隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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2.感謝の言葉は身に染みる

 

 

 ブレザーを信濃さんに被せてそのまま帰った昨日。つまり今日はブレザー無しで登校しなければならない訳で。

 

 

 

「……四月とはいえ、朝はまだ肌寒いんだよなぁ……」

 

 

 

 ぶるりと身震いをしながら歩く廊下。学校指定のシャツ姿の俺の事へ向けられる視線を感じながら、昨日の出来事に思いを馳せる。

 もう少し優しく誘導してあげた方が良かったのではないだろうか。そもそも男の上着を頭から被せられるなんて不快ではなかっただろうか。手、強く引きすぎた気もする……そんな後悔を胸に歩く朝は、なんとも憂鬱。ワイヤレスイヤホンから流れてくるお気に入りのJPOPも、俺の気持ちを上向かせてはくれそうにない。とりあえず聞いておけば無理矢理テンションがぶち上げられるこのプレイリストが無意味なのだ、今俺は相当落ち込んでいるのだろう。

 

 しかし、歩み続けていたらいつか目的地に着くのは当然のこと。いつの間にやら自分の教室の前まで来てしまっていた。

 

 

 

「はぁ……ういっすー」

 

 

 

 小さくため息を噛み殺しながら、昨日と同じように気さくに挨拶しながら扉を開ける。教室には既に半分ほど生徒が居て、みな思い思いに過ごしていた。

 

 信濃さんは──どうやらまだ来ていないみたいだった。

 

 

 

「お、おはよう黒澤くん……なんで上着着てないの?」

「おはよー矢掛くん……これには深い訳があってね……色々あったんだよ」

「へぇ……鳥の糞でも喰らったの?」

「ははは……そういうわけじゃないよ」

 

 

 

 とうとうブレザーについて言及してくる人が出てきた。

 

 昨日軽く会話をしただけなのに話しかけてくれるなんていい人だな、なんて思いながら矢掛くんに軽く笑いかける。

 

 

 

「……おはよう、くろさきくん」

 

 

 

 

 そんな俺の背中に投げかけられた、小さな声。

 

 交わした会話の量は少ないが、それでも昨日の今日で忘れることなんてできない女の子の声の主を確認するように振り返る。

 

 案の定、そこに居たのは現在の俺の悩みの種が、学校指定のカバンとなぜか紙袋を手にしていた。

 

 何故か何人かの生徒──矢掛くんを含む──がこちらを驚いたように振り返っていたが、それについて言及するのはまた後にしておこう。

 

 

 

「おはよう、信濃さん。昨日は大丈夫だった?」

「……うん。これ」

 

 

 

 信濃さんが差し出してきた紙袋を受け取る。中身に目を向けると、きちんと折りたたまれた学校指定のブレザー。

 それが誰のものかなんて、聞くまでもなかった。

 

 

 

「どうってことないよ。役に立てたのなら光栄だよ」

「…………………………………………ありがとう」

 

 

 

 たっぷり十秒かけて、まるで絞り出したかのように感謝の言葉が紡がれた。

 

 信濃さんはその一言を告げると、まるで逃げるように自分の席へと足早に移動していった。取り残された俺。そんな俺を見つめる人物たち……全員、北中出身と昨日の自己紹介で口にしていた生徒だった。

 

 それには当然、昨日俺に優しい忠告をしてくれた矢掛くんも含まれていた。

 

 

 

「……後で説明した方がいいか?」

「お願いできるかな……ちょっと、いやかなり、混乱してる」

 

 

 

 ありえないものを見るような目をしている矢掛くんにそう告げ、俺は自分の席へと向かう。渡された紙袋からブレザーを取り出して羽織る。

 ふわりと香った消臭剤の匂い。ポケットに入れていたお気に入りのハンカチは、きちんとアイロンがけまでされていた。

 

 信濃さんに目を向けると、信濃さんはブックカバーがかけられた文庫本を読んでいた……時折、こちらの様子を伺うように視線を向けてきていたが。

 

 

 

「…………何の本、読んでるの?」

「太宰」

「太宰かぁ。羅生門とか?」

「それは芥川。これは人間失格」

「ほー……太宰にしても芥川にしても、読んだことないなぁ。面白い?」

「面白い。でも、難しい」

「難しい……理解するのが?」

「言葉が。もう少し分かりやすい言葉で書けばいいのに」

「ふうん。俺も読んでみようかなぁ」

「心配しなくても、現代文の教科書に載ってる」

「じゃ、それを見てみて決めるよ。邪魔してごめんね」

「構わない」

 

 

 

 昨日の会話がボウリング玉だとすれば、今日は床に落としたバドミントンの羽くらいは会話が弾んでいた。

 彼女が気分を害していないことを確認した俺は、彼女の読書の邪魔をしちゃ悪いと紙袋をしまおうとする──ところで、紙袋の中にまだ何か入っていることに気付いた。

 

 それを手に取った時……思わず笑みがこぼれてしまった。

 

 

 

「……お茶、ありがとう」

「…………ん」

 

 

 

 ホットのお茶の蓋を開けながら、信濃さんにお礼を言う。

 

 ぶっきらぼうに反応した彼女の表情は、眼帯に隠されて見えなかった。

 

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