FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode68 人造両儀3 深淵の魔

A kind father plays with a little John.

Clip,clip,he dumps his name,name.

A grandfather plays with a little John.

Snip,snip,he loses his flail,flail.

 

 小さな小さなリトルジョン。

 優しいパパと、遊んでもらえてご満悦。

 ちょきちょきちょき。

 可愛いお名前、どこかに忘れて、ご満悦。

 小さな小さなリトルジョン。

 お爺ちゃんと、遊んでもらえてご満悦。

 ちょきちょきちょき。

 楽しい玩具、はさみでちょんぎって、ご満悦。

 

Little John plays with kind father.

Munch,munch, gets tall,tall.

Little John plays with grandfather.

Chomp,chomp,lets play doll,doll

 

 小さな小さなリトルジョン。

 優しいパパで、遊んでみたら、ご満悦。

 むしゃむしゃむしゃ。

 一杯食べて、大きくなって。

 小さな小さなリトルジョン。

 お爺ちゃんで、遊んでみたら、ご満悦。

 もぐもぐもぐ。

 ねえ、おままごとして遊びましょう、遊びましょう。

 

episode68 人造両儀3 深淵の魔

 

 この際、夜の静けさは残酷であった。

 狂熱に満ちた喧騒の中であれば、人は自らの見たものを笑い飛ばすことなど簡単である。人はその目で見たものを信じるのではない。己が信じたいものだけを見るからだ。

 だが、冷たい大気と痛いほどの静寂の中で研ぎ澄まされた視覚が捕らえた映像を、どうして笑い飛ばすことができようか。

 何故なら、それは圧倒的なまでに真実なのだから。

 結局のところ、誰もが不幸だった。

 己の常識を覆された魔術師も、信じていた後輩に裏切られた愚か者も、その従者達も。

 

「召喚……?憑依……?いや、あれは違う。先祖還りでも起源の覚醒でもない、一体何なのよ」

 

 遠坂凛の混乱ももっともだろう。

 代羽の身体に起きたのは、通常考えられうる如何なる現象にも該当しない。ありきたりの機械や薬物などで、どうしてごく短時間のうちに人間の身体がああも変化を起こし得るだろうか。

 では、通常のうちに魔術という異常を組み入れればああいった現象の説明がつくか。

 可能だ。

 人智を凌駕する魔術ならば、ああいった肉体改造も十分に考えられうる。

 例えば、己に宿る起源を目覚めさせ、それを戦闘に活用する『起源の覚醒』にはああいった肉体変化が生まれることも珍しいことではない。更に言えば、死徒のような人を凌駕する種族には己の中に無数の生命を飼い慣らす者もいる。それを考えれば彼女の変化は許容の範囲内だ。

 しかし、魔術を用いるならば、そこにはその燃料たる魔力がなければ説明がつかない。

 今でこそ濃厚な、視覚で捕らえることが可能なほど濃厚な魔力を撒き散らしているヨハネではあるが、代羽がヨハネに変化する前、彼女が呪文を唱えた瞬間には、毛の先ほどの魔力も身に纏っていなかった。

 遠坂凛は一流の魔術師だ。

 その潜在能力を加味するならば、一流の前に『超』の文字を加えてもそれは過美とは言えまい。その彼女が魔力の発動を見逃すはずがない。

 安っぽい魔力殺しなどではありえない。魔力殺しは己のうちの魔力が外部に漏れ出すのを防ぐもの。それを身に着けながら魔術を行使するのは不可能に近い。

 そもそも、間桐代羽には魔術回路が存在しない。血で血を洗う殺し合いを続けてきた宿敵の跡継ぎだ。凛個人の持つ間桐代羽への好悪の念は別にして、この上なく警戒すべき相手である。例えその家が凋落しきったかつての名門であったとしても、背中を見せていい相手ではない。ゆえに幾度となく彼女の身体を調査した。そのたびに下される結論は、常に白。彼女は魔術師ではありえない。それが真実だ。

 つまり、代羽は如何なる魔術も用いていない。如何なる魔術も用いずに、彼女は別の肉体を用意した。しかも、サーヴァントと見まごうほどの魔力を纏った肉体を、だ。

 馬鹿馬鹿しい。魔術を用いずに、魔力を帯びた肉体を用意する。そんな矛盾が存在しうるはずがない。ならば、あれは一体何なのだ。

 そんな凛の葛藤など露知らず、いっそ呆けたような表情で周囲を見渡す蒼い怪人。全身を赤黒い呪刻が覆い、身に着けているのは襤褸切れと化した腰巻だけ。ほんの一時前までは少女であった彼は、己の敵を指折り数えた。

