FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode67 人造両儀2 出現

 ふらふら、とした足取りで。

 ふわふわ、とした視線を彷徨わせ。

 ゆらゆら、と風に遊ばれる。

 ぼさぼさ、の髪を押さえつけ。

 しんしん、と沈む夜に。

 きらきら、と輝く星空のもと。

 くるくる、と回る喜劇を鑑賞する。

 はらから同士が、じゃれあって。

 なあなあで、目出度し目出度し。

 あらあら、なんてつまらない。

 いらいらが、押さえられません。

 さあさあ、私の出番です。

 しらじらしい、予定調和など。

 そろそろ、終わりにいたしましょうか。

 

episode67 人造両儀2 出現

 

 最初からいけ好かない女だった。

 美人なのは認めるさ。確かに良い女だ。

 だが、人を舐めきったようなあの態度は気に食わない。

 女はおしとやかに、とは言わない。むしろ、武芸に通じた女は大好きだ。

 それでも、あの態度は気に食わなかった。

 だから、戦場で油断したあの女を哀れむつもりなんて、さらさらない。

 戦場では間抜けな奴から死んでいく、それは古今東西に通用する数少ない真理だ。

 そもそもあの女が同情されて喜ぶとは思えない。

 だが、騙まし討ちとか不意打ちの類は気に食わない。やられる奴が阿呆。そのことくらいわかっているが、これは完全に好みの問題だ。

 まぁ、仇くらいは討ってやるか。あの臆病者の糞マスターも、それくらいの休暇は認めてくれるだろう。

 槍の柄で肩を叩きつつそんなことを考えていたら、いつの間にか俺の胸に短刀が突き刺さっていた。

 あれ?

 いつの間に間合いに入られたのか。

 感じたのは羞恥と怒り。

 怒りは憤怒へと昇華し、砕くような視線で周囲を睨む。

 そして、女と目が合った。

 縋りつく自分のマスターを、まるで我が子のようにあやしながら、彼女は真剣に俺を見た。

 ああ、こいつか。こいつがやったのか。

 不思議なくらい、すんなり納得できた。怒りは、いつの間にか消えていた。

 彼女の口が動く。

 声を発することは既にできないのだろう、吐息すら空気を震わせることはなかった。

 それでも、彼女の言葉ははっきりと聞き取ることができた。

 

 お願い、と。

 

 この国の、この時代の言葉で、彼女はそう言った。

 何を、そう問うほど俺は間抜けじゃない。

 自分の身を縛る契約が、いつの間にか消え失せていることくらい気付いている。

 きっと、これが短剣の効力なのだろう。

 だから、彼女が何を望んでいるのか、それくらいはわかるつもりだ。

 さて、どうするか。

 いけ好かない奴とはいえ、あんなのでもマスターはマスター、それとの繋がりを絶たれた以上長く現世に留まることは叶うまい。当然、これ以上の楽しみを得ることもできない。ならば、新しい寄り代が必要になる。

 しかし、面倒なのは御免だ。そもそも俺は腹いっぱい戦いたくて召還に応じたんだ。なのに色々あって、結局は使いっぱしりの犬みたいなのが今の俺の状況。いい加減疲れた、そんな気がするのも事実。

 目を瞑る。大して意味はない。

 ふ、と思った。

 あの女、どこかで会ったことがなかったか。

 いったん気になると、他の事が考えられない。

 さて、何時だったか。

 短い記憶か、永い記録か。

 ……、そうか。

 似ているんだ。

 勝気なところが、人を舐めたような態度が、優しい瞳が。

 ああ、あの女に、そっくりだ。

 きっと、今もどこかで半分生きて、半分死んでいるあの女。

 なんて名前だったか。

 思い出せないのか、思い出すことさえ許されないのか。

 さっきまで同じ振り幅で揺れていた天秤の片方に、僅かな錘が加わったことを、俺は悟った。

 

 

「よう、景気はどうだい?」

 良くはなし、されど苦しからずね。

「景気の悪い返事だな」

 まるで今のあなたみたい。

「なるほど、違いない」

 ねえ、私の願いは聞いてくれるのかしら。

「年上の女の言うことに従う、そんなゲッシュを誓った憶えはねえな」

 あら、ひどい男。こんな美人が頼んでいるのよ。

「自分で言うな、萎えるだろ」

 なら、さっきまでは勃ってたのかしら?

