「……えっと、俺も着いてきて良かったの?」
「構わない。伯父さんがその連絡をしたのは、奏くんだから」
あれから、朝食を食べて身支度を軽くした俺たちは、その足で咲さんの部屋へと向かった。
朝は焦った。特に何も話していないのに、親父は咲さんの心境の変化を一目で見抜いていた。
あの様子だと、俺が本調子でない事は見抜かれているだろう……昔から、親父には隠し事ができない。
それでも、何も言わなかったのは優しさか。
「……なら、行こっか」
「うん」
咲さんが体調を崩したあの日以来の、彼女の家。その中の、賢治さんの部屋。許可を得ている俺たちは、その扉をゆっくりと開ける。
咲さんの部屋ほどでは無いが、物の少ないシンプルな部屋だ。ベッドと少し大きめのPCデスク、本棚に、クローゼット。
俺と咲さんは、そのクローゼットの前に立つ。
「……何があるんだろうね」
「さぁ……まぁ、私に関するなにか……ぐらいしか分からないけど」
2人きり、という事もあり彼女は眼帯を外していた。透き通るような碧は、いつ見ても目が覚めるような違和感。
何も映さないその瞳。だけど、その双眸はしかとクローゼットの扉を見据えていた。
やがて、意を決したように扉に手を掛けた咲さんは、そのまま扉を開く。
「……服が、いっぱい」
「いや……むしろ少ない位じゃないかな? シンプルなデザインの服ばかりだ……あ、でもセンスいい」
ぱっと見た感じ、奇抜なデザインの服や古着のようなものは持っていないようだ。しかし、全体的に洗練されたデザインの服が多く、落ち着いた大人コーデには困らないだろう。
こんな服が似合う大人になりたいな、なんて数十年後の想像をしながら視線を下に落として──息を飲んだ。
咲さんもほぼ同時にそれを見つけたようで、その目を大きく見開いた。
「…………プレゼント、ボックス?」
そこにあったのは、色とりどりな大小様々な、5個のプレゼントボックス。
どれも丁寧にラッピングされているが、買った時期がバラバラなのか、少し包装紙が破れていたり、中には色褪せている物もあった。
それが何を意味しているのか……語るまでも無かった。
震えながらゆっくりと膝を付いた咲さんは、その中でも1番古そうな箱を手に取る。ゆっくりと、しかし丁寧にリボンを解き、包装紙を剥がす。
数年ぶりに外気に触れた外箱。白いそれをゆっくりと開けてみると、中に座っていたのは、1匹のテディベア。
「……っ」
そのまま咲さんは、一つ一つ箱を開けていく。
少し角が破れたプレゼントボックスからは、可愛らしい猫のポーチ。小物入れに使うと、日常生活が楽しくなりそうだ。
少しくたびれプレゼントボックスからは、オシャレなデザインの長財布。カバンから出す度に、テンションが少し上がりそう。
少し表面にシワがあるプレゼントボックスからは、白と若草色を基調とした、花のデザインの可愛らしいブックカバー。咲さんがよく読む文庫サイズだ。
そして……まるで最近用意されたかのような新しいプレゼントボックスからは、革製の栞。『S.S.』の刻印が誰を指しているのかは、言うまでもない。
「…………咲さん。君は──今すぐ、賢治さんに電話するべきだ」
普段の俺ならしないような、強い口調。
断言する。咲さんは今すぐ賢治さんと話さなきゃならない。
咲さんが賢治さんに恩を感じているのは傍目から見ても分かる。それはこの短い付き合いの俺でも分かる。
賢治さんが咲さんを大切に思っているのは傍から見ても分かる。それはこの短い付き合いの俺でも分かる。そして、咲さんがそれを理解していることも。
──だけど、賢治さんは、それを理解していない。
そんなの、あんまりだ。
「賢治さんも、ずっと祝いたかったんだよ。それこそ、その日からずっと。だけど、君の心を守るために。それでも……いつか、いつか君が前を向ける日。それまで祝えなかった誕生日を祝うために」
「……おじ、さん」
「君自身の口で、伝えるべきだ。前を向けたよって。プレゼントありがとうって。大好きだよって……想いは、気持ちは、感情は。言葉にしないと何も伝わらない」
テディベアをぎゅっと胸に抱いた咲さん。ここ2日で急激な感情の起伏に襲われている彼女。
昨日は、彼女に寄り添った。だけど、これは、背中を押すだけ。
これは、俺の入るべき問題では無い。咲さんが真正面から向き合うべきだ。
「……あい、たい」
激情が落ちる音が、ぽたぽたと。
「おじさんに……あいたい」
賢治さんからの愛を確かに受け取った彼女は、たった一言。静かに呟いた。
まるで、小さな子供の、可愛らしいわがままのように。
「……賢治さんに、言ってみなよ。きっと、応えてくれる」
「でもっ……迷惑、だよ……っ」
「大丈夫。俺を……いや、賢治さんを信じなよ」
きっと……いつもの咲さんなら、我慢できたのだろう。
だけど、今の彼女は、
蓋をされていた情緒が、この2日で急激に育まれているこの現状。
──咲さんは、ゆっくりとスマホを取り出し……震える指先で、賢治さんに、メッセージを1つ。
『あいたい』
静かに打ち込んだ咲さんは、意を決したように送信ボタンを押した。
『すぐ行く』
そう賢治さんから返信が来たのは、たったの十数秒後だった。