続きは書くかも。
プロローグ
一面、雪に覆われた銀世界。
その風景に抗うように薄暗い城が聳え立っていた。
数多のガラス窓を備え付けた城。そこから覗ける部屋の一つに一人の少女がいた。
簡素な白いワンピースを身にまとい腰まである長い銀の髪、紅い瞳を持つその少女は誰が見ても幼いと思うと同時に高貴な宝石を思わせる美しい容姿をしていた。
しかし、その少女の端正な顔は苦痛で歪められていた。
機械に囲まれ、数多の管を体に突き刺され、注ぎ込まれるエネルギーは血管のように無数の赤い線を彩っている。
少女は必死に痛みに耐えていた。
体の節々がいつものように悲鳴をあげ、激痛が走る体。何度感じようともなれない痛みに漏れ出そうになる悲鳴を、歯を食いしばって押し殺す。
情けなく泣き叫ぶのは嫌だった。赤子のように泣き叫び、あの男にこれ以上見下されるのは、少女の矜持が許さなかった。
「よし、やれ」
忌々しい声が耳に入る。だが、その命令に従わないという選択肢はない。
髪を一本、引き抜く。その心は空のまま。引き抜かれた髪は形を変えるべく、複雑に絡み合いそして──
空気にゆっくりと溶けていった。
失意の空気が湧き上がる。
しかし、少女は誰がどんな感情を抱いているか分かっても、それをどうにかしようとする気は微塵もなかった。
幾たびも繰り返した行為。あの男は何を期待して徒労を繰り返すのだろう。
そうして、幾ばくかの時が過ぎた。駆動音を鳴らしていた機械は動きを止め部屋は沈黙へと帰る。そして室内は仮面をつけた黒衣の男たちの動く音で支配された。
少女は荒い息を吐き、今にも倒れてしまいそうな体を何とか膝をつき起こす。疲れ果てた体であったが、その目は一人の男を憎々しげに睨んでいた。
その男は、周囲の黒衣の男たちとまるで違っていた。周囲の黒衣の男たちががっしりとした体つきであるのに対し、皺だらけの肌とやせ細った体は白衣に着せられているかのように細く弱弱しい。
そして何よりの差異は仮面で顔を隠すことなく、その面持ちを見せつけていることだった。
年老い白くなった髪は乱雑に切られグチャグチャ、目の下には大きな隈を作りあまりにも疲れ果てた容貌。
だが、目だけは違った。細く釣りあがった碧眼は、狂気的なまでの執念に燃えていた。
少女を無視して実験データを話す男たち。
しかし、少女が床に倒れ伏したことでようやく視線が少女に向く。
大理石の床が火照った体を冷やし、心地よさが少女の身を包む。だが、それを男が許すはずもなかった。
「ハァ、ハァ………」
「おい、なんで倒れている。お前がその程度なわけがないだろう」
少女に刺さっていた管を引きぬき、詰め寄ろうとする男。
だが、そこに一人の黒服の男が大柄な体をのそりと動かしながら紙を手渡す。
「……なぜだ」
それを奪い取った白衣の男は、髪を掻き毟りながら言う。
「なぜ上手くいかない。こいつが失敗作なわけがない。クソッ、なぜだ……なぜだなんでなんでだ!」
男は渡された紙を眺め歩き回り、地団太を踏む。
そして地面に転がる少女に目を向けることなく言う。
「もういい、部屋に帰ってろ」
その言葉に少女は、痛む体を引きずるように部屋を出て、俯くように視線を下に向け早足で自室へと向かう。
途中、何やら荷物を運んでいる黒衣の男たちとすれ違うが、彼らが少女に目を向けることはない。そして少女も決して目線を上げない。
少女は知っていた。黒服の男たちが運んでいるものが何かを。そして自分に対し男たちが不満に思っていること、そして自分が貴重な
自分の部屋までたどり着き、見慣れたネームプレート付きの扉を開く。
天蓋付きのベッド、何冊もの本が詰まった重厚な本棚、そして机と椅子が置いてあるだけの部屋に入る。少女の年頃の女子のものとは考えられないほど質素で味気ない部屋だった。
しかし、そんなことを他の女子の部屋なんて見たことがない少女は知る由もない。
扉を閉め、怠い体を引きずって一直線に椅子へ向かう。そして少女は深々と座りこむと、読みかけの本を開き物思いに耽る。
男たちのことを少女はほとんど知らない。
自分が実験体であることを理解している。否、理解できるだけの教育を受け、この部屋に置かれた本から知識を与えられていた。
実験体なのになぜという疑問が沸き上がる。まるで意味が分からない。
けれど、この環境を利用しない手はない。
この城を出て自由になるために。
でも、私は一人ぼっち。
また明日にはこの部屋から出て、あれが始まる。
これが私の『日常』
嫌。もう痛いのは嫌。
「駄目ね、集中できない」
開きかけの本を閉じ、立ち上がる。そして、痛みの引いた体でドアを開け、ゆっくりと部屋を出る。