「慎み深い女が好きだ」

 慎み深い女なんて、男の道具にすぎないじゃない。

「お前のようにか」

 私のようによ。

「哀れな女だな」

 なら救って頂戴。

「お前にその資格はあるのか」

 私は詩人よ。

「お前は魔女だろう」

 これでも元王女、詩の嗜みくらいはあるわ。

「それでも詩人との間には隔たりがある」

 そんなもの、些細な違い。

「お前が言うならそうなのかもな」

 畢竟意思の問題ね。

「ならば、ゲッシュで俺を縛るか」

 私は服従するのもされるのもあまり好きではないの。

「お優しいことだな」

 色々なものを受け入れたから。

「ならば、何を持って俺を動かす」

 誠意をもって。

「安いな」

 私は動かされた。

「そうか、じゃあ俺も従おうか」

 ありがとう。

「あの嬢ちゃんはかわいいしな」

 手を出したら殺すわよ。

「安心して逝け」

 ええ、あなたは主を裏切らないもの。

「これが二度目の主替えだ」

 そんなこと、些細なこと。

 桜をよろしく、クランの猛犬。

 

 

 彼女を抱き締めていた腕が、不意に交差する。

 抱えていた重量が無くなる。

 視界一杯に広がる光の奔流。

 その一粒一粒が、彼女を構成していた魔力の塊。

 自分の腕から零れていった存在が信じられなくて、悲しくて、ただただ、泣き叫ぶ。

 

「ああああああああああああああああ!」

 

 誰でもいい、この叫びを止めて。この痛みを、消して。

 苦しい、寒い。痙攣する。

 酷い、憂鬱だ。分裂する。

 嫌だ、嫌だ。煩わしい。

 

 市ね詩ね視ね師ね紙ね氏ね士ね志ね誌ね史ね詞ね資ね刺ね。

 

 私なんて、死んでしまえ。

 

「泣き叫ぶのは勝手だがよう、ここは一応戦場だぜ」

 

 ぐいっと、髪の毛を引っ張られる。

 目の前にある物体が認識できない。

 目があって。

 鼻があって。

 口があって。

 ぎらついた、牙があって。

 それでも、これは何だろう。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 声が止まらない。

 泣き叫べば楽になるなんて嘘っぱちだ。

 声を上げれば上げるほど、重い何かが溜まっていく。

 この重量は、人を殺せる刃だ。

 死に至る病、それは何のことだったか。

 

「ああ、うるせえな」

 

 頬に受けた衝撃で、頭の中に花火が上がる。

 聞こえた音は、パチンではない。

 ごつっ、とか、がんっ、とか、そういう音。

 弾き飛ばされて、地面に横たわる。

 冷え冷えとしたそれは、彼女が横たわった最後のベッド。

 その事実が悲しくて、また涙が溢れてくる。

 

「女を殴るのは趣味じゃない。できればもう殴られてくれるな」

 

 呆れたような、疲れたような声。

 私はその方向を見る。

 そこにあったのは、赤い槍を携えた青い男。

 そういえば、この男は以前キャスターと戦っていた。

 そうか、お前が。

 

「お前が、お前が殺したのかああぁぁ!」

 

 迸る絶叫。

 私の魔力は、周囲を焦がしている。

 しかし、目の前の男は露ほども動じない。

 

「いいね、元気な女は大好きだ」

 

 殺す。殺してやる。

 内に向いていた殺意が、外に向かって奔流する。

 自殺と殺人の違いは何か。

 そんなの、些細な問題だ。

 全てを終わらせようという意志。

 そこには微塵の違いもありはしない。

 

「Es flustert――Mein Nagel reist Hauser ab!」

 

 砂塵を巻き上げる影の刃。

 しかし、それは彼に届かない。

 

「Satz――Mein Blut widersteht Invasionen!」

 

 鉄を穿つ魔力の塊。

 それも、彼には微風と変わらない。

 

「Es befiehlt――Mein Atem schliest a!」

 

 闇でできた牢獄。

 そんなもので、彼を縛ることなど出来るはずもない。

 

「まだまだ!」

 

 喉の奥からせり上がってきた血の塊を飲み下す。

 限界を超えた魔術行使と、メーターを振り切らんとする魔術回路の回転数が、私の体を壊していく。

 それがどうした。

 壊れてしまえ。

 こんなに想い身体、わたしは要らない。

 

「あーっと、繰り返しになるけどよ」

 

 不意に掻き消えた彼。

 その瞬間、脇腹が爆ぜた。

 ふわりと宙を舞う身体。

 ごつんと土と喧嘩する骨。

 ざりざりと地面に鑢掛けられる皮膚。

 きっと、今の私はズタボロだ。

 

