あるマンガサイトでアカメの続編『ヒノワが征く!』を見ていたら自然と手が動き書いてしまいました。
鋭い視線が再び交錯した際だった。
ブドーの眉間に深い皺が刻まれ、唇の端を噛み締めた。
切れた唇から流れた血液が地面を濡らすと同時に、ブドーは忌々しげ、いや自分の手抜かりを恥じるかのようにポツリと呟いた。
「おのれ、大臣め!この時を……俺が不在を狙ったか!!」
怒りに瞳をそめ、髪が逆立った。
今のブドーの瞳には、直近の相手である浅衛門はすでに映ってはいない。
ここから遠く離れた宮殿に座し、策謀を企てた男に向けられていた。
力強く握りしめられている拳からは血が滲み、地を赤く染めた。
動から静へ、先程まで苛烈に攻め立ててきていたブドーが一転して動きを止めたことに、浅衛門は違和感を覚える。
ブドーはその戦闘スタイルから待ちの姿勢になることはまずない。さらには浅衛門は手傷を負っている。その状況で自らも大きな傷を負ってはいても、せめたてないことはありえないとの考えから疑問と違和感を強く受けていた。
とはいえ、ここで自ら打って出るというのも相手の思惑に乗ってしまうのではとも思い自らも動きを止め、ブドーの動きを具に捕らえ、どのような、僅かな動きさえも見逃さないように見据えた。
晴天に浮かぶ雲が風に吹かれて足早に戦場をかけて行く。先程までジュウジュウと音をたてて融解していた岩盤もその熱を冷ましていた。
静寂につつまれた戦場であっても、両者の軍勢は緊張が解けることはない。たった一太刀で勝負が決することもある、猛者の戦いであるからだ。
その永遠に続くかと思われた静寂も、一人の男の動きで破られた。
ブドーが浅衛門を見据え、頭を下げたのだ。
「すまない浅衛門。俺はここで屍を晒す決意でいた。陛下の意にも添え、さらには武人として、そなたのような男と戦え、生きようとも死そうともそれは誉れになると信じて。しかし、最も重要である陛下の身に危険が及ぼうとしている。むしがいいと言われれば返す言葉はないが、背を向けて立ち去ることを許してもらいたい」
想像だにしない言葉がブドーから紡ぎ出される。
今の戦いは共に拮抗したものであり、その申し出は損得では計れないものである。
しかし、浅衛門は、ブドーな真剣な表情を見て、何かを感じ取ったのであろう、軽く頷いた。
「すまない。我が軍勢に告ぐ。無駄に死ぬことは陛下の意にも沿わぬもの。全ての責は私が負う。ここは革命軍に明け渡すのだ」
「えっ!!」
「どういうことだ!?」
静寂一転動揺が走る。
それは両軍ともにである。
帝国軍としては大将であるブドーがある意味敗けを認め、戦いを放棄することを促し、革命軍からすれば、一進一退どちらに転ぶとも知れぬ戦いが、相手が放棄をしたことにより勝ちが転がりこんできたのだ。
ただ、中には慎重なものも。
(何か思惑にがあるのかしら。ただ、脳筋ブドーにそんな賢さがあるはずはないか)
タカナはブドーの思惑を図れず困惑を深めていた。
混沌治まらぬ中、ブドーは再度浅衛門に頭を下げると、
「陛下の愛する臣民たちよ、命を無駄にするな」
とだけ言い残し、宙をまい、空を一陣の風となり駆け抜けた。
拳を交え、信じるに足りると判断した浅衛門だからこそ背を向け、さらには無駄に抵抗しなければ帝国の兵士といえども殺さないと確固たる考えのもと走りさったのである。
◆◇◆◇◆◇
「陛下、城内の第三防衛陣が破られました」
「なんですと!!」
玉座の間に飛び込んできた兵士が窮状を告げる。
帝都に侵入を許すだけでなく、帝都の心臓部たる城内にまで敵の侵入を許したのだ。
帝国建立してこれまでなかった事態に緊張が走る。
