イリヤ in MCU   作:抹茶アイス大好き

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バナーに関して独自解釈があるので一応、注意を。


襲撃

「ねぇバナー……バナー?」

 

「ん?あ──あぁ。何?」

 

「もう、バナー。しっかりして!」

 

時たまボーッと物思いにふけるバナーにイリヤは頬を膨らませ、雪で薄化粧した石畳を踏みしめる。

 

その姿は、バナーにとっても年相応のものであり微笑ましいものであった。

そう思うのは、自分だけでないのだろう。見知らぬ人間である自分に冷たい目を向けていた村人たちの視線も、どこか柔らかくなっているからだ。

 

そしてこの光景は、バナーが夢にまで見た光景を想起させるのに十分なものだった。

それは帰る場所。暖かく自分を迎えてくれる家。この力、というより呪いに近いものを手に入れてから失ったもの。

 

しかし、彼女の動きに合わせ動く服の隙間から覗かせるケガの跡が、バナーの心に暗雲を立ちこませる。彼女がどうしてあんな場所にいたのか、あの力は一体何なのか。聞きたいことは山ほどある。

 

だが、バナーは優しく善良な人間だった。

そのようなことを、傷だらけの少女に聞けるほどバナーの精神は図太くできてはいない。

 

どうすればいいものか

自分は彼女と一緒にいていい人間なのか。

 

そんな考えをずっと頭に居座らせながら、バナーは小走りでイリヤを追いかける。

 

一方の走り出したイリヤは、ただただ楽しんでいた。

例え、彼女の幼い体では走っても大の男であるバナーにすぐに追いつかれるとしても。

 

初めて感じる新しい気持ち。

今、自分の足でこの大地に立っている。そこに何者の意思も関わっていない。

上を見上げれば広々と空が広がっている。曇り空だけれど、なぜだか無性にうれしい。そして視界を下に移せば、見たことないものだらけの世界が広がっている。

 

「イリヤ、どこまで行くの?」

 

「全部見て回るわよ!まずはあっちね!」

 

「オゥ……」

 

ある程度は鍛えているバナーに疲れはない。しかしいくら村とはいえど、それなりの規模がある。

昼を過ぎた今から見て回るのではさすがに時間が足りない。何しろ今は冬。日が沈むのはかなり早い。

そこで丁度目に映ったものにバナーは一筋の希望をかける。

 

「ねぇ、イリヤ。あの店を一回、見ないかい?」

 

イリヤを呼び止めたバナーが指さした先にあったのは、一つの小さな店だった。

ショーウィンドには、ズラリと色鮮やかな小物が並んでいる。言ってしまえば、ありきたりなお土産屋だ。

 

しかしバナーの漠然とした知識は、女子はそういうのが好きだと言っている。その頼りない知識に従うことに若干の緊張を伴いながらもバナーはイリヤの反応を待つ。

 

イリヤは、声をかけたバナーから指先へと視線を動かし、そしてショーウィンドを見る。

 

「何あれ、綺麗!」

 

釣れた。

内なるバナーが勝利の雄叫びを上げる。が、本当にもう一人の自分が出てきてはマズいので一度、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから口を開く。

 

「よし、それじゃあ一回あのお店を見てみよう」

 

「うん」

 

真っ先にイリヤが店のドアを開けると、ドアベルが軽快な音で客が来たことを店主に教える。

 

「おや、いらっしゃい」

 

ドアベルが目覚ましになったのだろう、カウンターから顔を上げた老爺は久しぶりの客を視界に収める。

鮮やかな紅くクルリ大きい瞳に、スッと整った鼻。陶磁のように白い肌と腰まで伸びた銀色の髪も相まり、安っぽくありふれた服では隠しきれぬほどの端麗な容姿に老爺は頬を緩める。

 

「こんにちは」

 

と挨拶して、イリヤに続けて入ってきたバナーに老爺の視線が向く。

 

「子連れかい。こんな辺鄙な場所に観光かい?」

 

「観光とはちょっと違うんだ」

 

「お前さん、死にに来たんじゃねぇだろうな?」

 

この娘と一緒に

 

そう意味を込め、目つきを鋭くさせバナーを見る店主。

その視線にバナーも、しっかりと目を合わせ答える。

 

「まさか。死ぬなら一人で死ぬさ」

 

「……そうかい、それならゆっくり見てってくれ」

 

そう言うと、再び顔をイリヤへと向ける老爺。

バナーへの態度とは対照的にイリヤに対しては、孫を見るかのように優しい目をしていた。

 

