体からは幾多の青白いスパークが迸り、バチバチと耳をつんざくような音が辺りにこだまする。
その要因の主となる男ブドーが額に青筋を浮かべ、断罪すべきナイトレイドに対し身も凍えるほどの殺気の籠った視線を放ち、両腕を照準を合わすようにエアマンタに向ける。
「賊にこの場にて制裁を下す!!」
轟雷のように腹に響く低い威圧感を多分に含む声で言い放つブドー。
その言葉に反応するように、両腕の帝具アドラメレクの発光が極限にまで強くなり、迸る雷はブドーの姿を隠すほどにまで膨張する。
使い手のブドーの意思を汲み、それに答えるかのように……
「奥の手ソリッドオオオオシューターアアアアアッッ!!」
網膜を焼き付くすほどの集束された雷が大気を揺るがし焦がしつつ、一つの蒼白い光芒となってエアマンタに直進する。
神鳴りという言葉が由来となる雷。
そう言葉の由来通りにソリッドシューターはまさに神の裁きと見紛うほどのものであった。
走る大気が波立ち、雲が消え去る。
町一つ、いや山一つでも側を過ぎ去るだけで一瞬にして灰塵に帰すであろうことは誰もが理解出来るほどの一撃がナイトレイドに向けて放たれた。
「ボス!」
「くっ最後の最後でこれか」
アカメの声に反応するまでもなく、ナジェンダは苦虫を噛み潰すかのような表情になる。
エアマンタを旋回させようにももう間に合うことはない。
タツミを救出し、ブドー、エスデスに大きなダメージを残すという確かな成果
そして退却ーーー全てが上手く言ったと言えるなかでの全てが無に帰す最悪の結末。
避けようがない運命がナイトレイドに覆い被さるように迫るーーーーーそのような最中、帝具パンプキンの銃口をマインが足場を固め合わせた。
「私が相殺する!」
決意の籠った目差しをしたマイン。
しかし、仲間の脳裏に過る最悪の結末は変わりようがない。
確かに、パンプキンは使い手が危機的な状況であればあるほどその威力は上がる起死回生が見込める帝具である。
しかし、今回はその範疇(パンプキンの出しうる最大火力)を遥かに超えうるほどのものであり、またパンプキンの糧となる使い手(マイン)の精神力もこれまでの戦いで限界とまではいかなくともすり減らされていることは明白だったためだ。
「どけマイン」
「なっ……ちょ、ちょっと!?」
マインを押し退け前に立つ主水。
体はふらつき、アレスターを杖に、歩いてきた軌跡が赤い鮮血で分かるほどの状態でマインの前に立つ。
「私の邪魔はしないでよ!」
「うるせぇ黙って見てろ!」
「!!」
その満身創痍の体から放たれているとは思えないほど腹に響く声と威圧感にマインは気圧され声を無くした。
ただ、主水の瞳は悲しみと後悔を色濃く映していたことには誰も気づくことはなっかった。
主水の脳裏に刻み込まれた拭いきれない悲しき記憶。
過去に仕置人として裏家業に身を置くなかで、一人の銃使いの仲間がいた。
その男は敵に捕らえられ、凄惨な拷問を受け廃人と化す。
後れ馳せながらその場にたどり着き、変わり果てたその姿を見た主水の悲しみそして、怒りは計り知れないものであり、後に怒りの形相で敵は討った。
しかし、晴れることなどあるはずもなく、心に深い傷を刻みつけられたのである。
さらに悪いことに、治ることのないその男には恋仲の女がいた。
その女はその男を治すと気丈にも消え入りそうな儚い笑みを浮かべ、江戸を廃人と化しもう受け答えも反応も示すことのない男と共に去っていった。
しかし、その気丈さの影に必死に隠された断腸にも近い悲しみは、主水の心の傷を更に確固たるものとしたのであった。
そして今、形は違えどこのままマインに任せれば、あの攻撃を自分の精神を弾として放ち迎え撃つことになり、辛うじて相殺出来たとしても、その代償として間違いなくマインは精神力を使いきり、廃人と化す。以前の仲間のように……
