FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode7 後輩招待

 私が私であることを自覚してから、一体どれくらいの時間が経過したのだろう。

 あの時、初めて光を見てからどれだけの光を見たのだろう。

 今や、光は私の目を焼きつくさんばかりに煌々と輝いていた。

 それは一つの映像だった。

 暗い、それでもこの空間よりは遥かに明るい部屋。

 この映像はそこで撮られているようだ。

 被写体は、いつも決まって蟲だった。

 どろどろとして、自らのカタチを保つことすらできないもの。

 うねうねとうごめき、常に何かの中に入ろうとしているもの。

 なかには男性器としか見えない奇怪な形状をした蟲もいた。

 私は理解した。

 此処が天国なら、この映像は地獄で撮られたものだ。

 映像は激しくぶれ、にたにたと嫌な笑を浮かべる老人を映したところで、ぶつんと切れた。

 

episode7 後輩招待

 

「驚いた。人間一つくらい得意なことはあるものなのですね」

 

 褒めることと貶すことを同時にこなすという器用な真似が、彼女の得意技。

 

 食卓を囲んでいるのは五人。

 この家の家主である俺。ただし、最近この呼称には疑問の余地がある。

 俺が呼び出したサーヴァント、セイバー。霊体化のできない彼女は仕方なく食卓についている。そう、あくまで仕方なく、のはずだ。料理を眺める輝く視線は、きっと気のせい。

 学校一の美人姉妹、遠坂凛と、遠坂桜。何故か凛はガッツポーズ。

 ある意味学校一の有名人、間桐代羽。入学当初、告白した男子の数、数知れず。そして、彼女は微笑みとともに同じ数の失恋を作りあげたのだ。今彼女に声をかけるような骨のある男子はいないだろう。

 アーチャーとキャスターは霊体化して、姿は見えない。おそらくは二人とも周囲の警戒をしてくれているはずだ。

 

「これは勝ち…ぐっ、これは負けたか」

「……[こくこく]」

「うーん、先輩、今日の出汁巻、何かいつもと違うんですけど」

「衛宮先輩、主夫って知ってます?一昔前ならきっとヒモと同じ扱いでしたよね。良かったですねぇ、生きやすい時代になって」

 

 凛、いちいち食事に勝ち負けを持ち込まない。お前はどこかの鉄鍋料理人か。

 セイバー、どうやら喜んでくれてるのは嬉しいけど、もっと落ち着いて食べなさい。

 桜、それは秘伝のレシピ、追いすがる競争者に易々と教えてやるわけにはいかんのだよ。

 代羽、もうあなたには何も言いません。ていうか世の主夫の皆さんに謝れ。

 

 一部の会話を除いて、夕食は和やかに終わった。

 殺し合いの途中だが、いや、そういった極限状態の中だからこそこういった時間を設けるのは至極重要である。人間、四六時中気を張っていられるわけではないし、無理をすればいざというときに何もできなくなる。

 食後のお茶をみんなで楽しんでいるとき、一番重要なことを凛が切り出した。

 

「間桐さん、あなた、何であんなところで倒れてたの?」

 

 既に代羽には、街中で倒れた彼女を俺が助けたことは伝えている。

 手に持っていた湯飲を、ことり、とテーブルに置いて、彼女は答えた。

 

「申し訳ありません、それが全く憶えていないのです。昨日、少し遅くに学校から出たことまでは憶えているのですが、それから先は…」

 

 その返答は十分に予想されたものだった。

 

 

 代羽が一度目覚めてから再び意識を失った後、短い時間の話し合いの場が設けられた。

 議題は、代羽の記憶を除くか否か。

 俺は反対した。彼女が魔術師でもなければ、マスターでもないことははっきりしてるわけだし、仮に魔術師に襲われたのだとしたら記憶操作は必ず行われているはずだからだ。

 だが、俺以外は積極性に差こそあれ全員が賛成した。桜でさえ控えめながら賛同の意を表した。

 確かに、ほんの少しでも敵の情報が入れば、それは計り知れないアドバンテージになる。それは判るのだが、どうも他人の部屋を勝手に家捜しするようで気が進まない。

 凛あたりに言わせれば、そこらへんがへっぽこのへっぽこたる所以だとかなんとか。 

 ただ、魔術師なら記憶操作は必ずするはず、と言ったとき、凛と桜はなんだか地雷をふんでしまった、そんな顔をしていた。おい、君達、何か隠し事でもあるんじゃないのか。

 ともあれ、このメンバーの中では間違いなく一番凄腕の魔術師であるキャスターが代羽の記憶を除いてみたが、結果は芳しくなかったようだ。

 

「駄目ね、この子、昨日の記憶が消されてる。おそらくその時間に襲われたんだと思うけど、その部分がほとんどすっぽり抜け落ちてるわ」

「ほとんど、ということは残ってる記憶もあるのね」

 