(我が祖先が守り抜いてきた帝都を私が台無しにしてしまうのか…)
暗く表情に影がさした皇帝は、やはり大臣にすがるしかなかった。
まだ若き皇帝にはこの窮状を乗り切る力は無かった。いや、あったとしてもこれまでの流れから大臣に頼ることになることは決まっていたであろう。
そして、それは大臣にとっても火を見るより明らかなことであった。
「陛下ここは、始皇帝が作りし、至高の帝具の封印を解き使われるべきです」
「至高の帝具……」
皇帝の表情が明らかに曇った。
皇帝は前皇帝にその存在について教えられ、さらには、どんなことがあっても封印は解くべきでないと、度々言い含められてきた。
ゆえに完全に信用を置いている大臣の進言であっても二の脚を踏んだのだ。
「陛下、第四陣が破られもう敵そこまで来ています!!」
「親衛隊は何をしている!!」
「敵の勢いが苛烈なため、防戦に」
次々に飛ばされる伝令、そして凶報に皇帝の表情は絶望に染まる。
そして、ついにパンドラの箱に手をかけることを決意しないといけないとまで考え始めていた。
「陛下、この窮状の中ですが、陛下の決断を促すために昔語りをさせてもらいます。平穏な暮らしを、幸せな生活を与えたもうていた始皇帝の御世であっても、不穏な反乱分子は存在しました。人間というものは満たされることはなく、何かを与えられてもさらにそれ以上のものを求めるという汚さを持っていたのです。そこで、力でそれを制すべく『シコウテイザー』という動の至高の帝具を作り、力と恐怖で不穏分子を潰したのです。それにより反乱分子はしばらくは生まれることはなくなりました。しかし、その平穏も長くは続かなかった。人間の穢れた欲望が恐怖を超えたのです。新たに生まれた反乱分子が超級危険種を使い、シコウテイザーを打倒したのです。そこで始皇帝は考えたのです。力や恐怖で制すことができないのはなぜか?それは人間に意志があるからだ。であるならば、その意思を廃棄し、自分の意にも逆らわせないようにすれば良いと……」
「…………」
皇帝は息を飲む。
普段その話を聞けば、前皇帝の言いつけと、冷静な判断力から人理に判するものと断を下したであろう。
しかし、状況が状況である。
冷静に考えることが許されない状況であるからこそ大臣の言にのめり込んだのだ。
一筋の希望を求めて……
「静の至高の帝具『絶対王政マグナカルタ』の封印を解くのです!!」
大臣は、大きく手を振り上げ、天をさす。
その姿は追い詰められた皇帝にとっては自分に救いを授けてくれる神のごとく思われた。
もうその救いに乗るしかないのかと。
「……それを使えば帝都を、民を蛮族から救うことができるのか……」
「はい、御決断を」
震える手が止まらない。
自分の決断一つで今まで続いてきた歴史が崩れ去ってしまうかもしれない。
使うしかないという思いと、幼少から言われ続けてきた前皇帝=父の教えが拮抗する。
深い葛藤の渦に絡めとられる皇帝。
しかし、無情にも思案の暇を与えられることはなかった。
「陛下!最終防衛陣が破られました!!」
傷だらけの兵士が駆け込んできたのだ。
皇帝は決意の眼差しで顔をあげ、大臣はわずかに口許をあげた。
「くっ!大臣その至高の帝具はどこに」
「陛下こちらに」
大臣は皇帝に背を向けると口が裂けんばかりに満面の笑みを浮かべた。
自分の大願成就したりといったように……
「えげつないな。だが嫌いじゃない。それにそろそろ俺の蒔いた種が芽吹くしな」
その光景を物陰から抑えきれないほどの喜びを持って見つめている者もいた。
戦乱と陰謀が渦巻く物語も佳境に突き進んでいる。