FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode70 人造両儀5 ヨハネの黙示録

 衛宮士郎は、それを血のようだと思った。

 それほどまでに、赤く、赤く、不吉な色。

 人を殺す、そのための色。

 それは、彼の激情の迸る、色。

 そう、思った。

 

 遠坂凜は、それを彼の瞳のようだと思った。

 それほどまでに、赤く、赤く、気高い色。

 野生の瞳、何者にも屈しない、誇り高き色。

 それは、彼の本性を司る、色。

 そう、思った。

 

 イリヤスフィール=フォン=アインツベルンは、それを斜陽のようだと思った。

 それほどまでに、赤く、赤く、切ない色。

 途切れる熱、途切れる光、途切れる絆。

 それは、彼の生涯を顕す、色。

 そう、思った。

 

 アルトリアは、それを夜空に輝くベテルギウスのようだと思った。

 それほどまでに、赤く、赤く、巨大な色。

 今、彼女たちの頭上高くで輝く、仮初の英雄を形作る星々の一つ、その白眉。

 それは、彼の矜持を誇る、色。

 そう、思った。

 

 全員が、違った感想を抱いた。

 そのいずれもが、おおよそ戦場には相応しくない、場違いな感慨。

 しかし、そのいずれもが、予感したことは唯一つ。

 死。

 彼の殺意の前に晒された、哀れな贄の、死。

 それは予感というよりは直感であり。

 直感というよりは確定した事実であり。

 確定した事実というよりは、既に変更の効かない過去であった。

 それほど。

 それほどまでに、絶対の力の存在。

 その場にいた全員が、おそらくは抱いたであろう、同じ感覚。

 あまりに濃密な死神を覚えさせる赤い光が、天高く舞い上がった青い槍兵の右腕に輝いていた。

 だから、その瞬間の彼は、槍兵ではなかった。

 重ねて言うならば、人、そう呼ばれるものですらなかったのだ。

 その瞬間の彼は、人ではない。

 生き物でもない。

 道具。

 ただ、右手に携えた、強大で、巨大で、巨凶な光を放つための、道具。

 機械。

 それは、槍兵と呼んでいいものではなかろう。

 だから、それは弓だった。

 夜空に輝く、歪んだ真円。

 その輝きを圧して余りある、赤い光。

 それを放つための、弓。

 全身の筋細胞、その一本一本に至るまでが、しなやかな弦。

 全身の骨格、その206個の一つ一つが、強靭な竹材。

 反り返った背骨。

 みしみしと、唸り声をあげる筋肉。

 骨と筋の浮いた、右手の甲。

 指の爪が、今にも割れんばかりに緊張している。

 そして。

 軋む牙と。

 愉悦に歪む頬。

 興奮に、膨らんだ鼻腔。

 その瞳は、獲物を射抜く肉食獣のそれ。

 その様は、まさしく獣。

 人でありながら、獣。

 英雄でありながら、獣。

 しかし、それは獣の形で描かれた、弓、だったのだ。

 人の形をした精緻な弓、そのたわめられた力が、ただ一点に向けて注がれていく。

 それは、右手。

 其処にしっかりと握られた。赤い槍。

 赤い、鏃。

 つまり、彼も宝具なのだ。

 彼も、宝具の一部。

 そうでないと説明がつかないではないか。

 彼以外の何者に、この威容を再現し得るか。

 彼以外の何物が、斯様にその魔槍を使いこなし得るか。

 人馬一体の境地とか言うが、その表現では言葉足らず。

 同一にして、不可分。

 分かたれれば、互いに意味を失う、道具のつがい。

 それが、漆黒を背景に、宙にいた。

 一瞬、全てが静止したような錯覚を覚えるような、静寂。

 きーんと、耳道の奥が痛くなるような、静寂。

 その場にいた誰もが、その不快な痛みに眉を顰めそうになった瞬間。

 その、刹那。

 弓は、自らの意思で、その身に番えられた猛悪な矢を、射放した。 

 それは、光線。

 赤い、赤い、光の束だった。

 血よりも赤く、彼の瞳の色よりもなお赤く、斜陽よりもただ赤く、夜空に輝く赤星よりも更に赤かった。

 単一の光、では無いのだろう。

 幾重にも光条を束ねた、繊細で柔らかな感覚。

 しかし、鋼線を束ねた鋼条は、単一の金属よりも、遥かに強く、切れにくい。

 そんな、光。

 それが、文字通り夜気を切り裂く。

 空間の悲鳴。

 それをすら掻き消すような、裂帛の風切音。

