FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode80 Between the hammer and the anvil 2 雷舞

「お前さんに、覚悟はあるのかい?」

 

「殺されてもいい、そういう覚悟じゃあない」

 

「殺してもいい、そういう覚悟だ」

 

「相手の誇りを踏み躙って、その尊厳に泥と塩を刷り込む、そういう覚悟だ」

 

「―――そうか、なら、上等だ」

 

「ならば、お前は、戦士だ」

 

「臆するな」

 

「奪うことを、恐れるな」

 

「それは、一生をかけてお前に襲い掛かるぞ」

 

「幸運を、若き戦士よ。お前の刃に、戦神の祝福の宿らんことを」

 

 

「貴方に、覚悟はありますか?」

 

「殺される覚悟ではない」

 

「殺す覚悟でも、ない」

 

「生き残る覚悟、それがありますか?」

 

「呼吸をすることすら苦しい、そういう現実を生きる覚悟は、ありますか?」

 

「己を罵倒する己の声に耐える、その覚悟はありますか?」

 

「―――そうですか、ならば、私は沈黙しましょう」

 

「私は、貴方に背を預けると誓いました」

 

「私は貴方の剣であると、盾であると、そう誓いました」

 

「ならば、私が持ちうる全ての覚悟をもって、貴方を見送りましょう」

 

「御武運を、尊き騎士よ。御身に、精霊の加護の宿らんことを」

 

 

「どうしても、行くのですか?」

 

「どうして、私を連れて行ってくれないのですか?」

 

「責任というならば、誰よりも私にこそ責任がある」

 

「姉さんを信じることの出来なかった私こそが、最も罪深いはずです」

 

「なのに―――」

 

「―――わかりました」

 

「先輩、私、貴方が大嫌い」

 

「もう、顔も、見たくない」

 

「だから、お願いです」

 

「心の底から、お願いします」

 

「私の全てをかけて、お願いします」

 

「どうか、無事に」

 

「いえ、無事じゃあなくてもいい」

 

「お願い、生きて、生きて帰ってきて…!」

 

 

「どうしても、行くの?」

 

「私もシロウと一緒に歩くって言ったのに、シロウも私を置いていくの?」

 

「それじゃあ、キリツグと一緒だね」

 

「やっぱり、シロウはキリツグの息子だわ」

 

「―――褒めてないわよ、馬鹿」

 

「もう、知らない」

 

「シロウのことなんて、これっぽっちも知らない」

 

「だから、帰ってきてね」

 

「これから、シロウにいっぱいひどいこと、してあげるんだから」

 

「たくさん、たくさん、いじめてあげるんだから」

 

「だから、絶対に、帰ってきてね」

 

 

 ごめん、みんな。

 

 俺、嘘吐きだ。

 

episode80 Between the hammer and the anvil 2 雷舞

 

