主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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一応エスデス戦終結です。


第110話

 主水は決意を固め両手を刀の柄にかけ、下段に構え、静かに呼吸を整える。

 肋骨は何本か折れ、鞘が身を呈して守ったとはいえ限度を超えた威力の蹴りを受けた腰は悲鳴を上げているが、それさえも次の一刀に掛けるために意識を傾けることはしない。

 

(帝具をしまうか。次は何を見せてくれる中村!)

 

エスデスは期待に満ちた視線を主水に送る。

 これまでの僅か五分にも充たない時間の中で主水は、エスデスが今までの人生の中でも味わったことがないほどの高揚感に満ちた戦いを、戦いの技術を演じて見せてくれた。

 それだけでも満足であるのに次には主水が纏う雰囲気を一変させ、さらには帝具をしまいわざわざ刀に手を掛けたのだ。

 次の一手に期待で胸を踊らせないはずがない。

 故にエスデスはその一手を全霊をもって受けるために待ちに入ったのだ。

 二人の間には静寂が流れる。

 僅かに荒野に鳴り響くのは、遠方で行われているブドーとタツミの壮絶な殴りあいによる打撃音のみ。

 真上から吹き込む風がエスデスの美しく流れるような青い髪を揺らし、はたまた主水のマフラーも靡かせるが、両者ともに微動だにしない。

 そのような時間が止めどなく流れるように思われた次の瞬間、主水はゆっくりと摺り足で歩み始める。

地を擦る音もなく、威圧感も殺気も垣間見せず。

 その動きは今までエスデスが主水に襲い掛かった時のような驚異的な速さや、桁違いの威圧感を含んだものとは正反対とも言えるものであり、よく言えば落ち着いた、悪く言えば緩慢ともとれるものであった。

 

「!!」

 

 しかし、そのような動作の中でありながら、エスデスの表情が曇り始める。

どこにも曇らせる要因などなさそうであるのにだ。

 

(どういうことだ……)

 

 エスデスの感覚に違和感が走る。

 五感の一つ視覚は目の前の主水を捕らえている。

 緩慢であるが、一歩一歩確実に自分との間合いを詰めてくる刀を携えた主水を。

 しかし、視覚以外の戦闘面での感覚の触覚、嗅覚、そして聴覚がそれを否定する。そこに主水は存在しないと……

 人間が歩むことにより起こる空気の揺れを感じ取る触覚、人間が必ず纏い体から放たれる雰囲気を感じ取る嗅覚、摺り足による服の衣擦れや足音を感じ取る聴覚、その三つの感覚が全く主水を捕らえていないのだ。

まるでそこに何も存在しないかのように。

 一番信頼出来る『視覚』さえも三つの感覚に追随し従うかのように揺らいでくる。

 三つの感覚から生じる思い込みが為せる業か、その主水は虚像だ、もしくは自分を惑わす残像だ、とでも言うかのように。

 一歩一歩確実に近づいてくるのにすでに認識が出来なくなる。

 それは始めての感覚、エスデスが今まで命を奪ってきた危険種であろうと人間であろうと戦闘時に感じたことなどないものであった。

 

(何が起こっているッ)

 

 冷静に考えられなくなり混乱するエスデスの背筋に冷たいものが走る。

 

(!!)

 

 刹那エスデスの視界を目映い鮮血が赤く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥の手〈つばめ返し〉」

 

 突如現れたーーーいやその存在を感じ取れるようになった主水が目の前で血の滴る刀を振り上げていた。

その後主水はエスデスに背を向けると、刀を一振りし地に赤い軌跡を刻むと同時にエスデスは地に沈んだ。

 

 主水がエスデス相手に放った奥の手とその前段階の歩方は、共に主水がこれまでに極めてきたものがあってこそのものであった。

 一つ目の歩方は、仕事人という暗殺業の折り、相手に近づく場合や、仕事の際潜入や人目に晒されなくするため磨いてきた気配を断つという技術の集大成に位置する。

 二つ目の奥の手は、元来佐々木小次郎が編み出した秘剣であるが、主水も独自に幾多の流派を極めた後に自らの力で修得したのが、この奥の手〈つばめ返し〉であった。

 共に長い年月身を置いて極めてきたものの集大成となる技であった。

 

「閻魔様に会ったらよろしく言っといてくれ……」

 

主水は振り返ることなく呟いた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「!!」

「何が起こったのだ!!」

 

 タツミとブドーとの戦いの合間にその光景を遠目に見つめていたアカメやナジェンダは、一瞬何が起こったのかという唖然とした後に、驚愕にかられた。

 アカメは先程の戦いで、ナジェンダは帝国に属していた頃から身近でエスデスの戦いぶりをまざまざと見せられその強さ、恐ろしさを身をもって知っていた。

 エスデスはどれ程過酷な戦場においても苦戦することも、傷を追うことすらなかった。

 革命軍に身を置くようになったのちに、仮にエスデスを倒すことを想定するならば、少なく見積もっても、五万の精兵とアカメを含め帝具遣いを10人は必要とすると考えていたほどだ。

 そのエスデスが主水一人におそらく一刀の元に斬り伏せられ、血飛沫をあげ地に伏したのだ、驚愕しないほうが可笑しい。

 エスデスを倒したという喜びだけではなく、つくづく主水が仲間で良かったという思いに駆られていた。

 

「後はこの場から退却するのみか」

 