「女を殴るのは趣味じゃない。できればもう殴られてくれるな。ついでに言うと、もちろん蹴るのもだ」

 

 そんな声、耳に入らない。

 

「ぐううううううううぅぅ……」

 

 無様な声が漏れる。

 だんご虫みたいに丸まって、反吐を吐く。

 大量の血の混じったそれは、この世の終わりみたいな色をしていた。

 咳き込み、ふらつき、それでも立ち上がる。

 

「分かってるんだろう、あんたが殺したんじゃないことくらい」

 

 そんなこと、百も承知だ。

 

「あんたが全てを背負い込むのは、あいつに対する冒涜だぜ」

 

 分かっている、最後に彼女が何を望んだのかを。

 

「あれはあれで満足してたんだ。あいつを許してやれ」

 

 なぜ、彼女が己の宝具を彼に刺したのかを。

 

「まあ、どうでもいいか。俺を殺りたきゃ殺ればいい」

 

 なぜ、彼が私を嬉しそうに見つめるのかを。

 

「ほら、対魔力なら消してやったぜ。さあ、どうするんだい?」

 

 さあ、これで最後。

 これが、最後の呪文。

 射殺すように睨む。

 死ね。

 死ね、よわいわたし。

 

「告げる!」

 

 

 無人の校庭に、声が響いた。

 悲痛な声だ。

 聞く者の心をひきしぼり、ねじ切るような声だ。

 その声は、前に進む者の声だ。

 それは、安寧と腐臭に満ちた停滞ではなく、苦痛と覚悟に満ちた前進を決意した者の声だ。

 一体如何ほどの苦痛がその声に込められているのか。

 未知の領域に足を踏み入れることに比べれば、その場に立ち止まり耳を塞ぐ、その誘惑のなんと甘美なことか。

 そもそも、己の殻に閉じ籠り、優しい思い出だけを愛でていれば、人はそれだけで幸せなのだ。自分を哀れみ、まどろみの中で一生を過ごすことができれば、人はなんと幸福に死ぬことができるだろう。

 しかし、彼女はそれを拒否した。

 彼女は優しい悪夢を振り払い、苦しい、存在するだけで苦しい現実を受け入れたのだ。

 その選択が正しいのかどうか、余人に結論を下すことはできない。いや、許されない。ただ彼女だけが、自らの生涯の最後の一瞬に、その判断を下すことが許される。

 それでも、彼女は後悔しないだろう。例え、自分が自分の判断を否定する瞬間があったとしてもきっと彼女は後悔しない。

 そして、彼女は呪文を紡いだ。

 己を信ずる、そして彼女を裏切る、呪文を。

 

「告げる!汝の身は我が影に、我が命運は汝の穂先に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、私に従え!ならばこの命運、汝が槍に預けよう!」 

 

 にやり、と破顔した槍兵は、少年のような輝く瞳でこう答えた。

 

「ランサーの名に懸け誓いを受ける。お前を我が主として認めよう、桜」

 

 

 自分でも所以の知れない涙が溢れる。

 これが最後の力だったのだろう、意識が遠くなる。

 ごめんなさい、キャスター。

 ごめんなさい。

 私はまだ死ねないの。

 だって、先輩を助けるって、誓ったから。

 だから、いつの日か、あなたと出会ったとき。

 私を裏切り者と罵って。

 でも。

 でも、もし許してくれるなら。

 もう一度、あなたの隣で眠らせてください。

 さようなら、もう一人のお姉さん。

 ありがとう、たった一人のお母さん。

 

 

 痴呆のように、その光景を見ていた。

 消えていくキャスターと、泣き叫ぶ桜。

 あまりにも痛々しいその声は、声でありながら俺の心を千々に引き裂いた。

 だからだろうか、俺は桜の傍にいけなかった。

 凛やセイバーと同じく、ただただその光景を見つめていた。

 

「告げる!汝の身は私の影に、我が命運は汝の穂先に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、私に従え!ならばこの命運、汝が槍に預けよう!」 

「ランサーの名に懸け誓いを受ける。お前を我が主として認めよう、桜」

 

 ランサーに殴られ、蹴られ、ぼろぼろになった桜。

 キャスターが死んだ今、ここは神殿たる役目を終えている。

 ならば、あれは明らかな過負荷だ。

 俺が見てもわかるほどの過剰な魔術行使で、その内側もずたずただろう。

 新たな契約を結ぶことで、最後の魔力も使い切ったのか、彼女は糸の切れた人形みたいに意識を失った。

 それを受け止めたのは槍の騎士。

 野生の獣のような瞳は、調伏の不可能と、絆の絶対を思わせる。

 

