FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode77 食後問答

「驚いたな、あの量を本当に平らげるとは」

 

 純粋な感嘆の響き。

 この男からこのような台詞を引き出せただけでも、胃を満タンまで広げた価値があるというもの。

 

「…げふ、男はな、『喰うべきときは、たらふく喰う。眠るべきときは、泥みたいに寝ればいい。戦うべきときは、自ずとやってくる。そのときに動けない奴は、カスだ』、なんだとさ」

 

 目の前に座った男の表情は、些かも変化しない。しかし、あえて言うならば、少し呆れていたようだ。

 

「…誰の台詞だ、それは」

「アイルランドの光の皇子、その人だ」

「…ああ、なるほど、それは確かに相応しい!」

 

 笑っていた。

 初めて、この男が声を上げて笑った。

 頭部を握り潰すように手を当て、肩をひくつかせながら笑った。

 その姿が、何故だろう。

 とても、悲しく見えた。

 

「ああと、これは不味い。少し酒精が回り過ぎたか。いやはや醜態を晒した。忘れてくれると有難い」

 

 口元を新しいお絞りで拭い、しかしその眼はなお愉快気な光に揺れていた。

 

「…あんたも、笑うんだな」

「神は、人をそう御造りになった。であれば、笑うさ。人は、笑わねばならぬ。そうでなければ、人ではないのだからな」

 

 くつくつと、先程とは違う笑み。 

 頬を歪めるのは、諧謔ではなく自嘲ゆえに。

 それは、いつものこの男の表情だ。

 

「…何か言っていたか、あの男は?」

「…何も。ただ、元のマスター、バゼットっていったっけ、彼女の話をするときだけ、少し辛そうだった」

「そうか…」

 

 言峰は、視線を窓の外にやった。

 そこにあったのは、やはり鈍色の町並みと、錆び色の空。

 木の葉の装いを剥ぎ取られた木々が、寒そうに揺れている。

 いっそ、一思いに叩き折ってやるのが慈悲だろうか、そう思えてしまうほどに。

 

「…続けよう。でなくては、要らぬことまで口走りそうになる」

 

 その声は、微妙に震えていた。

 きっと、俺の勘違いなんかじゃあない。

 

episode77 食後問答

 

「…さて、次の質問は私が聖杯に望むこと、それでよかったかな?」

 

 無言で頷く。

 

「ふむ…。さて、どこから話したものか…」

 

 顎に手を当て、視線を彷徨わせる。その様子は、自分自身と問答を繰り返す禅僧の悩む様にも似ていただろうか。

 

「そうだな、まず結論から言おうか。私はな、神に問い質したいのだ。私という存在が、是なのか、それとも非なのかを」

 

 は?

 神に、問い質す?

 この男、何を―――?

 

 

「遠坂先輩、貴方は処女ですか?」

「ぶっ!」

 

 静寂を打ち破る、突然の質問。

 思わず噴出してしまった。

 げほげほと、咳き込む。

 ああ、もう、麻酔やら何やらで弱ってるんだから、やめてよね、ホント。

 

「…すみません、失言でした」

 

 そう、その通り。

 失言にも程がある。

 

「…別にいいけど。なんなのよ、一体?」

「別にいいなら教えてください。先輩、貴方は処女ですか?それとも、もう経験済み?なら、初めての相手は誰ですか?」

 

 仰向けの姿勢から見上げる天井、そこが心なしか赤く色づいた気がする。

 いや、それはきっと勘違い。

 空気が、色を変えたのだ。

 覚えがある。 

 教室の片隅、男子生徒がいないときを見計らって、女子だけが集まって何かを話しているとき。

 きゃあきゃあと、耳に優しくない声が聞えたとき。

 決まって、こんな色の空気が流れていた気がする。

 

「やはり、まだおぼこですか、貴方は。どれどれ」

 

 太腿の付け根に、冷たい感触。

 麻酔が効いていても見逃すものか。

 

「だあ、ちょっと、何してんの!?」

「いや、話してくださらないので、実際にこの目で確かめようかと」

「やめ、やめなさい、やめんか、この!」

 

 身体を捩る。

 それでも、彼女の冷たい掌の感触は放れてくれない。

 それどころか、私の太腿の感触を愉しむかのように、少しずつ上に遡って来るのだ。

 

「ちょ、本当、やめて!」

「別にいいじゃないですか、ちょっと処女膜を確認するだけですから」

 

 それが全然大丈夫じゃあない!