 誰しもが、天を見上げた。

 人も、人の形をした人外も、そもそも人の形を許されないものも。

 一様に、呆けたように天を見上げていた。

 夜天を蹂躙するかのように、駆ける赤光。

 まるで流星のように華々しいそれは。

 まるで流星のように、爆発飛散した。

 赤い破片が舞い散る。

 赤い呪いが舞い散る。

 それは、鏃。

 巨大な一本の矢から生れ落ちた、より細やかな、しかしより凶悪な、鏃。

 それが、蟲の群に、そしてその母胎に向かって降り注ぐ。

 爆発音。

 聞くに堪えない、悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 掻き毟るように、のた打ち回るように、吐き戻すように。

 轟音と、舞い上がる土埃。

 濃厚な血の気配。

 やがて、中空より舞い戻った槍の騎士。

 彼の眼前には、既に終わった戦場が広がっていた。

 砕け散った外骨格。

 ぶちまけられた体液。

 それでも死にきれない巨大な蟲が、殺してくれと、もがき続ける。

 かさかさと、本当の虫けらのように。

 それは、先ほどまでの嫌悪を押し殺して、哀れすらを覚えさせる光景だった。

 そして、その中央。

 飛散した我が子らの只中で、母は倒れ伏していた。

 四肢を破裂させ、辛うじて人の形を残した、死。

 崩れ落ちた地面に、顔を埋めるように、うつ伏せに。

 その表情は、窺い知れない。

 しかし、ぴくりとも動かない。

 冷え冷えとした、かつては命だったもの。

 槍兵は、舌打ちをした。

 それは、期待通りに進んでしまった、運命への皮肉。

 

 ――ああ、この程度かよ。

 

 侮蔑。

 あまりにも呆気なかった、敵。

 己を満足させることの叶わなかった、敵。

 そんな弱者に対する、侮蔑の響き。

 少々酷に過ぎるかもしれない。

 真なる強者以外、彼の侮蔑をかわすことは叶わないのだから。

 いつしか、彼の手に戻った、赤い魔槍。

 不可分な、彼の一部。

 それを軽く一振りして、彼は背を向けようとした。

 

「まだだ!」

 

 声。

 彼を満足させるに相応しい、数少ない強敵の一人。

 少女の皮を被った、勇壮な獅子。

 その表情が、緊張に濡れていた。

 その視線の先には、無惨な、死体、死骸、死骸。

 その、中央。

 倒れ伏した、蟲群の、母。

 それが、ぴくり、と動いた。

 

 ――ああ、なるほど。

 ――こうでないといけない。

 ――こうでなくちゃいけない。

 ――ようするに。

 ――ようするに。

 ――もっと、楽しくなってきたと。

 ――そういうことだな。

 

 槍兵の頬に、切れるような微笑が浮かんだ。

 

episode70 人造両儀5 ヨハネの黙示録

 

 悪夢のような、光景だった。

 眼前に広がった、死の具現。

 例えそれが蟲という異生物の死であっても、暴虐さに胸を痛めるような、光景。

 その、中央。

 そこに倒れ伏した、後輩、だったもの。

 あれは、違う。

 あれは、あんな醜い存在ではない。

 あれは、もっと優しくて、柔らかくて、いい匂いのするものだ。

 そんな、確信。

 そして、明かな、死。

 四肢を吹き飛ばされ。

 明らかに、致死量を上回る血液をばら撒いている。

 ああ、死んでしまった。

 ■■さんが、死んでしまった。

 ああ。

 ああ。

 また、見捨ててしまった。

 また、どこかに行ってしまう。

 僕が、一人になる。

 そんなの。

 もう。

 耐え切れ、ない。

 

「まだだ!」

 

 声。

 凜、とした。

 鈴。

 冷たい、心地いい声。

 セイバー。

 その、視線の先。

 死体。

 ■、だったもの。

 

 そうだ。

 あれは。

 この程度の死では。

 死なない。

 死ねない。

 死んで、くれない。

 ぴくり、と、死体が動く。

 がばり、と、死に顔が、その顔を起こす。

 泥と血に塗れたその貌には。

 限りない不快を覚えさせる、深淵のような笑みが。

 ああ、生きていた。

 ああ、死んでいなかった。

 それが。

 その事実が。

 俺には。

 俺にとっては。

 ああ、よかった、と。

 そう、思ってしまったのだ。

 

 

「くふふ、いいなあ、いいよお」

 

