隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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44.寝落ち通話

 

 

 

 あの後──何故か頬を真っ赤にして戻ってきたしー。

 どんな話をしたんだ、と尋ねてみると「かな兄、頑張って……」と珍しく元気無く答えられてしまった。

 

 ──咲さん、どんだけ惚気けたんすか。

 

 思わず得体の知れないものを見る目で咲さんを見下ろしてしまったが、当の本人はどこか満足気に鼻を鳴らすのみ。

 後でしーをフォローするとして、もう既に時刻は10時半。

 しーは既に船を漕ぎ始めているし、つーもどこか眠そうだ。そして、俺も正直眠たくなってきた。

 

 

「くぁ………眠い」

「……まだ10時半」

「いつも11時位には寝るからね……咲さんは、まだ大丈夫そうだね」

「今日はまだ眠くない」

 

 

 実際咲さんのお目目はぱっちり。布団に入ったとしても寝れないだろう。

 我らが黒澤家は夜に弱く朝に強い。皆基本的に日を跨ぐまで起きられないし、朝はわりとすんなり起きれる。大晦日なんてみんなうつらうつらしながら年明けの瞬間を踏み越えようとしている。

 

 読み進めていた文庫本をぱたんと閉じた咲さん。そのまま脇に置いていた2冊目の本に手を伸ばす。

 

 

「そういえば、咲さんはいつも何時くらいに寝てるの?」

「分からない」

「……」

「いつも気がついたら寝てる。2時とか、3時とかだった覚えはある」

「咲さん。寝よう。早寝早起き頑張ろう」

 

 

 問題を1つ片付けたと思ったらまた出てくる問題。

 流石に一日の睡眠時間が6時間未満なのは見過ごせない。寝ないなんて論外──食にも無頓着で睡眠も短い。彼女が小柄で細身だった要因の一つだろう。

 

 

「……やだ」

 

 

 珍しく、明確な否定の言葉が咲さんから飛び出した。

 有無を言わさぬその態度に、少しだけ面食らってしまう。なんだかんだこれまでは傾聴はしてくれていたので、本当に驚いてしまった。

 

 

「い、や……寝なきゃダメだよ。身体にも悪いし……」

「やだ」

「……なんでか、聞かせてもらってもいいかな? 話せるなら、だけど……」

 

 

 このままでは埒が明かないと、俺はアプローチを変えていくことにした。

 咲さんは2冊目の文庫本を読み進めようとしていたが、ぱたんと閉じて顔を上げた。

 

 

「……怖い。寝るのが。起きるのが」

 

 

 ぽつり。一言。

 

 普通なら、可愛らしいとか微笑ましいとか、そういう感想が出てくるのだろう。実際、しーとつーが5歳くらいの頃に、夜が怖いと俺の布団に潜り込んできた時は、尊さでどうにかなりそうだった。

 しかし──眼帯の紐が切れてしまった時のように、今にも泣き出してしまいそうな表情で言われてしまったら、そんなこと、できるわけもない。

 

 そして何より──起きるのも、怖い。

 

 咲さんが咲さんたらしめる、その一端なのだろう、睡眠が。

 

 

「……怖い、か……じゃあさ、寝落ち通話でもする? ついでにモーニングコールもしてあげるよ」

 

 

 ──ここで俺が取れる選択肢はいくつかあった。

 これは後になって痛感したのだが……この時の俺のこの選択肢は、紛うことなきパーフェクトコミュニケーションだった。彼女との長い付き合いの中でも、会心の返答だった。

 

 

「……同じ屋根の下なのに?」

「ほら、一人になりたい時ってあるじゃん……ね?」

 

 

 ぱちこり、と左目でウインクしてみせる。

 それだけで察したのか、咲さんはあぁ、と声を零した。

 

 

「……まぁ、やるだけやってみようよ」

「……それくらいなら。私が寝そうに無かったら、先に寝ても良いから」

「はいよ」

 

 

 ──という会話をしたのが、およそ20分前。

 この後俺と咲さんは寝る支度を終わらせて、咲さんは俺の部屋へ、俺はしーとつーの部屋の使ってないベットに寝転んだ。

 

 しーとつーは既にすっかり夢の中。抱き合って眠る2人を起こさないように小声で話さなければ……と、布団の中で通話を始める。

 

 

「もしもし……聴こえる?」

『うん、聴こえる』

 

 

 ワイヤレスイヤホンから聞こえてくるひそひそ声。

 寝転んでいるからだろうか、すこし普段とは違う声色の咲さんの声。

 

 どきりと胸が高鳴るが、軽く咳払いで追い払う。

 

 

「布団大丈夫? 寝にくかったりしない?」

『問題ない。部屋中から奏くんの匂いがするくらい』

「……あ、そっすか……」

『大丈夫。いい匂い。落ち着く』

「あ、りがとう……」

 

 

 相変わらず、狙ってるのか素なのか(おそらく素)分からない咲さんの殺し文句。

 動揺するな、寝れなくなるぞと自分に気合を入れてリラックス。なんだか矛盾してるような気もするけど、気にしたら負けだ。

 

 

「さて、と……寝落ち通話ってのも難しい話だけどさ、取り敢えず咲さんは本読まないでね? で、目を瞑って……俺の声に意識を集中してね?」

『……』

「大丈夫。怖くなったら、こっちの部屋に来て起こしてくれたっていい」

『……じゃあ、信じる』

「ありがとう、咲さん……じゃあ、まずはゆっくり、息を吸うところから」

 

 

 木谷くんが最近ハマっていると言うASMR。前聞いたそれみたいな感じで、ゆっくりと寝かしつけるように。

 

 

「ゆっくり、すって……苦しくないくらいまですってー……肩の力を抜きながら、ゆっくり、はいてー……うん、

上手。もう一回……すってー…………今度は、おなかの力を抜きながら、はいてー……」

 

 

 こうして、全身の力を抜いていくように呼吸するよう指示をしていく……と、俺の呼吸の指示無しで聞こえてくる、彼女の呼吸音。

 ん? と首を傾げていると……やがてそれは規則正しいゆったりとしたリズムになった。

 

 

「…………咲さん?」

『…………すぅ…………すぅ…………』

 

 

 ──寝た!? 寝るの怖いとか言ってたのに、こんなあっさり!?

 

 思わず叫びそうになってしまったが、折角寝た咲さんも隣で寝るしーとつーを起こす訳にもいかない。

 

 釈然としない気持ちを抱えたまま通話を切ろうとして──何となく、そのままにしておき、目を閉じた。

 

 明日の起床予定は6時半から7時。咲さんより早く起きてモーニングコールをするために、さっさと眠ることにした。

 

 

 

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