──朝。
結局あの後一睡もできなかった俺は、ぐるぐると巡る思考の波に身を任せながらソファに寝転がっていた。
久しぶりの感覚だ。ここまで苦しんでるのは恭介と二人で恭介の親父さんの墓参りに行った時以来かもしれない。
全身を襲う無力感と、罪悪感。罪悪感を抱いてしまうことにすら罪悪感を抱く、最悪の状態。
恐らく……咲さんへの対応は間違えてはいない。恐らく今回の一件で彼女は大きく前に進めたはずだ。かなり恥ずかしい発言もしたが、咲さんの反応を見る限り大丈夫そうだ。あの安心しきった穏やかな素顔は、見ていて惚れ惚れする。
しかし、俺は知ってしまっている。俺の救った親友の父親が、俺が救おうとしている好きな人の両親を死なせてしまったという事実。
「……キッツいなぁ、これ」
大前提、登場人物は誰も悪くない。恭介の親父さんの死因は急性の心臓発作。事故とは全く関係ないところで命を落としてしまっている。
部外者だからこんなことが言えるのだが、不幸な事故なのだ。恭介の親父さんも恭介も咲さんも、皆が皆悪くなんてない。
──だけど、俺は全て知っているから。
だから、苦しい。だから、ずっと悩んでいる。それこそ、一睡もできないほどに。
誰に相談できようか。咲さんは俺のことを信用してくれて、それで俺には知ってもらいたいと思って覚悟を決めてくれたんだ。それなのに俺が苦しい、それだけで誰かに相談なんて、不誠実だろう。
「……大丈夫。いつも通り……いける」
自分を落ち着かせるための言葉も、お気に入りのJPOPも何も意味をなさない。
今日は日曜日。今日は、咲さんの誕生日。
「……お、おはよう。奏くん」
暫く、何をするでもなかった俺に声を掛けてきたのは、本日の主役。
顔だけそちらに向けてみると、いつも通り眼帯を着けていた咲さんの姿。泣きはらしたまま眠ってしまったからか、若干目元が赤い。
しかし、その顔は晴れやか。血色も良く、ぐっすり眠れたことは明らかだった。
しかし、何故か、いつもより目線が泳いでいた。普段真っ直ぐこちらを見据える咲さんにしては、本当に珍しい。
……心なしか、顔が赤く見えるのは、その、気のせいでは無いんだろう。
「おはよう、咲さん。良く寝れた?」
いつも通り、笑顔を浮かべられているか分からないが、それでもぎこちなくても俺は笑みを作る。
ばちり、と目線が交わったかと思うと……咲さんの顔が、まるで弾かれたかのように俺から逸らされた。
気のせいではないと言い切れるくらい上気した頬。耳まで赤くなるほど紅潮している彼女を見て……全てを察する。
──完全に、俺に惚れてる、これ。
「……咲さん、改めて、誕生日おめでとう。プレゼントは用意できてないけど……何かしてほしいこととかあったら、言ってほしいな」
満更でもないし、正直嬉しい。本来なら飛び跳ねてしまいそうな程には嬉しいのだが、今そんなことできるはずもない。そんな精神状態じゃない。
胸の奥がずっと締め付けられているような感覚を無視しながら、普段の俺が言いそうなセリフを咲さんに投げかける。ぴくり、と肩が震えたかと思うと、咲さんはおずおずとこちらの表情を窺う。
「……えっ、と。その……な、何でもいいの?」
「んー、命とか、5000兆円とか、そういう逸脱したのは無しね?」
じゃあ、と咲さんが目を閉じて思案した後、とてとてと俺に近づいてきたかと思うと……ぎゅっと、俺の身体に抱き着いてきた。
普段の彼女と比べてもかなり積極的なその行動にあっけに取られていると、おずおずと背中に回された腕に力が入る。
「……抱き、締めて。ぎゅー、って」
──可愛すぎて、倒れるかと思った。
寝不足かつ衝撃の事実にやられたメンタル。そんなところにこんな世界で一番可愛いんじゃないかという行動を見せつけられて、よく耐えた俺。
逆に、メンタルやられてたから耐えられたのかもしれない。俺に抱き着いてきた咲さんの身体が明らかに熱くなっていくのを感じながら、その細い体躯を優しく抱き締める。
「お易い御用だよ、咲さん……珍しいね」
「……その……えっと、私も、よ、よく分かんないんだけど……奏くんを見た時、抱きしめて欲しくて、苦しくなって……怖く、なった」
──やっぱりこの子、これまで全く自覚してなかったな。
はっきり言わせてもらおう。咲さんが俺の事を好きなのはだいぶ前から分かってた。しかし、どうにも咲さんはそれを自覚してなかったのだろう。
そして今。完全に自分の感情を理解してしまった結果。これまで自分の感情を押し殺してきた彼女にとって、その激情はあまりにも劇物。
「大丈夫。俺はどこにも行かないよ。言っただろう? 君を幸せにするって」
「……う、ん……」
覚悟決めろ、黒澤 奏。彼女をこうしたのは、他の誰でもない、お前だ。
知っていようが知ってなかろうが、お前がやることはこの女の子を責任もって幸せにすることだけだ。
寝不足の頭で咲さんを抱き締めながら、俺は覚悟を決める。
──その後、賢治さんから、『もし咲が前に進めたのなら、私たちの家の、私の部屋。そこのクローゼットを開けて欲しい』というメッセージが来るまで、俺たちは抱き合っていた。家族が起きてこなくて、本当に良かった。