 

「ランサーに、セイバー、あれは……まあ、どうでもいいか。アサシン、状況はどうなっている」

「キャスターは私が仕留めた。此度の聖杯戦争において脱落したサーヴァントは四体。あと一人仕留めれば、聖杯は姿を現すだろう」

「なるほど。私はともかく、このままでは彼女にかかる負担が大きいな。さっさと片付けるとしようか」 

 

 二人の会話は、主従のそれというよりも戦友のそれに近かった。

 ヨハネは、相変わらずの猫背気味の姿勢。

 下から睨目あげる、不快な視線。

 だらりと下げられた両の手は、墓場を徘徊するグールを思い起こさせる。

 彼は、爛々と光る双眸を己の敵に向けた。

 それは、遠坂凜の、かつてのサーヴァントと酷似した容姿でありながら、その性質を異にしたもの。

 底光りする殺気を孕みつつも、じとじとと湿り気を帯びた、黴臭く、錆び臭い視線。

 サーヴァントの殺気が余人に与えるのが恐怖なら、彼の視線が与えるのは嫌悪、それに尽きる。

 

「さて、御歴々。私を知っている者もいるだろうし、知らぬ者もいるだろう。私はサーヴァント・プレディクタ、真名ヨハネ。マキリ代羽の使役する使い魔だ」

「ふざけないで、あなたはサーヴァントなんかじゃない!私の知らないサーヴァントなんて、いちゃいけないんだから!」

 

 怒りをこめてイリヤが叫ぶ。

 聖杯として作られた彼女にしてみれば、サーヴァントたる資格すら持たないヨハネがサーヴァントとして名乗りをあげることなど、屈辱以外の何物でもないのだろう。

 彼女は全身の魔術回路を起動し、何の加工も加えていない魔力を、弾丸のように放つ。

 一見凛のガンドに近いが、その威力は桁違いだ。

 常人であれば、己の危難を知る前に彼岸へと旅立つだろう。達人であれば、身構えた直後に貫かれるだろう。英雄であるならば、辛うじてさばけるかもしれない。

 それほどまでに激烈な運動エネルギーを持った、魔力の形をした弾丸を、ヨハネはまるで羽虫か何かのように一瞥して、直後に軽く身を捩った。

 形容し難い音を立てて、弾丸が命中する。

 正中線からはわずかに狙いを外した弾丸は、それでも彼の左肩に直撃し、被弾部の肉を盛大に削り取った。左手は千切れ、切断面からは白い肋骨とピンク色の内臓が顔を出している。

 ぼとぼとと、左肩から血液が零れ落ちる。

 致命傷だ。人間にとっても、サーヴァントにとっても。

 それでも彼は、涼しげな顔でイリヤに語りかける。

 

「ふむ、確かに私は英霊ではないし、此度の聖杯戦争で召喚されたわけでもない。ならばいわゆるサーヴァントではないな」

 

 ヨハネの目は見開いたように大きく、瞳は極端に小さい。そんな彼が顎に手を当てながら真剣に考える様は、失われた片腕とあいまってどこか滑稽な雰囲気があった。

 

「しかし、私は彼女に仕える身であり、この命は彼女のためにある。ならば、サーヴァントを名乗ったところで不都合はあるまい?ああ、と、これくらいでいいかな?」

 

 ごく短い時間の、会話とも呼べない会話。

 その間に、ヨハネの傍らに白い小山が出来ていた。それは膨大な量の血液と一緒に零れ落ちた、忌まわしい何かだ。

 明らかにヨハネ自身の質量よりも巨大なその小山は、マキリ臓硯の死体と同じように細かく蠢いていた。夜目の利くものであれば、それらが親指ほどの大きさの芋虫の大群であることに気付くだろう。

 それらは彼の左半身に出来た傷口から生れ落ちたものだ。生まれつつある芋虫が、今ももぞもぞと身を捩り、まるで母の子宮から這い出んとするかのようにその切断面から顔を覗かしている。

 肉と肉の隙間から。

 脂肪と脂肪の隙間から。

 もぞもぞと。

 ぷちぷちと。

 ヨハネは、傍らに控える己のサーヴァントに話しかける。

 

「下がっていろ。君に死なれると後々厄介だ」

「承知。戦闘は貴殿の領分だな」

 