「そうだ、とっておきを見せてあげよう、ちょっと待っててくれ」

 

そう言いカウンターの後ろ、薄いカーテンで仕切られた作業場へと老爺は向かう。

 

一時は警戒されていたことへの安堵から溜息をつくバナーに対し、イリヤは気にすることなく並ぶ置物を順に見ていく。

 

ありきたりな派手な色の陶器のコップ、木彫りの狼と多種多様なものが所狭しと並んでいる。

店頭に並べられていたのは、あくまで客に魅せるためだったのだろう。しかし、この無秩序な空間もまた、イリヤの心を躍らせるものだった。

 

店内を見渡すバナーを置いて、イリヤはきょろきょろと落ち着きなく視線を動かしながら狭い店内を探索する。

どれも初めて見る品ばかりのイリヤに退屈はない。

 

老爺が戻ってくるまでの時間は、イリヤには瞬く間のことだった。

 

「どうだ、綺麗だろう」

 

戻ってきた老爺がゴトリという音と共にカウンターに置いたのは一つの置物だった。

よほどの自信作なのだろう。それを持ってきた老爺は、自慢げな声音を隠しきれていなかった。

 

それは、羽ばたく小鳥の置物だった。

透明感のある水色のガラスで作られたそれは、広げた羽が通る光の色を変えている。

その姿は、周りの置物とは一線を画した存在感を放っていた。

 

そっと、置物に触るイリヤ。

ガラス特有の冷たさが指先に伝わる。

羽の一つ一つまで細かく造られた翼は、折れるかのように薄く、それでいて素材由来の硬さを主張する。

 

先ほどまでの子供らしさは息を伏せ、白い小鳥にただ静かに熱中するイリヤ。

 

その様子に老爺は見惚れ歓喜する。自分の最高傑作が少女を魅了している。

それを目の前で見れることは、職人の冥利に尽きる光景だった。

 

「嬢ちゃん、まるで妖精みたいだな」

 

老爺の口から零れた言葉。

それに対し、イリヤは冷ややかに答える。

 

「そんなのいるわけないじゃない」

 

「夢がないことを言うんじゃない、まだ若いんだ。ちょっとはありえないことを夢見てもいいもんだぞ。それが人生ってもんだ。それに魔法はイメージだっていうしな」

 

カラカラと笑いながら人生の先駆けとしての助言をすると、老爺は満足感と共に訪問者たちに背を向け仕事場へ戻る。

これ以上、顔がにやけるのを我慢するのは限界だった。

 

一方、静かになった店内でバナーは、イリヤが落ち着いており、かつ二人きりの今がチャンスと考え話しかける。

 

「さっきの話の続きだけどいいかな?」

 

「……」

 

小鳥の置物を見つめ無言のイリヤを、バナーは肯定したとみなした。

そして繊細な注意を払いながら話を切り出す。

 

「君は特別な力を持ってる、それは分かってる?」

 

頷くイリヤに、バナーは話を続ける。

 

「きっと多くの人間が君を求める」

 

それはバナーにとって想像に難くない未来だった。

自分と同じ、特別な力を持った少女。きっと多くの人間が彼女を求めるだろう。

かつて自分を執拗に追いかけてきた米軍。自分はこれからも逃げ続ける人生を送らなければならないだろう。

 

この少女に拒絶されれば、自分はまた一人ぼっちだ。それが嫌だという自分と、もう一人の自分に少女を近づけていいのかという自分がいる。

だが、真実を隠し続けるのはバナー自身の良心を傷つける。

 

故に真実を告白することを選択する。

 

「僕がバーサーカーだ」

 

「え?」

 

突然の告白に対し、目を白黒させるイリヤをバナーは目をそらさずに見る。もし、彼女が恐怖を見せれば、自分は即座に彼女から離れるつもりだった。

しかしイリヤはただただ、困惑しながら言葉を連ねる。

 

「でも……バーサーカーはもっと大きかった。バナーと違って肌の色も緑色だったし……」

 

「正確に言うなら君の言うバーサーカーはハルクって名前で、もう一人の僕なんだ」

 

もう一人の僕

 

その表現にイリヤの蓄えられた知識が、一つの答えを導き出す。

 

「二重人格ってこと?」

 

「そう、そんな感じ。心拍数が一定の値を超えると僕はハルクになってしまう」

 

「僕はハルクを制御できない。一緒にいるのは危険だ」

 

そこまで語り、バナーは一息つく。

 

