FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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interval9 IN THE ABYSSI

 片手に薄汚れた短刀を持った青年が呟く。

 

「誓いを此処に。

 吾等はアルファにして、オメガ。

 最初にして、最終。

 原因にして、終局。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手」

 

 抑揚のない、陰鬱な声が、決して陽の届かぬ地の獄にて響く。

 今から起きることはある種の奇跡だ。

 人を超越し、時すらも調伏し、輪廻の輪から外れた英霊を召還しようというのだから。

 魔術師であるなら、この先にある苦難を忘れて、その奇跡に酔ったとしても不思議ではない。

 しかし、眩い光を受けた彼の瞳には、光が無かった。

 その目は、光の届かぬ地の底にあって、なお漆黒に染まっていた。

 

interval9 IN THE ABYSSI 

 

 その姿を見て最初に思った。

 美しい、と。

 所々擦り切れ薄汚れた襤褸を纏い、髑髏のような仮面を被った長身の異様。

 おそらくは、後世から賞賛を受けるような偉業をなした英霊ではあるまい。

 むしろ、人から疎まれ怨まれ恐れられることでその身を英霊へと昇華させたのだろう。

 その姿はあまりにも壮烈。

 纏った空気は限りなく無機質。

 まるで、ここにいながらこの場に存在していないかのようなあやふやな気配。

 しかし、この身が地獄に落ちたとしても忘れることができないだろう、圧倒的な存在感。

 あなたが何度生まれ変わっても見紛うことはあるまい、そんな予感。

 何故だろう、その全てが。

 狂おしいほどに。

 

 

「試みに問うが」

 

 髑髏が話す。

 

「貴殿が私を呼び出したのか」

 

 何の感情も篭っていない、石英のような声。

 少女は答える。

 

「いいえ、私があなたを呼び出したのではありません。しかし、私があなたのマスターです」

 

 それは真実。掛け値ない真実だ。 

 しかし、髑髏は続ける。

 

「ならば、私を召還したのは一体誰なのだ」

 

 その疑問は当然のものだろう。

 召還者とマスターが違う、通常そんなことはありえない。

 説明しようと口を開いた彼女の耳に、聞きなれた、隙間風のような声が聞こえた。

 

「よしよし、召還は滞りなく終わったようじゃの。流石は我が後継者」

 

 こつん、こつん、という硬質な音と共に階段を下りてくる老人。

 少女の師であり、親でもある老人。

 老人の後ろには、奇妙な眼帯をつけた、長身の女性が付き従っていた。

 

「ふむ、見たところお主が召還したのはアサシンかの」

 

 彼女は何も答えない。

 沈黙を肯定ととったのか、老人は続ける。

 

「三騎士でないのは些か残念じゃが、なに、お主の力量ならばこの戦争を勝ち抜くことはさして難しいことではあるまい」

 

 普段の老人からは想像もできない、喜びに上ずった声。

 彼女は、その言葉に満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、お爺様。

 ――そして、今までありがとうございました、お父様」

 

 微かな沈黙、その後に広がる硬質な空気。

 少女の意図するところを正確に読み取ったのだろう、老人の声が低くなる。

 

「それは、どういう意味かの、代羽。この老いぼれにもわかるように言ってくれんか」

 

 階段を降り終わった老人と少女は、広大な地下修練場にて相対する。

 本来ならこの広大な空間を埋め尽くすが如く存在するはずの蟲達も、異様な空気に恐れをなして、どこかに隠れてしまったようだ。

 

「言葉通りの意味です。今まで私を育ててくれた御恩、一生忘れません。信じていただけないかも知れませんが、私は本当にあなたに感謝しています」

 

 ピリピリと、空気が張り詰めていく。

 老人のサーヴァントも、少女のサーヴァントも、既に戦闘体制に入っている。

 しかし、その少女は知っている。

 今からこの場で、戦闘と呼べるものなど起きるはずの無いことを。

 

「これからも、あなたに従うつもりだった。マキリの胎盤となって一生を終えてもいいと思っていた」

 

 その言葉に、嘘偽りは、無い。

 ただ、それ以上に苛烈な意志が、あっただけ。

 

「ですが、私は、この身には過ぎた望みを持ってしまった。それを叶えるためには、あなたの存在が邪魔なのです。私のために死んでください」

 

 その瞬間、硬質な笑い声が修練場を満たした。

 

「かっかっか、そうか、儂が邪魔か。儂を殺すか。いいぞ、やってみるがよい。それが不可能なことは誰よりもお主が知っていると思っていたがな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は令呪をもってアサシンにこう命じた。

 

「マキリ代羽の名をもって命じます。アサシン、可能な限りすばやく我が心臓を抉り出しなさい」

 

 

 まるで電光のような速度で、短刀が私の胸に突き刺さる。

 

「何を……!」

 

