時間がなくて返せなくて申し訳ありません。
字数も少なく、不定期ですが次話投稿です。
「御武運を」
「うん」
明るく返事をし走り去るクロメを見送る左京亮に浮かぶうっすらとした笑み。
全て自分の思い通りに事が進むことへの達成感がその笑みに含まれていた。
(ナイトレイドもおっさんも今なら一人でも難なく消せる。しかし今は国取りの大事な時。精々掌の上で転がってもらうぞ)
左京亮は前方の物陰に潜ませていた一団に目配せをすると、一団は即座にクロメの後を追うように動き始めた。
全てが順調に進んでいた。
「くく」
「何が楽しい……」
静まりかえり物音一つ無い宮殿の廊下に、堪えきれない笑い声が漏れる。
しかし、それをかき消すように、冷えきった声が追随し被せられる。
ただしその声には冷えきったものとは対極にあたる、隠しきれない怒りと思えるものが隠っている。
時を遅れず、凍てつく冷気を纏った細剣が左京亮の首もとに突き付けられた。
「フフフ、これはこれは、この国の要の二大将軍の一人エスデス様ではありませんか。たしか、ナイトレイドに属していたことに気づくことなく小飼にしていた、中村主水という男に瀕死の重傷を負わされたとお聞きし、心を痛めていたのですが、その御様子では御無事だったようですね」
左京亮の襟髪が細剣の放つ冷気に白みピキピキと音をたて氷つく中、然程驚く素振りもなく、淡々とした声で声を発した。
丁寧な物言いではある。
しかし、その慇懃無礼な態度と皮肉じみた言葉選びは挑発とも嘲笑とも感じられるもので、他人を煽りたてるものだと分かっていても、尚怒りを誘うものだと感じられる。
「心にも無いことを……」
吐き捨てるように呟くエスデス。
ただし、その魂胆を見通しているためか、細められた瞳に怒りの炎が燃え盛りつつも、声は至って冷静である。
「所でこのような可及な時にこの私のような者に何か御用でも」
「御用でもだと!よくそのような事が言えたものだ。我が目の前で私の部下に対し良からぬ策謀を企てておきながらな。以前から私の部下の周囲でなにやら策を巡らせていたのもお前のようだしな」
「ほう。では将軍はその怒りをどのようにする所存で?」
不適な笑みを口許に浮かべる左京亮。
どうみても、背後から首もとに細剣を突き付けられている様は、絶体絶命の状態であるのにその余裕は崩れることがない。
ただし、それは相手が悪かった。
「こうするだけだ!」
「!?」
細剣が空間に軌跡を刻む。
躊躇なく、そして、明確な殺意の込められた細剣の一振りが、左京亮の首を落とした。
はずだった。
「はぁっ危なかったぁ。首と胴がお別れするところだったな」
首筋につく一筋の剣線の跡から溢れる血を拭うと、今までの物言いなど無かったような軽口が漏れる。
これが装うことのない本来の口調なのであろう。
「フン、文官とは思えん身のこなしだな」
「お褒めの言葉ありがたく。昔知識だけではなく力も必要だと知りましたので」
左京亮の口許に再びうっすらとした笑みが。
「実際私は貴方様とは事を構えるつもりはないのですが。国取りも重要な局面に差し掛かりますし」
「そちらにその気がなくとも私は貴様を殺さんと気がすまん」
エスデスは再び細剣を地面と並行に構えると、エスデスを中心に冷気が迸り廊下を白く染め上げる。
「いまだに万全ではない貴方では私にとって『役』不足なのですが」
左京亮は怠そうに軽くため息をはくが、それとは真逆な剣呑な光が瞳に表れていた。
「『役』不足か『力』不足かは自らの身を持って知ることだな。生きていたらの話ではあるが」
言葉が終わるか終わらないかの刹那エスデスの姿が消えた。
エスデスの立っていた部分の床が砕け舞い散る残骸が地を打つその時には、左京亮の目の前に肉迫していた。
「一瞬でかたをつけてやろう」
目視可能な域を遥かに超えた速度で放たれた細剣が左京亮を捕らえるーーが寸での所で、細剣が動きを止めた。
見ると、突如左京亮の右手に携えられていた巨大な薙刀の柄が細剣の刃と接し火花を発していた。
エスデスは驚くこともなく、獰猛な笑みを浮かべる。
まるで、中々の獲物を発見した肉食獣のような。
「まさかブドーや中村以外に私の攻撃を止めることが出来るやつがいるとはな。普段であれば喜ぶ所だが、貴様相手にはただの怒りしか湧かん!」
「それは、それは」
二人の会話が終ると、二人は各々の得物を振り切った。
刹那、まるで爆音のような音と、爆風のような激しい衝撃波が辺りに吹き荒れ、エスデスと左京亮は間合いを取らされることとなった。
その衝撃波は、装飾が各所に施された豪華な廊下の床や壁を塵へと変えた。残骸が散らばり、見るも無惨な姿に変わり果てていた宮殿の元廊下は二人の領域外の力の顕現の証明となる。
「この世界に雷オヤジやおっさん以外に俺とタメを張れるヤツがいたとはなぁ。いいぜ殺ってやろうや!!」
左京亮は乱れた長い髪をかきあげると、エスデスと同様の獰猛な笑み隠すことなく浮かべ薙刀を肩に担いだ。
その重さに左京亮の立つ床の残骸は耐えられず、砕けた。
その音が合図となり、二人は再びぶつかり合った。
◇◆◇◆◇◆
「あの目は………どうやら交渉決裂のようだな」
ある荒野の物陰で走っていく元同僚の瞳を見た主水は、分かっていたこととはいえ、ポツリと溢さずにはいられなかった。
走り去っていく元同僚の黒く真っ直ぐを見つめた瞳には、姉と殺し会うという明確な殺意と覚悟のようなものが感じ取れた。
人を殺すという仕事に取りつかれたものは、その先、自らの周囲の者も巻き込むことになる。
例えば、兄と弟、親と子、肉親が血で血を洗う殺し合いを行う。
今まで、江戸でも何度も目の当たりにし、経験してきたことが、この世界でも起ころうとしていた。
「やるせねぇな……」
主水は使いふるされた愛用のマフラーを目深にあげると、スッと眼光を仕事人の鋭いものとし、物陰から歩みでた。
「やはり来たな。姉と妹の語らいを邪魔するやつらが。どうせヤツの差し金だろうがな」
クロメがやって来た方角からその筋と分かる一団が足音なく迫っていた。
(中々の手練れ揃いのようだな)
主水は太刀を抜き、下段に構えると、暗殺者の集団に向かい歩を進めた。
◆◇◆◇◆◇
「まさかあの男と隊長が剣を交えることになるとは」
同じ宮殿内とはいえ、少し離れた区画から響く壮絶な爆音と、建物の揺れから、普段の落ち着きが嘘のように感じられるほどの焦りの表情を表したランが言葉を漏らした。
「ただ今は隊長を信じて、私はウェイブと共にクロメさんを止めなくては」
エスデスの指示も確かにあったが、ランは自らの意思で仲間を思い行動に移していた。
もう大事な者を失わないために。