主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第115話

「さぁーて、気を取り直してぇ行っくぜぇっ!」

 

レオーネは腕を回した後、放たれた弾丸のようにドロテアに突き進む。

 風をきるほどの凄まじい勢いを目にしつつもドロテアは余裕の表情を崩さない。

 

「力負けしたばっかりじゃというのに、またもや真正面から突っ込んで来るとは。はぁ、それしかないのか……全く脳筋は……」 

 

呆れたように一息ため息をつき、半目でレオーネを見て億劫そうに迎え撃つ。

 

「お主を掴みさえすれば妾の勝ちじゃ」

 

既に眼前に迫り真正面から向かってくるレオーネにドロテアは手を伸ばす。

ドロテアの握力からいけば掴みさえすればレオーネの頭部を砕くことも容易いこと。

それは既にレオーネも知っていた。

故に、

 

「触れられなければ怖くもない」

 

「くぅっ」

 

レオーネは冷静にドロテアの伸ばされた手を横合いから肘で打ち払いのけ不敵な笑みを浮かべる。

対照的にドロテアはもくろみが外れたことと、走る苦痛に顔を歪めた。

 

「腕力はあってもさすがに瞬発力……スピードでは獣には勝てないみたいだな」

 

肉体を強化しているため、単純な筋力のみでは帝具〈ライオネル〉を使用しているレオーネにさえ勝れたが、大幅に獣化したことにより強化された瞬発力には勝つことが出来なかった。

 

「おのれぇ、掴みさえすれば」

 

ドロテアに焦りが生まれそれは、冷静ささえ奪うことになる。

 ドロテアは力任せにレオーネを掴もうとするが、ドロテアとは逆に冷静さを取り戻したレオーネは、その動体視力と瞬発力で全てをかわし、または捌ききる。

 幾度も近接戦闘をこなしてきたレオーネにとっては、ドロテアの素人染み、尚且つ単調となった行動をさばくのは容易いことであった。

 

「ぬぅっ!」

 

 全てを払いのけ生まれた隙に、レオーネはすぅっと息を吸うと、腰を入れて拳を放った。

 

「はうっ!」

 

掴むことのみに執着していたドロテアの手薄になった防御により、がら空きとなった腹部に突き刺さるように拳がめり込みドロテアは吐血しながら後退させられた。

 

「……なぜじゃ」

 

 ドロテアは方膝をつき、腹部を押さえながら理解出来ないと言葉を漏らす。

今までどんなことでも自分の優秀な頭脳が理解出来ないことなどなかった。

だからこその言葉。

 筋力さえ強化しておけば負けるはずがないという強い認識をドロテアは持っていたからだ。

 

「分からないか。強化したところで学者は学者だろ。戦いなれしていないサポート向きのヤツが前線で近接戦闘をしようなんて考えが馬鹿げているんだ」

 

戦闘を積み重ねることによる経験値の差、決して戦闘力だけでは勝敗は決することはないという道理をレオーネは淡々と述べた。

 自分の認識を根底から否定された悔しさか、はたまた腹部に走る痛みからか未だに表情を歪めているドロテア。

 

「うぬぅ…アカメ以外は雑魚と甘く見すぎていたようじゃ……ならば……」

 

ドロテアは腹部を押さえている手と逆の手でスカートの中から一本のカプセルを取りだす。

カプセルの中には何らかの液体が込められており、レオーネは警戒の色を深めた刹那。

 

「錬金術師らしく戦ってやるのじゃー!」

 

「おいおいマジかよ」

 

ドロテアは叫ぶと同時にカプセルを地面に叩きつける。

すると割れたカプセルから溢れた液体が瞬時に気化し辺り一面に煙が吹き荒れる。

その様子を見ていた左京亮は徐に立ち上がると袖を口許にあてがいつつその場を離れた。

 

(毒か……吸わなければいい。そして仕留める!)

 

レオーネは吸わなければ害は無いと判断し、煙を警戒することなくその中を突き進み、ドロテアを仕留めるべく邁進する。

 

(これで終わりだ!)

