主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第103話

 地平線まではっきりと見える見渡す限り拓けた大地に、帝国最強とうたわれる二大将軍エスデスとブドーが縄で縛られたタツミを連れ人質交換の場に現れていた。

 その場は隠密、奇襲を得意とするナイトレイドにとっては鬼門といっても過言ではない拓けた場所。

 ナイトレイドの墓場とすべくオネストが誂えた場所であった。

 エスデスは予想される激しい戦いに胸を踊らせ喜色満面な表情で佇み、ブドーは普段と変わらず険しい表情を浮かべ腕を組んでいる。

「半端ない威圧感だ。いったいイェーガーズの野郎どこで道草を食ってるんだ」

二大将軍から距離にして一キロほど離れた所で天閉が主水を待っていた。

 本当であればもう少し近場で待機する予定であったが、二大将軍の威圧感と、その察知能力を恐れこれだけの距離をとり待機していたのだ。

 しかし、二人が豆粒ほどの大きさにしか見えなくとも、その尋常でない雰囲気や纏う気配に天閉は気が気でない状態で嫌な汗をかくのだった。

◇◆◇◆◇◆

(ウェイブやスタイリッシュであれば楽に眠らせたところだが。まさかこのような組み合わせになるとは……)

主水は思案顔で視線を動かすと、お菓子を嬉しそうに頬張るクロメの姿が。

 前回の打ち合わせで帝都巡回の組み合わせが言い渡された。

 主水としては荒事や誤魔化しがきくウェイブと組めたらとひそかに願っていたのだが、エスデスはキョロクで主水にいいようにまかれて振り回されていたことから、ウェイブと組ませることはせず、お目付け役としてクロメと組ませたのだ。

 言い渡された時はウェイブと組めなくなったことに僅かに不満顔をしたクロメであったが、エスデスにこの件が終わったら菓子を奢ってやるという一言により、やる気に満ちたものとなっていた。

 逆にセリューは未練タラタラであったのは言うまでもない。

 しかし、主水としてもこの日まで時間があったため、対策は立てており主水は秘策を忍ばせている懐にそっと手をおいた。

(あとはどの機会にこれを盛るかだが…)

ある機会を伺っていると、帝都全土に響き渡るほどの音で鐘が鳴り響く。

 調度昼を告げる合図である。

(人質交換の刻限か。行動に移さねぇとな)

「そろそろ昼にしませんか。私が美味しい甘い物を売っている所があるので」

クロメが甘い物好きであることと、自らの趣味が合致したことにより行うことが出来るクロメ封じ。

何が何時役に立つかは分からないものである。

「本当!行く!!」

主水は横を歩くクロメに提案すると、案の定クロメはその提案に即座に食いついた。

 普段通り表情にはあまり出しはしないが、その足取りや態度からかなり喜んでいるのが手に取るように分かった。

「主水早く!」

クロメに促されたことを大義名分として主水も先を急いだ。

ーーーーー

「店主いつものやつ頼む」

「へい、いつも御贔屓にしてくれてありがとうございやす」

店主はよく共にくるセリューではないのかと僅かに思いながらも営業スマイルを浮かべオーダーを受けとると店の台所に消えていった。

「主水頼んだのは何?」

「すぐに来ますのでお楽しみに」

既にフォークとスプーンを準備万端と装備して目を輝かせるクロメを見て、主水は僅かに心を痛めた。

 純粋なクロメを好きな物を使って騙すことになることに。

「へい、お待ちしました」

「おう待ってたぜ」

主水は店主が持ってきた大きなホールケーキを受け取ると、わざと遠回りをしクロメの死角をつくように運び、懐に忍ばせていたものを密かにもった。

ーーーーー

 この日の二日前、主水は対策に必要不可欠なものを手に入れるために、スタイリッシュの元を訪れていた。

「あなたが来るなんて珍しいわね」

顎と頬に手を当てる虫歯のポーズで主水を出迎えるスタイリッシュ。

つくづく気持ちわりぃヤツだという思いを飲み込み主水はスタイリッシュに声をかけた。

「睡眠薬ってあるか?」

「睡眠薬………まさか!貴方も私と同じようにウェイブにもってあんなことやこんなことをするつもりなの!!」

「…………」

予想の遥か斜めをいくスタイリッシュの反応に一時フリーズする主水だが、即座に再起動して持ち直した。

 ただ、ウェイブの貞操の危機を知り、御愁傷さまとの思いを心に秘めて。

「おめえと一緒にするな。この頃寝付きが悪くてよ。おめえならいい薬持ってるんじゃないかと思ってな」

主水は眠たげな様子を演じスタイリッシュに答えた。

普段から昼行灯を演じる主水にとっては朝飯前の演技。

「ウフッいい薬あるわよ」

スタイリッシュはウィンクをしつつ不気味な笑みを密かに口許に浮かべると、棚まで歩き1つの瓶を持ってきた。

「私が隙あらばウェイブに盛ろうとしている無味無臭で即効性のク・ス・リよ」

背筋に冷たく走るものを感じつつも空とぼけてスタイリッシュの言葉に耳を傾ける。

「使用法は?」

「最高でも一滴。それ以上使うと永遠の眠りにつくことになるわ。なんてったって超級の危険種だって一滴投与すれば眠りにつくんだから」

「そ、そうか……」

今さらになってスタイリッシュを頼ったことに不味かったかという思いと、反面事が上手く運ぶだろうことから良かったのかという微妙な思いとが混在する主水。

「ありがとよ。もらってくぜ」

主水は礼を言ってクスリを懐に入れてスタイリッシュの元を去った。

ーーーーー

「いただきます」

クロメは主水の渡した睡眠薬入りのケーキに恐ろしいほどの勢いでかぶりついた。

既にクスリを一滴投与した箇所はクロメの口に運ばれていた。

頬をまるでハムスターのように膨らませ、天にも登るような悦に入った表情で咀嚼するクロメ。

(すまねぇがクロメ眠ってもらうぜ)

