隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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59.勇気

 

 

「……なんというか……赤嶺さんって……その……」

「ばか、だよ」

「言葉選んでたのに……」

 

 

 ばか、なんて酷い言葉を口にしているにも関わらず、頬が緩んでいる咲さん。視線の先には、5時が来たからと帰る準備をしている小学生たちの姿。

 6月の今は日も長く、まだまだ明るいけど、名残惜しそうに友達と一緒にランドセルを背負う彼ら。

 人が居なくなった公園で、俺はおもむろに立ち上がる。帰る、という訳ではなく、ただ何となくだ。

 咲さんも俺に合わせて立ち上がり、示し合わせた訳でもなく、公園の中を歩き出す。昔は巨大に思えたジャングルジムもどこか小さく、一生懸命ぶら下がった雲梯は足が着いてしまう。

 

 

「だって、そうでしょう? 突然ぴっかぴかの金髪にして、朝から机の上に座って、悪目立ちしてた私に絡んでくるんだよ?」

「状況だけ並べると、すごい面白いね」

「今となってはね。あの時は本当に混乱したんだから」

 

 

 よっと、と咲さんは滑り台の階段を一段ずつ登る。

 そのまま座って滑ろうとしてたので、スカートが汚れると持ち歩いていたタオルを手渡す。最初はきょとんとしていた咲さんも、説明したら納得したようで、ありがとうとひとつ呟くとタオルをお尻に敷いて、すーっと滑る。

 

 

「やっぱり、変。こんなに目立つものについて、気にする素振りも見せずに、可愛いって」

「……やっぱり、赤嶺さんへの評価、改めないとなぁ」

「……?」

 

 

 赤嶺 瑠璃は、天才だ。それは紛れもない事実。

 だけど、恐らく彼女の人格は、精神は、狂人のそれでは無い──あくまでそう演じているだけ。

 確証はしていないが、あながち間違えてないと思われる。

 

 ──どうしても脳裏に焼き付いて離れない、咲さんから名前で呼ばれた時の赤嶺さん。

 

 あれは、あの喜びようは、それこそ数年かけた努力が実った瞬間のような、歓喜に打ち震えているもの。

 これまでの赤嶺さんのイメージからは、とてもじゃないが想像できない。

 

 

「咲さん。咲さんは本当にいい友達を持ったよ」

「……だと、思う。瑠璃さんは、ずっと、私のそばにいた……こっち側に、来た」

 

 

 今なら、分かる──そう咲さんはため息混じりに吐き出した。

 滑り台の終点に座り込んだまま、咲さんは空を見上げる。

 これまでの彼女が浮かべているところを見たことがないような──寂しさを孕んだかのような笑み。

 

 

「──私、本当に周りを見れてなかったんだって、最近感じる」

「……」

「あんなにいい人が、ずっと私のそばにいたのに……気付くのに、3年もかかった。冷たい言葉ばかり投げかけて……なのに、心の中ではどこか彼女を許してて。わがまま、だったなぁ……」

 

 

 ──それは、明確な後悔と、成長だった。

 

 精神的に落ち着いてきたこともあり、彼女は中学時代の3年間に対して向き合えるようになりつつあるのだろう。

 その一環が、今回の赤嶺さんへの向き合い方の変化なのだろう。

 

 

「……咲さんは、赤嶺さんとどうなりたいの?」

 

 

 彼女が変化しても、成長しても、俺のやることは彼女を支え、背中を押すこと。

 咲さんの目の前にしゃがみこみ、目線を合わせようとするが、彼女の目線が揺らぐ。

 いつもなら真っ直ぐ見つめ返してくる彼女は、最終的に俯いて地面を向く。

 

 

「……わから、ない」

 

 

 話を聞く限り、彼女は小学生の時はそれなりに活発な少女だったらしい。当然友人と遊ぶことだってあっただろう。

 だが、今の彼女には3年分のブランクが存在する。他人との間に壁を作り、拒絶し続けていた彼女には、荷が重いのかもしれない。

 でも、分からないからって分からないものをそのままにしておくのは、どんな状況でも褒められたものではない。

 

 

「じゃあ、赤嶺さんに対して、その罪悪感を持ったまま、ずっと友達で居続けるのかい? ……俺としては、それはお勧めできないなぁ」

「……罪悪、感?」

「そうだよ。君は赤嶺さんに対して、酷いことをしたって思っているんだ。勿論、赤嶺さんがそうは思ってないかもしれないけど……でも、悪いことしたと思ったら、ごめんなさいだよ」

 

 

『ありがとう、ごめんなさいが言えない人間だけにはなるな』

 

 

 いつか、親父が言った言葉だ。感謝と謝意を素直に口にできない人間がどうなっていくかは、高校生の俺ですら容易に想像ができる。

 咲さんは、きちんとそれができる人間ではある。だけど、今は数少ない友人に対しての罪悪感で、動けなくなってしまっているだけ。

 

 持つべきなのは、悪いことをきちんと認めて、謝れる勇気だ。

 

 

「……許して、くれるかなぁ」

「許してくれないような人だと、思うかい?」

「……思わない」

「じゃあ、明日きちんと謝ろうよ」

「……うん」

 

 

 少しばかり表情の晴れた咲さんが、それでも不安を隠しきれないようすで、それでも立ち上がる。

 それくらい、咲さんにとって赤嶺さんは大きな存在になっていたのだと、純粋に喜ぶことができていた。

 




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