 にやり、と笑ったキャスターが答える。

 

「断片的な映像だけ。闇に浮かぶ白い髑髏が見えたわ。多分、そいつがこの子を襲ったサーヴァントだと思う」

「髑髏の仮面を付けたサーヴァント……過去の記録からすればおそらくアサシンね。やっぱり今回もハサン=サッバーハが召還されたんだ」

「なんだ、もう真名がわかったのか」

 

 真名がわかるということはほぼイコールで敵の弱点がわかるということだ。ならば、これはとんでもないアドバンテージを得たことになる。

 

「いえ、この情報だけじゃ相手の詳しい伝説なんてわからないわ」

 

 凛によると、ハサン=サッバーハという存在はそれ自体の伝承が極めて少なく、また同じ名を冠する存在が複数いるため、どの伝承がどのハサン=サッバーハのものなのかがはっきりしていないという。

 

「つまり、わかったのは前回と同じくアサシンのクラスにはハサン=サッバーハが呼ばれた、このことだけか」

 

 ふう、と一息ついて言う。

 だが、正面からの戦い、という条件を除けば、一番警戒すべきなのは間違いなくアサシンだ。生前培った恐るべき暗殺の技術は防ごうと思っても限界がある。その外見的な特徴だけでも掴むことができたのなら、やはり一歩前進と言っていいはずだ。

 そんな俺の意見に対して、凛は苦言を呈する。

 

「でも、これでその髑髏がアサシンと決まったわけでもないわ。

 ありえないこととは思うけど、ハサン=サッバーハの振りをした別のサーヴァントって可能性もないわけじゃないから。

 とりあえずアサシンはハサン=サッバーハの可能性が高い、くらいに考えておきましょう」

 

 なるほど、確かにその可能性はある。

 これは戦争。

 戦争で一番大事なのは武器でもなければ兵力でもない。

 一番重要なのは情報である。

 もしも俺達が、アサシンはハサン=サッバーハである、と妄信して、全く別の存在がアサシンであった場合、最悪それだけで全滅の憂き目を見ることもあるのだ。

 情報の中には敵が漏らした情報と、漏れた情報がある。その取捨選択は非常に難しい。

 そういう意味で、今の凛の判断は信じすぎず疑いすぎず、ちょうど良い按排なのだろう。

 その時、いままで積極的な発言をしなかったセイバーが言った。

 

「私も凛の考えに賛成です。少なくとも、一度も相見えていない相手を事前の情報だけで判断するのは危険でしょう。現時点では可能性の段階に止めておくのが賢明だと思います」

 

 どうやら結論は出たようだ。

 

「この子の記憶はどうするの?」

 

 キャスターが尋ねる。

 

「残りの記憶も封印しておいて。こっちの世界の記憶なんて持っててもいいことなんかこれっぽっちもないし」

 

 凛が言う。

 どうやら、俺達の中でリーダーは決まったようだ。もともと持っている知識の量、戦闘に対する覚悟、とっさの判断力、どれをとっても相応しいのは凛だろう。俺と桜はそれをサポートする形になりそうだ。

 もっとも、俺の場合はサポートというよりも足手纏いになる可能性のほうが高いわけで、非常に肩身が狭い。

 このままではいけない。

 凛がリーダーになることにはこれっぽっちも異論はないが、それに甘えるようでは俺の理想には届かない。

 望まざる状況とはいえ、これは自分を成長させる機会であるのは間違いない。

 せっかく一流の家庭教師が二人もついてくれているのだ、十年前の悲劇を繰り返させないためにも修練に励まないと。

 

 

「そういえば、この服は遠坂先輩が貸してくださったのですか?」

 

 赤いハイネックに黒のミニスカート。

 日本人形みたいな代羽のイメージにはそぐわないが、それでも十分に着こなしているのは素材が素晴らしいからだろう。

 

「ええ、あなたの制服は泥だらけだったからクリーニングに出しておいたわ。下着も私用の新品。何か気に入らなかったかしら?」

「いえ、ここまでしていただいて不満なんてあるわけないじゃないですか。ただ、ちょっと胸のサイズが大きくて…」

 

 あらーと。

 これは俺が立ち入っていい会話ではない。

 これは俺を殺す会話だ。

 だって切嗣が言ってたもの、『女性の下着のサイズの話には関わらないように。きっと後悔することになるからね』ってね。

 食器を片付けるふりをして腰を浮かしかける。

 と、そのとき、俺の右肩を掴む確かな力。

 振り向くとそこにはくろいだてんし。

 くっ、桜、裏切ったか。

 

「うふふ、先輩、どこに行くんですか?先輩はこの家の主なんだから、もっと泰然自若としていていいんですよ?」

 