基本的に私の行動は制限されていない。だから、こうして静かに城の探索をすることは私の心の安らぎだった。
冷たい大理石の床を、裸足でひたひたと音を立てながら歩く。廊下にズラリと並んだ窓の外に広がる景色は、降り続ける雪で何も見えないほどに真っ白。
それが、あの男の狂気が閉じ込められた城と外の世界を分けている壁のようだ。
静かな廊下をゆっくり歩き進む。自分の部屋がある階を、そしてその上を、さらに下を。
今日は、なぜだか黒服の男たちともあまりすれ違わない。これはいい日だ。
そんなことを思っている矢先だった。
黒服の男の姿がチラリと視界に入り、慌てて柱の陰から様子をうかがう。
同じ城にいる限り、出会わないということはない。しかし、黒服たちを見て、気分を台無しにされたくはない。
だから、いつも通り柱の陰に隠れる。こうしてあとやり過ごせばいいだけのこと。
そう、いつも通りならそのはずだった。
「なぜ、外から来た人間がこんな所まで来れる!?この環境に人間が耐えられるわけがない!」
「分かりません、ですが先ほど第三警戒線に反応が確認されました」
「武器を引っ張り出してこい!正体を探るぞ!」
柱の陰からのぞき込むと、痩身の男が黒服たちを連れて怒鳴っていた。
それはこの城に生まれて初めて見る光景だった。
いつも黙り込んで黙々と作業している黒服たちが慌ただしく駆け回っている。そして何より実験の場以外で初めて聞く、あそこまで取り乱した男の怒鳴り声。
数人の黒服がこちらに向かってくるのを見て、慌てて柱の陰で息を殺す。
しばらくそうして、物音が聞こえなくなってから目を恐る恐る開くと、すでに男たちはここを去っていた。
早く部屋に帰ろう。私には関係ないことだ。
そっと柱の陰から立ち去り、面倒を避けるべく自分の部屋を目指す。
が、唐突に思いついた考えが自分の足を止める。
今なら、この城から逃げ出せるんじゃない?
フッと浮かび上がったその考えが胸の中でムクムクと膨れ上がっていく。
今、起こっていることが異常事態なのは見ていて分かる。
何せこの城に生まれて初めての光景だ。これは、唯一無二のチャンスのはず。
逃げよう
逃げ出せる自信があるわけではない。この城の外なんて碌に知らないし、この城を出た後、何をするかなんて考えてない。しかし、そんな先の未来ではなく、ただほんの少し先の未来を夢見て出口に向かって歩く。
あの男は私が何をするかなんてことに興味が無かった。必要なのは実験で得られる私のデータだけ。だからこそ、この広大な城の構造をほとんど把握しきるだけの探索が出来ている。
失敗すればどうなってしまうか分からない。
かつて見た、自分と似た容姿の少女たちの死体がちらつき、足が鈍る。
だが、それでも歩みは止まらない。
そうして階段を下り、開けたホールにたどり着く。
目の前には重厚な木の扉。
この先は窓越しにしか見たことがない。なにも知らない世界がある。
装飾された金の取っ手に指をかけると、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。
「フゥーーー」
深く息を吐き、取っ手を引く。
重厚な扉は──動かなかった。
次に押してみる。しかし、それでも扉は動くことはなかった。
それはそうだ。城の出入り口に鍵をかけない馬鹿がいるわけがない。きっとその鍵も男たちの誰かが厳重に保護しているんだろう。
滑稽な自分に思わず笑いがこみ上げる。
「ハァ、部屋に帰ろ」
そうして、踵を返そうとした瞬間だった。
自分でもなぜできるだとかそんなことは考えもしなかった。ただ、腕が勝手に動き髪を一本抜き去り重厚な扉へと振るう。
銀の髪はヒュンッという音ともに伸びると、幾重にも絡み合いながら扉を切り裂く。
「え?」
バラバラと床に散らばる扉の残骸。突然できた外界への出口。
雪が降りこみ、冷たい風がワンピースを揺らす。
今度は考え込まなかった。
少女は、迷うことなく目の前の銀世界へと走り出した。
走る、走る、走る。
白い大地に刻まれた小さな足跡は、すぐに雪によって隠される。
今戻ればまだ──いや、もう遅い。ここまで来たら逃げるしかない。
裸足は雪の冷たさで冷え切り真っ赤に染まり、ピリピリとナイフに刺されたかのような痛みを訴える。
「はぁ、は──ゲホッゲホッオ゛ゥエ゛ッ」
冷え切った空気が肺を刺し、口から零れ落ちた唾液と胃液の混じり物が雪を解かす。
少ない体力を使い切り、息切れで空っぽの胃が必死に中のものを吐き出そうと動き続け、胃液が喉にこみ上げる。
しかし、そんな悲鳴を上げる体を無理やり動かし前へ進む。