 

「ああ、もう、分かったわよ、経験済み、私は経験済みです、つい此間、一昨日の夜に経験しました!!」

「そうですか、お相手は?」

 

 相手は…。

 う。

 思い出しちゃったじゃないの。

 あいつ。

 いつもはへっぽこで、てんで頼りにならないくせに。

 あのときだけは、妙に男らしかったのよね。

 私の傷口を庇いながら、本当に初めてなのか疑わしいほど慣れた手つきで。

 何度も何度も、私を違う世界に飛ばしやがったんだ。

 そして、何度も注ぎ込まれた。もう、きっと卒業前にはハローベイビー、そんな感じで。

 

「…顔が、赤いですよ、先輩?」

「誰のせいだ、誰の!?」

「で、お相手は?」

「…よ」

 

 小さな、声。

 情けないくらい、小さな声。

 きっと、涙だって浮かんでいる。

 ああ、もう、ホント情けないったら。

 

「聞えませんでした。一体、誰…」

「衛宮士郎だって言ってんでしょうが、この馬鹿女!」

 

 声を張り上げて、高らかに。

 そうだ、何一つ恥じ入るところなんか、無い。

 だって、アイツは心底格好良くて。

 私だって、きっといい女だ。

 なら、これはベストカップル。

 他人が羨むことがあっても、非難される覚えも同情される所以もない。

 胸を張って言えばいいのだ。

 

「私は、衛宮士郎に女にされて、衛宮士郎を愛してるの!なんか文句ある!?」

 

 笑われると、思った。

 きっと、可愛らしいものを見つけたように、笑われると。

 でも、違った。

 彼女は、くすりとも笑わなかった。

 その代わりに。

 この上ないくらい真剣な声で、こう言った。

 慈愛と、誇りと、一抹以上の寂しさを含んだ、声で。

 

「ああ、そうだ、遠坂。お前は、そうでなくちゃいけない…」

 

 え?

 

 その、口調は。

 

「し、ろう…?」

「…私はね、遠坂先輩。十歳のときに、処女を捧げました。私には処女という概念がありませんが、それでも望んで男性に身体を委ねたのが、十歳のとき。ちょうど、倫敦に旅立つ前日だったでしょうか…」

 

 その声は、いつもの、代羽の声で。

 ああ、勘違いだったんだ。

 そう思って、パラシュートみたいに安心してしまった。

 忘れよう。

 きっと、悪い夢だ。

 

「相手の男性は、神父さんです。それまでも、何度も彼に救われた。だから、せめて人であるうちに彼に抱かれたかった」

「でも、十歳って、あんた…」

「ええ。私はそのとき、まだかぶろでした。でも、握り拳大の淫蟲に調教された身体ですから、男性を受け入れるのに何ら支障はありませんでしたよ」

 

 握り拳大。

 想像して、それだけで青くなった。

 だって、士郎ので、あんなに痛かったんだ。

 本当に、身体が真っ二つにされるかと思った。

 今の、これでも成熟した女の身体の私でさえ、だ。

 それが、僅か十歳。

 その時に、彼女の女性器は、どれほどの苦痛を味わってきたのか。

 桜が、あの明るかった桜が、一年と立たずに人形のようになってしまうような修練。

 彼女は、どれだけの間、それに耐え続けてきたというのか。

 

「彼は、寝物語に、己の半生を語ってくれました」

 

