「……咲さん。ごめん」
「……どうしたの急に」
「なんか、色々と」
自分の部屋にて荷解きをしている咲さん。その中に置いてあったシャンプーとボディーソープを見て思わず胸を撫で下ろしていた。
昔、恭介の家に泊まった時の話だが、恭介は髪も体も顔も全て固形石鹸一つで洗っていた。
精神的にしんどい思いをしている人間は、身の回りに無頓着になりやすいという話は親父から聞いていた。実際問題咲さんは服を殆ど持たないなど当てはまっていたが、シャンプーなどは使ってくれているようで安心した。
が。
「……リンスやコンディショナーは?」
「無い」
「……洗顔フォームは?」
「無い」
「……化粧水や乳液は?」
「無い」
「……自前のドライヤーは?」
「無い」
そりゃあ髪も痛むなと一人納得する。よくよく見てみれば、彼女が持ってきたシャンプーは男物の安物。せっかく綺麗な色をしているのに。というか、洗顔フォーム使わずにこの肌のツヤハリは凄い。
しかし、俺の目の前でその辺を疎かになどさせない。
「よし、とりあえず今日はしーの使って下さい。使い方が分からなかったらしーに教えて貰って下さい」
「構わない」
「構うよ。せっかく綺麗な髪の色してるのに蔑ろにしたら。きちんとお手入れすればもっと可愛くなるのに」
「……別に、誰にでも可愛いって思われたいわけじゃない」
どこか不貞腐れたように顔を背ける咲さん。
俺は床に腰を下ろしていた彼女の隣にしゃがみこみ、彼女の髪の毛をひと房持ち上げてみせる。
「じゃあ、俺は?」
自分でも、鳥肌が立つ言い方だ。仕草といい言動といい、相手が相手なら彼女も冷たい目線を投げかけるのだろう。
でも、今彼女の目の前にいるのは、俺。
「……自惚れ奏くん」
「あれ、そうなの? いやぁ、てっきり……」
「……間違いじゃ、ない」
ふいっと顔を逸らし、自分のカバンを覗き込むように俯く咲さん。
分かりやすい反応に少しだけ笑みが溢れてしまう。こんなの、勘違いするなという方が無理な話だ。
そして恐らく、いや間違いなくこれは勘違いなんかじゃない。
「そういうわけだから、きちんとお手入れ頑張っていこう! もっと可愛くなろう! って言っても、俺は女の子のオシャレにあんまり詳しくないから……それこそしーに教えてもらうことになるかな?」
そんな自分の邪な考えを払うように、よっこいせと立ち上がり、そのままリビングに居るであろうしーに事情を説明しよう……と扉に向かったところで、バァン! と勢いよく開かれた扉。
「咲さん! こんにちは!!」
「あっぶな……おい、しー。扉はゆっくり開けなよ?」
「はーいっ! 今日からしばらくよろしくお願いします!」
「え、あ、いや、こちらこそよろしくお願いします」
相変わらずのしーの勢いにタジタジの咲さんに苦笑いしていると、床の上に置かれたシャンプーを見かけたしーがんー? と首をひねり、咲さんの横にしゃがむ。
両手にそれぞれシャンプーとボディーソープを持ち、交互に見比べたしーは、そのまま咲さんの顔を覗き込む。
「…………えっと、栞ちゃん?」
「…………咲さん。今日は私のシャンプーリンス諸々使って下さい。こんなもん使っちゃダメです。かな兄、明日私が言ったシャンプーとか買ってきて」
「おう。ハナからそのつもりだ」
こんなもん呼ばわりしたシャンプーとボディーソープを取り上げ、胸の前でばってんを作るしー。
流石の咲さんも困惑顔でしーを見上げる。最近、咲さんの表情がだいぶ豊かになってきて俺としては非常に喜ばしい。喜怒哀楽はどれも欠けちゃダメな大切な感情だ。しっかり育んでいこう。
それじゃ、これは没収です! と先後に大きく言い残したしーは、そのままばびゅんと俺の部屋から立ち去って行った。相変わらず行動の全てが騒がしい妹だと笑う。
「ま、しーもああ言ってるし、遠慮しないでよ」
「……前から、思ってたけどさ」
ふと、しーが出て行った扉を眺めていた咲さんが、そのままの体勢でぽつぽつと呟き始めた。
「栞ちゃんって……可愛いね」
「うん、そうだね」
「自信満々に言うね……」
「そりゃまぁ、兄バカだって言われてもおかしくないとは思うけどさ……アイツはさ、可愛くなる努力をきちんとしてるんだよ」
朝。毎朝少し早起きしてランニングを15分。
朝ごはんをしっかり食べて、洗顔と保湿をしっかりと。髪の毛弄って、バッチリ決めて学校へ。
学校が終わって帰ってきたら、しっかり晩御飯を食べて軽く筋トレ。風呂でのスキンケアも忘れない。
夜更かしはしないように、10時になったらぐっすりと。少ないお小遣いは、自分の身だしなみに使う。
「そんなの、可愛くなるに決まってるよ」
「……なんで?」
「自分が可愛いと、気分が上がるからだってさ。モテたいとかじゃないあたり、しーらしいよ」
「……私も、あぁなれるかな」
「なれるよ。咲さんは、努力できる人間だから」
……じゃあ、ちょっとだけ、頑張ってみる。
そう言った咲さんは、いつもより少し、可愛く見えた。