隻眼の信濃さんが不器用可愛い   作:コロリエル

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61.コイバナ

 

 

「……うーん」

 

 

 罪悪感を何とか飲み込み、お弁当箱片手にやって来たのはいつもの空き教室。

 普段なら軽くノックしてそのまま入るのだが……今日はいつもより入りにくい。

 理由は単純。中から聴こえてくる会話内容だった。

 

 

『しかしまぁ、咲も変わったよな。随分話すようになったし』

『……奏くんのおかげ。なんか、余裕が出来た、って言ったらいいのかな……生きてても良いって思えるようになった』

『ったく、結局奏くん、かい。どんだけあいつに救われてんだよ』

『……うん、救われた』

 

 

 明らかに距離感が近くなった二人が、俺のことについて話している。

 入れる訳が無いだろう。気まずいったりゃありゃしない。

 先程の俺と矢掛くんの会話と比べても、なんと言うか、平和。内容が少々重たいだけで、一般的な女子高生同士の会話と言っていい。

 

 彼女たちを一般的な女子高生と定義してはいけない気はするが。

 

 

『奏くんが居なかったら、私は最低な私のまま、そう遠くないいつかにころっと死んでたと思う。奏くんのおかげで……きちんと、昔の出来事に、向き合えた』

『……幸せそうな顔してんねぇ』

『……でも、奏くん的には。私はもっともっと幸せになれるらしいよ? 奏くんが、そうしてくれるってよく言ってる』

 

 

 ──咲さん! それ以上はいけない!

 

 そう言いながら突撃しようとした所で、突然震える右ポケット。

 なんだと思いポケットに手を入れ、スマホの画面を着けると……そこには咲さんの友達からの一通のメッセージ。

 

 

『今この教室に入ったら、お前と咲についてのありとあらゆる噂話を学校全体に流す』

 

 

 ──俺、脅迫罪で勝てると思う。

 

 自分の友達を人質に取り、自分のやりたいことを押し通す……そういえば、赤嶺さんはどちらかと言うと我が道を突き進むタイプだったと、今更ながら思い出した。

 

 肩をガックリと落とした俺は──それはそうと、咲さんがどんなことを話すのか気になったので、そのまま扉越しに耳を澄ます。

 

 

『……へぇ? これ以上幸せに? ちなみに聞くが、今どんな感じで幸せなんだ?』

『今、私の親が出張で留守にしてるんだけど、出張の間奏くんの家にお世話になってるの』

『……ほう?』

『毎日、奏くんのモーニングコールで起きて、奏くんと朝ごはん食べて、一緒に学校行って……帰ったら奏くんの弟さんと妹さんの4人で課題とか勉強とかやって、お母様の作ったご飯食べて……お風呂入ってみんなで遊んで、そのまま奏くんと寝落ち通話やるの……すっごい、毎日が楽しくって、ぽかぽかしてる』

 

 

 ──咲さんは、俺たちの日常を、余すことなく話してくれちゃった。

 それはもう、完璧に。寝落ち通話してることもモーニングコールしてることも。

 それらを話す咲さんの声色は、それはそれはぽわぽわのふわふわで……最早、惚気にしか聞こえなかった。

 

 確かに、一時的とはいえ同じ屋根の下で過ごしたり寝落ち通話したりモーニングコールしたりする関係は、どこをどう切りとっても恋人同士のそれである。

 顔が熱くなるのを感じる。思わずその場に座り込み、顔を覆う。たまたま前を通って行った生徒(恐らく上級生)が、怪訝そうな顔で俺を見ていた。

 

 

『……中々幸せそうだな、おい』

『うん。私今、すっごい幸せ。これ以上なんてそうそうない』

『──そりゃあ、恋人になって結婚して夫婦になるとかじゃないか?』

 

 

 ──ガタンッ。

 

 盛大に椅子か何かが倒れる音が教室内から響く。何があった──と思う前に、教室の中から聞こえる咲さんの声。

 

 

『へっ、やっ、そんな、恋、人なんてっ!』

『んなでかい声出せたんだな……どう考えたってそうだろ? 咲、黒澤のこと、好きなんだし』

『えっ、いや、そのっ…………えっと…………わか、る?』

『バレバレ。多分クラス中が気付いてる……黒澤がどうかは知らんけどな』

 

 

 ここまで、散々俺の胃痛を加速させていた赤嶺さんからの、唯一の優しさ。最後の濁し。それだけが俺にとって、本当に最後の救い。そうだ、それ以上話をややこしくしないでくれ。

 扉越しに聞こえるほどの、咲さんがほっと息を吐く音。あれで隠してたつもりなのか、咲さん。ちくしょう可愛いな。

 

 

『……まぁ、告白するならさっさとした方が良いぞ。アイツモテるし』

『……そうなの?』

『あれ、知らなかったのか? あいつうちのクラスの女子から人気だぞ? 見てくれ良いし、物腰柔らかで優しいし。この前も告られてたぞ……断ってたけど』

 

 

 なーんでその情報を赤嶺さんが知ってるんだよ! と思わず叫びそうになってしまった。なお、どうやらこの話は割と有名らしく、裕也も知ってた。プライバシーとかないのかよ。

 しかし、休み時間に友人と話すことより読書を優先してきた咲さんにそんな情報入っている訳もなく。

 

 

『……』

『泣きそうな顔してんじゃないっての。断ってたんだって……ほんっと表情豊かになったな』

『……どっ、どうしよう。 奏くん、取られちゃう……』

『あー……告っちゃえば?』

『そんな簡単に……瑠璃さんはそんな経験あるの?』

『無いぞ?』

『怒るよ?』

 

 

 ……その後、咲さんと赤嶺さんの『どうやって黒澤 奏に告白するか作戦会議』が開催されてしまい、結局最後の最後まで、教室に入ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前からは告白するなよ? 咲の人生経験だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、赤嶺さんからそんなメッセージが届いていた。

 

 

 

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