「と、いう訳だ。今後ともよろしくな、坊主」

 

 噛み付くような笑みを浮かべた光の御子がそう言った。

 これでサーヴァントは残り三人。

 そして、今からそれは二人になるだろう。

 剣の英霊と、槍の英霊。

 この二人の怒りを受けて、暗殺者如きが生き残れるはずもない。

 

「さて、最終戦の前に、寝所に入った藪蚊を退治するとしましょうか」

 

 こきこき、と肩を鳴らしながらランサーが言う。

 無言で剣を構えるセイバー。

 突き刺さるような二人の殺気を受けて、しかし暗殺者はゆるりと立っていた

「やっちゃって、セイバー、ランサー。これで残るサーヴァントは三人ね」

 

 ――え?

 

「凛、お前何を言ってるんだ?残りは二人だろう?」

 

 凛は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「何言ってるのよ、セイバー、ランサー、あとはあの得体の知れないサーヴァント、ヨハネ。これで三人じゃない」

 

 ――は?

 

 ヨハネがサーヴァント?

 

「凛、お前あれがサーヴァントだって言うのか?」

「そうよ、あれだけの魔力を纏い、エーテル塊で編まれた体。サーヴァント以外の何物だって言うの?」

 

 そんな馬鹿な。

 

「凛、お前マスターとしての眼で奴を見たか?」

 

 凛がはっとした表情になる。

 

「士郎、あなた何を言って……」

 

「ふむ、仕留めたのはキャスターか。これで残ったのは三騎士のうちが二騎。いささか厄介なことになったものよな」

 

 枯れた声帯が、不快な音を搾り出す。

 霞むような暗闇から姿を現したのは、かの翁。堕ちた魔道、マキリの頭首にして、サーヴァント・ライダーのマスター、マキリ臓硯。

 己の従者に飲み込まれたはずの奴が、何故ここに?

 

「話がある。貴様らにとっても悪い話ではない、実はこの戦いには……」

 

 マキリ臓硯が完全に言葉を紡ぎだす前に、俺のすぐ傍で空間が爆ぜた。

 まず震えたのは大気。

 そのすぐあとに、大地を震わす激震。

 一瞬遅れて、それがランサーの踏み込みによるものだと気付く。

 

「刺し穿つ」

 

 問答無用。その単語がこれほどまでに相応しい状況もあるまい。

 彼は臓硯の目の前に移動していた。

 俺からの距離は約20メートル。

 瞬きほどの時間でそれだけの距離を移動したことになる。

 縮地。

 そんな架空の技法が頭に浮かぶ。

 低く、まるで地に伏すが如く身を撓めたランサーは、全身のバネをただ一点の穂先に向けて集中する。

 マキリ臓硯は、いまだ己が槍兵の必殺の間合いにいることに気付いていない。

 当たり前だ。

 俺だって目に映っているものが信じがたい。

 これがランサーの本気か。

 なるほど、あの夜、彼が遊んでいたことがよくわかる。

 みしり、と彼が踏み込んだ地面の悲鳴が聞こえる。

 彼を止めうるものは、いない。

 

「死棘の槍!」

 

 穂先は、あっさりと小躯の老人を貫いた。

 何も知らぬ人間が見れば、ただの虐殺にしか見ることはできないだろう。かの老人はまるで狩りの獲物のように高々と持ち上げられてピクリともしない。

 ランサーは軽く槍を一振りした。

 自然、老人の身体は宙を舞い、物理法則に従って地に落ちた。

 形はどうあれ、マスターの一人を倒すという武勲をあげたランサーは、しかし苦虫を噛み潰したような顔でこう叫んだ。

 

「何のつもりだ、小娘!こんな人形で俺を謀るか!」

 

「人形?」

 

 凛が驚きの声を上げる。俺も同じ心境だ。

 あれは確かにマキリ臓硯だった。感じた気配はあの夜と同じものだったからだ。もしランサーの言が正しいとするならば、あの夜の臓硯は一体何だったのか。

 何かが蠢く音が聞こえて、そちらに目を向ける。

 そこには、あるべきはずの物が無かった。

 本来ならば、そこには老人の遺体がなければならないのに、そこにあったのは、マキリ臓硯の死体だったものだ。

 臓硯が着ていた和服を中心にして、白い液体が放射状に広がっている。目を凝らして見ると、それが細かく蠢く蛆の大群であることがわかる。

 