ナジェンダは皆の命を預かる指揮官として即座に頭を切り替え次の一手に頭を巡らせた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 「いまさらか遅ぇぞ……」

 

主水の視界の端に、修理が終り作動可能を意味する狼煙が映る。

 普段なら有り得ないがエスデスを倒せたという戦果、そしてこれでこの場は退避出来るという戦場における主水らしくない僅かな安堵が油断を生んだ。

 

「再び巡り会えたな中村!!」

 

「なんだと…………うぐっ!?」

 

主水が身をよじる間もなく、鮮血が舞い銀色の刀身に血を纏う鋒が腹部から突き出ていた。

 

「てめぇ、なんで生きていやがる……」

 

 奥の手を食らって生きているはずがない、確かに手応えがあったという確信から出た言葉を、白い軍服に大きな切れ目が入り真っ赤な血で染まり、口許に吐血の後がくっきりと残り、ふらつきながらも細剣を主水に突き刺す背後のエスデスにぶつけた。

 

「確かになあれで死なないヤツなどこの世にはいないだろう。だがな、あの奥の手はまだ完成していないぞ」

 

エスデスを見なくても分かるーーー今口許に笑みを浮かべていることがーーー主水はどういうことだと歯噛みした。

 

「元お前の上司として教えてやろう。あの奥の手に入る直前にそれまで完全に隠していたはずの殺気が僅かにもれていたのだ。まあ私以外では気づくことが出来ないほどの些細なものであったのだがな。だから、私は両断されることはなかった。お前がもし普通にあの奥の手を出していたら私は死んでいただろうな」

 

「くっ」

 

痛みと、それ以上に大きな後悔で顔を歪める。

エスデスをこの場で殺すという強い決心があだとなったことへの強い後悔と憤り。

しかし、もう一つ主水には解せないことがあった。

 

「なぜその出血で生きていられる」

 

 両断することは叶わずとも、確実に心臓を捉えたのは確かだった。

 ならばだ、心臓を切ったことにより出血は酷かったはず、どんな人間であっても基本20%の血液を失えば死に至る。

つばめ返しによる一撃ではそれに満たずとも、それからの時間と心臓を切ったことを考えればとうに20%は超えているはずたという考えからだ。

 

「フフフフ、私の帝具デモンズエキスの力により血液を凍らせて出血を止めている。またその出血を凍らせたことにより患部も塞がっている。まさに一石二鳥というところか」

 

エスデスは細剣を勢いよく引き抜くと、その際にさらに主水の血液が溢れ出す。

 

「安心しろ主水。お前ほどの玩具はこれからも手に入ることはないだろうからここで捕らえて、クロメの八房で永遠に存在できるモノへと変えてやろう」

 

 エスデスも斬られた時の出血と皮一枚という程に斬られたことにより既に満身創痍であるはずが、その瞳には狂気が満ち、いまだに獰猛な肉食獣のように鈍く輝いていた。それは全てどのような状況に置かれようとも戦いを渇望する戦闘民族の為せる業か。

 

「……てめぇをここで殺せねぇのは心残りだが、ここは撤退させてもらう」

 

「中村、私がお前たちを逃がすと思うか!」

 

溢れる出血を押さえるように置く右腕とは逆の左手で裾から小柄を取り出すと、天高く放り投げた。

 天高く舞う小柄は太陽の陽光を受けキラリと輝いた。

 

「何のつもりだ中村」

 

訝しげな視線を主水に送る。

すると、主水は軽くほくそ笑みあらんかぎりの声をあげた。

 

「あれを作動させた。お前らその場から離れて伏せろ!!」

 

「主水」

 

膝をついた主水に駆け寄ったアカメが主水に肩をかし後方に駆ける。

 

「おのれ逃がすか」

 

エスデスも追撃に転じようとするが、やはりそのダメージが大きすぎて追うこともままならない。

 

視点を移すと、タツミは最後の一撃とばかりに渾身の一撃をブドーに放ち、ガードをしていながらもその威力で後退させ、その隙に意識の無いレオーネとマインを抱えて下がり、身を伏せた。

 

 刹那、地面から光が溢れ、大きく盛り上がりーーーー破裂した。

 辺りには爆風が衝撃波となり吹き荒れ、周囲の氷を破壊し、砂煙が巻き起こる。

 ある意味天閉の奥の手〈正四尺玉〉を地中に埋めておいたものが、遠隔からの起動により爆発したものである。

 戦闘の場になるだろうと予想された場所に片っ端から埋めておいた物の一つとなる。

 爆発によって閉じ込めるための障害を排除し、さらには砂煙による目眩まし、音により逃走経路を悟らせないなどが目的となる。

 威力だけで言えば特級危険種でも倒せる威力ではあるが、エスデスとブドーにはあまりその面では効果は期待出来ないということで攻撃面は排除されている。

 

「皆飛び乗れ!!」

 

上空高くに待機していたエアマンタが音もなく滑空してくる。

 作戦段階では超級危険種のドラゴンを使うことを考えていたが、その羽ばたきによる音と砂煙が晴れてしまうことを不安視し、エアマンタが採用された。

 その薄い体から砂煙を散らすのを最小限に治めエアマンタは突っ込み皆はそれに飛び乗る。

 エアマンタはスピードを落とすことなく飛び去ろうとした刹那、

 

「逃がさんぞナイトレイド!!」

 

鬼の形相で怒号を飛ばす宙に浮かぶブドーの姿がそこにあった。

 




つばめ返しについては実際に必殺で主水が使えると設定されています。

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