナじゃあねえのかよ」
「ああ、俺のオンナだ。だから、信頼してる。あいつは、こんなところじゃあ死なない」
がりがりと、頭を掻く。
青い頭髪。
それが、荒ぶる海のように、ざわめく。
彼は、目を閉じる。
心底、苛立たしげに。
「一応言っとくがな、ここは敵地だ。そこんとこ、分かってんのか?」
敵地?
確かに、ここは桜の指定した戦場だ。
多少の罠も、あるだろう。それでも、それくらいは覚悟の上だ。それを噛み破るつもりで、彼女は駆けて行ったのだ。
ならば、どこに不安の要素があるか。
そう、不安なんて、無い。
そのはずなのに。
「……しまった……、これほどか、キャスター!」
後悔に滲んだ、セイバーの声。
それに答える、冷ややかなキャスターの笑み。
「どうした、セイバー?」
「シロウ、この空間の解析を!」
解析?
ゆっくりと精神を集中する。
そして、呪文を紡ぐ。
「解析、開始」
頭の中に描かれていく設計図。
立体の辺が、線となって。
絡み合うように、三次元を作り上げていく。
そして、魔力の流れ。
まるで、一方通行のような、綺麗な指向性。その中心には、おそらく一人の女性。
これは……。
「まさか……神殿……?」
そう、この感覚は、遠坂の家のそれに等しい。
空間を満たすマナ、それがキャスターの下僕となり。
その物理法則すらも、彼女の意のままに、捻じ曲げられる。
ここでは、彼女こそが、神。
それ以外は、供物を捧げる信徒に過ぎない。
ふふ、と、妖艶な笑みが漏れ聞こえる。
勝利を確信した、笑い声。
まさか、敵の立場でそれを聞くことになるとは、夢にも思わなかったが。
「私が、この戦争が始まってから今まで、ただ惰眠を貪っていたと思って?これでも、魔術師。企て、暗躍してこそ魔術師の本懐、そうでしょう、坊や?」
つまり、ここに罠が仕掛けられているのではない。
この空間、それ自体こそが罠。
敵の、胃袋。
そこに、凜は飛び込んだ、そういうことか!
「凜!」
校門に、飛び込む。
すると、思わず眩暈をおこすほどの圧迫感が。
まるで、酔っ払いのように揺れる地面。
思わず、手を突く。
「貴方は、そこで蹲っていなさい」
「おのれ、キャスター!」
「おおっとぉ、てめえの相手は俺だなぁ、セイバぁぁぁ!」
獣の、咆哮。
そして、剣戟音。
戦いが、始まった。
なのに、俺は。
「凜……」
頼む、どうか、無事で……。
◇
真っ暗い校舎、そこを歩く。
ブーツの踵が、こつりこつりと、硬質な音を奏でる。
思ったより、気持ちいい。
もし、昼間この格好で歩いたら、皆はどう思うだろうか。
綾子は、目を丸くするだろう。
蒔寺は、大騒ぎをするだろう。
葛木は、いつもの声で注意するのだろうか。
そんな、妄想。
其れを供に、歩く。
時折、月が顔を出す。
泳ぐ雲の合間から、まるで溺れるように。
その、はっきりとした光が作る、影。
この状況は、桜に相応しすぎる。
虚数属性。
不確定の数理をもって敵を葬る、ある意味何よりも魔術師らしい、魔術。
そういえば、最近は桜の相手をしたことが無かった。
今、どれほどの実力を貯えているのか。
そして、キャスター。
彼女に師事したのであれば、この短期間で驚くほどに成長しているはず。
優れた師というものは、それほどに貴重なものだ。
私も、教えてもらえばよかったか。
渡り廊下を超え、第二校舎へ。
左手が、疼く。
きっと、この手とも今日でお別れ。
名残惜しくないはずが、無い。
魔術刻印も、再移植しなければならないか。
それでも、よく働いてくれたものだと思う。
右手で、愛おしく、撫で摩る。
やはり、何の感触も無い。
それでも、なお愛おしかった。
階段を、昇る。
桜がいる場所は、分かっている。
彼女が初めて私を蔑んだ、場所。
