「…………あのさ、つー」
「なしたよ」
「……もしかしてさ、これから二週間咲さんがウチに出入りするってこと?」
「何を今更……バカなの?」
決意を友人たちに語った夕方。早速その決意が揺らぎそうな大事件がすぐ目の前に迫っていた。
自宅のリビングにて、俺とつーは向かい合わせに座って黙々と課題を進めていた。しーも一緒にやっていたのだが、今は花を摘みに行っていた。
そんなわけで、男二人。ある意味一番相談しやすい家族であるつーに話を持ちかけていた。
「どうせ後先考えずに突っ走ったんでしょまた……他人のためって考えたら本当に周りが見えないというか……」
「そんなの分かりきってるけどさぁ……ねぇ?」
「ねぇ? って言われてもさ……」
分かりやすくわざとらしく、大きな大きなため息を吐き出すつー。一言二言文句を言いそうになってしまうが、情けないことを言っている自覚はあるので口を閉ざす。
あの時……咲さんに提案した時は本当に何も思っていなかった。咲さんが一人だと危ないしなにかあってからでは遅い。それならウチに……本当に、ただ純粋に心配していた。
勿論、今でも心配なのだ。だが、それはそれとして仲のいい同級生と共に生活するというのはやはり、その、ヤバい。
「そう言えば……信濃さんはどこで寝てもらうの?」
「あー、しーが今ベッド使ってないだろ? そこ使わせてもらえばって思ってたんだけど……」
「……流石にダメじゃね? 兄さんがしーのベッド使って、信濃さんに兄さんのベッド使ってもらえば? 布団は交換しといてさ」
「そうするか。んじゃ、咲さんが来る前に……」
がたり、ピンポーン。
俺が席を立つのと、家の中に電子音が響くのは同時だった。
間抜けな格好で立ち尽くしていたがつーにさっさと行ってこいと背中を押され、てくてくとインターホンを押す。
「はいはーい? どちら様ですかー?」
『咲です。来ました』
「ん。ちょっと待っててね」
インターホンから聞こえてくる女の子の声を聞き、俺は少しだけ早足で玄関へと向かう。
チェーンを外し、鍵を開け、そのままゆっくりと扉を開ける。
「さっきぶりだね、咲さん。あれ、制服のままなんだ?」
「部屋着持ってないから……お邪魔します」
5月の勉強会以来に我が黒澤家の敷居を跨いだ咲さんは、前回とは違い制服姿でのご登場だ。少し大きめのカバンには、一通りの生活用品が入っているのだろうか。
そう言えば、彼女の部屋にあった服は制服とパジャマと、俺が買った服だけだ。今度は部屋着を贈ろう、と頭のノートにメモっておく。
どうぞどうぞ、と彼女を家に上げ、そのまま奥に向かってもらう。綺麗に揃えられた学校指定のローファーをちらりと見て、鍵を閉めてチェーンを装着。そのままリビングに向かうと、咲さんがつーと対面していた。
「……ど、どうも」
「お邪魔します。暫くお世話になります」
「いえ、お構いなく……」
ミスター内弁慶、つー。全く会話が続かない。
しーはしーでコミュニケーション能力に若干の問題があるが、つーはつーで大変そうだ。
俺の目線に気付いたのか、きっと睨み付けてくるつーに笑いかけてやる。いい練習だ、ちょっとはしーに任せず会話を頑張れ。
「……兄さん。部屋に案内したげて。兄さんの部屋に」
「え」
「ん、それもそうだな。じゃ咲さん、こっち」
「え」
さぁさぁどうぞこちらへと言わんばかりに、咲さんの背中を押して俺の部屋へと案内する。
『掃除はしろ。心の余裕ができる』という親父の教えに倣い、毎日綺麗にしている俺の部屋。この部屋に友人を招くのは勿論初めてだし、女の子を招き入れるなど、当然、初めてで。
「とりあえずこの部屋使ってよ。あ、ベッドは後で布団交換しとくから。流石に俺がいつも寝てるベッド使わせる訳にはいかないしね」
「……それは、そう」
「じゃあ、荷解きでもしといてよ。俺ちょっとつーに用事あるから」
自分の部屋の真ん中に、何が起きたか理解していない顔をした、眼帯美少女が佇んでいる。
この光景を目と脳裏に焼き付けた俺は、そのまま彼女を置いて扉を閉め、リビングへ。
そして、リビングに居るつーに向けて一言。
「ヤバい。俺の部屋に咲さんが居るんだけど!?」
「落ち着けばーか」
「落ち着け? 落ち着けるわけないでしょ!? 無理だってこんなの!」
何度でも言うが、俺は普通の男子高校生だ。
仲のいい女子が自分の部屋に居る。なんならそこでしばらく生活をする。
無理だ。冷静になんてなれるはずない。
「どうしよう!? 俺どーすればいいの!?」
「押し倒せ。自分の女にしてしまえば、下手に照れることもねーだろ」
「おいコラ男子中学生! その情報はお前の年齢に開示されてない!」
「兄さんの年齢にだって開示されてませんけどぉー? なんで兄さんは知ってるんですかぁー?」
「俺はお兄ちゃんだからだ! お兄ちゃんは凄いんだぞ!」
「そりゃあ兄さんは凄いけどさ!」
「そうだろう! 兄ちゃん凄いだろ!」
「おう! すっげぇ凄い!」
「「……………………あれ?」」
何やら途中から口論の方向性が変化してきたところで、俺とつーは正気に戻って首を傾げる。
黒澤家の喧嘩は、発生こそするものの毒にも薬にもならないようなものが殆どなのであった。