さて、じめじめとした梅雨も終わり、制服は完全に夏服に移行。
ともすれば、期末テストを片付けてしまえば、待っているのはみんな大好き夏休み。
今年は神奈川に引っ越してきてから初めての夏休み。盆は地元に帰省して祖父母に顔を見せに行くが、それ以外では神奈川の人気スポットなどを巡りたいと、我が家では様々なお出かけ案を出している。みなとみらいとか、中華街とか。鎌倉や箱根なんかもありかもしれない。
無論、課題はきちんとやってから、である。俺は昔から、夏休み最初の一週間で課題を全て終わらせるタイプだ。
「……あ、このチーズケーキ美味しい」
「それは良かった。お気に入りの店でね、紹介した甲斐があったよ」
そんなうきうきわくわくな夏休み目前……何故か、本当に何故か、俺は賢治さんにお呼ばれし、休日の朝10時にシックな雰囲気の喫茶店にて茶をしばいていた。テラス席の隅っこにて、父と息子位に年の離れた男2人。
……いや本当に、なんで? と、連絡を受け取った時は首を傾げたし、咲さんに話してみても「……なんで?」と首を傾げられた。咲さんはどうやら、この件について何も知らないらしい。
──賢治さんが出張してる間にあったあれこれについては、それはもう沢山お礼を言われた。感謝してもしきれない、と言った感じで、ここ最近は会う度にお礼を言われ続けている。今日だって、会って早々お礼を言われた。お礼に奢るよと言われたため、恐縮しながらチーズケーキとアイスカフェラテを注文させていただいた。
そんな人からの呼び出し。一体何なのだろうか。
「……実はだね、君に確認したいことがあるんだ」
「……確認、ですか。咲さん絡みですよね?」
勿論だ、と頷く賢治さん。さすがに今から株の話題とかされても、俺は全くついていけないだろう。
当然、咲さん絡みのなにか。
……しばし、沈黙。チーズケーキと共に頼んだアイスカフェラテのグラスに結露した水滴が、つーと落ちていく。
「……咲がな、最近やけにオシャレとかに目覚めたんだ」
「……ん?」
すっごい真剣なお顔から繰り出される、すっごい既知の話。
面食らった俺を他所に、賢治さんはアンニュイな顔でアイスコーヒーが入ったグラスを持ち上げる。いや、滅茶苦茶絵になるなこの人。隣の席のマダムや遠くの席の女子高生達の目線を奪っている。
ちらちら俺の方も見られているのは……まぁ、賢治さんのついでだろう。
「これまでは私と同じシャンプーとかボディソープとか使っていたのだが……いや、正確に言えば咲用の物を買おうとしたら「同じのでいい」と言っていたあの咲が……自分の身だしなみに全く興味のなかったあの咲がだ。キューティクルがどうのこうののシャンプーとか、保湿がどうのこうののボディソープとかを買っているんだ……しかも、私がどれだけつけた方がいいと言っていた化粧水とか乳液とかも……最近は私が言わなくともぺたぺたぺたぺた……」
「あー…………」
確かに、賢治さん目線からすれば、出張から帰ってきてみたら自分の娘が急にオシャレに目覚めた形になる。
そりゃあ動揺もするだろうし、心配もするだろう。そもそも、メンタル面ですらこの2ヶ月で急変しているんだ。彼女のちょっとした──ちょっとした──? ──変化にも敏感になるだろう。大切な娘さんだし。
「それで思うんだ……どう考えても、咲は好きな人が出来たのではないかと」
「かひゅ」
変な息が漏れた。
俺の目の前にいるのは、最近娘が可愛くて大切で愛おしくて仕方ない、1人の父親──そんな彼が大切にしてきた娘が、最近色気づいたとなれば、さあ大変。
その娘から絶大な信頼(誇張抜き)を受け、好意を寄せられていて、自分からも好意を寄せている身である俺からすれば──否が応でも心臓は早鐘を打つし、鷲掴みにでもされたかのような感覚を覚える。気分はまさに、蛇に睨まれた蛙。
「……教えて欲しいことがある。咲の周りに、君以外の男は、居るか?」
暑くなってきてよかった。冷や汗かいている事がバレずにすむ。
さて、質問への返答は……正直に答えよう、そうしよう。
「俺を除くと……一人、ですかね。俺の友人のだんしが男子が一人」
「……どんな男の子だい?」
「バレーバカで、青春の全てをバレーボールに捧げてます。そのせいで英語とか赤点になってますけど……良い奴でふ」
「……咲との関係は?」
「精々、挨拶と、俺交えての会話をするくらいですね」
成程、と一言賢治さん。何も間違えていない、はず。裕也良い奴だし、咲さんとの関係はそんなもんだし。
またも沈黙。気分はさながら、刑を言い渡される直前の被告人。
「やはり……君か。というか、流石に君以外考えられない……か」
裁判長である賢治さんのその一言は、俺を震え上がらせた。
思考をまとめるために俯いていた彼の顔が、ゆっくりと上げられる。その双眸は真っ直ぐ前──俺の両目をしかと見つめる。
──あ、咲さんに似てる。
場違いかもしれないが、その真っ直ぐな瞳に、咲さんとの繋がりを感じていた。
「……君なんだね? 最近咲と毎晩電話している相手は」
──判決、有罪。
からん、とアイスカフェラテに入っていた氷が音を立てた。