 そして、彼女は語り始めた。

 彼女を女にしたという、神父の話を。

 それは、私の知っている、腐れ縁の神父の人生と、酷似していた。

 曰く、美よりも醜に心惹かれる。

 曰く、人が苦悩し破滅する姿に、快楽を感じる。

 曰く、病魔に冒された妻を見取ったとき、その心を満たしたのは、己が手で止めをさせなかった後悔である。

 そんな、壊れきった人間が、二人もいることに驚いて。

 そう、真剣に思い込もうとした自分の逃避に、何よりも驚いた。

 

「彼の行動のベクトルは、常に他者の不幸を求めて決定される。ならば、彼は存在するだけで他者を苦しませる癌細胞だ。その彼の生に、貴方はどのような価値を求めますか?」

 

 何も、言えなかった。

 価値観のずれを認識しながら、しかし道徳は失わない。

 完全に外道に堕ちることはできず、しかし聖者として歩くのは苦悩の道以外、何ものでもない。

 誰とも分かり合うことは出来ず、しかし周囲はそれを求める。

 全く異なる言語体系の世界に、突然置き去りにされたような、いや、それ以上の絶望。

 自分を、誰も受け入れてくれない。

 きっと、神も。

 ならば、其処は。

 地獄と。

 そう、定義されるのでは、ないだろうか。

 

「私は、思うのです。彼は、神に愛されなかった。いや、神は彼を愛し忘れたのだと。でも、それ故に彼は神に帰依した。己の性を決定付けた、神に頭を垂れた。一体、どのような心理がそれを可能とするのでしょうか」

 

 彼女は、ゆっくりと立ち上がった。

 こつこつと、石造りの室内に、硬い靴音が響く。

 

「少し、出かけます。賭けのこと、忘れないで下さいよ」

 

 全く感情を感じない、その声。

 だからこそ、一つだけ尋ねたかった。

 仮に、その問いが私の寿命を縮めることとなったとしても。

 

「…貴方は、神を信じていないの…?」

 

 多分、彼女はにこりと笑って、こう言った。

 

「信じていますとも。じゃないと、殺せないでしょう?」

 

 

「私は、自覚している。己が、この世界に相応しくないと、自覚している。しかし、絶対なるはずの神は、確かに私をこの世界に使わした。この矛盾、整合性の無い問いの答を、私は人生を賭けて求めたよ。そして、それはまだ途上にある。故に、問いたいのだ。神は、私の存在を是とするか、それとも非とするか」

 

 目の前の男は、微笑っていた。

 他者の不幸だけでなく、己の不幸までもを愉しむように。

 

「…いっぺん、病院に行って来い。それが一番手っ取り早い解決方法だ」

「なるほど、君は聡明だな。そんなこと、私は思いもよらなかったよ」

 

 奴は、小馬鹿にするように俺を見やった。

 その瞳には、真実を知るものとしても、或いは苦悩にに満ちた道を歩いた先達としての優越が、確かに存在していた。

 

「パキシルかレキソタンか、それともメタンフェミンなどでもいいだろう。然り、最近は幸福すらもインスタントに得ることが出来る時代だ。そこに神などという概念を差し挟む余地はないのかもしれんな。祈りを捧げる代わりに、白い錠剤を一錠飲み下す。そうすれば、幸せはこの手に、なるほど、合理的だ」

「…そういう、意味で言ったんじゃあ…」

「では、どういう意味だ?そうか、薬に頼るのではなく、カウンセリングを受けろと、そういうことかな?ああ、それもいいだろう。今まで、私の全人生をかけて、ありとあらゆる存在に問いかけた煩悶、それでも得られなかった問いの答えが、書物と数字しか知らぬ若輩の研究者の一言で得られることもあるかも知れんな。禍福、いい言葉だ、何も知りえぬ第三者が使うには、最も便利で残酷な言葉だよ」

 

 しかしな、と。

 