そこに、いるはずだ。
きっと、あの日、もっとも多くの血が流れた場所。
あの日の、不祥の弟子。
今の、私の恋人。
士郎が、蹲り、涙を流していた、場所。
『賢くなったけど、魅力的じゃなくなったわね。さっきまでの貴方の方が女にもてたわ、きっと』
『姉さん、ひどい……』
そんな、会話とも呼べない会話が交わされた、場所。
きっと、そこに桜が。
「いたわね、やっぱり」
士郎がもたれかかっていた、柱。
そこに蹲るように、桜が、いた。
指で、廊下をなぞっている。
まるで、校庭の砂で絵を描く、小学生のように。
「あのとき、先輩は泣いてたんですよー」
妙に間延びした声。
こちらに、視線すら寄越さない。
「なのに、なんで姉さんは、先輩を労ってあげなかったんですかー?」
いじいじと、いじけた様に指で廊下をなぞる。
膝を抱え、小さく丸まったような体勢で。
背中。
丸まった、背中。
地面を這いずる蟻を眺めるかのような、小さく丸まった、背中。
「……あいつが、それを望まないから、よ」
「あは」
ゆっくりと、立ち上がる、桜。
陽炎めいた、魔力の渦。
見に纏うは、漆黒の外套。
私のものの、色違い。
彼女が、ねだったのだ。
珍しく、それだけは姉さんとお揃いがいい、と。
それを、纏っている。
視線は、虚ろ。
足元の廊下を、ぼんやりと見つめる。
しかし、感じられるのは、確固とした殺意。
「姉さん、私はね、先輩の隣にいられなくてもいいんです。だから、先輩と貴方が口付けたとき、特に嫉妬は感じませんでした」
引き攣るような、笑み。
回転数を増していく、魔術回路。
馬鹿みたいに強靭なそれは、私の強度を遥かに凌いでいる。
「藤村先生でも、イリヤさんでも、美綴先輩でも、誰でも構わない。誰が先輩の隣にいても、良かった。私は、それを祝福できた」
ゆらり、と、視線があがる。
今日、初めて交わる視線。
一切の熱を感じない、死者のそれ。
これが、私の妹か。
これほどか。
「でも、貴方だけは、駄目。貴方だけは、許さない。例え私が先輩の傍にいられなくなっても、貴方だけは排除します」
じわりと、冷や汗が背筋を濡らす。
思わず失禁しそうなほどの、威圧感。
圧倒的。
圧倒的な、力の差。
それ、だけだ。
だからどうした。
私は、こいつに殺されてやるわけには、いかない。
だって、私を殺したら、この子は笑えなくなる。
一生、この視線のまま、過ごさなければいけなくなる。
それは、本物の死人ではないか。
生ける屍ではないか。
違う。
そんなものを、助けたかったんじゃあない。
そんなものを、愛したんじゃあない。
桜に、こんな表情は似合わない。
彼女は、もっと、そう、まるでお日様のように笑えるんだから。
誰よりも、私がそのことを知っているんだから。
「一応、私の戦略的課題を教えてあげましょうか、桜」
震えそうになる膝を、叱咤する。
きっと、あの日の士郎は、もっと大きな絶望と戦っていた。
ならば、ここで膝を折れば、笑われるのは私だ。
そんなの、遠坂のプライドが許さない
「……一応、聞いておきましょう」
「あんたをぶちのめして、ぐしゃぐしゃに泣かせて、『ごめんなさい、姉さん』、そう言わせることよ」
一瞬の、空隙。
そして、くすくすと笑い声。
もう、こんなときくらい、腹を抱えて笑いなさいよね。
笑うところよ、ここ。
「ああ、もう、本当に可愛らしい……。じゃあ、私の課題は、『もう殺して、桜』、貴方にそう懇願させること、に決めました」
なるほど、つまり、一息には殺さない、そういうことね。
なぁんだ、つまらない。
そんなの、勝ったも同然じゃない。
ゆっくりと、右手の人差し指を、彼女に向ける。
「ま、性質の悪い風邪を引くくらいだから。せいぜい手厚く看病してあげるわ」