 食器を片して台所へ消えていく桜。

 相変わらず下着のサイズの話を続ける凛と代羽。心なしか凛は嬉しそうだ。

 セイバーは食後のお茶請けに夢中。ミカンの食べすぎで指が黄色くなっている。

 俺は溶けたアイスクリームみたいにテーブルの上にへばっていた。もう駄目です、このピンク色の空気を何とかしてください。

 ふん、だらしがないな、衛宮士郎、そんな嘲りの言葉が遠くから聞こえた気がした。

 

 

「今日はありがとうございました、遠坂先輩、桜、セイバーさん」

 

 気のせいか、俺の名前が呼ばれなかった気がする。

 代羽のことだ、おそらく気のせいでもなければうっかり忘れていたわけでもないだろう。絶対に意図的である。

 

「今日のところはこれでお暇させていただきます」

 

 そう言って立ち上がろうとする彼女。

 

「代羽、もう遅いし、送っていくよ」

 

 腰を浮かしかけた俺を制するように彼女は言った。

 

「結構です。あなたに守られねばならないほど私は弱くない。

 そんな暇があるなら己を高めることに使いなさい」

 

 ぴしっと言って立ち上がった彼女は、しかし立ちくらみでも起こしたかのように大きくバランスを崩した。

 

「代羽!」

 

 悲鳴のような声をあげて駆け寄る桜。

 凛の話によれば、死ぬ一歩手前まで魔力が吸い取られていたのだ。今までそれを感じさせないような立ち振る舞いをしていたことこそ、驚異的な精神力の賜物なのだろう。

 

「代羽、今日は泊まっていったらどうだ。客間なら余ってるし、内側から鍵もかけられるから」

「けっこうです……きょうはかえります……」

 

 気丈な台詞だが、目の焦点が合っていない。

 駄目だ、この状態で帰らせるのは危険すぎる。

 そう判断した俺は、凛に目配せをしてからこう言った。

 

「駄目だ、今日は泊まっていけ。家には俺が連絡しとくから」

「……」

 

 黙ってしまった代羽を桜に任せて、俺は電話をかけるために廊下に出た。

 

 

 ぷるるるるるる、ぷるるるるるる。

 聞きなれた呼び出し音。

 最近はめっきり押すことの少なくなった慎二の家への電話番号。

 いつからだろう、慎二が変わってしまったのは。

 それとも、慎二は以前のままで、本当は俺のほうが変わってしまったのか。

 ほんの少しの寂寥感。

 

『はい、間桐です』

 

 ぼんやりとしていた意識が呼び起こされる。

 

「えっと、夜分遅くすみません、私は慎二君の友人で衛宮というものですけど」

『なんだ、衛宮か。どうしたんだ、こんな時間に』

 

 どうやら電話の相手は慎二本人だったらしい。

 

「こんばんは、慎二。実は代羽のことなんだけど」

『衛宮、あのバカがどこにいるか知ってるのか?』

 

 いきなり自分の妹をバカ呼ばわりもないものだと思うけど、いつもの慎二を知っている俺からすれば、こんなことは驚くに値しない。

 

「ああ、実は代羽、桜と一緒に料理合宿だとか言って昨日からウチに泊まってるんだ。昨日は電話をし忘れてたらしい。珍しく気落ちしてたよ、兄さんに怒られるって」

『ふうん、料理合宿、ねえ』

 

 いぶかしむような慎二の声。

 

「おう。ちなみに藤村先生も一緒だから、疚しいことなんて何もないぞ」

 

 ごめん、藤ねえ。名前を使わせてもらった。

 

『そう、ならいいよ。やっぱり兄としては嫁入り前のかわいい妹を傷物にされるわけにはいかないからね』

 

 冗談めかしたような、どこか本気のような発言。

 

「それは当然だな。じゃあ、あまり長電話しても悪いから、そろそろ切るぞ」

『そうだね、わざわざ連絡してくれたことには感謝するよ。ああ、そういえば衛宮――』

 

 

『――代羽はそのまま人質にするのかい?』

 

 

 ぞくり、とするような声。

 まるで、薄い和紙に包んだ真剣で喉元を撫でられたかのような感触。

 

「――慎二、お前何を」

『やだなぁ、何本気で焦ってんのさ。ジョークだよ、ジョーク。ちなみに代羽、着替えを持っていってるの?なければ届けるけど』

 

 さっきの声とはうってかわって軽い調子の、いつもの声。

 なんだか今日の慎二はおかしい。妙にハイだ。

 

「そうしてもらえると助かる」

『ふうん、料理合宿だってのに、着替えも持たないで参加したんだ、代羽は』

 

 くすくす、と声を殺した笑いが電話の向こうで響く。

 

「あ、ああ、思ってよりそそっかしいんだな、代羽は」

『そうだね、実はそそっかしいんだ。きっと今も切り刻まれた制服しか持ってないと思うから、明日は学校を休むように言っといてよ。じゃあね、おやすみ』

 

 その言葉を最後に電話は切れた。

 俺はしばらくの間、馬鹿みたいに受話器を持ったままだった。

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