隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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39.出張

 

「え? 賢治さんが出張? いつから?」

「六月頭から、二週間」

「それは……まずいね」

 

 

 梅雨が間近の五月下旬。生憎の雨模様となった帰り路を帰る俺と咲さん。青い傘とビニール傘が二つ、歩道に並んで咲いていた。

 そんな中、咲さんから唐突に告げられた話は、それなりの一大事。

 

 賢治さんと二人で暮らしている咲さん。その状態で賢治さんが出張ということは、当然咲さんは一人になってしまうわけで。

 

 

「流石に女の子一人は見過ごせないなぁ……」

「大丈夫。いつものこと」

「そうかもしれないけどさ……心配するよ、やっぱり」

 

 

 もしも何かあってしまったら、咲さんが辛い思いをしてしまうし、賢治さんも悲しむ。無論、俺も。

 なにもなかったのは、これまでが幸運だったから。これから先も、同じとは限らない。単純に咲さんが心配すぎる。

 

 となると、何かしら動いた方がいいのではないかと考えてしまう単純思考。俺はちょっとごめんと咲さんに断りを入れて、スマホを取り出す。

 

 

「えーっと………………よし、これでいいかな」

「……誰に連絡入れたの?」

「ん? 賢治さん」

「……いつの間に伯父さんと連絡先交換したの?」

「そりゃあ、咲さんを家まで送って看病した日」

 

 

 何かあった時用と連絡先を交換しておいたのが功を成した。が、咲さんはどこか不満気だ。

 育ての親と友人が連絡を取り合っていたら、確かにいい気はしないかもしれない。だけど、今回ばかりはその不機嫌をフォローする気はない。

 

 

「お、返信早い…………うんうん、なるほどなるほど……了解しましたっと……あとはうちの親にっと…………うっわ、返信はっや……あー、うん、そうだよね……そう言うよね……よしっ、咲さん!」

「……何」

「今、賢治さんとうちの親両方から許可をいただきましたが……賢治さんが居ない二週間は、うちで生活してもらっても大丈夫です!」

 

 

 雨粒に塗れた傘に遮られて咲さんの表情は確認できないが、おそらく困惑しているのだろうということは空気感で察知することができた。

 ので、俺はそのまま説明を続ける。

 

 

「それこそ、朝ご飯お弁当晩ご飯、お風呂に睡眠場所、全部オールオッケー! あ、賢治さんからだ……えっと……うん、ご飯だけは絶対に面倒見てくれって言われたので、三食だけは必ず黒澤家のお世話になること!」

「……なんで?」

「えー、賢治さんからのタレコミですが……咲さん、ほっといたら一日中本読んで、それこそご飯とか食べないらしいじゃないですか。そんなのダメ! 絶対ダメ!」

 

 

『飯をちゃんと食わない奴が語る幸せなんて、俺は絶対に認めない。旨いもの腹一杯食って、安心できる寝床で寝て……それが出来た上で、初めて見つけるものが幸せなんだよ』

 

 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てられた親父の一言。仕事で出会った人のことだろうか、珍しく家で落ち込んでいた親父のその一言は、やけに脳にこびり付いていた。

 それ以来、俺たち三兄弟は何があっても三食きちんと食べて、夜はちゃんと寝る生活を続けている。

 

 

「いいかい? 咲さん。今君のことを心配してくれる人は、賢治さん以外に五人います! そして、君に何かあった時に悲しむ人間も、賢治さん以外に五人います!」

 

 

 五、ということを強調するように、右手を大きく開いて前に突き出す。五人というのは勿論、俺たち一家のことだ。

 

 もう俺たちは他人なんかじゃないのだ。

 

 

「たとえ余計なお世話だって言われても、ご飯だけは絶対、ぜぇったい食べて貰うからね!」

「……流石に、申し訳ない」

「大丈夫! 賢治さんが、うちの両親に生活費を出したいって言ってるから!」

「……でも」

「大丈夫! 君のことを鬱陶しく思う人は居ないから!」

「……じゃあ、お世話になる」

 

 

 大分渋っていた咲さんだったが、力説の末説得に成功した。これでひとまず安心だ。

 俺は軽くかがみ、傘に隠れた咲さんの顔を覗き込み……にっこりと、笑顔を浮かべて見せる。

 

 

「うんっ。二週間、よろしくね、咲さん」

「だけど、寝床はどうするの」

「あぁ、それは……しーのベッド使えばいいよ。今使ってないし」

「なんで?」

「中学生になったタイミングでさ、二人別々のベッドを用意したんだけどさ……同じ布団じゃないと寝れなかったみたいで。今でもつーのベッドで二人で寝てるから、しーのベッドが空いてるんだよ」

 

 

 今でも忘れない、目の下に濃いクマを浮かべてリビングにやってきた二人の姿。流石にあんな状態になった二人を引きはがす気にはなれず、その日の夜から同じベッドで寝るようになった。

 おかげで、完全に空いているベッドが一つ。そこで寝て貰えば大丈夫だろう。

 

 

「……あの二人、ちょっと心配になるくらい一緒に居る」

「まあ、いつかは離れなきゃいけないのかなぁとは思ってるっぽいけどね……ま、寝床に関しては心配しなくていいよ」

「分かった……じゃあ、またその時はお世話になる」

「りょーかい」

 

 

 ──この時、俺は一切気付いてなかった。

 

 咲さんを心配するあまり、「この後家に咲さんが居る生活を二週間送る」という事実がいったいどれほど重大なことなのかに。

 

 それに気づくのは、六月二日……咲さんが家に来た、初日の夜のことだった。

 

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