「嘘吐き……」
「正解!」
一瞬、歯を食いしばる。
腹に力を入れる。
火薬じみた発射音。
ガンド。
質量を兼ね備えた、呪い。
私の自慢。
放つ。
連射。
黒い球体が。
桜を。
でも、知っている。
こいつは。
この程度では。
「ああ、本当に、可愛らしい……」
着弾。
その、寸前。
黒い、檻が。
彼女を、守るように。
吸い込まれ、消えていく、球体。
音も無く、影の中に。
桜の、魔術。
私のより、強力。
でも、無詠唱。
シングル、アクション。
馬鹿な。
魔術刻印を持たない彼女。
絶対に、無理。
なら。
なんで。
「あは、まだ理解していないんですか、姉さん。ここは、既にキャスターの陣地、神殿です。彼女が神ならば、彼女を従える私も、また神なのですよ」
ああ、そういうことか。
さっきから感じる、馬鹿みたいな威圧感。
そして、肩に圧し掛かるような、重圧。
桜の性能は、いつも以上。
私のエンジンは、ガス欠寸前。
「そんな反則して、嬉しい?」
冷や汗が、頬をなぞって落ちていく。
「最高の賞賛です、姉さん」
にんまりとした笑み。
マナが、彼女に集まっていく。
私の回りだけ、マナが薄い。
つまり――。
「貴方は、オドだけで戦ってください。私は、貴方の分もマナを使うことが出来る」
ここまで。
私は、魔力を制限された、手負い。
彼女は、強力な魔術を、詠唱不要で連発可能。
……多少の小細工ならば、噛み破る自信は、あった。
それでも、ここまで徹底するか、普通。
「ああ、その青褪めた表情、素敵です、姉さん……」
ゆっくりと腕を掲げる彼女。
そして、何の躊躇いも無く、振り下ろす。
飛び来る、影の刃。
圧倒的な質感。
そして、速度。
横っ飛びに、それをかわす。
背後で、コンクリートの爆ぜる音が。
そして、一瞬遅れて爆風。
ふざけた、威力。
あの夜、私のガンドでは傷一つ付かなかった蟲を吹き飛ばした、魔術。
そんなもの、まともに喰らえば、一撃でお陀仏だ。
「さあ、昔みたいに遊びましょう、姉さん……」
彼女は、再び腕を振り上げた。
その動作に、一切の慈悲は無い。
徹底的。
どこまでも、執拗。
そして容赦が無い。
完璧主義者。
ああ、完全に、私の妹だ。
一片の濁りも無く、私の妹だ。
私は、嬉しくなってしまった。
◇
二度目だ。
これが、二度目だ。
真剣勝負。
真に殺すつもりで、斬り合った。
そこに、一切の手加減は無く。
そんな相手と、再び刃を交える。
それが、如何程得難いことか。
「そうだろう、セイバー!」
目の前の、強敵。
おそらく、生涯で会えなかった、つわもの。
姿形は、可憐な少女。
しかし、猛獣よりも厄介だ。
笑える。
思わず、笑みが浮かぶ。
それほど。
それほどに。
なんと、疾い。
なんと、重たい。
なんと、頑丈で。
なんと、粘り強く。
なんと、力強く。
只管に、強い。
只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、只管に、強い。
強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。
強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。
強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。
強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!
「ははははっはははははっはは!」
これだ!。
これが、欲しかった!
あの糞ヤロウに課せられた、令呪の頸木。
それさえなければ、楽に勝てると。
そう、考えていた自分に、腹が立つ!
