隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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この作品には、明確なテーマソングがあります。


28.それだけで

 

 通された部屋の中は、俺たち一家が住んでいる間取りとそう変わらなかった。

 家族五人で住んで丁度いいくらいの部屋。二人で暮らす信濃さんたちは持て余さないかと勝手に不安を募らせる。

 

 出かける予定だったとのことで、部屋の中の電気は全て消されていた。信濃さんを壁や扉や家具にぶつけないよう、慎重に運んでいく。

 

 

「信濃さん。部屋どこかな?」

「……そこの、扉」

「これだね……お邪魔しても、大丈夫?」

「……かまわ、ない」

 

 

 しんどそうな信濃さんに喋らせてしまうのは心苦しいが、少しだけ頑張ってもらって部屋の場所を聞き出す。

 教えて貰った扉。信濃さんに許しを得て、扉を開ける。

 

 ──図書室かと、思った。

 

 

「うわぁ……すっごい……これ全部、信濃さんの本?」

「そう……収まりきらないから、もう一部屋丸々……ある」

 

 

 壁中に設置された本棚。その全てに様々な種類の本が種類ごとに並べられていて、起き切れていない本が一部床に積んである。

 何より特異なのが、その他の家具がベッドとシンプルな机、椅子しかない。クローゼットすらないので、本当に私服は持っていないのだろう……今身につけている、ワンピース以外。

 

 俺はひとまず信濃さんをベッドに下ろし寝かせる。彼女のお腹が、苦しそうに上下していた。

 

 

「さて、と……シワになっちゃうから、着替えた方が良いかな。寝巻きは……これ?」

「そ、れ……今日の夜、着るの……」

「ん。じゃあ外に居るから、着替えが終わったら呼んでよ。あ、脱いだワンピースは俺が掛けとくから、置いといて」

「…………わか、った」

 

 

 そう言い残して、俺は部屋の外へと出る。

 

 賢治さんから許可は貰っているので、必要なものを揃えにいく。とりあえず、体温計と……飲み物があれば良いだろうか?

 体温計は個別で場所を聞いていたので、リビングのペン立ての中に刺さってあるのを回収。その足でキッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。

 ストックしてあると言っていたスポーツドリンクを取り出し、棚にしまってあった彼女のものだという赤みがかったガラス製のコップを取り出す。

 

 とくとくと注ぎ、一旦ダイニングテーブルの上に。

 

 

「信濃さん? 着替え終わったかな?」

「……おわってる」

「分かった。入るね……お、可愛いパジャマだね」

 

 

 パジャマ姿の信濃さん。私服は持っていないと言っていた割にそのパジャマはフリルをあしらった白色ワンピースタイプの可愛らしいデザイン。

 先程まで着ていたワンピースは、しんどいにも関わらずハンガーに吊るされ、壁のハングバーに掛けられていた。

 

 椅子借りるね、と一言口にし、椅子をベッドの傍にまで持ってきて座る。サイドテーブルが無いので、コップは一旦机の上だ。

 

 

「さて、と……たーいーおーんーけーいー!」

「……どこで見つけたの」

「あぁ、賢治さんが場所教えてくれてさ。とりあえず測ろっか……ま、三八度三分位はあるかな」

 

 

 ほら、と彼女の脇に挟ませる。暫くして、静かな部屋の中に電子音が響く。

 

 

「……八度五分」

「うーん、想像より高いなぁ……とりあえず、スポドリ飲んで。はい、これ」

「ありがとう」

 

 

 緩慢な動きで起き上がった彼女は、俺から受け取ったコップからちびちびとスポドリを飲んでいく。よほど喉が乾いていたのか、全部飲み干しそうな勢いだが……半分ほどのところで、止める。

 

 

「残りは少しずつね。まだ冷たいし、急に飲んだらお腹壊しちゃうよ?」

「……そうする」

 

 

 彼女から受け取ったコップを、机の上に戻す。

 振り返ると、信濃さんは座った状態のまま、ガックリと項垂れていた。

 

 

「……本当に、ごめん、なさい」

 

 

 やがて、信濃さんが本当に小さな声で謝罪の言葉を紡ぎ始める。

 風邪のせいで潤んでいたと思っていた瞳から、ぽろぽろと涙が零れていた。

 

 信濃さんの涙を見るのは、二回目だ。初めて出会った日の、あの時以来。

 

 

「やくそくっ……まもれっ、なかったっ……せっかく、くろさわくんがっ……! おべんとうまで、つくってくれてるのに…………!」

 

 

 伸ばされた手が、俺の服の裾を掴む。

 縋るようなその目が、まるで幼い子供のようだった。

 

 いつもの冷静な様子は何処にもない。溢れる気持ちを必死に俺に伝えようとしていた。

 

 

「いつも……わがままばっかりのわたしなのに……めいわくかけてばっかりのわたしなのにっ……めんどうなせいかくのわたしなのにいっ……ほんとうに、ごめんっ…………」

 

 

 ──きらわ、ないで。

 

 

 その一言を口にした途端、信濃さんはしゃくり上げるように泣き始めてしまった。

 顔を上げることも出来ず、堪えようとしているのだろうが、涙が止まる気配はない。

 

 体調を崩したことが……いや、俺との約束を守れなかったことが、本当に許されないことだと思い込んでいるようだ。

 

 だけど──信濃さんの手は、俺の服の端を握りしめたままだった。

 

 それだけで、十分だった。

 

 

「──信濃さん」

「────へ」

 

 

 伸ばされた手を引き寄せ、彼女の体を引き寄せ、そのまま彼女の背に手を回す。

 優しく抱き締める胸の中。信濃さんの嗚咽が、ピタリと止んだ。

 

 

 

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