隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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33.学生の本分

「信濃さんっ! 勉強教えてください!」

 

 

 無理だった。

 テスト勉強を開始して3日。昔から苦手な英語が本格的にやばいと悟った俺は、朝の登校中に信濃さんに頭を下げていた。

 マジでほんと、英語だけは昔からダメ。しかし、大学受験とやらは理系だろうが文系だろうが英語は必須とのことらしく、勉強しないわけにはいかない。

 

 一人でうんうん唸っていたが、これはもう誰かに教えを乞わないと無理だとなり、一番接点がありかつ勉強ができると噂の信濃さんに助けを求めた。

 

 

「……意外。黒澤くん、何でもできると思ってた」

「俺はそんなスーパーヒーローじゃないよ……できないことだってたくさんあるよ」

 

 

 スーパーヒーローですら、できないことが沢山あるんだ。その辺にいる男子高校生である俺にできないことなんて、それこそ山のようにある。

 でも、できないをできないままで終わらせたくないという気持ちももちろん持っている。だからこそ英語の勉強を頑張ろうとしているのだ。

 

 それはそれとして、キノコだけは絶対に食べないが。

 

 

「……ろ……く……、わ……の、ひ…………」

「ん? なんか言った?」

「……英語……教えれるって言った」

「ほんとかい!?」

「……っ、いつもの、お礼……それくらい、構わない」

 

 

 思わず隣を歩く信濃さんに向かって身を乗り出してしまう。一瞬、その目が驚いたかのように見開かれたが……すぐに、いつも通り、元通り。

 

 

「で、どこで教えればいいの? お昼……だけじゃないよね」

「そうなんだよね……できれば放課後とか、休みの日にも教えてもらいたいしなぁ……」

 

 

 テスト週間なのだ。普段よりもしっかりと勉学に身を置くのはもちろん、ある程度集中できる環境を作り出すことも重要。

 俺から頼み込んでいるのだ。俺が場所の提案をしなければ。

 

 

「……放課後は、いつもの教室でいいとしてー……休みは、いつもの図書館?」

「おすすめしない。テスト週間は人が増える。騒がしい」

「そっかぁ……人が少ないところがいいよね……」

 

 

 そうなると、ファミレスは論外。信濃さんはそもそも静かな場所が好きだ。

 そういえば、休日も学校の自習室は使えるという話だった気がする……けど、休みの日まで制服を着て学校に来たくはないので、これも却下。

 

 あーでもない、こーでもないと頭を捻っているうちに……一つ、妙案を思いついた。

 

 

「そうだ。俺の家でやる?」

「……………………え」

「あそこなら……いや、ダメだ……つーは兎も角、しーは絶対騒ぐ……ごめん、やっぱなし」

 

 

 妙案だと思っていたものは、穴ぽこだらけのひどい案。どう考えたって「かな兄が女の子連れてきたー!」と騒ぐに決まっている。そのまましーのおもちゃコースだ。

 

 さて、どうしようか。流石に信濃さん家では難易度が高すぎる。どうしたものか。

 

 

「──行きたい」

 

 

 再び頭を捻ろうとしていたところに投げかけられた言葉は、本当に予想外のもので。

 それこそ、立ち止まって俺の服の裾を掴んだ信濃さんに驚いて立ち止まるくらい。

 

 俺を見上げる信濃さんは、少し怯えたように眉を八の字にしていた。

 

 

「……煩くてもいいから、行きたい」

「……いいの?」

「構わない。なんなら、妹さんと弟さんに勉強教えてもいい」

「そ、そこまでは流石に申し訳ないって!」

「──だって」

 

 

 四月までの信濃さんなら、考えられない行動だ。

 こんな風に微かとはいえ感情を表に出して、自分の気持ちを口にしようとするなんて。

 

 

「いつも、黒澤くんには良くしてもらってる。こんな事ぐらいでしか、お返しできない」

 

 

 そして、こんな風にこれまでを変えようとしている女の子の必死な提案を、誰が拒否できるものか。

 

 俺は裾を掴んでいる信濃さんの手を取り、笑いかけてみせる。

 

 

「分かった。そこまで言うなら俺の家でやろっか。お昼は……うん、うちのお袋に言って、信濃さんの分も用意してもらうよ」

「そ、それこそ申し訳ない……!」

「いやいや、家に来てもらうのにご飯用意して貰ったりなんかしたら、それこそ親父とお袋からどやされるよ。多分話をしたら勝手に用意すると思うし、そこは気にしないでよ。大丈夫、お袋は俺の料理の師匠だから、味は保証するよ」

「……分かった」

 

 

 渋々といった様子で引き下がったが、その口角が少しだけ上がっているのを見逃さない。

 美味しいものが好きな信濃さん。きっとお袋の料理も美味しそうに食べてくれるだろう。

 

 

「それじゃあ、土曜日の朝10時くらいに俺の部屋に来てよ」

「分かった。楽しみにしてる」

「りょーかい。それじゃ、行こっか」

「ん」

 

 

 話がまとまったところで、一歩目を踏み出そう……と、したところで、謎の歩きにくさを感じる。

 一歩踏み出した瞬間に、右手が後ろ引っ張られる。見てみると、右手が何かを掴んでいた。

 

 ──そう、先程信濃さんの手を掴んで、そのまま彼女と手を繋いだままだった。

 

 

「あ、ごめん信濃さん。握ったままだったや」

 

 

 ごめんごめん、と彼女の手を離す。信濃さんのことはお姫様抱っこしたり抱き締めたりともう散々色々やって来たが、だからといって手を握ることが許されるとは思えない。

 

 

「…………構わない」

 

 

 いつも通りのセリフを口にした信濃さんだったが、その表情はどこか拗ねたように見えた。

 機嫌損ねちゃったかな、なんて思いながら彼女の歩幅に合わせて登校を再開した。

 

 

 

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