侮辱だ。
そんな感情、こいつに対する侮辱だ!
この一瞬。
この一瞬だけは、あのヤロウに感謝してやってもいい。
最高だ。
よくぞ、俺をこの戦場に送り出した。
これだ。
これでないといけない。
目の前の、剣士。
本気で繰り出す俺の突きを、かわす。いなす。叩き伏せる。
しかも、無表情。
いいぞ。
そうじゃなくちゃあいけない。
その無表情がいい。
たまらない。
この程度でおたついたら興醒めだ。
もっとだ。
今は、これが俺の本気だ。
だが、まだまだ速くなるぞ。
もっと、もっと。
お前が強くあればあるほど、だ。
もっと、もっと、もっと!
だから、お前は最高だ。
ほら、その視えない剣。
もう、その間合いも掴めてきた。
まだ、何かあるんだろう?
ひょっとしたら、その剣の間合いが変化したりするのかい?
いや、違うな。
そんな小細工じゃあない。
それこそ、興醒めも甚だしい。
もっと、とんでもないもの。
俺の中にいる、何か危険なもの。
それが、思わず尻尾を巻いちまうような、とんでもないもの。
それを、隠し持ってやがるんだろう?
いいって。
もう、隠さなくて、いい。
知ってるから。
お前さんが強いってことを、誰よりも知ってるから。
恥じるな。
強さを、恥じるな。
それは、素晴らしいことだ。
見せてみろよ、セイバー。
隠してるものを。
隠してる、全てを。
俺に、見せてみろ。
そうしないと、面白くない。
今は面白くても、じきに面白くなくなる。
そんなの、勿体無いだろう?
こんなに、楽しいんだ。
どうして、そんなつまらない真似ができるか。
そんな真似を、してみろ。
してみやがれ。
俺は、絶対に許さない。
貴様を、未来永劫に呪ってやる。
だから、来いよ、セイバー。
その剣で、俺を切り伏せに来い。
それだけで、いい。
それ以外は、不要だ。
いいか、教えてやる。
それ以外は、何もかもが、不要なんだ。
その目を曇らす焦りも。
その胸を焦がす愛情も。
その足を鈍らす友愛も。
全て。
全てが、不要だ。
相手を叩き伏せる欲望。
それすらも、不純物。
いいか、それを教えてやる。
一番大事なのは、もっと違うものだ。
もっと、奥の奥の奥の奥にあるもの。
胸の奥の精神の奥の魂の奥の起源の奥の根源の奥のそのまた奥にあるもの。
言葉には、出来ない。
ひょっとしたら、教えてやることも出来ないのかもしれない。
教えてやる、そう言っといて無責任な話だがな。
多分、そう言うものだ。
表現が、許されない。
学ぶことすら、できない。
感じることも、不可能。
ただ、その身を任せるもの。
それが、お前となら、楽しめる。
さあ、まだまだこれからだ、セイバー。
楽しいなあ、おい。
愉快だ。
身を捩るほどに、楽しい。
お前のおかげだぞ、セイバー。
ああ、なんていい女なんだ。
抱きたい。
めちゃくちゃにしたい。
俺の前で股を開かせて、入れてくださいって、懇願させてみたい。
ほら、俺の男が、こんなにもいきり勃ってる。
それでも、お前を抱くよりも、お前と斬り合っていたい。
わかるかい、セイバー。
男が女を欲するよりも、それよりもお前と斬り合いたいんだ。
それが、どれ程に得難く、幸福なことか、女のお前にわかるかい、セイバー。
凄まじい、衝撃。
槍が、へし曲がるんじゃあないか、そういう一撃。
いいぞ。
いいぞ、セイバー
凄いぞ、セイバー。
あの男も、強かった。
あの女も、凄かった。
強い奴なんて、それこそ星の数ほどいる。
それでも、その星同士が出会うことの貴重さ。
それを、俺は知ってるんだ。
宝石だ。
今、俺達は宝石の中で泳いでいる。
虹の中を、手を繋いで散歩している。
さあ、もっと続けよう。
永遠に続けよう。
誰が笑っても構わないだろう。
だって、こんなにも楽しいんだ。
さあ、もっとだ、セイバー。
もっと、俺を苦しめてくれ。
そうすれば、どんどん甘くなる。
甘く、芳醇で、たわわに実る。
何が。
勝利の、果実が、だ。
それを、ぞぶりと喰らってやる。
喰らうのは、俺だ、セイバー。
じゃないと、楽しくないからな。
負け戦も楽しいが、やはり戦いは勝って何ぼだろう?
