「……あの、えっと、それははい、事実です……」
心臓がちょっとどころじゃなく、それはもうバクバク鳴っている。
高校の合格発表の時でさえ、もう少し大人しかったはずだ。なんだろう、命の危機が迫っているからかな。
現実逃避と洒落こみたい所だが、そんな事は許さないと言わんばかりに、賢治さんの目線が俺を貫く。
「……もしかして、今私、とんでもなく怖い顔してるかい?」
「いっ……や、そんなことないです、はい。俺が勝手に、威圧感とか恐怖とかを幻視しているだけなんで……ははは……」
流石に動揺を隠し切れなかったようで、賢治さんから心配されてしまう。
親父がお袋の父親……俺からすれば母方の祖父に対してどこか気まずそうに接している理由が分かる気がする。今俺生きた心地しないもん。
「……というか、何にそこまで怖がるものかい?」
「そりゃあ、大切な娘さんのことですし……も、勿論やましい事は何もしていないです! そもそもお付き合いもしておりません!」
最早何に対して弁明しているのか分からない、必死の弁明。
そんな俺を奇妙なものを見るかのような目で見てきたかと思うと……やがて、合点が行ったかのようにポンと手を打つ賢治さん。
そして……笑った。
「はははははっ……そりゃあそうだ! 奏くんにとって今の私は、娘の恋人を詰めてる父親に見えたか! そりゃあ怖いに決まってる! はははははっ!」
大爆笑である。思えば、ここまで楽しそうな表情を見せる賢治さんは初めて見たかもしれない。
ただ可笑しいだけではなく、どこか嬉しそうな賢治さん。彼は最近、父親であるということに自信がついたらしく、咲さんの事を自慢の娘だとよく話すようになったとのこと。その内本当に娘になるんじゃないかと、密かに睨んでいる。
「……まぁ、私としては、むしろ君なら、喜んで咲のことを頼みたいけどね」
ひとしきり笑った後、賢治さんは、その笑みが消えないうちに、軽く零した。
それこそ、今日の晩御飯のメニューを告げるかのような軽さだった。
あまりの軽さに思わず固まっている俺を他所に、賢治さんは続ける。
「……どうやらその様子だと、私がどれだけ君のことを買っているのか理解していないみたいだね。あれだけお礼言っているのに」
「……と、言われましても……」
「当たり前だろう。君の頑張りは、咲は勿論、私だって救ったんだ」
──俺や咲さんが幸運だったのは、周りの大人に恵まれたという点だろう。
俺の両親にしろ賢治さんにしろ、俺達の前ではきちんと大人をしてくれている。
それに、俺達のことを育て、守るべき子供としながらも、一人の人間として尊重してくれている。
「……私はね、ずっと咲の親である自信がなかった。肩書きとしてはそりゃあ彼女の親だが……咲の両親の代わりにはなれないと」
「……」
俺には、彼の気持ちが分からない。分かるわけもない。俺に子供はいないし、自分と血が繋がっていない娘を育てた経験もない。
そんなことは無い、なんて言うのは簡単だが、その言葉に重みは無い。だからこそ俺は、賢治さんの言葉を待つ。
「だけどね……君が咲を救ってくれたあの日、咲から面と向かって言われたよ」
『伯父さん……伯父さんがずっと、私のことを大切にしてくれてたこと、ちゃんと伝わってるよ。ちゃんと愛してくれたこと、ちゃんと伝わってるよ……私、伯父さんのこと、ちゃんと大好きだよ』
「あんなに……あんなに自分を閉ざしていた咲が、そんな事を言ってくれたんだ。しかも、こんなものまでくれて、さ」
賢治さんは、そう言ってポケットの中から、革製のキーケースを取り出す。
賢治さんが出張から帰ってくる際、咲さんが賢治さんへと買っていたプレゼント。賢治さんはそれを大切そうに指で撫でる。
「……本当に、感謝してもしきれない。君にとっては、咲の傍に居ただけかもしれないが……君は、私も、ちゃんと救ってくれたんだ……最近、息がしやすいんだ。咲が笑ってくれるようになったからかな」
──そうやって照れくさそうに笑う賢治さんは、初めて出会った時と比べても、確かに活力に溢れているように見えた。
その遠因が俺だという事実は……どこか、くすぐったい。
「だからこそ……君なら、むしろ咲を任せたいくらいさ」
そんな親からの言葉に、もう1回心臓を握り潰されそうになる。
「……もし将来、咲が婚約者を連れてきたと言って、その相手が何処の馬の骨とも知らない男なら話は別だが……君だったら、泣いて喜ぶくらいには、私は君のことを買っているんだよ」
確かに、賢治さんは一人の人間として、俺の事を尊重してくれている。それはビシビシ伝わってくる。
しかし、若干十五歳の男子高校生が受ける信頼としては──些か、荷が重すぎるのも確かな事実である。
「君にそんなつもりは無いかもしれないが……もしそうなったとしたら、咲のこと、よろしくお願いしたいと思っているよ。君なら、間違いなく咲を幸せにできるだろうからね」
「…………あ……………………はい……………………」
真っ直ぐに感情をぶつけてくるあたりは、咲さんと確かに親子だなぁと、こんな所でも親子の絆を見つけていた。
ぱくり、とフォークに一口チーズケーキ。全く味がしなかった。