主水(もんど)が突く!   作:寅好き

12 / 126
初の〈前編〉〈後編〉です。
原作では簡単に流れたオーガ編ですが、主水にとってはセリュー絡みで深くなるので二編になりました


第12話

 沈黙の中、室内にはペンや筆が走る音、そして、書類が捲られる音のみが、リズミカルに響いている。しかし、中にはいっこうに動かない筆もあるが、それには敢えて降れはしない。

そんな静寂が一声で壊される。

「中村!またお前の書類間違っているぞ!直してやったから見ておけ!」

「申し訳ありません、オーガ隊長」

主水は平伏しながらオーガから書類を受けとると、またペコペコしながら自分の机に戻った。

「ったく、昨日今日で何度目だ!てめえは茶汲みしかできねえのか!」

不機嫌なオーラを迸らせるオーガの言葉に、どこからともなく笑いが漏れる。

「疲れてるの。昨日からなんか間違い多いみたいだけど」

主水が自分の机に書類を置き見ていると、隣の席に座るセリューが心配そうに声を掛けてくる。

ここの所、提出した書類で間違いを連発している主水を、気遣ってのことである。

「書類仕事が苦手なんで…」

苦笑いを浮かべ、疲れた顔をしている主水。

今主水は重要案件を抱えているためこのような状態なのである。

それは、約3日前のことだった。

―――――

 体を伸ばし、大きな欠伸をしながら市内を徘徊していると

「おう主水の旦那!」

爽やかな笑顔で手を振る見覚えのない男が。

流れるようにサラサラな髪、目を見張るほど整った目鼻立ちをした、かなりのイケメンである。

「誰だ?」

「そりゃあねえぜ主水の旦那。ちょっと待ってくれよ」

櫛を用意して前髪を整え始める男。

みるみるうちに、よく見覚えのある、フランスパンのような髪型が形成される。

「おおっ、ブラートじゃねえか」

「やっと気づいてくれたか」

切な気な笑顔を浮かべるリーゼントのブラート。

主水に気づかれなかったのがショックだったらしい。

「すまんすまん。お前がここまでいい男だとは思わなくってよ」

「いい男!!!……旦那今から鰻屋行かねえか、俺奢るぜ」

頬を染めたブラートが主水の手を握り、危ない方面へ向かいそうになる。

以前の失敗を繰り返す主水。

主水の血の気がとんでもない勢いで引いていく。

(なんとかしなくては俺の大事なものが)

主水は頭をフル回転させ、逃げ道を探す。

「今日はなんでいつもと違う髪型でこんな場所にいたんだ?」

捻り出した答え。

ブラートはそうだったと残念そうな表情に。

「そうだった。今日急に遠征することになってな。準備をするために買い物してたんだよ。ただ顔ばれしてるから変装してな」

「一人か?」

主水は話を変えることに成功し、気を落ち着けて話す。

先程まで新境地が開けそうで、恐怖で顔面がひきつっていたぐらいだが。

「俺とマインとシェーレとラバックでな。で人員が足りないから少し顔出してやってくれねえか」

面倒見がいいブラートだからこその頼み。その気遣いに感心し、主水も二つ返事で了承する。

「旦那が行ってくれるなら安心だ。じゃあな。今度一緒に鰻食いに行こうぜ」

ウィンクを残しブラートは颯爽と去っていった。

この性癖さえなければ、本当にいいやつなのにと残念に思う主水であった。

―――――

「よっ!」

主水はブラートに頼まれたので、警備隊の仕事を早々に切り上げ、ナイトレイドのアジトに顔を出していた。

「主水さんこんにちは」

「おっ主水の旦那いいところに」

室内にいたタツミが丁寧に挨拶をし、レオーネはちょっと来てみというふうに手招きをしている。

「新たな仕事か?」

主水が部屋に入りナジェンダの近くに歩みよる。

「ああ、新たな依頼だ。ちょうどお前に来てほしいところだったんだ」

ナジェンダはそう言うと、二枚の写真を取りだし、机に主水に見えるように提示した。

その写真を見た主水に衝撃が走り、顔が無意識にひきつる。

(マジかよ…)

今まで築いてきたものが、バラバラと瓦解していくのではという強烈な不安に襲われる。

「今回の的はお前が属している警備隊の隊長オーガと油屋のガマルだ!」

(こんな日が来ようとは…)