 雲が、月を隠した。

 もう、どこかに消え失せた筈の、雲である。

 恥知らずにも再び顔を出したそれが、薄い紙を束ねるように折り重なり、刻々と厚みを増していく。

 灰色の夜空。

 冷え冷えとした、夜。

 月明かりと星明りは、姿を消した。

 照らすのは、ちかちかと瞬く、街灯のあかりだけ。

 その、橙色とも黄色とも取りうる、曖昧な灯りの源。

 それすらも、まもなく姿を消すだろう。

 二人には、そういう確信があった。

 そうすれば、大層深い闇が、二人を照らし出すだろう。

 身体の輪郭が闇と溶け合うような、闇だ。

 だが、今は。

 今はまだ、明るい空間。

 それでもなお黒い影が、対峙していた。

 大きな影と、小さな影。

 向かい合う、影。

 じっと、動かない。

 いずれ大粒の雨が垂れ落ちてきても、それらは動かなかった。 

 息の白ささえなければ、それは彫像のようであったのかもしれない。

 不動。

 しかし、視線だけが、炯々と輝いていた。

 互いを、見詰め合う。

 いや、見詰めるという表現は、些か相応しくない。

 どちらかといえば、眺める。

 お互いがお互いを、風景の一部として視界に収める、そういう風情であった。

 そういう視界でないと、追いつかない。

 じっと一点を凝視していたのでは、対処しきれない。

 ぼんやりと眺め、しかし一挙手一投足も見逃さない。

 そうしないと、殺される。

 それを、理解していたのだ。

 故に、不動。

 動けない。

 動けば、読まれる。

 読まれれば、つけ込まれる。

 そうすれば、負ける。

 それは、許せない。

 己の敗北は、己の苦痛ではないから。

 その想いが、互いにあった。

 だが、ここは戦場だ。

 無機物の時間が、如何程流れただろうか。

 それらの無機物は、やはり生きていた。

 ゆらりと、二つの影が揺らめいた。

 それも、同時。

 コンマ何秒のずれも無かった。

 申し合わせても計れない拍子で、二人は動いたのだ。

 ゆっくり、ゆっくり。

 ふらりと、前へ。

 まるで、体重を前に預けて、そのまま倒れ伏していくかのような、のろのろとした速度。

 華の蕾が綻ぶような速度。

 頭から傾き、それに辛うじて足が追いつくような、不自然な動作。

 動きの起点の見えない、人外の動作

 その影には、手が二本、在った。

 その影には、足が二本、在った。

 その手には、短めの剣が、握られていた。

 大きさにこそ多少の差異は認められるものの、まるで鏡像のように重なり合う、影同士。

 ならば、初撃が同一であったことこそ必然。

 静から、動へ。

 刹那。

 空間が裂けるような、一閃。

 泡が、砕ける。

 大きな気泡は、無数の小さな気泡へ。

 その、刹那。

 双方の右手が、横薙ぎに振るわれる。

 黒を、白刃が切り裂く。

 狙いは、首筋。

 必殺の意思。

 同一の軌跡。

 故に、重なる刃と刃。

 音は、降り出した雨に掻き消された。

 故に、青白い火花は、闇の中でいっそのこと輝いた。

 高らかに、輝いた。

 それが、この意味の無い戦いの、開戦を告げる鬨だった。

 

「はあッ!」

「しゃああっ!」

 

