隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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53.父親

 

 

 5時間。

 

 賢治さんの出張先からここに来るまで、どんなに急いでもそれくらいかかるらしい。気軽に行き来することなんて出来ないくらい、遠い距離。俺たち子供にとっては、行くだけでも中々覚悟のいる距離。

 

 ──それでも、賢治さんは帰ってきた。

 

 汗だくになって肩で息をして、膝に手を着いて。50歳近い彼には苦しかったはずだ。

 

 彼がここまで必死になってやって来たのは──彼の咲さんを見る目を見てきた俺には、手に取るようにわかった。

 

 

「……おじ、さん」

 

 

 あの後──俺と咲さんは、賢治さんと咲さんの家で、のんびり時間を過ごしていた。そわそわと落ち着かない彼女と共に、本を読んだりテレビを見たり。賢治さんとの思い出話を聞いてみたり。どの思い出も大切そうに、懐かしむように語る咲さんは、確かに愛されて来たことが分かった。時々泣きそうになる彼女を慰めたりもして。

 5時間。ゆっくりと彼女の緊張を解してきたがやはり、ぴしりと固まってしまった。

 

 そりゃそうなるよな、と彼女を見て口元が緩む。昔、母の日にカーネーションを買ってきたしーとつーが、お袋に渡そうとしている直前のような、緊張した面持ち──家族に感謝を告げるのって、愛しているって伝えるって、やっぱり、気恥ずかしい。けど、大切なことだ。

 

 

「咲……」

 

 

 賢治さんは、咲さんの顔を見て──分かりやすく泣きそうに顔を歪めていた。

 これまで頑なに他人の前で着け続けていた眼帯を、俺の前で外しているから。綺麗な碧が、部屋の中できらりと輝いている。

 

 お互い、名前を呼びあっただけ。だけど、そのやり取りだけで──ここからは、俺が居てはいけないのだと、嫌でも分かる。

 

 

「……んじゃ、あとは二人で。咲さん。話したいこと、いっぱい話しなよ」

 

 

 ぽん、と咲さんの背中を軽く叩いた後、賢治さんの横を通って立ち去る。家族の時間に、俺は邪魔者だ。

 

 

「……奏君」

 

 

 ふと、背中越しに聞こえてくる賢治さんの声に足を止める。声は震えていて、どんな顔をしているのかは、見るまでもない。

 だからこそ俺は背を向けたまま、彼の言葉を待つ──その顔を見ていいのは、咲さんだけだから。

 

 

「どれだけ言葉を尽くしても、伝えきれないだろうから、簡単に一言だけ言わせてくれ──本当に、本当に…………ありがとう」

「──どういたしまして、です。時間の許す限り……語ってください」

 

 

 そう言い残して、俺は去る。ばたん、と咲さんの家の扉を閉めて、しばらくその扉を眺めて……そのまま立ち去る。

 ここに来た時はまだまだ太陽は登っているところだったが、今は既にてっぺんを超えようとしている。

 

 俺はその足で階段を下り、自分の家へ。ただいまと一言、大きめの声で。

 

 

「よう、おかえり」

 

 

 出迎えてくれたのは、親父だった。簡単に一言、ボソリと呟いたかと思うと、ソファに座れと促してくる。テレビの画面に映るのは、最近流行りの格闘ゲーム。

 俺はそのまま横に座り、コントローラーを持つ。親父はどこからか調達してきていたアケコン……ゲーセンとかのアーケードゲームに付いているようなコントローラーを膝に置く。親父、ガチすぎる。

 

 親父が白い道着の主人公キャラ、俺が緑色の野生児キャラを選択して、対戦開始。

 

 

「……咲さんはどうだ?」

「今賢治さんと話してるとこ。居ちゃいけないだろうなって」

「まーな。って、スラばっか打ってんじゃねぇ」

「そっちが弾ばっか撃つからだろーが」

 

 

 画面の中のキャラは激しい戦いを繰り広げているが、俺と親父の会話は穏やかなものだ。

 画面端に追い込まれた俺のキャラが、最後は投げられて1本先取は親父。そのまま次のラウンドが始まる。

 

 

「……その様子だと、咲さんは相当前に進めたみたいだな」

「あぁ……まだまだ咲さんの世界は狭いから、もっと色んなものに触れて貰わないと……なっ!」

 

 

 このラウンドを取られたら負けの俺は、必殺技ゲージをフルに使って放つ超必殺技を親父のキャラに叩き込む。何とかラウンドを取り返したが、状況は不利。

 淡々と始まるファイナルラウンド。下手な攻撃を喰らわないよう、慎重に立ち回る。

 

 

「そりゃあよかった。ま、お前がなんで今日夜更かし気味で覚悟決めた顔してんのかは聞かねぇが……俺からは一言だけ」

「……なんだよ」

「爪はちゃんと切れよ。あと、まだ孫の顔見せるのは早いからな」

 

 

 殴った。ゲームの中ではなく、俺の拳で、親父を。

 深々とボディに突き刺さる俺の拳。呻き声を上げながら、しかしコントローラーから手を離さない親父。画面の中では親父のキャラが俺のキャラに超必殺技のアッパーを叩き込んで、試合終了。勝利画面で背中を見せていた。

 

 

「親父。確かに咲さんは間違いなく俺の事好きだよ? それに気付いてない俺じゃないし、ぶっちゃけ俺も好きだからその内そーゆー関係になるぞ? だからって高校生の息子15歳に言ってんじゃねぇ」

「おまっ……ボディをグーはダメだろ……家庭内暴力だっ……」

「効いてねぇ癖に……腹筋バッキバキの癖に」

 

 

 付き合ってられるかと、コントローラーを置いた俺は自分の部屋に向かう。流石に眠たいので、軽く昼寝をしよう。

 

 

「奏」

「……なんだよ」

「乗り越えろよ」

 

 

 ……最初からそう言えよ。

 

 悪態をつくことも出来たが、おうと一言返してリビングを後にした。

 

 

 

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