そして、マインが廃人と化すことによりーーーー主水は疲れか、はたまたそれ以外が関係するかは分からないが倒れ付しているタツミに僅かに視線を送るーーーータツミに大きな悲しみを与えることになるだろう。
あの時はたどり着いた時には既に……。
だが、今ならばそれを防ぐことが出きる。あの二人と同じ悲しみに暮れる姿を見るのを避けることが出来るのだ。
その強い思いが主水に力を与え今に至る。
(あと一回だ)
主水が携えたアレスターが神々しい光を放つ。
エスデスの氷の刃を打ち消した時と同様の。
(帝具のーーーあの一撃を)
主水はアレスターを振り上げる。
(打ち消す)
目の前に迫る裁きの一撃に合わせ、振り下ろした。
アレスターに触れた雷(ソリッドシューター)は触れた端から霧散していく。
しかし、ソリッドシューターは衰えることなく、そして、消されても消されても止めどなく押し寄せる。
まるで終わりのない津波のように。
「ぐっ……」
見た目には拮抗しているように見えながらも、実際は違った。
主水がズルズルと押され始めたのだ。
ソリッドシューター自体は消せても、その勢いまでは消しきれない。
主水の体は既に限界に至っていた。
強い思いで補えるレベルを超えるほどにまで。
(クソッ、ここまでなのか。こいつらだけは)
刹那、主水の体勢が崩れる。
(しまっーーーなっ!!)
しかし、主水は体勢を保った。火事場の馬鹿力で踏みとどまった訳ではない。
気づけば傾き倒れかける主水の背に添えられる幾つかの手が……
「私の出番取ったんだからやりきってよね」
「マイン……」
「すまないなボスでありながらいつもお前に任せてしまって」
「ナジェンダ………」
「エスデスに続いて今回もこれぐらいしか出来なくてゴメン主水」
「アカメ………」
主水の背に当てられた六つの手は、温かさと心強さだけでなく、主水に力を与える。
(まだ死ぬわけにはいかねぇな)
主水は皆の思いをアレスターに乗せてーーーーー振りきった。
空に線引く禍々しいほどの蒼白い雷(ソリッドシューター)は、神々しい黄金の光に飲まれなかったかのように消え去った。
(やった……か…)
主水はそれを見届けるとその精神力で保っていた意識を手放した。
「すまなかった主水。そしてありがとう。主水とタツミを早く医者に見せたい急ぐぞ!」
ナジェンダは聞こえてはいないだろうが、優しく主水に声を掛けるとエアマンタに指示をとばすかのように檄をとばした。
エアマンタはナジェンダの言葉を理解するかの如く体を波立たせてスピードを上げ始めた。
「ソリッドシューターを………」
奥の手を消されたことに茫然とするブドー。
絶対の自信があったからこそそのショックは計り知れないものであった。
しかし、今のブドーにとってはそれは些細なことでしかなかった。
「陛下の為にこの命を捧げる!!」
再びスパークを散らす帝具アドラメレク。
命を燃えしてまでも再びアドラメレクに力を注ぎ、ナイトレイドを打倒するのも全ては陛下のために。
「命をとして!!」
ブドーが再び発射体勢に入った、その時だった、思いがけず一人の兵士が早馬に乗りブドーの直下にあたるその場に現れたのだ。
「ブドー将軍。陛下から即帰還してほしいとの御下命がございました」
「なに陛下が!」
それまでの勢いが失せるかのように帝具アドラメレクのスパークが納まる。
「使命を果たせなかった私がどの面を下げて陛下の御前に姿を現せようか。しかし、陛下の命に逆らうのはそれ以上の大罪」
ブドーは自分に言い聞かせるように呟くと、小さくなっていくエアマンタの背を苦々しげに睨み付けつつそのまま宙をかけ宮殿に向かった。
「ブドーは帰ったか」
エスデスは膝をついたままブドーが去っていく様を見送ると、片手を地につけつつ立ち上がる。
「最後までやってくれる。これからは雑魚ばかりで辟易するとおもっていたが退屈しなくてすみそうだ」
フラフラと揺らめきつつも口許に楽しそうに笑みを浮かべるとブドー同様宮殿に戻っていった。