 言葉は、無かった。

 会話は、無かった。

 十合を超えて、二十合。

 切り結ばれる刃と刃。

 力は、少年にこそ分があった。

 人の身体から神秘という要素を覗けば、それはリアリズムの塊だ。

 こと闘争において、骨格で劣り筋繊維の絶対量で及ばぬ少女が、少年に勝るはずが無い。

 それでも二人は互角。

 いや、むしろ僅かにではあるが、少女が優勢だった。

 確かに、単純な力、速度では少年が勝る。

 だが、少女には、それを補って余りある経験があった。

 魔導元帥、バルトメロイ=ローレライ。

 彼女の恩人にして、師にして、姉代わりだった存在。

 その走狗として人外の肉を食んだ、その経験が。

 その戦場で立ちはだかった敵は、悉く人外。

 人の想像力の及ばぬ、化け物たち。

 魔力も持たず、異能も持たず、ただ不死のみが武器の、少女。

 人が、その慮外の化け物を相手取るに、力だけでは余りに儚過ぎる。

 その力、その知恵、その技、その理性。

 全てを鍛え上げ、研ぎ澄まし、収束させたところでやっとの互角。

 そんな世界に、少女はいたのだ。

 武器は、不死のみ。

 貧弱な身体、貧弱な精神、貧弱な魔力。

 幾度も、敗れた。

 幾度も、凌辱された。

 幾度も殺されて、その度に生き返って、歯を食いしばって立ち上がった。

 そうして、少女は戦った。

 それこそが、贖罪と信じて。

 己が見捨てた存在の望みに叶うと、自分を偽って。

 涙は、一度も流さなかった。

 ただ、その眉目を覆う仮面だけが、厚く厚くなっていったのだ。

 陰気に、そうして堅牢に。

 それは、彼女が彼と出会うまで続いたことを、彼は知りうるのだろうか。

 彼女は、今でもその仮面を被り続けていることに、少年は気付きうるのだろうか。

 それでも、少女は戦った。

 己が人の役に立っている。

 己が人に必要とされている。

 それだけで、彼女は生きることが出来た。

 そうでなければ、彼女は生きることが出来なかった。

 殺したくは、無かったのに。

 人以外でも、人の形をしたものだから。

 だから、殺したくは、無かったのに。

 だけど、殺したのだ。

 仕方ないから。

 まるで、彼女の従者のように。

 それが、人か、人の形をしたそれ以外か、それだけの話。

 少女は、確かに人殺しだった。

 人殺しだったのだ。

 少年は、それを知った。

 今日、この場で、初めて知った。

 彼の身に宿った英霊の経験が、それを知らしめた。

 この剣は、人殺しの剣である、と。

 己と同じ存在が振るう剣である、と。

 それは、何よりも少年を悲しませた。

 目の前で、無表情に双剣を振るう、少女。

 知っていた。

 昔から、知っていた。

 後輩として。

 友人の妹として。

 それより前も。

 何か、違う存在として。

 知っていた。

 知っていたのだ。

 知っていたのに。

 彼は、その少女を助けることが叶わなかった。

 助けようと決心することすら、叶わなかった。

 ただ、安穏と暮らしていた。

 今日の晩御飯のおかずは何にしようかと、真剣に頭を悩ませていた。

 今日の晩御飯のおかずが美味しかったと、義父に褒められて喜んだ。

 そのとき、彼女は、きっと泣いていたのだと。

 泣きながら、誰かを殺していたのだと。

 殺して、そうして喰っていたのだと。

 泣きながら、涎を垂らしながら、その死肉を貪っていたのだと。

 今、初めて知った。

 だから、怒った。

 激怒した。

 はらわたが煮えくり返りそうなほど、激怒した。

 他ならぬ、彼女に。

 目の前で、己を殺そうと剣を振るう、少女に、激怒した。

 それは、きっと彼が守るべき存在だった。

 それでも、それゆえに、許しがたかった。

 

 何故、知らせてくれなかった!

 何故、助けを求めてくれなかった!

 

 怒り。

 激怒。

 憤怒。

 殺意すら、あった。

 それを込めて、剣を振るう。

 悲しかったのかもしれない。

 そうだ、確かに悲しかったのだ。

 自分が、悲しかった。

 少女が、悲しかった。

 自分が鍛錬をしている間に、兄に犯されていた少女が、悲しかった。

 自分が義父の土産話に目を輝かせていたとき、返り血に塗れていたであろう少女が、悲しかった。

 自分が料理を覚えるのに必死だったとき、蟲に凌辱されていた少女が、悲しかった。

 自分が誕生日ケーキに舌鼓を打った時、得体の知れない生肉を喰らうしかなかった少女が、悲しかった。

 自分が病院のベッドに横たわっていたとき、冷たい石の上でその身体を弄くられた少女が、悲しかった。

 要するに、ただ悲しかった。

 だから、少年は少女を許すことが出来なかった。

 理由は、明白だ。

 許してしまえば、彼は生きていられない。

 彼を支える全てのものが、崩壊する。

 存在の危機。

 故に、彼は刃を振るった。

 贖罪の代わりに、殺意を込めて。

 涙の代わりに、殺気を込めて。

 御免なさい、許してください。

 そう、剣を振るい続けた。

 いつしか、雨はその勢いを強めた。

 しとしととした霧雨は、叩きつけるような驟雨に。

 ざあざあと全身を貫く雨すら、二人の意識には遠過ぎた。

 ただ、剣と剣がぶつかり合う音が、雨音に掻き消されていった。

 

 剣戟は、続く。

 