当てもなく、1人で生き続ける寂しさ。自分は危険な存在であるが故に一人でなければならないという思い。

相反する二つの感情をバナーは、どちらも切り捨てることはできなかった。故に身勝手とも思えるが、齢10やそこらの少女に任せることにした。

 

「君が選んでくれ、」

 

僅かな沈黙。会話において相手が返答するまでの数舜が過ぎるのを、バナーは息をのんで待つ。

 

「当たり前でしょ。それにバーサーカーは悪い人じゃないわ。だって私を助けてくれたんだもの」

 

緊張していたバナーがいっそ馬鹿らしくなるほど、イリヤはあっさりと答えた。

ホッとしたバナーだったがある点が引っかかり思わず聞き返す。

 

「ハルクが悪い奴じゃないって?」

 

バナーにとってハルクは悪魔に等しい。水と油のように、決して相容れることのできない存在だ。何せ、彼がいなければ自分はその才覚を十全に発揮し、今も恋人──もっと先の関係になっていたかもしれない──と研究生活を送ることが出来ているはずだった。

 

故にバナーは、イリヤのハルクに対する認識を認めたくはなかった。

 

「あいつは制御のきかない怪物だ」

 

「でも私を助けてくれた」

 

その目には、バナーが嫌悪する存在への信頼がある。

そんな時だった。

 

「何の音?」

 

「さぁ、分からない」

 

異音が二人の耳に入る。

それは何かの破壊音、そして人の叫び声だった。

嫌な予感に襲われながら、外の様子を見ようとバナーは動く。

 

ゆっくりとカーテンの掛かった窓に近づき、そのカーテンを捲ろうとした瞬間──

 

銃声と共に窓ガラスが割れる。

銃声は一発や二発ではない。連続して響く炸裂音にバナーはイリヤを床へと引き倒し、自分の体の下でイリヤを庇う。

 

割れたガラス片が、砕かれた窓枠の木の破片が二人に降り注ぐ。

 

そして外から窓が叩き割られ不気味な、しかしイリヤには見慣れた仮面がそこから覗かせる。

のっぺらとした仮面がゆっくりと店を見渡すとイリヤに目を止め、声を発した。

 

「目標、発見」

 

そう無機質な声で言うと、割れたガラス片を気にすることなく無理やり窓から体をねじ込み、店内へと侵入を果たす。

 

ゆっくりと近づいてくる男にイリヤは、自分が追われていることを理解する。

そしてそれは忘れかけていた─いや、目を逸らしていた現実を叩きつけるものだった。

 

近づいてくる男に焦りと残ったままの恐怖が沸き上がる。

 

「バナー!動いて!」

 

自分を庇ったまま動かないバナーにイリヤは声をかけるが、バナーはうめき声を上げるのみで返事をしない。

 

何とか無理やりバナーの身体から這い出たイリヤは、木片を払いながら立ち上がり自分に向かってくる男を睨みつける。

 

しかし、男はそんな視線をものともせずイリヤに近づく。

 

かつてのイリヤなら抵抗することはなかっただろう。

だが、イリヤは城にいた時とは違った。

自分に力があることが分かっていた。

 

そうして髪を引き抜き、男へと振るう。

それは、若干の恐怖を伴ったものだった。

 

イリヤにとって男は自分を支配する側。

故にイリヤの行動は幼子が駄々をこね、大の男をその未発達な柔らかい脚で蹴るようなものだった。唯一、異なる点と言えばその威力が蹴りなぞとは比べるまでもないものであり、それをイリヤ自身が把握していないことだった。

 

振るわれた斬撃が、男の胴を斜めに切り裂き赤い血が噴き出す。

素人目でも明らかに命に関わると理解できる出血。しかし男は命令に従い、手をイリヤへと伸ばしながら倒れ伏す。

そして自らの体液で作られた水たまりで、ピクピクと痙攣しその動きを止める。

 

あまりにもあっけない終わりにイリヤは動きを止める。

そして、

 

「なぁんだ、つまんないの」

 

広がる凄惨な光景。

普通の女児であればトラウマ確定の絶叫もの。しかし、イリヤには全く別のものに見えた。

 

「アハ、アハハッ」

 

思わず零れた笑い声。容姿に違わず美しい、しかしあまりにも空虚な笑い声。

拍子抜け、失笑。そんな感情がグチャグチャになって吐き出される。

それは自分の恐れていたモノのあまりにもあっけない最期に対する

 

「大丈夫か!嬢ちゃん!?」

 

物音に慌てて老骨を鞭打ち飛び出してきた店主。武器のつもりだろうか、工房の道具の中でも取り回しのいい道具を手に持つ老爺は、イリヤを視界に収めると同時に愕然と立ち止まる。

