「咲さん……あと1日だけなんて言わず、もうちょっとうちにいましょうよー……」
「え、ええっと…………ご、ごめんね……?」
なんて、寂しさ満点の声色でソファに座る咲さんに膝枕してもらってるしー。
どうしたらいいんだろう、と両手をわたわたしながら、咲さんはしどろもどろ。
あの後──しっかりと時間をかけてプレゼントを選んだ咲さんと俺は、既に帰宅していた。
台所から漂ってくるいい匂いに胸を踊らせていると……ソファに座らされた咲さんに、しーが絡みに行った。
しー、すっかり咲さんに懐いている。小さい頃、つーと一緒にお姉ちゃんが欲しいと駄々を捏ねていたのが懐かしい。
勉強が得意で分からないところがあったら教えてくれて、不器用ながらも優しく、しかも美容のことなど分からないことは素直に質問してくる、滅茶苦茶可愛い姉のような存在……あれ、理想のお姉ちゃんじゃないか。
兎も角、咲さんがしーに懐かれるのは、それはそうとしか言いようがない。
ぐりぐりと頭をお腹に擦り付けるしー。咲さんはますます困り顔。
微笑ましいから見守っていたが、そろそろ助け舟を出すか……と思ってたところで参上したのが、世界一しーの扱いに長けた男、つー。
「しー、あまり咲さんを困らせない」
「だってぇ……つーだって、勉強教えてもらったりしてたじゃん……」
「それはありがたかったけど、それはそれ。これはこれ。別に一生会えなくなる訳じゃないし、なんなら同じマンション住みなんだから、会おうと思えばいつでも会えるでしょ」
「…………確かに! 咲さん、また遊んだりしてください!」
つーから諭されたしーは、勢いよく起き上がったかと思うと、その目を輝かせてずいっと咲さんに迫る。
呆気にとられながらも、こくんと咲さんが頷くと、やったー! と大きな声を上げてとたぱたと自室へと走り去っていった。
「すいません、しーが……その、騒がしくって」
「か、構わ……いや、その、大丈夫、だよ。うん」
取り残された、咲さんとつー。
さてこの2人、咲さんはコミュニケーション能力欠落、つーは絶賛思春期の内弁慶。
好きな人の弟という、絶妙にどう接したら良いか分からない相手に困っている咲さん。
兄が滅茶苦茶仲良くしている同級生という、どう接したらいいか分からない相手に困っているつー。
つまり、会話が続かない。
とは言っても、別に会話をする必要はないのだ。話すことが無いのなら、無理に話さなくても問題ない。仲良くなれなくても、無理に仲良くならなくても問題ない。言い方は悪いが、その人と合わなくても、別の人がいる。
「……咲さん、その、勉強教えてくれて、ありがとうございました。おかげで……英語の小テスト、90点超えました」
しかし、つーが一歩踏み込む。
この2週間、何処と無く居心地が悪そうにしていたのが答えたのか、目線は合わせられないが、それでも言葉を紡いでいく。
「あと、素っ気ない態度とって、すいません」
「か……だ、大丈夫、だよ。うん。私もその、話しかけづらかったよね」
つーからの、謝る必要のない謝罪を確かに受け取る咲さん。いつも通り構わないと突っぱねかけてはいるが、それではダメだと優しい言い回しに変えようとしていた。
先程のしーとは別種の微笑ましい状況に頬が緩む。不器用なりに頑張る姿は、中々どうして胸を打つものだ。
暫し、沈黙。お袋の料理する音が木霊する。
「じ……じゃあ、そういうことで」
「あ……うん」
限界来る。
つーはまるで弾かれたかのように、そそくさと自室へと駆け込んでいく。
取り残された、俺と咲さん。
「……あの二人って、双子なのに本当に全然違うね」
「まあねぇ……しーは我が家からすればどうした? ってくらいの明るさだし、つーはつーで難しい時期だし……いや、割と昔っからあんなんだったかも……」
どちらかと言うと大人しめの性格が多い我が家において、異彩を放つほどのポジティブ魔人しー。
大人しめの性格にしてもかなりの内弁慶つー。
性格で言えば、正しく正反対。双子ではなくつーがひとつかふたつ上の兄とよく間違われる。
「ほんとでも、ありがとうね? 2人の面倒見てくれて」
「……これくらい、当然。毎日美味しいご飯と最高の睡眠の……あ」
と、何かに気づいた咲さん。
そして、暫く考え込むかのように俯いた後、どこか恥ずかしそうに俺の事を見上げてくる。
「……どったの」
「……その……えーっと……今日で、お世話になるのは最後、だよね」
「そりゃあ、そうだね」
「……ね、寝落ち通話と、モーニングコールは、今後も……続けて、欲しいです」
そう言いながら、好きな女の子が顔を真っ赤にして、お願いなんてされたら、答えないなんてことは出来ないわけでございます。
……どうせなら、咲さんに喜んでもらおう、そうしよう。これは、決してイタズラごころなどでは無い。うん。
俺はソファに座る咲さんの背後に周り、咲さんの耳元に口を近付け──低く小さな声で囁く。
「勿論、幾らでも」
「…………──っ!?」
先程までよりさらに顔を赤らめ……それこそ、耳まで真っ赤にした咲さんが、驚愕の表情で耳を抑え、こちらを見る。
口をパクパクとさせる咲さんに、ペロリと舌を出して見せる。喜んでいただけたようで何よりである。
なお、一部始終を見ていたお袋から、咲さんをびっくりさせた罰として、親父と一緒にスーパーに足りない材料の買い出しの刑を処された。俺が悪いのは間違いないので、甘んじて受け入れることにした。