 そう呟いたのは、老人であり、同時に私のサーヴァントだった。

 肉を裂き、骨を絶つ刃。

 その傷口から、暗殺者の大きな手が体内に侵入してくる。

 明瞭な意識を保ちながら、心臓を鷲摑みにされるのは流石の私も初めてだ。

 ぶちぶちと、太い血管を引きちぎりながら彼の手が外に出てくる。

 とめどなく血が溢れ出る。

 この冷たい身体のどこに、こんなに大量の血液があったのだろうか。

 まるで壊れたポンプのようだ。

 第三者のような冷たい視線で私は考えた。

 真っ赤な血。

 汚れた、忌むべき血。

 ずるり、と引き抜かれた彼の手には、

 まだびくん、びくんと動く赤黒い肉塊が握られていた。

 その手は、私の血で真っ赤だ。

 ああ、彼の手を汚してしまった。

 私はとても嫌な気分になった。

 

 

「マキリ代羽の名をもって命じます。アサシン、可能な限りすばやく我が心臓を抉り出しなさい」

 

 その声を聞いたとき、その言葉の意味を理解したとき、まず最初に代羽は自害するのだと考えた。自分が死ぬことで、儂を害そうと考えたのだと。

 振り下ろされる刃。

 傷口に突き刺された長い腕。

 噴水のように噴出す血液。

 そして、暗殺者の手の中に納まった代羽の心臓。

 

「馬鹿なことを……!!」

 

 思わずそう叫んだ。

 代羽は、貴重な胎盤なのだ。いや、もし此度の戦争を勝ち抜くことが叶えば、我が依り代となる。つまりは我が未来だ。

 不老不死。

 決して老いぬ、腐らぬ、朽ちぬ体。永遠の命。

 それが、こんなことで。

 なんとしても死なせるわけにはいかぬ。

 自我などどうでもよい。

 あの身体だけでも、なんとしてでも生かし続けてみせる。

 そう考えた瞬間、視界に代羽の顔が映った。

 自らの血で赤く塗れたその目は。

 まるで哀れむかのような視線で、この身を貫いた。

 理解した。

 あ奴に、死ぬつもりなど微塵も無い。

 ならば、その意図は。

 

 

「マキリ代羽の名をもって命じます。アサシン、可能な限りすばやく我が心臓を抉り出しなさい」

 

 蒼く輝く彼女の左腕。

 なるほど、真実彼女は我がマスターだったわけだ。

 しかし、そのマスターの最初の命令が、自己の心臓を抉り出せとはどういうことか。

 そう思考しながらも、身体は私の意思を無視して動いていた。

 普段の自分では到底叶うことのない速度で彼女の柔い肌を切り裂き、肋骨を断ち切り、傷口に手を突っ込む。

 ぐちゃり、としたその感覚は暗殺者である自分には馴染みの感覚だったが、自らの主の体内に腕を突き入れたのは初めてのことだ。

 どくん、どくん、と脈打つ心臓をしっかりと掴み、力任せに引きずり出す。

 ぶちぶちと、大動脈、大静脈が千切れていく。

 まるで、紅玉を溶かしたかのように美しい、真紅の血液が噴出す。

 そして、私は命令を完了した。

 私の左手に収まった、小さな心臓。

 目の前に立つ、私が殺してしまった血濡れのマスター。

 彼女を見て、私は驚愕した。

 傷口が、無い。

 ふさがっている、という程度ではない。まるで時間を遡ったかのように存在しないのだ。

 何かの幻術か、とも思ったが、彼女の暖かい心臓は私の左手でいまだ脈を刻んでいる。

 そして、彼女ははっきりとした口調でこう言った。

 

「ご苦労でした、アサシン。さあ、それを頂戴」

 

 ああ、彼女は生きている。

 私は無言で左手のそれを放り投げた。

 

 

 ぐちゃ、と湿った音をたてて肉塊が私の手に収まった。

 私は顔を顰めた。

 心臓は脳と同じく生命活動の根源だ。

 私の汚れた生、その本質。それが私の手の中にある。

 ああ、きっとこの子は、この世で一番辛い思いをしてきたのだろう。

 そう思うと、無性に泣きたくなった。

 

「待て、代羽、貴様、いったい何を」

 

 その声は、先ほどまでの、高みから見下ろすような声ではない。

 拳銃を眉間に突きつけられた死刑囚のように余裕の無い声だ。

 私はナイフで自らの心臓だったものを切り裂く。

 どろり、と濁った血液が溢れる。

 その中に指を突っ込み、小指ほどの大きさの蟲を引きずり出した。

 

「止めろぉ!貴様、自分が何をしようとしているのか、わかっているのか!」

 

 狂ったように叫ぶ老人。

 静かな声で、私は答える。

 

「ええ、わかっているつもりです。これは脳虫。私の心臓に潜んでいたあなたの本体でしょう」

 

 祖父ががくがくと震える。

 鉛色の皮膚は、もはや形容し難い色に変化している。

 

「何故だ、何故三戸は儂に何も告げなかった」

 

 三戸。私の身体に住み着いた刻印虫の一種。

 私が何らかの叛意を抱いたときに、主である臓硯に密告するという役割を負った蟲。

 何故、三戸の虫が臓硯に何も告げなかったのか。

 その理由はとても簡単だ。なぜなら。

 