 

血だまりの中で笑う少女は、ゾッとする美しさがあった。

 

そして、バナーが立ち上がる。

否、その姿はもはやバナーではなかった。

 

筋肉が上着を、シャツを引き裂きながら、緑色の肌が姿を現す。

バナーにとって余裕のあったズボンは、大きく膨れた体が本来の主人かのように居座る。

イリヤがバーサーカーと呼んだ彼が鼻息荒く、そこに立っていた。

 

轟音と共に、店のショーウィンドゥをぶち壊し外へと出るハルク。

それを迎えたのは、イリヤを探しに来ていた黒服たちだった。

 

黒服たちが突然現れた巨体に向かって驚きながら銃を向ける。

目標であったのはイリヤだったが、本能的な恐れから。

しかし、彼らの武器は強靭な緑の肌が相手にもならない。むしろ、怒りを買うだけだった。

 

人間と比較してあまりにも大きすぎる拳が、人間離れした速さで黒服に襲い掛かる。

黒服たちはこんな脅威との戦い方を知らない。というより知る由もなかった。

誰が人間離れした、最早人間の区分には収まらないであろう巨人と戦うことを想定しただろう。誰が肌で銃弾を弾く敵と戦うことになると考えるだろう。

 

そこにあったのは蹂躙だった。

そして、イリヤは自分の信頼するバーサーカーが自分の敵を倒している姿をじっと、どこか熱のこもった視線で見つめていた。

 

そうして、戦いのようなものは終わった。

そこに、イリヤとハルク以外の人影は立っていない。

曰く付きの名前が広まってしまっているだけの平凡な村。そこにいる返り血に服を汚した少女と緑色の巨人はあまりにも異常だった。

 

騒ぎを聞きつけ集まってきた村人たちが、遠巻きに二人を見る。

彼らの目には、恐れと猜疑心が籠っていた。その、人を刺すかのような視線にハルクはたじろぐ。

 

それを見たイリヤは、バナーがなぜバーサーカーのことを話したがらなかったのかを理解する。

彼は怖かったのだ。今、村人たちが自分にも向けているこの視線が。

 

そしてその視線はイリヤにも向けられていた。

時間が経っておらず未だにその鮮度を失わない赤黒い液体は、白に近い銀髪を下地に十分な存在感を放っておりイリヤが異質なものであることを教えていた。

 

人は異質なものを拒む。

故に村人たちに先ほどまでの柔らかい視線はない。

 

触れられていない。管を突き刺されたわけでもない。

ただ、見られているだけ。痛みなんてあるわけがない。

だというのにどこか苦しく気持ち悪い、嫌悪感がイリヤの心に沸き上がる。

その感情に無理やり蓋をして、イリヤはバーサーカーのもとへと向かう。

 

戦闘後の鼻息荒く呼吸を繰り返すハルク。

そんな状態の巨人にイリヤはそっと近づく。

 

それに気づいたハルクは、目を伏せて自分に近づこうとする少女から遠ざかろうと後退る。

ハルクは怖かった。自分が守った少女から恐れられるのことが、怯えられることが、敵意をむけられることが。

 

しかし、イリヤはハルクの猫のような俊敏さでするりとハルクの懐に忍び込むと、その緑の大きな手を自分の小さな白い手で握りしめる。

 

「私は怖くないよ。バーサーカー」

 

目を見開くハルク。

 

ハルクを恐れなかった人間はいなかった。

バナーの恋人でさえも最初は怯え、そして恐れた。

しばらくして彼女はハルクに恐れの目を向けることは無くなったが、代わりにあったのは憐憫だった。

そう、彼女が見ていたのはハルクではない。ハルクの中にいるバナーだった。

 

ハルクは孤独だった。自分のせいで、バナーが被害を被っていると罵られた。誰からも必要とはされなかった。

 

雑多とは隔離されたかのような、二人だけの世界。

そんな世界で、鈴の音のような声が響く。

 

「お願い、バーサーカー。私の敵を倒して」

 

「ガァァァァァァァァァァァ!!!」

 

叫ぶ。

その叫びに一体、どれだけの感情がこもっているのだろう。

 

あまりの声量に、周囲にいた村人たちは思わず耳をふさぐ。

しかし、その声を最も近くで聞いているイリヤは笑う。

 

そんなイリヤをハルクは肩に抱え、その場を飛び立った。

イリヤの敵を倒すために。

 

 




オリ話はあと2話くらいで終わります。
サクサク行きたいので、急展開には目を瞑ってください。
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