 それの千切れた四肢の根元から、黒い紐のようなものが伸びていく。

 しゅるしゅると、まるで桜の操る影のように。

 その先端が、微細な糸のように枝分かれして。

 死した蟲、その亡骸を取り込んでいく。

 自らの子と呼んだ、それらの亡骸を、喰らい尽くしていく。

 

「ああ、君は最高だ。流石の私も、死ぬかと思った」

 

 ごつり、ごつり、と、飲み込んでいく。

 獰猛な爬虫類のように、悪食極まる様で。

 飲み込むたびに、大きくなる。

 小さく、細切れにされた身体が、徐々に元の大きさに戻っていく。

 人にあらざる、人と認めることのおぞましい、生き物。

 そして、その微笑。

 細かい貌の造りは、私の従者だった彼と同一。

 気高く、崇高で、なによりも孤高だった、彼。

 その同じ顔立ちが、どうしてここまで醜く歪むことの出来るのか。

 そういう、笑み。

 粘ついた皺を頬に刻みながら、それは嗤い続けた。

 

「くふ、決めたぞ。決めた。もう、泣き喚いても許してあげないぞ。

 君は僕が殺すぞ。俺が殺すぞ。我が殺すぞ。私が殺すぞ。儂が殺すぞ。我輩が殺すぞ。愚生が殺すぞ。

 殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。

 殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。

 殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。

 殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。

 殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。

 我々が、貴様を、殺すぞ」

「はっ、ほざいてろ、糞餓鬼が」

 

 ランサー。

 先ほど、妹のサーヴァントとなった、彼。

 その、噛み付くような表情。

 戦士という誇称が、この上なく相応しい。

 目の前の化け物の存在を、むしろ歓迎するかのような、貌。

 その視線の、先。

 やがて、元の姿を取り戻して、立ち上がった、狂人。

 一糸纏わぬその姿。

 逞しい、肉体。

 まるで、鍛え抜かれた鋼。

 静かな、美をすら感じさせる立ち姿。

 しかし、彼の男性は、今にもはち切れんばかりに屹立していた。

 今から性交に及ぶかのような、その有様。

 それは、彼の悦びを表しているのだろうか。

「もう、手加減はなしだ。出し惜しみも止めます。今から、君を殺しますから」

 際限なしの、魔力の渦。

 まるで、無限。

 

「大腐海」

 

 呟き声。

 次の瞬間。

 ぶち撒かれた奴の血の海から、湧き出すように蟲が。

 蟲、蟲、蟲。

 しかし、先ほどとは違う。

 獰猛というよりは、静寂。

 侵略というよりは、防衛。

 まるで、己の母を守るかのように、じっと動かない、蟲の群。

 やがて、姿の見えないヨハネの声が、夜天のもとに、高らかに響いた。

 

「Ego sum alpha et omega, primus et novissimus, principium et finis」

(吾はアルファにして、オメガ。最初にして、最終。原因にして、終局なり)

 

 聞き覚えのある、一節。

 確か、代羽がヨハネに変貌したとき、同じ呪文を唱えていた。

 これは、あまりにも有名な、かの預言書。

 

『ヨハネの黙示録』

 

 その、神を湛える祝詞ではなかったか。

 

「Et quintus angelus tuba cecinit: et vidi stellam de caelo cecidisse in terram et data est illi clavis putei abyssi. Et aperuit puteum abyssi: et ascendit fumus putei, sicut fumus fornacis magnae: et obscuratus est sol, et aer de fumo putei」

(第五の天使ラッパを吹きしに、我、一つの星の天より地に落ちたるを見たり。さて彼は底なき淵の穴の鍵を授けられ、淵の穴を開きしかば、大いなる炉の煙のごとき煙、穴より立ちのぼりて、日も空も穴の煙のために暗まされたり)

 

 しかも、第九章。

 第五天使の、ラッパ吹き。

 滅びの黙示録、その象徴。

 呪文ですらない、呪文。

 しかし、

 さて、この呪文は、あの夜唱えていた、やたらと長い呪文と同一か。

 剣戟音。

 蟲と、サーヴァント達が、戦っている。

 その間も、まるで湧き出るが如く、生み出され続ける、蟲の群。

 

「Et de fumo exierunt lucustae in terram, et data est illis potestas, sicut habent potestatem scorpiones terrae; et praeceptum est illis ne laederent foenum terrae, neque omne viride, neque omnem arborem; nisi tantum homines, qui non habent signum Dei in frontibus suis;」

