隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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43.可愛くなる努力要らないんじゃない?

 

 

「……」

「……」

 

 

 ぼっけぇ見られてる。

 

 風呂上がりの咲さんと俺。特にすることも無かったので二人で並んでソファに座ってテレビを見ていた……が、咲さんはテレビには目もくれず、じっと俺の横顔を見つめてきていた。

 風呂上がりぽっかぽかの咲さん。しーからシャンプーリンス等々を借りて使い方の指導、更にはスキンケアにドライヤーまでバッチリな咲さん。

 

 正直、可愛すぎて顔を合わせられない。

 

 今更ながら、湯上りの異性の同級生が手を伸ばせば届く距離にいるというだけでもうかなり真面目にやばい。

 

 

「……あの、咲さん。そんなに見られると恥ずかしいのですが」

 

 

 堪らず俺は咲さんの方には目を向けずに、寧ろ反対側に顔を背ける。

 後頭部に突き刺さる視線を感じる。咲さん以外にも、仕事終わりの1杯を楽しむ親父やその親父の子守りを立派にこなしているつーの視線などなど。

 

 

「……今日、シャンプー頑張った」

「…………ん?」

 

 

 唐突。

 

 咲さんの言動は割と脈絡が無く話の繋がりが見えてこないことが多いが、今回もその例に漏れず頑張った報告。

 脳が理解する前に、きゅ、と服の裾を引っ張られる感覚。この場で引っ張る存在など、1人しか居ない。

 

 

「生まれて初めてリンスとコンディショナー使った」

「……はい」

「体も、なんかモコモコの泡が作れるので洗った」

「…………ハイ」

「湯船に浸かって温まった後で、洗顔した」

「……………………」

「栞ちゃんから借りた化粧水と美容液と、あと乳液も付けた」

「…………えっ、と」

 

 

 咲さんがどんな思いで自分の風呂での行動を口にしているのかは、既に察してしまった。

 

 しかし、まぁ。

 

 ここはリビング。家族団欒の場で。これまでみたいに2人っきりという訳では無く、俺の家族が見ている場で。

 

 

「……私、頑張って、可愛くなろうと、してる」

「…………」

「……私、多分、さっきより、可愛くなってる」

 

 

 天を仰ぎ、両手で顔を覆った。

 

 まず一つ。俺は今非常に感動していた。

 あれほどまでに自分に無頓着だった咲さんが、これほどまでに自分の身なりに気を使おうと気を吐いていることに。咲さん、休みの日に昼食抜くとか平気でしようとしてたし、私服なんて持ってなかったのだ。大きな進歩だ。

 

 そして、もう一つ。

 

 ──流石に言動が可愛すぎて口元がにやける。

 

 

「……あの、ですね。咲さん。その、俺もね? お風呂上がりの咲さん可愛いなーとは思ったり、している、訳でして」

「うん」

「でもー、そのー、ですね? あの、貴方様の後ろにですね? 俺の最愛の弟と、プリン体ゼロとか健康気にしてるんだか気にしてないんだかよくわかんないやっすい発泡酒しか楽しみのない、仕事終わりの親父が居るんですよ」

「つーと俺の差酷すぎだろ」

 

 

 何やら外野からヤジが飛んできたが、全て無視。

 俺の様子のおかしさに首を傾げた咲さん。ここまで言っても分からないのなら、もう素直に口にするしかない──観念するしかなかった。

 

 

「その、つまりですね……恥ずかしいんですよ」

 

 

 このカミングアウト自体に羞恥を感じてしまっている俺は、自分の膝に肘を置いて頬杖。

 申し訳ないが、余計咲さんの顔が見れない。なんだかんだ咲さんに対しては恥ずかしい言動をしてきた自覚はあるが、流石に家族が直視している前でする勇気は無い。

 

 

「……良かった」

 

 

 そういう意味では、彼女はある意味図太いのだろう。

 俺が恥ずかしがっていることも、俺の家族が後ろに控えていることも気にせず、彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

「ちゃんと、可愛いんだ」

 

 

 ふふっ、と頬を緩める咲さん。

 

 思わず彼女の微笑みを直視してしまった俺は……ゆっくりその場から立ち上がり、親父とつーが座るテーブルに相席する。

 親父がツマミにしてたコンビニのタコの唐揚げを一つ強奪し、口に運ぶ。タコの確かな歯ごたえと香ばしい香り──こんな時、もう少し歳をとってたら酒の1杯でも流し込んでいたのだろうか。

 

 

「……」

 

 

 最早何も喋れなくなってしまった俺は、味が薄くなりつつあるタコの唐揚げを無限に咀嚼する。

 むぐむぐ、と口を動かしながら、耐えきれなくなった俺は熱くなっていく頬を隠すように机に伏せる。

 ぽん、と隣に座るつーが俺の背中を撫で、ぽん、と対面に座る親父が俺の頭に手を置いた。

 

 

「……天然たらしクソボケ兄貴が返り討ちに合うことなんてあるんだな」

「まぁ、その……黒澤家の男は尻に敷かれる運命なんだ。気にするな」

 

 

 普段なら煽りの一つでも入れてくるはずの親父とつーから慰められた俺は、ごくりとタコの唐揚げを飲み込む。

 

 美味しいな、タコの唐揚げ。

 

 

「……あの、奏くん……?」

「あー、咲さん。気にしてやんな。咲さんが可愛すぎておかしくなりかけてるだけだから」

「そうですか……なら、よかった」

「……すげぇ」

 

 

 思わずつーがボソリと呟いたその一言が、全ての結論であった。

 

 

「おっふろ上がったよー! ……ってあれ? なにこの状況」

「お、しーいい所に。ちょっと咲さんと部屋で遊んできなさい」

「りょーかーい! 咲さん咲さん、恋バナしよ恋バナ!」

「へ、ちょ……わー…………」

 

 

 きゃー!! と無駄にテンションを上げたしーに連行されて行った咲さんを見送った俺たち。

 

 

「……あれは、苦労するな……色んな意味で」

「頑張れよ」

「アイ……」

 

 

 未だに頬の熱が引かない俺は、机に突っ伏したまま力無く返事するしか無かった。

 

 

 

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