隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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56.友達だよ

 

 

「……あいきゃんすぴーくいんぐりっしゅ。あいあむじゃぱにーず」

「おう、英語喋れるならこの英文和訳しやがれ」

「…………あれ?」

 

 

 ファミレスのボックス席。男女で対面するように座った俺たちは、フライドポテトをつまみながら教科書や参考書に向き合っていた。科目は、勿論英語。

 裕也の英語力が、中々中々目も当てられないものだと判明した時の信濃さんの顔は、それはもう傑作だった。今でも信じられないものを見る目だ。

 

 一方、咲さんの隣に座る赤嶺さん。毒々しい色の飲み物をさも当然のようにぐびぐび飲みながら、ぱらぱらと物理の参考書を眺めていた。最初こそドリンクバーの飲み物を少しずつ混ぜていく赤嶺さんに苦言を呈したのだが。

 

 

「これが美味いんだよ」

 

 

 という、本気のトーンに何も言えなくなってしまった。裕也が1口貰っていたが、とんでもない顔になった後お冷をがぶ飲みしていた。

 そんな劇物を当たり前のように飲む赤嶺さん。ちょっと、理解できない。いや、赤嶺さんのことを理解した瞬間なんて無いけどさ。

 

 

「…………ん? 咲、手ぇ止まってんぞ」

 

 

 そんな赤嶺さんをじっと見つめる咲さん。当たり前のように自身を呼び捨てにし始めた赤嶺さんに、困惑しているようにも見えた。

 2人は中学時代からの付き合いなのだから、別に不自然では無いが……如何せん急すぎだ。

 2人の中学時代がどんな感じだったのかは知らないが……咲さんが嫌ってない辺り、悪い関係では無いのは明白だ。

 

 ……咲さんには悪いが、綱渡りの交友を求められる咲さんと悪い関係では無い、というのはかなり凄いことだと思われる。

 

 

「……赤嶺さん、これからも私のことをそう呼ぶの?」

 

 

 ようやく口を開いた咲さん。質問の意図が読めない俺と裕也は、揃って首を傾げる。

 

 しかし、赤嶺さんはいつも通り……いや、いつもより上機嫌に笑った。

 

 

「おう。嫌って言っても呼ぶぜ? アタシはそう呼ぶって決めたからな」

「嫌じゃない」

 

 

 ──なら、なんも問題無いな。

 

 赤嶺さんはそう言うとポテトを一つつまみ、口に運ぼうとする。

 

 

「……じゃあ、私も」

 

 

 咲さんも赤嶺さんに続いて、フライドポテトを一つ。咲さんは小さなカップに入ったケチャップをフライドポテトに付け、パクリ。小さな口がもぐもぐ動き、喉が上下する。

 とりあえず気まずいことにはならなそうだと、ほっと一息。

 

 

「──瑠璃、さん」

 

 

 ──その一言の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。

 瑠璃、瑠璃。そうだ、赤嶺さん、瑠璃って名前だった。

 

 咲さんの「私も」は、私も名前で呼ぶ、という意味だったのかと納得する。

 赤嶺さんは、いつもの笑みが完全に引っ込み、驚き目を見開いていた。

 

 

「…………何か、言って」

「……いや、咲さんよ……お前が名前呼びしてんの、黒澤だけだろ? それは、特別だろ?」

 

 

 俺の想像以上に取り乱している赤嶺さん。

 確かに、咲さんが名前呼びするのは俺と、俺の家族くらい。彼女が同級生を名前で呼ぶところは、見たことがない。反応的に恐らく、赤嶺さんも。

 

 

「……あかっ……瑠璃さんは、知らないかもしれないけど」

 

 

 わざわざ言い直しながらそう前置きした咲さんは、赤嶺さんの顔を見る。

 

 ──あの目だ。真っ直ぐ、目をそらす事を許さない、真剣な目。自分の気持ちを相手に、真っ直ぐに。

 

 その目に射抜かれた赤嶺さんは、ぴしりと固まって……咲さんの言葉を待つしか無かった。

 

 

「私、瑠璃さんのこと、大切な友達だと、思ってる」

 

 

 ──友達。

 

 それが咲さんにとってどれだけ大きいものなのかを、俺は知っている。

 彼女にとって友達とは、自分を傷つける心配の無い、味方。心の底からの信頼の証。

 

 ──当然、彼女と3年の付き合いがある赤嶺さんも、それを理解していた。理解していないはずがない。

 

 

「……っ、はっ、はは……今更かよ……アタシら、中学からの仲だぜ?」

「うん。今更。だけど、遅くないって、思ってる……原因は、だいたい私だけど」

 

 

 咲さんは、ふぅ、と一息ついたかと思うと、赤嶺さんの顔を見上げる。

 

 

「瑠璃さん。私と、友達になって、下さい」

 

 

 ──この先、長い付き合いになる赤嶺さん。常に薄ら笑いを浮かべて、余程のことがない限り余裕の表情を崩さない彼女。

 

 そんな彼女が、ここまで表情を崩したのは……片手で数える程しかなかった。

 

 

「……ったり前だよ、ばーか」

 

 

 まるでその一言は、喧嘩に負けた子供の、負け惜しみの一言のようにも聞こえた。

 しかし、その表情は、涙を流していないだけで──今にも泣きそうな、それでいて心の底から嬉しそうな、綺麗な表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ、俺マジで場違いじゃね? なんか、すっげぇ重要な場面じゃね? ってか、トイレ行きたいのに席立とうにも立てないんだけど』

 

 

 途中から空気を読んで黙ってくれていた裕也が、ノートにそう書いて俺に見せてきた。

 

 場違いか場違いで無いかで言うと、バリバリに場違いな裕也に……俺は笑みを浮かべる他無かった。

 裕也、君マジで良い奴だよ。

 

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