俯き力なく両腕を垂らすエスデス。
両腕をアレスターの能力により封印出来たことにより優位に立てる状況になったと思われるはずが、主水は依然として厳しい表情のままエスデスに鋭い視線を投げ掛け続ける。
そして、沈黙を破るように言葉を発した。
「いいかげんに演技を辞めたらどうだエスデス」
「フフフ、そうだな」
エスデスは主水の言葉に呼応するように顔をあげると垂らしていた両腕を上げ具合を確かめるように振り始めた。
両腕が振られる度に袖口からキラキラと輝く欠片が。
「お前の帝具を前に調べておいたのが功を奏した。打った部分の自由を奪うというなーー」
「だから服に隠れる部分に氷を纏い甲冑とした………か」
エスデスの言葉を継いで苦々しげに主水は呟く。
エスデスは、主水がアレスターを使用し始めるのを目にし、アレスターの能力を以前調べておいた帝具図鑑のページを思いだし、考えた。
自分と互角以上の戦いを演じる主水相手にどこか一つでも自由を奪われることになると、それだけで命取りーーいや、この楽しい時間が終わることになると。
そして、危機感を抱いたことにより、直接アレスターが触れなくなる為の対策として体に氷を纏い鎧のようにしていたのだ。
主水としては両腕を打ち据えた時にその感触から悟ったのだーーー生身ではないと。
「なにからなにまで厄介なヤツだ」
戦闘民族故の卓越した戦闘スタイルのエスデスに呆れるように溜め息交じりに溢した主水だが、その瞳には諦めはなかった。
(実戦で、しかもエスデス相手にこれを使用することになろうとはな……)
主水は軽く深呼吸するように息を吐き、気合いを入れ直すとアレスターも使い手の主水に呼応するように太陽も霞むほどの黄金の光を放ち始める。
(なにかするつもりか。一回の戦いでこう何度も私を楽しませてくれるとはな)
自然と口角が上がるエスデス。
幸せを噛み締めるまもなくエスデスは、ヒビが入り崩れ始める両腕に纏った氷を振り払うと、強度の増した氷を精製し鎧として纏う。
「この時間が永遠に続いたらよいのだがな……」
ポツリと小さくもらした一言にエスデスの心境がありありと表れていた。
エスデスは先程の落とされた細剣に向けて指を指す。
すると指の先から氷でできた鎖が放たれ細剣に巻きつくとエスデスは引き寄せる。
再びエスデスの手元に細剣が戻り握られた。
(ちっ、抜かったな)
再び得物を握るエスデスを見て眉間に皺を寄せるが後悔してはいられない。
エスデスは低い姿勢から弾丸が放たれるように飛び出すとその勢いを加速させつつ主水に向かう。
主水は右斜めよりの下段に構え待ち受ける。
(左肩に担ぐように振りかぶるかーー左斜め切り下ろし)
主水はエスデスの挙動から先読みし体を後ろに反らし回避にかかる。
「!!」
読みきったはずだった。
しかし、ニヤリと笑ったエスデスは切り下ろしに入った無理な姿勢からさらに踏み込み切り下ろす。
一般的な人間ではあり得ない姿勢からの踏み込みと一刀。
(アレスターが間に合わねぇっっ)
主水としては一刀を体を反らし避けきり、返す形として下段から切り上げ、エスデスがそれを回避すると同時に十手独自の追撃を目論んでいたが、大きく崩されることになる。
想定外の踏み込みからの切り下ろしはアレスターで回避は間に合わないと判断した後の行動は早かった。
左手で太刀を抜き受け止める。
エスデスの斬撃の異常な速さから鞘から抜き放たれることはなく、抜き身が半分辺りで防ぐ。
「くっ!」
秀に鍛え直して貰い強度が増しているはずの太刀が軋むほどの圧力。
しかし、エスデスは受け止められたにも係わらず、太刀に接している細剣を力任せに振りきった。
(なんて力だ)
太刀と細剣の触れあっていた刃が火花を放ち、主水はそのまま後退させられる。
しかし、エスデスは止まらない。
即座に主水が後退した分間合いを詰める。
(力じゃ敵わねぇ。ならば)
半ばまで抜かれた太刀を抜き放つ。
右手にアレスター、左手に太刀という変則的な双角をとる。
双角とは右手と左手に十手を持つ二刀流である。
(柔よく剛を制す)
間合いを詰めていたエスデスが突きを放つ。
目視も難しいほどの突きを主水は経験則から左手の太刀を合わせ軌道をずらす。
僅かにエスデスの表情に驚きの色が。
力勝負になる受けることはせず、剣術の技術により受け流しによる対応。
主水の極致に達する剣術の技術によりエスデスは太刀で合わせられたという感覚すらなく、元からずらされた軌道をついていたようにさえ感じていた。
故になぜ穿てていないという違和感を受ける。
突きが空をきりエスデスの体勢が前のめりになった所で主水は、右手のアレスターで頭部を狙い突く。
「させん!」
即座に左手に精製された氷の刃がアレスターの行く手に立ち塞がる。