 奴は、憂いをたたえた瞳で、機関銃のような言葉を区切り。

 そして、言ったんだ。

 

「衛宮士郎、何故、君がそうしないのだ?」

 

 頭を、何かどでかい玄翁で殴られたような、そんな錯覚を覚えた。

 

「君とて、方向性は違えど根本的には私と同じ罪人の筈だな。私は、他人の不幸にしか、幸福を感じ得ない。君は、他人の幸福にしか、幸福を感じ得ない。これは、全く逆の方向性に見えて、その実そうではない。他者に依存し、その反応をもってしか己の存在を認識できないという、生物としての致命的な欠陥。それを抱えているという意味では、君と私は同一だ」

 

 それ、は―――。

 

「治療をもって生き方を変える。それは素晴らしいことだ。君の前途には、輝かしい未来が広がるだろう。なのに、何故そうしない?」

 

 だって、俺には。

 俺には。

 あの、赤い世界を生きた、俺には。

 あの、赤い世界で、いろんなものを見てしまった、俺には。

 あの、赤い世界の中で、■さんを見捨てた俺には。

 幸せとか、そんなものを、求める、資格が―――。

 

「資格、人が幸福となるために、そんなものは必要ない。例え絞首台の前に立った猟奇殺人鬼であったとしても、幸福を追い求める権利だけは失わないのだ。どうだ、君は今から幸せを求めては。私は祝福するぞ。君の新たな人生を、君の新たな門出を」

 

 ぱさり、と。

 テーブルに、書類が。

 薄い。

 精々、四、五枚。

 

「…何だ、これは…?」

「戸籍謄本だ」

 

 …は?

 

 呆気に取られる俺のまえで、奴は悠々とその書類を手に取った。

 

「十年前の火災で、五百人の人間がこの世を追われた。しかし、彼らの死体が見つからずとも、その生きた痕跡は明白だ。その最たるものが、こういった公的な証明書である」

 

 こいつは、一体、何を―――。

 

「五百名死んだ。しかし高々五百名だ。その中から士郎という名の五、六歳の子供をピックアップすることは、それほど手間のかかる作業ではなかったな」

 

 し、ろう。

 お、れ?

 おれの、人せい。

 オレが、失っタ、じんセイ。

 俺の、本当のオレのジンセイが、ソコニ?

 

「どれ…、ふむ、やはり、きみのりょうしんはしにたえているか。シボウビハ…イウまでもナイナ」

 

 リョウ、シン。

 オレノ、トウサント、カアサン。

 あのひ、ホノオニノミコマレテレテシンダ、カアサン。

 アノヒ、瓦礫ニオシツブサレテシンダ、トオサン。

 ソシテ、ソシテ―――。

 

「ホウ、コレハ、メズラシイ。ヨロコベ、エミヤシロウ、キミニハ、フタゴノ、キョウダイガ、イル、ヨウダゾ」

 

 フタゴ、ノ。

 

 キョウダイ。

 

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。 ■、サン。

 

「サテ、コレハ、ナント、ヨンダモノカ。…シャ…?ソレトモ―――トデモヨムノカ?ナルホド、コレガ、カノジョノ、ホントウノ、ナマエ、トイウワケダ」

 

 アア、ソノナマエ。

 

 ■、サンノ、ナマエ…?

 

 イヤ、チガウ。

 

 ソノ、ナマエハ、ソノ、ナマエハ。

 

「シカシ、マサカ、シンルイエンジャ、スベテガ、シニタエタ、ワケデモ、ナカロウ。サガセバ、キミヲ、ヤサシク、ウケイレテクレル、キトクナ、ヒトモ、ミツカル、ノデハ、ナイカネ?」

 

 ソコニ。

 

 オレノ。

 

 アタラシイ。

 

 ジンセイ、ガ…?