 

「浅はかじゃのぉ。妾はスタイリッシュのような化学者ではなく錬金術師じゃぞ。ただの毒なぞは使わない。この煙はのぉ」

 

ニタリと不気味な笑顔を浮かべるその眼前に迫っていたレオーネの体が硬直し、肌が変色する。

 

「石!!」

 

「そうじゃ一瞬じゃが石化する煙じゃ。そしてその一瞬で勝負が決するのじゃ」

 

レオーネは八重歯を覗かせレオーネに抱きついた。

 

「その血液いただくのじゃ」

 

ドロテアはレオーネの首筋に帝具の八重歯を沈める。

牙の帝具〈血液徴収アブゾデック〉

 相手に帝具の牙を刺すことによりその血液を徴収するように吸い出す帝具。

 帝具アブゾデックを突き刺されたレオーネははつらつとした肉体が、まるで干物のように干からび、瞳に灯る獣のような生気も失われていく。

 

「ほいっと」

 

もう用なしだとでも言うように、ドロテアは首から帝具を抜くと、フラフラと揺らめくレオーネを蹴りつけ、宙返りし地面に降り立つ。

そして、その背後でレオーネは倒れ伏した。

 

「なかなか野性味溢れる味わいじゃが嫌いではないぞ。ほほう、力が溢れてくるのぉ」

 

口許についたレオーネの血を拭い指を鳴らす。

血液だけでなく、その力さえも同時に奪い使用者のドロテアに与えていた。

 

「さてと、コスミナはすでにタツミを葬ったであろう。合流してアカメをたたくかのぉ」

 

コスミナが振り返ると鼻先を掠めるほど間近に、鎌と化した両腕を失い、頭部が粉砕されたコスミナが降ってきた。

 

「なっ!?」

 

驚愕に動きが止まるドロテア。

 コスミナの胸部が濁り赤黒い色に輝くと両腕の切断面と砕かれた頭部の残存部分が泡立ち復活する。

 コスミナは体勢を立て直すと既に目前に迫るタツミに口を張り裂けんばかりに開き、超音波を放つ。

 岩をも軽々と粉砕する空気の震動をも、今や超級危険種の鎧を纏うタツミには効果を成さない。

 超音波を真っ向から打ち破り間合いに入ったタツミはノインテーターを振り切り頭部から唐竹割に両断する。

 

「まだじゃ」

 

「そうね。でもこれで終わりよ」

 

静かに凛としてはっきりした声と共に放たれた弾丸がコスミナの胸部の内部で禍々しく赤黒く光る賢者の石を撃ち抜いた。

 

「グギャアアアアァァァ」

 

それまでどのような手傷を受けても次の瞬間には無かったように再生し襲い掛かっていたコスミナが、断末魔を上げ風化した像のようになり、直後崩れ去った。

 

「妾の………妾のコスミナが。もう少し餌を食ろうておればタツミより強くなっていたはずなのに」

 

「よそ見してんじゃねえっ!」

 

隠すことなく悔しさと怒りに表情を歪ませているドロテアの背に先程倒されたはずのレオーネがドロップキックを放つ。

ドロテアはくの字に曲がり吹き飛ぶが宙で体勢を立て直し地に足をつきずり下がりつつも踏みとどまり両膝をつく。

 

「ぬぅっ、くうっ」

 

「なんて頑丈さだ。殺す気で攻撃したのに……私の血で強化されたのか」

 

両膝は着けど倒れることなく踏みとどまっているドロテアに、耐久力では飛び抜けているレオーネさえも呆れるほどである。

 

「こっちのセリフじゃあっっ!なぜ貴様は生きておる」

 

うつむき、怒りからか地面をかきむしるように引っ掻きつつ怒声を飛ばすドロテア。

 

「私の死んだフリは上手いだろ。仲間の達人に教わったんだからよ」

 

レオーネの脳裏に今は亡きラバックの敵前で死んだフリをしている勇姿が浮かぶ。

 

「致死量の血液は奪ったはずじゃ」

 

「私自信に帝具の力が加わることによりしぶとさも限界を突破するんだよ。足りなくなった血液は近くにいたネズミやモグラを食って補った。今の私は獅子だからな」

 

「どこまでも原始的な……」

 

ドロテアが言いかけた所でドロテア自身に変化が起こる。

それは予期することもまた、ドロテア自身が一番嫌っていることでもある。

 

「おい、顔にシワが見えてるぞ」

 

幼かった容姿がまるで、年老いた老人のようなものに変わっていたのだ。

 

「ついに厚化粧が崩れたか……」

 

少し離れた所でニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる左京亮。

そしてレオーネも突っ込まずには居られない。

 

「ダメージを受けて本性が出るか。お前本当はかなりの年だろ」

 

「黙れ!!この獣風情が!!」

 

一番自身が気にしていることが露見し、攻められたことに怒りが頂点に達する。

 

「目にもの見せてやるのじゃ」

 