 五十合。

 百合。

 同一存在の振るう剣は、致命には至らない。

 咽喉元を狙った突きは、切り上げる一閃に弾かれる。

 返す胴薙ぎは、巧緻にうねる刃が阻む。

 頭部を両断すべく振り上げられた必殺の意思は。

 頭上で交差された不破の防壁の前に拒絶される。

 徒労の刃。

 それでも、浅い傷は、無数に。

 互いの身体を、血化粧で彩っていく。

 だが、その戦場は暗闇ゆえに。

 赤は赤としての存在を全うできない。

 無色の液体として。流れていく。

 ざあざあと、流れ落ちていく。

 血も、血臭も、その熱も。

 全てが、冬の雨に流れ落ちていく。

 ざあざあと、響く。

 それを心地いいと思ったのは、果たしてどちらだったのだろうか。

 雨が、降る。

 青白い剣線が、闇を照らす。

 弾きあう独楽のような、剣舞。

 それを見守る瞳が、一組。

 じっと、闇の中から。

 苦痛と後悔に塗れた視線で、その戦いの行く末を、見守っている。

 それが、己に課せられた義務であるかのように。

 じっと、見つめていた。

 

「…驚きました。まさか、貴方がここまでとは…」

「…俺の方こそ、驚いているよ。代羽、お前、強かったんだな」

 

 またしても、無意味の呟き。

 それを理解したのは、ほぼ同時。

 だから、苦笑したのも同時だった。

 出来過ぎだ。

 そう思って苦笑したのは、片方だけだったが。

 

「…貴方は、自分の起源について、考えたことがありますか?」

「…起源?」

「はい。方向性、根源衝動、如何様にも言い換えることが叶うでしょうが、要するに己の存在価値、そのことです」

「…考えたことも、無い」

 

 くすり、と、少女は微笑った。

 少年に、その表情を読み取ることは、出来なかった。

 その微笑みのどこにも、邪気は無かった。

 あるとすれば、一抹の嫉妬だけがあっただろうか。

 それ以上のものは、読み取れなかった。

 それは、とりもなおさず、少女が彼よりも目上の存在であることを印象付けた。

 

 ―――後輩、だったのにな。

 

 そう思って、少年も微笑んだ。

 そんな、会話。

 そんな、嵐の中の凪のような、会話。

 それは、確かに幸福では在った。

 それ故、その時間は余りにも弱弱しい。

 弱弱しいから、幸福なのか。

 一瞬の空隙は、しかし殺意に塗り潰される。

 一拍の間合は、然り、瞬時に押し潰される。

 再び交わる、刃と刃。

 もう、幾度交わったのか、数えることも億劫だ。

 そう、どちらかが思ったととき。

 限界が、訪れた。

 それは、体力、ではない。

 それは、軋む手首の骨、でもない。

 折れ砕けたのは、剣だった。

 少女の持つ剣。

 彼女の、いや、彼女の中の彼の使役する、魔蟲。

 その中でも最高の硬度を誇る甲虫の外骨格。

 その中でも最も堅いところを削り出し、打ち鍛え、研ぎ澄ました逸品。

 更に魔力で洗練し、相応の血を吸わせた、逸品。

 それでも、宝具の域には程遠い。

 だから、これは当然の帰結であった。

 武器の優劣は個々の力量を埋めるほどの差異にはならない。

 鉄の剣であろうが、銅の剣であろうが、肉の身体を貫くには十分だ。

 しかし、個々の力量が拮抗しているならば、その勝敗の線引きに使われるのは、武器の質なのだ。

 そして、折れ砕けた少女の剣。

 少年は、一瞬だけ勝ちを確信した。

 一瞬後に、その思考を後悔した。

 パン、と、乾いた音が、雨の音を掻き消した。

 少年の大腿部を、焼けるような激痛が襲った。

 崩れ落ちた膝が、深い水溜りに沈む。

 

「があっ!」

 

 焼け付くような、声。

 その声は、萎え砕けそうになる己を鼓舞するものではなかったか。

 硝煙の香りが、瞬きほどの時間だけ周囲を満たして、雨の中に消えていった。

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