「私の体内の蟲たちは、あなたの本体以外の全てが既に私達の支配下にありました。何も知らなかったのはあなただけだったのです」

 

 臓硯の目が驚愕によって大きく開かれた。

 そして、掠れた声で呟いた。

 

「馬鹿な……!。我が魔術が、五百年磨き続けた我が秘奥が、齢二十に満たぬ小娘に及ばぬというのか」

 

 私は哀れみを帯びた声でこう言った。

 

「あなたが劣っているのではありません。彼が――ヨハネが異常なだけです。なぜなら、彼は一人であり群体。孤独でありながら数多きもの。虫のような多数を操ることにかけて、彼の右に出るものなどいない」

「――儂を、殺すのか」

 

 先ほどまでの狂態が嘘のように静かな声。

 視線はまっすぐに私を射抜いている。

 

「はい、殺します」

 

 右手で彼の本体を握り締めながら、私は答えた。

 

「ですが、安心してください、お父様。あなたの理想は私が引き継ぎます」

 

 私は、人差し指と親指で摘んだ父を、口の中に放り込んだ。

 口中で跳ね回るお父様。

 丹念に舌で転がして。

 丹念に舌で愛撫して。

 一気に、噛み砕いた。

 ぐちゃり、と何かが潰れる感触が気持ち悪い。

 舌触りは滑らかだ。

 濃厚な血の味。

 私の知ってる魔力の味。

 

「理想か……、ままならぬものよなぁ」

 

 私がお父様を飲み下すのと同時に。

 お父様の体は、ゆっくりと、後ろに崩れていった。

 

 

 少女は、義父と呼んだ老人の遺体の横に跪いた。

 震える手を、皺だらけの遺体の顔に添える。

 その手は、ついさっきまで老人を掴んでいた右手だ。

 しかし、彼女の表情は変わらない。

 静かに、鏡のように。

 ただ、血に塗られた唇だけが、微かに震えていた。

 

「お、とう、さま……」

 

 長い時間をかけて、やっとそう言うと、彼女は遺体に縋り付いて動かなくなった。

 

 

 涙など、流さない。

 謝罪の言葉は、紡がない。

 泣けば、心が折れる。

 謝れば、理想は罪に堕する。

 それは、殺した人に対する侮辱で。

 救おうとしている人への裏切りだ。

 だから私は泣かないし。

 謝罪の言葉も口にしない。

 でも。

 でも、もし許されるなら。

 私は泣いてみたいと思う。

 涙を流したいと思う。

 流れ出てしまえばいい。

 もし、体中の水分が流れ出てしまえば、

 罪に塗れたこの身も少しは軽くなる。

 そうすれば、本物の地の獄に墜落するときの衝撃も、

 少しは軽くなるのではないか、と思うのだ。

 

 

「あなたは、これからどうするのですか」

 

 顔をあげた少女が、老人の遺体の傍らに立つ紫のサーヴァントに尋ねた。

 

「――そうですね、すくなくとも彼の仇討ちをするつもりはありません。私は彼に召還されて間もない。怒りに心を染めるだけの信頼関係もなかった」

 

 形の良い顎に手をあてながら、紫のサーヴァントは続ける。

 

「かといって、このまま戦いを降りるつもりもありません。私にも叶えたい望みがある」

 

 ならば、と少女は言った。

 すく、と立ち上がったその目に迷いはない。

 

「私と共に戦いなさい」

 

 いつの間にか、彼女の手に美しい蝶が止まっていた。

 ひらり、と舞い上がったその蝶は老人の遺体にとまり、その口の中に姿を消した。

 その瞬間、遺体はその瞼を開き、手を突いて起き上がった。その手には依然として鈍い光を放つ令呪が残っていた。

 驚愕する私に、彼女は言った。

 

「何を驚いているのです。彼の身体はもともと無数の蟲によって構築されていた。私は、いや、彼はそれらを支配しただけです。利用できるものは全て利用します。その行為が唾棄すべきものであっても、私にはそれだけの目的がある。それが罪深いものならば、きっと誰かが私を罰するでしょう」

 

 そう言い放った、血まみれの少女は。

 崇高なまでに光輝いて見えた。

 私は彼女の前に跪く。

 令呪による強制でもなく、この身を縛った契約によるものでもなく。

 ただ、純粋に、目の前の女性に敬服した。

 頭を垂れながら、私は宣言した。

 

「あなたを我がマスターと認めよう。我が主よ、私はあなたの長き腕。あなたの影に付き従い、あなたの意に沿わぬもの、あなたを害するもの、それらを悉く握り潰してみせよう。主殿の生ある限り、この誓いは破られることは無い」

 

 顔をあげると、そこには花が綻んだような微笑を浮かべた主の顔があった。

 

「ええ、知っています。あなたは私の僕。私を裏切るなんて、絶対赦さない。でも、あなたが私に従うなら、あなたが望むものを必ず与えてみせましょう」

 

 契約は成った。

 あとは戦うだけだ。

 

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