ドロテアは魔方陣のようなものに自らの血をたらし、触媒を捧げる。

 それはドロテアの奥の手であり、地面を悔しさから引っ掻いているように見せつつ、描いていたものであった。

 

「来るのじゃ」

 

ドロテアの声に反応するように魔方陣から禍々しい闇のオーラが立ち上ぼり、収縮し、異形の怪物が姿を表した。

 肉の塊から幾重にも浮き出す顔、至る所に亀裂が入り開かれ覗かせる瞳、肉が裂け露になる巨大な口角、肉塊から伸びる幾つもの四肢、生理的な嫌悪や、恐怖を与えてくる見た目はこの世に存在するものではなかった。

 ドロテアが指示するようにレオーネに指を向けると、その指示に従うようにレオーネに襲い掛かる。

 巨大な腕がレオーネを薙ぐが、レオーネも前転しかわしきる。

 しかし、それで終わることはない。

伸びた腕から黒い触手が伸びレオーネに背後から迫る。

 

「何なだよ」

 

振り返り様に連打を繰り出し迎撃するが、全く揺らがない。

 

(手応えが無い!)

 

殴った感触も、振り払うことも出来ない。

 

「ぐああああっ」

 

なすがままにレオーネに巻き付く触手。

触手が絡み付いた部分がまるで腐食するかのように音を立てて溶け出す。

 

「そのまま闇に呑まれるがよい」

 

ドロテアの笑い声を交じりの声がレオーネに届き、レオーネの野生の勘が囁くーーー

 

「食われる前に術者を消せ」

 

触手が絡み付き体は腐食していくが、力のかぎり実体化している触手をちぎり、蹴りつけ真下に立つドロテアの真上に降り立ち、頭部を掴み、首をへし折った。

 

「はぁはぁ間に合ったか」

 

ドロテアが崩れるのに呼応して顕現していた異形の怪物は溶けて姿を消した。

 

(しめしめ、死んだと思っておろう。しかし、妾もしぶとさだけなら自身があるのじゃ。ここは死んだフリをしてやり過ごすのじゃ。これくらいなら治癒もできるしのぉ。次回に復讐すれば良いしな)

 

「…………」

 

ドロテアは死んだフリをしてやり過ごそうと考えていた。

しかし、その姿を無言で見詰める達人に死んだフリを学んだレオーネ。

 そして、そのまま無言でレオーネは動き出した。

 

「よいしょっと」

 

パラパラと砂がドロテアをうつ。

 

(一体なんなんじゃ)

 

違和感を覚えるが死んだフリを通すために身動ぎ一つせず倒れたままでいる。

 

「念のためにしっかり潰しておこっと。墓石にもなるし」

 

「!!」

 

ドロテアは理解した。

死んだフリの達人に教わったレオーネは死んだフリを看破しており、止めをさしに来たと。

 そしてこのまま黙っていれば確実に死ぬということを。

 

「左京亮妾を助けるのじゃ」

 

形振りかまっていられないドロテアは顔を上げて叫んだ。

その場にいる唯一の仲間に。

この危機から救って欲しいと。

しかし、

 

「助けてやりたいのは山々だが、姉ちゃんにも言ったが俺は自分に利がなければ参戦しない上に、死ぬのも静観するって言ったからな」

 

やんわりと断られた。

笑い混じりの声で。

 

「だってよ行くぞー」

 

レオーネは体を少し反り岩を投げ下ろす準備にはいる。

 

「うぬぬぬぬ。そうか」

 

ドロテアは土壇場で左京亮の意図を読み取り即座に叫んだ。

 

「大臣に渡すことになっているあれを一つお主に回す」

 

「ふはははは、理解したか」

 

裃の袖を羽ばたかせドロテアの元に舞い降りる。

刹那、巨大な薙刀が銀色の花弁を舞わせるが如く数度舞を舞う。

レオーネの手から離れ宙に投げ出された岩はドロテアに降り注ぐ時には小さな小石となっていた。

 

「すまないな姉ちゃん」

 

レオーネの背後から投げ掛けられる澄んだ声。

そして、レオーネの首もとに手刀が落とされレオーネの視界は暗転した。

 

「なぜ殺さんのじゃ」

 

「まあ考えがあってな」

 

ドロテアの愚痴を軽く流し、左手でドロテアを抱え上げた。

 

「じゃあ行くか」

 

「逃がさネえ」

 

「ああっ!」

 

左京亮の前には道を塞ぐようにタツミが、背後にはパンプキンを構えたマインと村雨を構えたアカメが立ち塞がった。

 

 


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