「いい夜ですね」

 

 冷たい声が、冷たい夜に響く。

 月明かりを背負い、ゆっくりと歩いてきたのは俺のよく知った顔。

 身に纏ったのは蒼いローブ。

 前を肌蹴させ、薄い下着だけを纏ったその姿はいかにも扇情的だ。

 傍らに控えるのはかの暗殺者。それだけで二人の関係が知れる。

 サーヴァントとマスター。それ以外には考えられない。

 彼女が魔術師ではないとか、魔術回路が存在しないとか、家が枯れた魔術の家系だとか、そんなことは目の前の光景を否定する材料とは成り得ない。

 絶対の事実として、彼女はこのゲームの参加者だったのだ。

 

「なんであなたが……」

 

 自分の見ているものが信じられない、そんな凛の声。

 

「らしくありませんね、事実を事実として、あるがまま受け入れる。それが魔術師としてのあなただったのではありませんか、遠坂先輩?」

 

 僅かながら笑いを含んだその声は、開けた校庭に高らかと響いた。

 

「よう、久しぶりだな、嬢ちゃん」

 

 獣の唸り声みたいな声が聞こえる。心の弱いものならば、この声だけで膝が折れるのではないか、そんな声。

 しかし、やはり彼女は楽しげに返す。

 

「お久しぶりです、ランサー。生きていたのですね、それは重畳」

「殺そうとした奴が何言ってやがる。さっさとあの化物を呼び出せ」

 

 獰猛な牙を剥き出しにして、戦意を露わにするランサー。

 みしみしと、筋肉の膨れる音がする。

 まるで体が一回り大きくなったみたいだ。

 

「ええ、もちろんそのつもり。流石に二体のサーヴァント相手はいくらアサシンでも厳しいわ」

 

 俺の知っている少女は、ローブの下の肌着を剥ぎ取った。

 俺の後輩の肌が、露わになる。

 乳房の先端と、股間の淡い茂みに思わず視線をやってしまった自分に嫌悪する。

 少女は、代羽は、凍りつくような笑みのまま、こう言った。

 

「良識ある人は逃げなさい。私の守護者は凶暴です」

 

 彼女はそう言ってから、呪文を紡いだ。隣でランサーの緊張が膨れ上がったのが分かった。

 

「Ego sum alpha et omega, primus et novissimus, principium et finis」

 

  

 ばりばりと、何かが裂ける音がする。

 ぶちぶちと、何かが千切れる音がする。

 音の源は、美しく、小柄な少女。

 彼女の名前は、代羽(シロウ)といった。

 

 変化したのは、まず骨格。

 小柄な少女の骨格は、少女の肉の中で、男性の中でもかなり大柄なそれに変化した。

 体の中で、存在を巨大化させたカルシウムの塊は、

 柔らかな皮膚を張り詰めさせ、

 ついには内部からそれを破壊した。

 膨張した頭蓋骨によって頭頂部の皮膚は裂け、

 突き出た骨は、筋肉を引き千切った。

 極限まで伸びきった皮膚は、まるで破裂寸前の風船だ。

 事実、体のあちこちから血が噴出している。

 

 次に変化したのが筋肉。

 まるで棒切れのようだった体の各部に、エーテルで出来た肉が巻きついてゆく。

 例えるなら、針金で作った人形の芯に、青銅の粘土を肉付けしていくかのように。

 上腕部に、溶けた青銅を一塊。

 大腿部に、溶けた青銅を二塊。

 そして、そこには、まるで人間のような彫像が完成していた。

 

 最後に変化したのが髪。

 黒絹のようにしなやかな髪は、はらりはらりと抜け落ちて、

 代わりに強い髪が、そこにはあった。

 天に歯向かうように逆立ったそれは、

 まるで蒼穹のように蒼かった。

 その色は、マキリと呼ばれた一族の髪の色。

 

 そこにいたのは一人の男。

 端正な顔立ち。

 鷹のように鋭い目つき。

 すっきりと通った鼻筋。

 形の整った唇。

 その瞳は極端に小さく、貌は四白眼の狂相。

 唇の両端が持ち上がっているのは皮肉からではなく、嘲笑ゆえに。

 背筋は曲がり、猫背気味の姿勢。

 視線は粘つき、見るものに不快を憶えさせる。

 全身を赤黒い呪刻で覆われた、その男。

 彼の名前は、代羽(ヨハネ)といった。

 

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