いつも通りと言えばいつも通り、強いて言えば午後の授業でうたた寝しかけて、咲さんに突っつかれたくらいしか特筆するべきことの無い一日を過ごした。
そして放課後。俺たち4人は前に俺と咲さん、後ろに赤嶺さんと木谷くんという並びで歩道を歩いていた。
目的地は、学校から歩いて5分のファミレス。地元岡山には存在しなかったチェーン店だ。正確に言えば存在したのだが、岡山に行かないと存在しなかった(※ここで言う「岡山に行く」とは岡山市へ行く、という意味である。以前赤嶺さんに癖で話してたら何言ってるんだと突っ込まれた)。
……しかし、目立つ集団だなと、残りの3人を見て感じる。
1人は小さな眼帯美少女、1人は金髪美少女、1人はでかい。なんだかこの3人に囲まれていると、俺まで目立つ側になってしまった感覚がする。1人浮いてるという意味で。
「そーいや赤嶺さんよ。赤嶺さんは勉強どんなもんなん? 勉強要らねぇって言ってたから、賢いんだとは思うけど……」
「教科書読めば大丈夫だぜ? だから参考にしなさんな」
「あー……俺は真面目に勉強するしかないのかぁ……勉強せずに暮らしたい……課題と定期テストが恨めしい……」
「んな事言って。この学校に入れてるってことはそれなりにできたんだろ?」
「中学ではそりゃあ上の方だったよ。でもよ、俺よりできるやつがゴロゴロいるんだよこの学校……自信無くすよなぁ」
「まー、赤取らない程度には頑張れ。この学校でそれだけできてたらどっかの大学には行けるさ」
意外だったのは、赤嶺さんと木谷くんの会話が思いの外弾んでいる、ということだった。木谷くんがコミュ力高いのは分かってたが、まさか赤嶺さんが普通に会話するとは思っていなかった。未だに木谷くんの名前覚えていないのに。
そんなことを考えていたら、俺の思考を見透かしたのか、赤嶺さんがふっ、笑う。
「なんだよ黒澤。アタシとでかいのが喋ってるのが珍しいか?」
「うん。意外」
「あの……名前……」
「アタシだって会話はできるぜ? やらないだけで」
「あー……うん、分かった」
相変わらず名前を呼んで貰えずでかいの呼ばわりの木谷くんに心の中で合掌しつつ、赤嶺さんの言葉に頷く。
赤嶺さんは天才だ。コミュニケーションを取らないだけで、コミュニケーションの真似事ぐらいなら他愛も無いのだろう。
これで夢は漫画家。勿体ないと思うのは何様だという話だが、どうしても思ってしまう。将来とんでもない漫画家になっている可能性は、十二分にあるだろうが。
「……私や奏くんとの会話は、そっちから話しかけてくる癖に」
そんな中、先程まで1人黙っていた咲さんが、ぽそりと一言。
最近分かりやすくなってきていた咲さんの表情だが、その表情は少し分かりずらい。
むすっとしたような、それでいて口元が緩んでいるような、そんな感じ。
赤嶺さんはその表情にぴくりと眉を動かしたかと思うと、いつもより少しだけ爽やかな笑顔。
「そりゃあ、お前と黒澤は面白いからな。特に、今のお前はもっと面白い」
「…………?」
「ちょっと耳貸せ」
なんの事やら、と首を傾げた咲さんの肩を抱き(身長差があるので、咲さんの体がすっぽり隠れてしまった)、その耳元で何かを囁く赤嶺さん。
次の瞬間──それはそれは綺麗に顔を真っ赤にした咲さんが、驚愕の表情で赤嶺さんを、そして俺を見る。
赤嶺さんが何を呟いたのか、大体想像は付く。今の彼女が顔を赤くする要因なんて、俺しかいない。
やがて、りんごみたいに赤い顔のままキッと赤嶺さんを睨みつける。全然怖くなかった。
「……赤嶺さん」
「おお、怖い怖い。まー、なんだかんだ昔馴染みだ、アタシは応援してるぜ────咲」
最後に一つ、さらりと爆弾発言を言ってのけた赤嶺さんは、先程とは別の意味で驚いている咲さんに微笑みかけて、先行ってるぜと足取り軽く駆け出していった。
呆気に取られた俺と咲さん。彼女の笑顔が、これまでのどれよりも晴れやかで、嬉しそうな笑顔だったから。
男の一人や二人、簡単に落とせてしまいそうなほどの、魅力的な微笑みだった。
「……赤嶺さん、あんな風に笑うんだ」
「……だね。びっくりした」
「なんだよ、酷い言いようだな。あっちの笑顔の方が俺は好きだぞ? いつもより良い笑顔じゃねぇか」
「そりゃあそうだけど……」
これまで、散々達観したかのような態度を取り続けてきていた赤嶺さんだ。
あんな……友人の恋心の目覚めを祝福するかのような笑顔を浮かべるようには、とても思えなかった。
……これは、赤嶺さんへの評価を改めた方がいいのかもしれない。
もしかしたら、彼女は咲さんを観察対象では無く──普通に、友人として見ているのかもしれない。
「……伯父さん以外から呼び捨てにされたの、初めてかも」
咲さんのそんな呟きの中に、戸惑いこそあれど、不快感は一切無かった。
「ところで、俺もそろそろ黒澤の事奏って呼んでいい?」
「全然いいよ。こちらこそ呼ばせてもらうよ、裕也」
「あいよ、奏」
なんとなく、俺と木谷くん……裕也とも、そんな会話を交わしていた。