さて……私黒澤 奏、今度誕生日を迎えます。もうすぐ十六歳です。
さて、そんな私の誕生日を知っているのは、短期居候時代に話した咲さんだけなのだが……人の口に戸は立てられない。むしろ戸を立てる理由もないとなると、広がっていくのは当然のことである。人の噂も七十五日、SNS時代の昨今は七百五十日である。
「よぉ奏。お前今度誕生日なんだってな?」
──最も、咲さんの交友関係的に、広がると言っても精々赤嶺さんに伝わる程度なのだが。
当然のように教室で咲さんの席に座っている赤嶺さんが、登校早々にそんな事を聞いていた。隣に立つ咲さんは今日は様子がおかしく、今朝からなんだか湿った目線を俺に向けて投げかけてきていた。どーせ赤嶺さんがなにか吹き込んだものと思われるので、触れないでおこう。
赤嶺さん、咲さんに対して基本的には過保護な面があるのだが、それはそれとして咲さんを弄るのが大好きなのだろう。ことある事にダル絡みしている。好きな子に意地悪する小学生男子かと言ってやりたい。いやまぁ、大好きなんだろうけど、咲さんのこと。
「そうだよ……もう十六歳だよ。年取るのは早いねぇ」
「そうだそうだ。これからどんどん体感時間早くなってくからな」
と、答えてみたものの。隣にいるのはついこの前自分の誕生日……両親の命日と向き合い始めたばかりの咲さん。この話の進め方をどうすればいいのか、少し悩む。
ちらり、と隣に目を向ける。
「…………そういえば、奏くんのお母さん、ケーキ焼くって言ってたって、栞ちゃんから聞いた……いーなー」
「まぁまぁ……うちの母さんの事だから、お裾分けとか考えてるかもだし……」
心配して損した。というか、すっかりしーと仲良くなっちゃってる。
しかし、いーなーとは。最早出会った頃の冷たい空気感は何処にもない。なんというか、ぽわぽわした雰囲気が彼女の周りに漂っている。俺と話している時だけでなく、日常生活を送っている時も、四月の頃に比べて幾分か人当たりが柔らかくなっていた。
……つまりまぁ、俺や赤嶺さん、裕也以外の人にも、今までみたいに冷たく接することが無くなり、最低限よりちょっぴり上のコミュニケーションが取れるようになったということ。
喜ばしい事である。
「ってーことはよぉ、やっぱり誕生日は家族と過ごすのか? お前んとこの家族、相当仲良いらしいな?」
「あーいや、晩御飯だけ家ってだけだよ。家族仲がいいのは……まぁ、そうだね」
──後々になって気付いたことだが。話の流れで自然に誕生日の予定を開示させられていた。何の違和感も無く、さりげなく。
まさに、これ以上ない絶妙なパスだったと言えよう。これを決められないストライカーが居たとしたら、生きてスタジアムから出ることが出来ないかもしれないほどの完璧なパス。
「へー、そうなんだ」
──それをこの頭脳明晰壮絶な過去持ち小動物系眼帯美少女である咲さんは、パスを出されたことにすら気付かず、しかも会話がそこで終わりかねない位淡泊な相槌のみに留めた。
赤嶺さんは大きな、本当に大きなため息を一つ。そのまま何故か俺の机の上に置いていた自分のカバンの中に手を突っ込み、プリントを1枚取り出すと、くるくると筒状にして……咲さんの頭に勢いよく振り下ろした。
クシャッ、と情けない音が鳴った。痛くも痒くもないだろうが、咲さんは本当にびっくりしたようで、直立不動のまま赤嶺さんの奇行に目を見開いていた。
「……咲。ちょっと来い」
「え、な、何」
「いいから来い。説教だ」
「何の」
「来い」
「いや、だからなん」
「来い」
「…………」
「来、い」
「…………わ、分かった」
有無を言わせぬあまりの眼力に怯んだ咲さんの手を取り、そのままズカズカと教室の外に連行していく赤嶺さん。
それとすれ違うように教室に入ってくる裕也。思わず二人を二度見してから、俺の前の席にカバンを置く。
「……おはよ。あれ、なんだ? またなんか信濃がやらかしたのか? こないだの体重騒動みたいに」
「た、多分……? 俺の誕生日の話してたら、急に赤嶺さんが咲さんの頭プリントでシバいて……」
「マジで何やった!?」
俺の話を信じられないと言わんばかりに目を見開く裕也。俺だって、この目で見てなければ信じられない光景である。
「あの信濃に対してゲロ甘で過保護で、初対面の時の近寄り難いイメージがすっかり無くなってきた赤嶺が!? 信濃をシバいた!?」
「あ、裕也もそんな印象だったんだ……いやまぁ、近寄り難いだけで近寄ってさえしまえば面白い人だよ、最初から」
見た目や口調がそう感じさせているだけで、赤嶺さんは話してみれば案外まともだ。スペックは全然まともじゃないけど。
なんだかんだ、咲さんと赤嶺さんの関係が改善したおかげか、赤嶺さんの纏う雰囲気も相当良くなっているのも事実。好循環とはまさにこの事である。
「……ってか、誕生日近いのか?」
「あ、うん。今週末」
「はへー、週明けにおめでとう言うわ」
「うーい」
男友達同士なんてこんなもんだよな、なんてやり取りをしながら、俺はようやく席に腰を下ろした。
咲さんが教室に帰ってきたのは、HR開始二分前だった。しっかり叱られたのか、すっかりしょんぼりしていた。