吹雪によってすでに城の姿は見えない。
だというのに漠然とした恐怖が、あの男に対する恐怖が足を動かす。
離れているはずなのに、なぜだか恐怖が大きくなっていく。
駆けるべく動かしていた足は、地を蹴る力を失っていた。
それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。
しかし遂に限界が来る。
倒れるように、体を雪の上へと投げ出す。体は柔らかく雪に包まれ、雪に触れられた素肌は赤く腫れる。
自分のバクバクと激しく音を鳴らす心臓の鼓動と荒い息遣いが聴覚を支配する。
指一本も動かせない。ただ、ひたすらに荒い呼吸を繰り返す。
そうして、時は進む。心臓の鼓動は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと白い息を吐き出す。
そこで、ようやく自分は逃げ切ったのだと実感する。
そして、少しずつ戻ってきた体力によって冷やされた頭が回り始める。
これからどうしよう。
何も考えず身一つで出てきてしまった。この寒さは体の芯まで冷やしてくる。
よくよく考えれば毛布のようなものでも──いや、持ってきていたら邪魔になっていたに違いない。
一先ずはこの寒さを凌げる場所を探そう。
立ち上がり、向かう方角を決めるべく辺りを見渡す。
そこに、チラリと何かが動くのが目に映る。
もう、男たちが追いついてきたのかと身構えるがそれはすぐに否定された。
木の陰から続々と姿を現す獣たち。彼らの開いた口が、鋭い牙を覗かせる。
「ヒィッ」
悲鳴が漏れる。それは生物が元来持つ明確な死に対する恐怖。
獣たちに背を向けて、雪に足を取られながらも必死に走る。
しかし、そんな少女をあざ笑うように軽やかな走りで獣たちは少女に追いつき襲い掛かる。
飛びつかれ、乱暴に体を転がされる。痛みだけではない、明確な死への恐怖。
複数で、そして自分と同じかそれ以上に大きな図体で振るわれる圧倒的な暴力。
訳も分からず死が近づいてきているという実感が心を蝕み、涙が零れ出す。
「いや、いやぁ」
弱弱しい悲鳴が零れる。しかし、そんな声も獣たちの唸り声にかき消される。
「誰か……誰か助けて……」
だが、獣たちは少女を襲うのを止めない。弱い獲物が自分たちの狩場に迷い込んだのなら、見逃すはずがない。
獣たちの爪が少女を撫でるたび、白かった肌は血に染まり、ワンピースは襤褸へと変わる。
獣たちにとってあまりにも弱すぎる獲物。この過酷な環境で食物連鎖の頂点に君臨する獣たちに邪魔者はおらず、もはや狩りは終わったもの。最早、食事の時間へと変わっていた。
しかし、彼らの優れた五感何かの接近を感知する。それに対し、即座に獲物を放棄し乱入者への警戒を露わにする瞬間──
ドォォォォォォォン
──舞い上がる雪。
その隙間から覗かせるのは、緑色の肌に筋骨隆々の体。
人というにはあまりにも大きすぎる巨体が、少女と獣たちの間に立ちふさがっていた。
敵である獣たちに背を向けて。
血まみれで倒れ伏す少女にそっと手を当て、その様子をじっと見る。
獣たちはそんな邪魔者に対し、邪魔をするなと言わんばかりにじわじわと詰め寄る。
「「「グルルルルルル」」」
「ガアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
緑の男が放った、振り向きざまの一度の咆哮が雪を巻き上げる。その咆哮で、威嚇していた狼の群れの闘志はへし折れた。
次々と逃げに転じる獣たち。それは乱入者を格上の脅威と認め、逃げに転じたが故の行動だった。
だが、遅すぎた。逃げるのなら、威嚇などするべきではなかった。
背を向けた獣の背に拳が突き刺さる。血肉をまき散らし息絶える獣。
それに動揺し動きの鈍った獣を掴むと、剛腕を唸らせ逃げんとする獣たちへ投げつける。
動くたびに巻き上がる雪。
制御不能な暴風、生物の命を容易く奪う濁流のように荒々しい戦い。
それを霞む視界で捉えた少女は思い出した。
北欧神話が由来の彼ら。動物の毛皮を身に着けた戦士たち。理性なぞ感じられぬ戦いぶりに、彼らの前に立ちふさがった者たちは恐怖し、異名を付けた。
その名は──
「
そう呟いた少女の視界は、ゆっくりと闇に包まれていった。
時系列的には、インクレディブル・ハルクのあと。
バナー博士がハルクになってニューヨークで戦ったあと、アベンジャーズでインドにいることが明らかになるまでの経路が不明なので、その間の話。
トムホピーターにお姉さんぶるイリヤとか、ソーとアベンジャーズ最強は誰かの話題で言い合いしたりとか書いてみたかった。