 いまだ確定したわけではないが、二人がマスターとサーヴァントだとするならば、これほど奇妙な会話もあるまい。戦いこそがサーヴァントの本分であり、それをサポートするのがマスターの領分。どうやらこの二人に限れば、それは逆転しているものらしい。

 す、と白い髑髏が闇夜に姿を消した。

 振り返る、狂人。

 

「さて、と。大変お待たせした。そろそろ始めようか。このままでは、せいぜい眠くなってしまう」

 

 どうでもいい、そんな風情の声。

 しかし、その表情には隠しきれない愉悦が滲んでいる。

 

「だが、私自身は酷く無力でね、戦いはもっぱら使い魔に任せることにしている。使い魔たる私が使い魔を使役するというのも妙な話だが、ここは堪えてくれたまえ」

 

 ただでさえ桁外れだったヨハネの魔力が膨れ上がる。それと同時に、彼に敵するサーヴァントたちも身構えた。

 

「魔力とは魂の燃料だ。そして、魂をこの上なく揺さぶるのは覚悟と信頼だ。故に、私自身への覚悟と信頼を示そう。真名の開放といったかな?そうでもしなければ、この魔術は扱えない」

 

 ヨハネの頬が、三日月よりもなお深い皺を作る。

 

「これが私に許された唯一の魔術であり、究極の一。存分に堪能されよ」

 

 セイバーが、ランサーが駆ける。敵が剣を構える、それをわざわざ待つ義理など何処にも無いのだから。

 しかし、ヨハネの詠唱は一歩先んじた。

 たった、一言。

 それ、だけ。

 

「『大腐海』」

 

 その瞬間、二つの音が静かな校庭に鳴り響いた。

 ひとつは肉が爆ぜたような破裂音。

 ひとつは金属同士がぶつかる削過音。

 そこには、異界があった。

 

 

 二対一。

 アサシンが立ち去った今、戦闘の構図は間違いなくそうなっていたはずだ。

 セイバーとランサーの連合対ヨハネ。

 数の有利は私たちにあり、使役しているサーヴァントの格でも私たちが上回っている。いや、そもそも相手はサーヴァントですらないが。

 そのはずだった。

 それが今やどうだろう。

 サーヴァントの格、それはこちらが上回っている。そのことに変化は無い。

 しかし、数では、それが完全に逆転していた。

 二対一ではない。

 二対三ではない。

 二対五ではない。

 二対十ではない。

 

 おそらくは、三桁を超える大群。

 

 蟲の、群れ。

 

 百足がいた。

 蜘蛛がいた。

 蜻蛉がいた。

 蝗がいた。

 蟻がいた。

 蟷螂がいた。

 飛蝗がいた。

 蠍がいた。

 鍬形虫がいた。

 蜂がいた。

 蝶がいた。

 芋虫がいた。

 甲虫がいた。

 蚯蚓がいた。

 

 ありとあらゆる虫がいて、しかしそれは私の知る如何なる虫とも異なっていた。

 

 翼を持つ百足。

 頭が三つある蜘蛛。

 人の頭と腕を持つ蜻蛉。

 身体中から棘を生やした蝗。

 体節を十以上持った蟻。

 蠍の尾を持つ蟷螂。

 人を丸呑みするほど大きな口を備えた飛蝗。

 戦車のような装甲を備えた蠍。

 金属よりなお鋭いあぎとを誇る鍬形虫。

 体中から強酸の体液を撒き散らす蜂。

 目に見えるほど多量の毒粉を巻き上げる蝶。

 赤い複眼を体中に備えた芋虫。

 二本足で立ち上がり腹部に巨大な口を有する甲虫。

 卑猥な男性器を模した蚯蚓。

 

 見たこともない、醜悪な、蟲の、群れ。

 

 これらの生命に共通することは三つ。

 ひとつ、そのいずれもが人より大きい体躯を持つこと。

 ひとつ、そのいずれもが明らかな悪意を持つ害虫であること。

 ひとつ、そのいずれもが、この世界には存在し得ない幻想種であること。

 

 かの蟲軍と私達との距離は約30メートル。

 しかし、緩やかな風に乗って、耐え難いほどの悪臭が感じられる。髪の毛を焼いたような、腐敗した肉のような、強烈な酸のような。

 一旦はヨハネに向けて突撃したセイバーとランサーだが、今は私たちのすぐ目の前まで後退している。

 私たちを守るためだろう。

 つまり、それだけあの蟲の群れは危険だということだ。

 