しかし、アレスターは何も存在しないかのように氷を素通りする。
「そういうことか!!」
エスデスは脊髄反射と見紛うほどの速さで首を傾けかわしにかかる。
だが、かわしきるには至らず左耳を掠めた。
主水は掠めたアレスターを横凪ぎに振るう。
側頭部に直撃と思われたが、エスデスは上体を大きく反らし横凪ぎをかわし、その反動を用いて左足により頭部を狙ったハイキックを放つ。
横凪ぎから逆時計回りに180度回転した主水は左手の太刀でハイキックを止めるべく瞬時に逆手に持ち変え防ぎにはいる。
このまま左足を振り切れば氷を纏っていようとただでさ済まない。
しかし、エスデスの表情にイタズラじみた笑みが浮かぶ。
刹那エスデスの左足がブレ軌道が上段から下段に。
バキッという何かが折れる音と共に主水が傾く。
主水は顔を歪めつつも背後のエスデスを穿つためにアレスターを逆手に持ち穿つ。
しかし、そこにエスデスの姿はなく、大きく間合いを取った位置に立っていた。
「腰を砕くつもりで放った蹴りが鞘によって防がれることになるとはな」
エスデスの視線の先には、蹴りにより砕かれた漆塗りの鞘の欠片が。
二本挿しの鞘に守られる形となったのだ。
「それにしても……その帝具の真の能力は大したものだな」
「!」
エスデスの確信めいた発言に一瞬呆気に取られる主水。
たった一度の能力の発動で見切られたのかという驚きが脳裏を過るが、顔には一切出さず、また反応も返事もしない。
その一言に反応することは否定することも含めて即ち肯定となるからである。
相手に情報を与えることほど愚かで命知らずのことなどないからである。
たとえそれが相手をあと一歩に追い込んでいてもだ。
「返事はなしか。ではここからは私の推測だ。お前の帝具の能力を辞典で見たときに違和感があった。帝具というものは相手の命を奪う武器であるはずだ。そうでなければ帝具持ち同士が戦えば必ずどちらか一方が死に至るという前提条件さえも覆されることになる。そしてさらに言えば、相手の自由を奪うというのはあまりにも帝具の能力として弱すぎる。使い方によってもな。そこから考えるとその帝具には隠された本当の力があると考えるのが通常だ。そしてここからは私見だが、相手を捕縛する際気にかけることは何かと思ってな。私自身はそんなこと気にかけたこともなかったので、ウェイブやランに聞いてみると二人とも同じ答えをした。なんだと思う」
エスデスは怪しい色をした瞳で主水に流し目を送り、問いかける。
突然問い掛けることにより主水の表情の変化を見届けるためか、もしくは自分の推測に間違いはないだろうという自信を秘めているからかは分からないが。
主水は依然として無表情である。
「反応なしか。では再開する。二人は答えた『相手の武器を警戒する』とな。つまり相手の武器とは帝具持ち同士の戦いにすれば相手の帝具ということになる。そうお前の帝具の真の能力は相手の帝具の能力の無効化違うか?」
「………」
主水は今回も無反応しかし、それは相手に情報を与えないためではなく、エスデスの言っていることが全てであったからだ。
「論より証拠とも言う。これが証拠だ」
エスデスは先程のアレスターの突きを防ぐために精製した氷の刃を示す。
そこにあった氷の刃は、刃の側面に穴が空いており、そこから左方向の氷も消えていた。
「帝具デモンズエキスにより精製された氷の刃が溶かされることはない。そして先程の一撃には何も存在していないように滑らかな動作だった。そこから推測は確信に変わったのだ」
どうだとばかりのエスデスは不適な笑みを浮かべる。
エスデスの戦闘面における卓越した洞察力には主水も苦虫を噛み潰す思いをするしかなかった。
(見抜かれるとは思っていたが、まさか一度で見抜きやがるとは)
エスデスを甘く見ていた訳ではない。エスデスが規格外過ぎたのだ。
(こいつは危険すぎる。ここでヤツを確実に仕留めるしかねぇ。これは因縁のあいつに取っとくつもりだったが背に腹は変えられねぇ)
最初は時間稼ぎのみのはずだったが、戦ってみて理解した。
ほんの僅かなことから見通す洞察力、誰もが霞むほどの戦闘力、その全てが危険だということを。
主水は覚悟を決める。
主水にとって革命などは二の次いや、三の次とにもみたない大した問題ではない。
しかし、ナイトレイドの仲間の命はちがう。
ここでエスデスを倒さなくては今後仲間が危機に陥る。
ならば今の内に危険の芽は摘んでおかなくてはという考えに変わっていた。
ここでエスデスを仕留めると。
今までのような戦いではじり貧になるのは明らかであるために、主水は決意する、帝具ではなく自らの奥の手を出すことを。
主水は徐にアレスターを帯に納め、両手で太刀を握った。
次回でエスデス戦が一端決着がつくと思います。