だから、勝つのは俺だ、セイバー。
その輝く瞳を、瑞々しい肢体を、烟るような金髪を、失意の色で染めてやる。
きっと、その瞬間、俺は射精しているだろう。
そんな、予感。
だから、勝つのは、俺だ。
俺が、勝つ。
◇
「……な、なにが、のぞみだ……キャスター……」
目の前でうつ伏せに倒れた少年。
彼が、必死に横隔膜を動かして、それでも質問する
。
「さくらは、どうして、りんを、うらぎった……?」
その、質問。
きっと、彼の立場ならば、当然問わざるを得ない、質問。
どうして。
どうして、それが、こんなにも。
こんなにも、私を精神を、苛立たせるのか。
「……貴方が、それを問うの……!?」
気がつけば、彼の脇腹を思いっきり蹴り飛ばしていた。
「ぐええぇっ!」
蹴る。
「がはっ!」
蹴る。
「ぎいッ!」
蹴る。
「ぐふっ!」
蹴る。
「がっ……」
蹴る。
「……!」
蹴る。
蹴る。
蹴る。
ぴくぴくと、痙攣するように身を捩る、目の前の物体。
いかに非力とはいえ、この身はサーヴァント。それが、なんの手加減も無く、爪先で蹴り飛ばしたのだ。肝臓辺りが破裂したかもしれない。
「……安心しなさい、貴方を殺すことだけはしないわ。それは、あの子の意志に反するから」
燃えるような、赤毛。
それを引っ掴んで、引きずり起こす。
耳に唇を近付け、囁くように。
「でもね、あまり私を苛立たせないでね。死ぬより苦しいことなんて、この世に腐るほどあるんだから」
「あ……う……」
虚ろな視線。
鼻と口からは、血が垂れている。
どろりと、濃厚な血液が。
それでも。
それでも、この男は、諦めない。
それを、痛いほど、知っている。
「りん……り……ん……いま……いく……ぞ……」
思わず、目を背ける。
こんなもの、正視に堪えない。
その、瞬間。
夜気を引き裂いて、とんでもない重量のものが、飛んでくる!
「ちい!」
彼を放して、飛びずさる。
ちょうど、目の前。
さっきまで、私の顔があった、その空間。
そこを、禍々しい凶器が、擦過していった。
「なにもの!」
振り返る。
そこには、三つの人影。
白い、二人の従者。
それを従える、銀色の子供。
月を背負ったその姿。
神秘で築かれたこの身にすら、あまりに神々しい。
「本当は、遠坂の姉妹喧嘩なんかに口を突っ込むつもりはなかったんだけどね」
幼い、声。
聞き覚えが、ある。
「ほら、私、そこに倒れてるお馬鹿さんの、姉だから」
ゆっくりと、近付いてくる。
「こういうとき、日本じゃあ、なんていうのかしらね、セラ」
「義により助太刀に参り候、厚かましくもそういう小話がありました」
「そう、それが相応しいかしら」
静かに、静かに、歩いてくる。
絶対の力の差、それをまるで恐れずに。
その力は、恐ろしくない。
その魔力は、恐ろしくない。
ただ、その意志が。
この闇に塗れた体には、恐ろしかった。
「イリヤスフィール=フォン=アインツベルン、そこに伏す衛宮士郎の、格別の義により助太刀に参り候」