「……奏くん。お弁当不味く作って欲しい」
「食材に対して不義理だよ?」
「咲ってあれだよな、真面目なバカだよな」
「……信濃って、頭良かったはずだよな?」
いつも通りのお昼休み。いつもの教室に咲さんは勿論、勝手に着いてきた赤嶺さんと、その赤嶺さんが引っ張ってきた裕也まで一緒。
咲さんは難色を示すかと思ったが、裕也の顔を見るやいなや端に寄せてあった机を一個、がたがたと音を立てながら移動させていた。どうやら裕也は身内判定になったらしい。喜ばしいことである。
さて、今日の咲さんのお昼ご飯は、俺が作った弁当。既に咲さんは自分の家に戻っているが、たまに休みの日以外も俺が作って渡している。気に入ってくれたようで本当に嬉しい。
……が、本日は弁当を米粒ひとつ残さず綺麗に平らげた後、空になった弁当箱をしばらくじっと見つめていた咲さんが発したのが、冒頭の発言である。
「まず大前提として。奏くんのお弁当は美味しい。すっごい美味しい。ハンバーグも最近腕前が上がってて、肉汁とかすごい。浅漬けも最近アレンジし始めてて、ちょっとピリ辛なのが嬉しいところ」
「あ、うん……それは良かった……あれ? 俺不味く作ってって言われてるんだよな? 美味かったらダメなのか?」
「落ち着けって奏。お前が混乱したらツッコミ役が達也しか居なくなるぞ」
「裕也だ」
お弁当をべた褒めされるのは素直に嬉しい。最近純粋に料理自体にハマってきているというのもあり、腕前が上がっていると言われているようで心躍る。
が、何故お弁当が美味しいと駄目なのだろうか。いい事じゃないか、ごはんが美味しいって。
「最近〇kg太った。現在〇〇kg。過去最高体重絶賛更新中。流石に乙女の沽券に関わる」
「堂々と体重公表する乙女が居るかっ! 精々格闘家のネーチャンだけだろっ!」
先程ツッコミ役ではないとヘラヘラしていた赤嶺さん、爆速かつ渾身のツッコミ炸裂。
思わぬ形で咲さんの体重を知ってしまった形だ。流石に幾ら仲のいい相手だからといって、女子の体重など話題に出すのも大変なもの。俺が咲さんの体重を知ることは、今回のように咲さん自身が暴露してくれる他無い。
「……落ち着いてよ瑠璃さん。体重なんて知られたところで構わない。ただ可愛く見られたい。私は痩せてる方が可愛い。間違ってる?」
「いや、咲さんは……」
「奏。その口で『咲さんは存在そのものが世界で一番可愛いから太ってても大丈夫だよ』とか言ったらその口を引き千切るからな」
「違うよ? 俺の事なんだと思ってるの?」
「……なぁ、赤嶺ってこんな愉快な奴だっけ?」
兎に角、と俺は立ち上がり、机から遠い方の黒板へと向かう。折れて小さくなっているチョークを手に持ち、簡単な数式を書いていく。
この程度の知識、この学校に入学できる位の人間には必要ないかもしれないが……まぁ、ご愛嬌だ。
「ほい、これ、なーんだ?」
黒板に書いた式……『体重÷(身長×身長)』の式を見た時、赤嶺さんは全てを察したかのようにあー、と口にしていた。
恐らく、式そのものではなく俺が言いたいことを全て理解したのだろう。話が早い。
「それって……BMIの計算式だな」
答えたのは裕也。流石スポーツマン、この辺りの知識はさらさら流れるように出てくる。
だね、と咲さんも同調していた。
「そう、で……この式に咲さんの身長……143センチ……メートルに変換だから1.43を代入して、体重にさっきの値を入れて計算すると……あー……赤嶺さん、計算して」
「18.0937……まーざっくり18.09だな」
この一瞬で小数点4桁まで即答したのは、多分勘づいた瞬間から計算していたのだろう。それでも暗算でサクッと割り出している辺り、やはりこの人の脳の作りはちょっとおかしいと思う。
それはさておき、咲さんのBMIは18.09。この値がどれくらいの値なのかと言うと……。
「標準体型が18.5からだから、標準体型にギリギリ乗ってない位だな」
「その通り。咲さん、君はまだ痩せてる」
がーん、という効果音が聞こえてくるのではないかと言うほど、衝撃を受けた表情を浮かべた咲さん。
制服の中に手を入れ、お腹をさすさすと触る咲さん。そのまま手を太ももに持っていき、タイツ越しにぺちぺち。ほっぺむにむに。
「……でも、なんかところどころぷにぷにし始めた」
「……すまん、奏に三谷。1回外出てくれ」
「……うん」
「おう……あと、木谷な」
本気で額に青筋を浮かべ始めた赤嶺さんに咲さんの教育を任せ、俺と裕也は教室の外へと向かう。
ガラガラと扉を開け、廊下へ。そのまま扉を閉じ、廊下に腰を下ろす。
……そうか、咲さん、ぷにぷにになってきたのか。
先程の咲さんの言葉が頭から離れない。頭の中に良からぬ妄想が浮かびそうになっては、理性で押さえつけようとする。ダイレクトに素肌を見た経験は無いが、それでも同じ屋根の下で生活した経験や、何回か彼女と密着する機会があったのだ。考えるな、という方が無理な話である。
赤くなる顔を誤魔化すように、額を抑える。
「……なんか安心した。奏、性欲無いのかと思ってた」
「……うるさいやい」
どこかからかう様な裕也の軽口が、今はどこかありがたかった。
──そんな会話をしている中、赤嶺さんは咲さんに対し、『男子の前で自分の身体の話をするな』『女子の肉体は脂肪を蓄えやすく柔らかくなるのは当然である』『それでも痩せすぎなんだから飯は食え』という、割とガチギレな説教がこんこんと続いているのだった。