(また穴の煙より蝗、地上に出でて、地の蠍のごとき力を授けられ、地の草、すべての青もの、及び如何なる樹木をも害することなく、ただ己が額に神の印を有せざる人々をのみ害すべきことを命ぜられたり)

 

 テンカウント、ですらない。

 常識外れの、長大な呪文。

 ありえない。

 通常、魔術における詠唱の長さと、その威力は比例関係にあるといえる。

 なぜなら、詠唱は自己暗示のためのものだからだ。

 長く、大仰な詠唱ほどより深く自己に埋没することができるため、結果として、魔術自体の威力は高まる。

 だが、長すぎる詠唱は術の発動までのタイムラグを大きくするため、危険が大きい。

 それを補うために、魔術師は多くの方法を編み出してきた。

 ごく短い単語の中に膨大な量の意味を含ませるノタリコン。

 言葉ではなく、文字そのものに意味を持たせるルーン。

 あらかじめ魔力を蓄積しておいた媒介を戦闘時に爆発させる、私の宝石魔術などもその例だろうか。

 しかし、この呪文は。

 なるほど。

 奴は、不死。

 そして、あれらの蟲の本来の役割は、侵略にあらず。

 ただ、詠唱者を守護する、守人。

 ならば、あの呪文は。

 

「セイバー、ランサー、急いで!」

 

「Et datum est illis ne occiderent eos: sed ut cruciarent mensibus quinque; et cruciatus eorum, ut cruciatus scorpii cum percutit hominem. Et in diebus illis quaerent homines mortem, et non invenient eam: et desiderabunt mori, et fugiet mors ab ipsis」

(ただし、これを殺すことなく、五ヶ月の間、苦しむる力を授けられ、その苦しみは、さそりの人を刺したる時の苦しみに等し。この時、人々死を求めて、しかもこれに会わず、死を望みて、しかも死は彼らを遠ざかるべし)

 

 なんだ。

 奴は、何をしようとしている。

 奴の、魔術。

 マキリ。

 蟲の、支配、使役。

 蟲。

 ヨハネ。

 黙示録。

 滅び。

 虫。

 使徒ヨハネ。

 それの同一存在、アバッドン。

 太陽神、アポロンの堕ちた姿。

 

「Et similitudines lucustarum similes equis paratis in proelium: et super capita earum tanquam coronae similes auro: et facies earum tanquqm facies hominum. Et habebant capillos sicut capillos mulierum. Et dentes earum, sicut dentes leonum erant: et habebant loricas sicut loricas ferreas, et vox alarum earum sicut vox curruum equorum multorum currentium in bellum: et habebant caudas similes scorpionum, et aculei erant in caudis earum: et potestas earum nocere hominibus mensibus quinque」

(かの蝗の形は戦いに備えたる馬に似て、頭には金に似たる冠のごときものあり。顔は人の顔のごとく、女の髪の毛のごとき毛ありて、歯はししの歯に等しく、鉄の鎧のごとき鎧ありて、つばさの音は多くの馬に引かれて戦場に走る車の音のごとく、なおさそりのごとき尾ありて、その尾に針あり、その力は五ヶ月の間、人を害すべし)

 

 そんなの。

 一つしか、ないではないか。

 奴だって、自分で言っていたのだ。

 これが自分に許された、唯一の魔術であると。

 蟲の召喚。

 それだけが、奴に許された唯一の魔術であるとするならば。

 魔術であるとするならば。 

 今から奴が呼び出すのも、蟲。

 滅びの、蟲。

 神より、人類を罰する絶対権を授かった、蟲。

 それは。

 

「セイバー、宝具を!」

「承知!」

 

「Et habebant super se regem angelum abyssi cui nomen hebraice Abaddon, graece auteml 」

(この蝗を司る王は底なき淵の御使にして、名はヘブレオ語にてアバッドン、ギリシア語にてこう呼ばれる)

 

 高まっていくセイバーの魔力。

 しかし。

 奴の詠唱は、それに一歩先んじた。

 紡がれる、最後の一節。

 そして、姿を現す幻想種。

 ヨハネの周囲の空間に現れた、無数の光体。

 それは、彼の有名な黙示録にて記された、死ぬことの許されない、死より辛い苦痛を齎す蠍の毒を持つ蝗。

 人類を粛清せよ、と神に義務付けられた、絶対的な殺戮者。

 本来、この世に存在しない筈が、膨大な数の信仰によって受肉した幻想種。

 

「Apollyon」

(アポルリオン)

 

 次の瞬間、セイバーの小さな身体が、遥か後方に吹き飛んでいた。

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