主水が恐れていたことだった。

確かに警備隊隊長オーガには後ろ暗い噂が、どこからともなく伝わっていた。

警備隊内でもタブーになってはいたが、それでも伝わって来るほどだった。

 主水にとってオーガを斬るのは別段問題はない。

 しかし、オーガを殺したその後に大きな問題がある。

 セリューだ。

セリューは純粋にオーガを尊敬し、またオーガが裏で悪どいことをしているということを全く知らなかった。

そのため、オーガが殺されたとなると、殺したナイトレイドヘの、そして悪人への強烈な怨みから、また歪んだ正義にたち戻りかねないということが、主水にとって大きな問題であった。

「どうしたの主水。大丈夫?」

何も耳に入らず、呆然と動かなくなった主水を心配し、アカメが主水の前で手を振る。

「すまん。大丈夫だ」

「よし、では主水も含めて作戦を―――」

「皆すまないが。今回の仕事は俺に全て任せてくれないか」

ナジェンダが本題に入ろうとした矢先に、主水が真剣な表情で要求した。

「どういうことだ主水」

ナジェンダの視線が自然と厳しくなる。信用している主水だからこそ、きちんと説明してほしいという思いが表れてのことだ。

「ちょっと事情があってな」

主水も仕事に私情を挟むなどもっての他だということは、重々理解していた。

私情を持ち込んだゆえに、命を散らした仕事人をも見てきた。だからこそ、仕事人として、あってはならないと、深く自覚している。

しかし、それを持ってしても、自分を律することはできなかった。今までの関わりから。

主水も熱の通った人間であったからだ。

「皆すまん。しっかり二人は殺す。今回だけは譲ってほしい」

主水は深々と頭を下げた。

主水の今までに見たことがない姿に、困惑を覚えるが、主水が頭をあげるころには、皆笑顔だった。

「しょうがねえな。今回だけは譲ってやるか」

「主水さんにそこまで言われたら譲るしかないですよ」

「主水なら大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」

レオーネ、タツミ、アカメの言葉に心が熱くなる。

「すまねえな」

たった一言で礼を言った。主水の照れ隠しである。

 

「はぁ、仕方がない、皆がそこまでいうならな。じゃあ今回は主水に任せる。ただし、これは仕事だ。主水に限ってないとは思うが、必ず殺せよ」

ナジェンダが折れた形となり、オーガ·ガマル暗殺の仕事は主水に一任される運びとなった。

 月明かりのみが光源の薄暗い道を、主水は、険しい思案顔で歩いていた。

 主水は仕事を任されるまではこぎ着けたが、まだ明確にどのようにしようという案ができていなかったからだ。

 今主水がアジトから帰宅の途についている、暗い道同様、五里霧中、暗中模索の状態である。

 確かにこの世界では仕事の期限はない。仕事を引き延ばしても、仕事人最強の死神が現れて始末されるような恐れはない。

しかし、信用して譲ってくれた皆の体面を考えても、長々と仕事を引き延ばす訳にはいかない。

 まさに主水は追い詰められていた。

この世界に来て初めてのことである。

ゴールも、さらにはスタートラインすら見えない中、主水はもがき苦しんでいた。

 頭の中では、ナイトレイドだと分からないように殺してしまえ、という妥協案が浮かんでいるほどである。

「もーんーど君!」

いきなり背後から飛び付かれよろける主水。

一体なんだと振り返ると、いつもと変わらぬ笑顔のセリューが。

僅かだが柔らかい物が背中にあたるような気がする。

「せ、セリューさん。どうしたんですか?」

「今ね、盗賊を捕まえて警備隊の隊舎に連れていったんだよ」

「殺さなかったんですね」

「うん。倉に忍び込む時にジャンプして入ったって言ってたから、足はもらったけど、命は取らなかったよ」

セリューはあの頃から本当に成長していた。

前までであれば、悪であれば、容赦なく殺してきた。

しかし、今では、罪の重さを判断して対応するようになっていたのだ。

このセリューをあの時に絶対に戻してはならない。

主水は強く心に誓った。

 主水は帰宅してからも、考え抜いた。

そして、ついに答えに辿り着いた。

前の世界でもしたことのある殺しかたであり。

いくつか手順を踏まなくてはならないものもあるため、決行は下調べした後にすることとなった。

 そして、次の日から準備を始めることにした主水であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。