すぐに眠るのではと思っていた主水であるが、それを裏切るかの如くケーキを食べ続けるクロメ。

 みるみるうちに減っていくホールケーキを何故だという困惑を秘めた表情で見つめる主水。

(なぜ眠らねぇ。ガタイのいい危険種にすら効いたのに)

主水はスタイリッシュを完全には信用していなかったために、危険種相手に実験し確証をもって使用したのだ。

 しかし、目の前のクロメには一向に効き目が見られない。

いや、眠るどころかより目が輝いているほどだ。

それもそのはず、クロメは普段から劇薬を体に投与し続けている。

命を失うほどの怪我を負っても戦い続けることを可能にし、戦闘力を大幅に増量することを可能にした悪魔の薬。

 しかも、それは日増しに量と強度を増し、薬に適応した肉体を持つクロメであっても寿命を縮ませるほどになっている。

 故に、クロメの体はそれがスタイリッシュが作り出した薬であっても効果を示さない状態になっていたのだ。

 そんなことを知らない主水は刻一刻と無為に過ぎていく時間に焦りを隠せなくなっていた。

◆◇◆◇◆◇

「よく来たな」

僅かに時計の針が予定の時刻を三十分ほど過ぎた辺りであった。

ナジェンダを先頭にアカメ、レオーネ、マインの並び。

 それはナジェンダにとって苦渋の決断であった。

 不幸中の幸いとでも言えば良いのか、ナジェンダにとっても今回のことが名目上の人質交換であることは主水が手に入れ、アジトに持ち帰られた資料により知ることが出来た。

だからといってタツミを見殺しにすることは出来ない。

ならば、なんとしてもタツミを奪還しさらには皆が生還することが至上命題となる。

 どうすればいいか?

二人の将軍を即座に逃げるにしろ、二人の将軍を出し抜くことは不可能。

ならば、戦闘で抑えことを済ませるそれしか選択肢は存在しなかった。

 ナイトレイドならば奇襲や虚をつきつつ攻めるべき。

それが建物ないであったり、衆人環視の中であれば項を制す。

しかし、それも承知のオネストがナイトレイドの僅かな勝利の芽をも摘みにかかる。

 それが今回の交換の場のだだっ広いなにも障害物も無く、衆人すら存在しないこの場となる。

 故に、ナジェンダは初っぱなから全てのナイトレイドのメンバーを率いて来たのだ。

「こちらは大臣の息子のシュラだ」

ナジェンダはエスデスの言葉には答えることなく縄で縛り上げられ目隠しと猿轡をされたシュラを示す。

 目隠しと猿轡はシュラが廃人となったことを隠すため。

「フッこちらはタツミだ。お前たちの要求通り帝具つきだ」

エスデスはタツミに愛しげな視線を向けた後、微かに妖艶な笑みをナジェンダに向けタツミを示す。

帝国側とナイトレイド側が向かい合って約十メートル。

エスデスは余裕の笑みで、ブドーは依然として厳しい表情で。

対してナジェンダは警戒を最大限にあげ将軍二人を見据え、以下アカメ、レオーネ、マインも帝具を何時でも使用出来るように構えた臨戦態勢に入っている。

「ではこちらの合図で人質交換とする」

ブドーが腕組みをとき重たく響く声で伝え、カウントダウンを始めた。

「3、2、1……0」

「一瞬の別れだタツミ……」

エスデスは名残惜しそうにタツミにだけ聞こえるように呟きタツミを送り出す。

同時にナジェンダもシュラを放り出す。

「マイン弾幕を張れ、アカメはタツミを回収、レオーネはアカメを援護!」

ナジェンダの指示が飛ぶより早く三人は行動に出た。

マインは二人の将軍を牽制するように周囲に撃ち込み砂煙をあげ、アカメは縛られフラフラとした足取りで走ってくるタツミに駆け寄り縄を切った。

「ありがとアカメ」

「礼はいい。今は逃げるのが先」

「ああそうだな」

「逃がすと思ったか」

アカメとタツミの話の腰を折るように響くエスデスの声。

砂煙の中でエスデスは地面に手をつく。

刹那エスデスを中心に半径五十メートルの円上に氷柱がせりあがりドーム状に辺りを取り囲んだ。

「どんな小細工をしても逃げることは出来んぞ」

「潮時だなナイトレイド」

エスデスは細剣を抜き、ブドーがマントを脱ぎ捨てると同時に突風が舞い起こり砂煙がはらされた。

 ナイトレイドと帝都の二大将軍との死闘が始まる。

 

 


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