FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode6 状況確認

 帰してください。

 僕を、家に帰してください。

 

 幼い、しかし聞き覚えのある声。

 夢、だろうか。

 ふわふわとした感触が、どこかくすぐったい。

 

 帰ればいいではないか。

 君の村は依然あそこにある。

 帰るのは君の自由だよ。

 

 目の前に立つ長身の男は、嘲るような調子でそう言った。

 その男に、彼は縋りつく。

 男の服を掴んだ両手は、誰のものともわからぬ血に濡れていた。

 

 違います、そこではありません。

 帰してください。

 僕を、僕の家に帰してください。

 

 忌むべき者を見る視線ではない。

 出来のいい作品を見る視線で彼を眺め、男はこう言った。

 

 わかっている。

 次が最後だ。

 もう一人、もう一人で君はあそこに帰れるよ。

 

 彼は、喜んだ。

 心底、喜んだ。

 だから、忘れていたのだ。

 彼がその手を朱に染める、その前にも同じことを言われたことを。

 

 帰れる。

 あそこに、帰れる。

 嬉しいな、嬉しいな。

 

 私には、その少年が。

 羨ましくて、仕方なかった。

 

episode6 状況確認

 

「どうだ、凛」

 

 後ろ手に襖を閉めた凛に向かって俺は尋ねた

 

「桜が看病してるけど、すぐに命に関わるような症状じゃない。その点は安心してもらっていいわ。それに、救急車も呼ぶ必要はないし、呼んでも意味はない」

 

 この場合、彼女の言う救急車という単語が意味するのは病院であり、いわゆる常識的な医療技術のことだというのはわかった。つまり、代羽の症状は医学では治癒できないということだ。

 

「凛、それは」

「ええ、あの子、魔力を吸い取られてる。今は安定してるけど、いつ死んでもおかしくないような状態だった」

 

 この場所、この時期、魔力という要素、ならば。

 

「聖杯戦争がらみか」

「おそらくね。ついでに言うと、あの子嬲られてから魔力を奪われてる。性的な暴行を受けた痕跡は無かったけど、制服がずたずたよ」

 

 性的暴行は受けていない、その言葉に少なからず俺は安心した。

 あの時の代羽は、それを思わせるに十分すぎる状態だったからだ。

 虚ろな視線。

 元々白皙の肌の持ち主ではあったがそれにしても白すぎる、蝋人形のような顔色。

 傷つき泥にまみれた制服。

 一体何があったのか。

 

「なんで代羽が襲われなくちゃならないんだ。もしかして、彼女もマスターなのか?」

 

 怒りに声を荒げる俺の前で、首を横に振ってから凛が答えた。

 

「彼女はマスターじゃないわ。令呪が無かったし、そもそも彼女は魔術師じゃない。魔力回路自体が存在しないんだから。もともとあった魔力だって人並みか、すこし少ないくらいだもの。

 多分、下衆なマスターがサーヴァントの栄養にでもしたんでしょう」

 

 サーヴァントの栄養?どういうことだろう。

 

「魔力がサーヴァントの栄養分だというのは知っているでしょ。自分のサーヴァントを強化するために、一般人を襲って魔力を奪うマスターは珍しい存在じゃないわ。

 でも、そんなことをするのは三流よ」

 

 サーヴァントにとって魔力は燃料なのだから、それを集めること自体は間違いではない。

 しかし、人間からそれを集めるなら、多くの場合、対象となった人間は魔力を吸い尽くされて死に至る。そうでなくても、衰弱し、昏倒くらいはするだろう。何よりもそれが問題なのだ。

 人道に悖る、といった話ではない。そもそも、魔術師といわれる人種は人の道などとっくに踏み外している。

 問題なのは、己の存在を他者に知らせてしまう、ということだ。

 情報網の発達した現代社会において、人の死という情報は、他のどんな情報よりも速いスピードで社会を満たす。まして、死に方が異常なものであれば、そのスピードは驚異的なものとなる。

 そして、その情報は、他の多くの情報を敵に教えてしまう。

 死亡時間からは活動時間帯を。死亡場所からは根拠地のおおよその範囲を。周りの状況や死因からは能力を。それらを糊塗しようとすれば逆に不自然さを生み出し、さらなる情報を残すこともあるだろう。

 仮にそれらが意図的に残した情報であったとしても、その意図に気づかれた場合、やはり多くの情報を敵に渡すことになる可能性が高い。『雄弁は銀、沈黙は金』という言葉があるように、何か隠したいことがあるときは人知れず事を成すのが至上であり、騒ぎを起こすのは下策である。

 故に、三流。凛はそういったのだ。

 

「でも、代羽がそれ以外の理由で襲われたっていう可能性はないのか」

 

 俺が疑問を呈すると、訝しそうな表情で凛が答えた。

 

「普通、この時期に愉快犯的に一般人を襲う馬鹿はいない。まぁ、前回はそんな馬鹿もいたみたいだけど、御他聞に漏れず早々に敗退してるし。

 もし、今回もそんなのがいたら、それは三流以下。どんなに強力なサーヴァントであっても、警戒する必要すらないわね」

 

 確かに、いよいよ聖杯戦争が始まったというこの時期に、不用意に、何のメリットもないのに一般人である代羽を襲う馬鹿はいないだろう。

 まして、代羽は確かに魔力を奪われているようだ。ならば、やはりサーヴァントの食事代わりに襲われた、と考えるのが妥当なのだろう。

 

「本当に、代羽はマスターじゃないんだな」

 

 繰り返す俺の問いに、凛は少し不快そうに答えた。

 

「くどい。

 そりゃ、彼女の家とは古い付き合いだからね、色々と調べたわよ。それに、彼女とはちょっとした因縁があってね、かなり強引な手段も使って調査したわ。

 それでも、結果は白。魔力殺しみたいな反則アイテムも無し。彼女は魔術師足り得ない、それが結論よ」

「……代羽はいつ目覚めるか、わかるか」

「そうね、宝石で魔力の補給は済ませたし、夜までには目を覚ますと思うけど……」

 

 よし、なら代羽が目を覚ましたときに体力のつくものでも食べさせてあげよう。

 そのためにも、買出しのやり直しだな。

 なんだかセイバーの顔も険しくなってきたし、急いで行ってこよう。

 

 

 代羽が目を覚ましたのは、空が宵闇に染まった、その時間だった。

 時計の短針と長身がきっかり直線を作るその時間、ぼーん、ぼーん、という間の抜けた時報と共に彼女は目を覚ました。

 

「ここは…」

 

 微妙に焦点のあわない視線を中空に漂わせて、弱弱しい声で彼女は呟いた。

 

「よかった、目が覚めたのね、代羽」

「お母さん、ここは…」

 

 桜を母親と勘違いしているようだ。もしかしたらまだ意識がはっきりしていないのかもしれない。

 

「安心して、ここは衛宮先輩のお宅よ」

 

 枕元に座る桜に視線をやってから、代羽は縋るような目線で俺を見た。

 

「よかった、いきてた……」

 

 そう言って、俺の頬に手を伸ばすと、彼女は再び意識を手放した。

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