 

「スベテヲ、ステサレ、エミヤシロウ、ト、ヨバレタモノヨ。ソウスレバ、キミハ、コウフクニナルコト、ガデキル。スクナクトモ、コウフクヲ、オイモトメル、シカクガ、ウマレルダロウ」

 

 コウフクガ。

 

 ソコニハ、コウフクガ。

 

「コレハ、キミニ、シンテイシヨウ。ナニ、レイハ、イラナイ」

 

 ヤツハ、ソノテニシタ、ウスッペラナ、カミヲ。

 

 スルリト、オレノホウニ、ヨコシテ。

 

 ニコヤカニ、ワラッタンダ。

 

 フルエル、テ。

 

 ガタガタ。

 

 ソレガ、ソノ、ウスッペラナカミヲ、ツカム。

 

「ソウダ、ソレデイイ、ソレガ、ニンゲンダ」

 

 ガタガタ。

 

 ブルブル。

 

 ソノ、フルエル、カミヲ。

 

 オレハ、フルエル、テデ。

 

 ナミダノ、ニジンダ、ヒトミ、デ。

 

 

 一気に、破り捨てた。

 

 

 びりびりと。

 

 細切れに。

 

 たった一つの文字も、読み取れないほどに!

 

「はあ、っはあ、っはああああ!」

「…哀れだな、衛宮士郎。君は、そこまでして不幸を追い求めるか…」

「俺は、正義の味方になる…!それが、俺の幸せなんだ…!何故、それを誰も、認めてくれない…!」

 

 奴は、呆れたように立ち上がった。

 その目には、哀れな罪人を眺める、聖者の憐憫が、確かに存在した。

 

「…会計は、済ませておく。気が済むまで泣いてから、店を出るといいだろう。私が黒い聖杯を求める理由、それはいずれ語ることもあるだろうが…。それまで、壮健でな」

 

 悠然とした後姿には、如何なる罵声を投げかけることも出来なかった。

 声を出せば、それは必ず嗚咽に歪むことになるから。

 涙で滲んだ、視界。

 そこから、黒い、大きな背中が消え去ったことを確認してから。

 俺は、机に突っ伏して、大声を上げて、泣いたんだ。

 

 

 歩いた。

 とぼとぼと、歩いた。

 いつか、アーチャーにぶちのめされて歩いたときみたいに、とぼとぼと。

 時折、鼻を啜る。

 涙が、止まってくれない。

 もう、駄目だ。

 そう思えるほどに、涙が止まらなかった。

 顔を、握り潰すように、隠す。

 この際、人通りが無いのが、有難かった。

 だって、泣き顔はみっともない。

 男泣きは美しいというが、あれは嘘だな。

 泣き顔が格好いいなんて、嘘だな。

 泣き顔は、みっともないんだ。

 男女を問わず、みっともない。

 だから、それを隠すみたいに、歩いたよ。

 とぼとぼ、とぼとぼと。

 たまに、電柱に縋りついて、泣いた。

 コンクリートを全力で殴って、泣いた。

 何が悲しいのか、分からなかった。

 それほどに、悲しかった。

 分からない。

 それが、罪の深さだと、そう思った。

 何が、罪なのだろうか。

 この、他者を見捨てたことから始まった人生が、だろうか。

 俺と同じ境遇で俺よりも苦しんできた彼女、それを知らなかったことが、だろうか。

 それとも、分を弁えずに正義の味方を目指す俺自身が、だろうか。

 それをひっくるめて、もう一つの人生の可能性に一瞬でも心惹かれた、そのことが、だろうか。

 分からない。

 分からないから、涙は止まってくれなかった。

 だくだくと、滝のように流れた。

 いつしか、立っているのも、辛くなって。

 地に伏せて、滴り落ちる水滴の数を数えていたとき。

 優しい、小さな手が、俺の肩を、叩いたんだ。

 振り返る。

 涙で死んだ、視界。

 そこには。

 

「こんにちは、今日も能天気そうで何よりです、衛宮先輩」

 

 いつもの笑みを浮かべた、代羽がいた。

 

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