番外編1.恋を自覚した日
──いつの間に眠ってしまっていたのか、気が付いたらベットの上だった。
寝起きということもあり、ベットから起き上がるものの、どこか思考がふわふわしている感じがする。最近は夜ぐっすり眠れるようになったから、こんな感覚は久しぶりだ。
ぼーっとする思考で、いつ眠ってしまっていたのかを考えながら、朝起きて一番にやること……枕元に置いてある眼帯を付けようと手に取り──脳裏を巡る昨夜の記憶。
「……あ…………」
思わず抑えた、私の左眼。
もう二度と世界を写すことの無いそれは、私にとって思い出したくもない過去の象徴。
だからこそ、義眼を入れているにも関わらず、ずっと眼帯で蓋をしていた──全てを失ったあの日を、少しでも見つめないために。変わってしまった私から、目を逸らすために。
それでも、そんな私のことを支えてくれた人がいた。
お節介で、距離感が近くて、それでいて何処までも優しくて……とってもかっこいい、素敵な男の子。
出会ってすぐの私を、傍目から見てどう考えても何かしらを抱えていた私に対して、なにも聞かず、ただ友達になってくれた、大切な男の子。
私の全てをさらけ出しても、そんな私も含めて愛すると言ってくれた、愛おしい男の子──。
「…………だ、め」
心臓がきゅうっと締め付けられるような感覚。
苦しくて、切なくて、でもどこか心地よい甘い感覚に、私は思わずぽすんとベッドに倒れ込む。
手に持っていた眼帯ごと、パジャマの胸元を握りしめる。
「……こんな……こんな気持ち、知らない……」
今まで感じたことがないほど、顔が熱い。心臓が裂けてしまいそうなほど早鐘を打ち、思わずパタパタと足が暴れる。
頭の中に居座り続ける、私の友達にして、恩人。
「……かなで、くん」
大好きな……大好きになってしまった、私のヒーローの名前が、自然と口から零れてしまう。
理性はぐずぐずに溶かされて……頭の中は、奏くんの事でいっぱいになる。
「……わたし、かなでくんに、こいしてる」
口にして、自分の中でも反芻して──心臓が、更に締め付けられる。
──だめ、だ。こんな感情、知らない。頭の中が、奏くんでいっぱいになる──会いたい、声が聞きたい、触れたい。
自分の感情が自分のものでは無くなってしまいそうな恐怖に、私は自然と起き上がり、奏くんの部屋からリビングへと向かう──習慣のように眼帯を着けながら。
──そこに、彼は居た。
ソファに腰掛け、ぼーっとしているのか、私がリビングに入ってきたことに気付いていない奏くんの後ろ姿。
「……お、おはよう、奏くん」
普段ならもう少しスムーズに出る言葉が、引っかかる。
奏くんは私の声に反応し、首だけこちらに向き直った後、ソファから立ち上がりこちらに近づいてくる。
──だめ、奏くんの顔が見れない。
毎日のように見ていた彼の顔が、直視できない。
「おはよう、咲さん。よく眠れた?」
奏くんの、男の子にしては少し高めの柔らかい声が鼓膜を震わせる。
何とか彼と目線を合わせようと、意を決して彼の顔を見て──ぱちり、と弾かれたかのように顔を背ける。
──だめ、奏くん、かっこよすぎる。
心無しか、昨日と比べても何倍も素敵で、いつも通りの優しい眼差しを真っ直ぐ受け取ることが出来ない。
「……咲さん。改めて、誕生日おめでとう。プレゼントは用意できてないけど……何かしてほしいことがあったら、言ってほしいな」
そんな私に対して、奏くんはどこか真剣な声色で語りかけてくる。
そう──今日は私の誕生日。
あれほど忌み、嫌い、その存在事忘れたいとすら考えていた今日という日。そんな日を、それでも祝いたいと言ってくれた彼。
──こんな時、何をお願いすれば良いのか分からない。生憎、私はここ数年で、他人との付き合い方に不具合を起こしてしまっていた。
だから──こんな突拍子もないことが、できたのだろう。
「……えっ、と。その……な、なんでもいいの?」
「んー、命とか、5000兆円とか、そういう逸脱したのは無しね?」
そう奏くんが釘を指してきて、今から私がしようとしていることがその「逸脱した」ものでないことを確認し。
じゃあ、と一言呟いて……私は、彼の胸の中に飛び込んだ。
ぎゅ、と彼の背中に腕を回す。
「……抱き、締めて。ぎゅー、って」
一瞬、奏くんは身体を固くして居たが──やがて、彼の両腕が、私の細い肉体を優しく抱き締める。
私が特別小柄なのも合わさり、平均的な身長の奏くんの体に、すっぽりと収まってしまう。全身で感じる、奏くんの身体。
「お安い御用だよ、咲さん……珍しいね」
「……その……えっと、私も、よ、よく分かんないんだけど……奏くんを見た時、抱きしめて欲しくて、苦しくなって……怖く、なった」
苦しい言い訳のようなものだった。私が何も知らない無知だと偽るそれに──奏くんは何も言わず、ぽんぽんと背中を撫でてくれる。
とくん、とくんという穏やかな彼の鼓動。彼の鼓動を私が感じているのだ、きっと、彼は私の鼓動を感じているのだろう。
彼の何倍も早鐘を打つそれを。
「大丈夫。俺はどこにも行かないよ。言っただろう? 君を幸せにするって」
頭の上から、いつもよりもとびっきり甘い声色で語りかけられる。
うん、と小さな返事しか出来なかった私は、暫く、そのまま奏くんからの誕生日プレゼントを、心ゆくまで堪能するのだった。
──その後、私は受け止めきれない程の愛を受け取った。