「どうかな、今回はなかなか上手くいったと思うのだが。上手くいかないと蟲達の機嫌が悪い。呼び出した瞬間に破裂したり、一匹しか生み出せなかったり。しかし、一匹とはいえ、なかなか我が子は強かっただろう、遠坂の魔術師よ」

 

 ヨハネは明らかに私に向けて話しかけていた。

 そういえば、蟲の群の中に、見覚えのある蟲が、一匹。

 蟷螂。

 しかし、その尾は毒を持つ蠍のそれ。

 きらきらと、ぬらぬらと、ヘドロのように輝く体表。

 金剛石の、体。

 あの夜、散々私を苦しめてくれた、蟲。

 それが、大勢の中の一匹に紛れていた。

 

「……なるほど、あの夜マキリ臓硯が従えていた蟲も、あなたの差し金だったのね」

 

 おかしいとは思っていたのだ。

 使い魔とは、総じてその主人よりも弱い。そうでなくては主従の契約を結ぶことが出来ないからだ。もちろん聖杯戦争におけるサーヴァントとマスターのような例外も存在するが、それは極少数である。

 あの蟲とマキリ臓硯を比べると、明らかに蟲の方が高位の魔力を備えていた。

 故に私はマキリ臓硯を畏怖したのだ。

 一体如何なる手段を用いてこのような存在を調伏したのかと。流石は令呪を開発した家系の末裔だ、と。

 なるほど、簡単なことだ。

 

 あれはマキリ臓硯の使い魔ではなかった。

 

 ただ単に貸し出されていただけなのだ。

 

「大事な子供なんでしょう?あんな妖怪バグ爺さんに貸し出すなんて可哀想とは思わないの?」

「ふむ、どうやらまだ誤解が解けていないとみえるな。先ほど、そこな槍兵が解答を口にしたではないか」

 

 『何のつもりだ、小娘!こんな人形で俺を謀るか!』

 ランサーはさっきそう叫んだ。

 人形。

 歴戦の勇者であるクー・フーリンがそう言うのだから、間違いなくあれは人形なのだろう。まるでアイスクリームが溶けるかのように崩れ落ちた死体もそれを裏付けている。

 しかし、あれの気配はあの夜のマキリ臓硯の気配と同じものだった。いや、気配だけではない。その魔力の色でさえ同一だったのだ。

 

 ならば、答えは一つしかない。

 

 あの夜のマキリ臓硯も、人形。

 

 私たちは、人形と戦っていた。

 

「なら、今のマキリの頭首は……」

「マキリ代羽。それが今代のマキリの頭首であり、我が主であり、アサシンのマスターだ」

 

 決定的な、あまりに決定的な答え。隣で士郎の悲痛な気配が感じられる。

 

「マキリ臓硯は……」

「彼女が食った。そして、私が支配した。彼は死んで、その体は人形となった。それだけだ。令呪を備えているうちはそれなりの利用価値もあったのだが、彼の従者も退場したことだし、この際彼にもその役目を終えてもらった。隙の一つも作れれば御の字、そう考えていたのだが、なるほどクランの猛犬は甘くない」

 

 くつくつという、まるで噛み付くような獰猛な笑みを浮かべるヨハネ。口の端は極端なまでに持ち上がっているが、その目はまったく笑っていない。

 

「……なんなんだよ、お前は」

 

 消え入りそうな声で、士郎が呟く。

 その声は、呟き声でありながら、不思議なほどに周囲を圧した。

 

「出て行けよ!代羽の中から出て行け!」

 

 今まで見たことが無いほどに、士郎は怒っていた。

 その目は獲物を射殺す鷹のように。

 その声は幾千の戦場を勝利で飾った、戦士の鬨の声のように。

 その姿は、まるで、かの弓兵のように。

 それに答えるヨハネの声は、むしろ沈痛だった。その声には先ほどの道化じみた響きは全く無い。

 

「気の毒だがな、少年。私は彼女の一部なのだ。私は彼女であり、彼女の守護者であり、彼女の盾だ。私と彼女は不可分にして同一。私は彼女が望むことしかしない。

 だが、君だけは、出来得るならば君だけは彼女を憎んでくれるな。蔑んでくれるな。それでは、あまりにも彼女が哀れだ」

 

 慈しむようなその表情は、しかし一瞬でもとの呪われたそれに入れ替わった。

 

「さて、栓の無い話はこれくらいにしよう。我が子らも待ち侘びているようだ。さあ、戦おう。殺しあおう。夜が明けるまで踊りあかそう。君たちの死体を飾る、きっと素敵な朝にしよう」

 





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