『オーガ自害事件』が世間を一時騒がせたが、やっとその混乱も終結し、警備隊も新たな旅立ちを迎えていた。
(なんでこんな朝早くから出仕しなくちゃならないんだ)
主水は心の中で愚痴を垂れながら、場所もわきまえず、大あくびをしていた。
主水達警備隊は、通常時とは違い、朝早く出仕させられていたのだ。
「なにがあるのかな」
あの事件以来沈みがちだったセリューだが、以前と変わらないように明るく努めている。
しかし、回りから見ると、無理に明るくしていると言うのが手に取るように分かり、やはり痛々しく、皆心を痛めていた。こればかりは時間が経過するのを待つしかない。
「皆静まれ!」
室内に入ってきた、警備隊副隊長が皆の前に立つと、私語を慎むように、指摘する。
「今日は、新しい警備隊隊長を紹介する」
ざわつく室内。
あんなことがあったのだから、新しい隊長が来るのは当然である。
しかし、皆は副隊長がそのまま昇進するものと思っていたため、ざわついたのだ。
「御越しくださいタカナ隊長」
「ええ」
(どこかで聞いたような名前、そして声だ)
主水は嫌な予感がヒシヒシと感じていた。なにやら生温い居心地の悪さ。
つかつかと室内に入ってくる新警備隊隊長タカナ。
主水は、心臓をわしづかみにされるような衝撃を受けた。
(なんでこの世界に、筆頭同心田中様が!!)
皆の前にたったのは、江戸南町奉行所での主水の上司筆頭同心田中と瓜二つの人物であったのだ。
ナヨナヨした感じの優男、青白くほっそりしたモヤシのような見た目である。そして、生き写しのように、まさにオカマという、武闘派揃いの警備隊に似つかわしくない人物である。
「皆さん。私がこれから貴方方の隊長となるタカナと言います。ちょっとそこの貴方!」
自己紹介の途中で、不機嫌そうな表情で主水を指差すタカナ。
「中村と申します」
「中村さん、私が話をしているときは、呆けてないで、真剣に聞きなさい!」
(まんまじゃねえか…)
渋々主水は頭を下げた。
「私が来たからにはこの警備隊を素晴らしいものにしていくので、皆さんも手を貸してくださいね」
一斉に警備隊隊員は拍手をする。タカナもまんざらではない表情だ。
(厄介なヤツが来ちまったぜ。これならオーガのほうがまだましだったぜ)
主水は渋い顔で深いため息を吐くのであった。
そのように、主水は嫌がってはいるが、南町奉行所の筆頭同心田中とは、そこまで険悪な関係ではなかった。見下されてはいたが。
田中の見合いを主水
と妻のりつとで取り計らったこともあるぐらいだ。
結果は、見合い相手に「こんなオカマみたいな人はいや」と言われて上手くいかなかったが。
―――――
「中村主水市中の見回りに行って参ります」
「ちょっと待ってください中村さん」
颯爽と居づらい警備隊隊舎から脱け出そうと試みた主水であったが、タカナに待ったをかけられた。
「なんでしょうか田中様」
タカナの眉間に皺がより、視線が一層厳しくなる。
「中村さん!私の名前はタカナです。田中なんていなか臭い名前じゃあありません。気高き菜の花です。全く田んぼの中なんて汚ならしい名前と間違うなんて。失礼ですよ」
烈火の如く憤るタカナに、主水はめんどくさいと感じながらも、話を進ませたいので、誤り先を促した。
「オホン!話を戻しますと、貴方一人で行かせるのは不安があります」
主水を一刀両断。まさに主水の行動を見抜いているようだった。
「いやですねタカナ様。私でも市中の見回りぐらいできますよ」
「いいえ心配です。セリューさん中村さんの監視お願いしますよ」
「分かりました」
タカナはセリューの返事に満足そうに頷くと、主水になんらかの目配せをしてそのまま去って行った。
(まさかセリューが落ち込んでいるのの気分転換に連れていけってことか)
ターナカの真意は読み取れないが、警備隊一人一人に目を配っていることが伺え、ほんの僅かだが、好感度があがった。
「行こうか」
コロを連れたセリューが弱々しい笑みを浮かべて、主水の元に寄り添っていた。
―――――
隊舎から出ても二人共に黙り込み、会話をすることすらなかった。
主水も心配ではあるが、こればかりはどうすることもできなかった。
帝具であるコロも、セリューを心配しながらも、何もできないのをもどかしく思っているようだった。
そんな折り
「ねえ主水君。私ね今回隊長が死んじゃって、学んだんだ」
「何をですか?」
雲一つない青空を物思いに沈んだような表情で眺めながら呟く。
主水も急かすことなく、優しく相づちをうつ。
「人の命は大事だなって。だから、私はこれからも帝都の人を護っていきたい。悲しい思いをさせたくないから。でも悪人も命を持っているから、少し裁きも考えてあげようと私は学んだの」
セリューの瞳には、先ほどまでの、弱さは感じられず、意思の籠った力強さすら感じられた。
主水はセリューの強さに感心し、命の大切さを知った今のセリューならば、これからは、以前のような悪鬼になることはないと確信した。
(結果的にオーガ隊長が命を掛けてセリューに大事なことを教えたことになったのか)
主水は皮肉を感じながらも、温かい眼差しでセリューを見詰めていた。その眼差しは自分の娘の成長を喜ぶ、父親のものであった。
―――――
「セリューさん、ここの近くに美味しい甘味所があるんですが行きませんか?奢りますよ」
主水は甘い物が好きで、ちょくちょく市内巡回をサボり食べに行っていたので、全て把握し、その知識量は誰にも負けることはないほどであった。
「でも、今は警備中だよ。ダメだよ悪いことは。主水君の指一本貰わなくちゃいけなくなっちゃうよ」
晴れ渡るような笑顔で話すセリュー。いまいち罪の重さの判断には危ういものがあるが、いつものセリューに戻っているのは喜ばしいものだった。
「分かりました。では巡回を終えたら行きませんか」
「そうだね。じゃあ巡回しちゃおうね。楽しみだな」
主水とセリューはまるで親子のように仲良く市内を巡回しようと、歩き始めた時だった。
目の前を警備隊の一団を引き付けれて、慌ただしく走っていくタカナの姿が。
「タカナ様どうかされましたか?」
「中村さんとセリューさん。いいところに、大きな問題が起こりました。続きなさい」
タカナは早口で主水とセリューに説明し、指示すると、再び真剣な表情で走り出した。
主水とセリューも切迫した雰囲気を感じ取り、後に続いて走り出した。
―――――
裏通りに面した現場に着くと、その場は、血の海が広がり、その中に、首が切断された警備隊員の死体が浸っていた。
「うっ……!」
タカナはハンカチで口を押さえ、嗚咽を漏らし、涙目になりながら、目を反らす。
「な、中村さん、死体を調べといて下さい。私はすることがありますので」
タカナは逃げるように走り去った。
(逃げやがったな)
主水は呆れながらも、言われた通り死体を調べる。
(かなりの腕だな)
首の切断面を見ると、乱れのない綺麗な切断面のため、主水は犯人は、かなり腕がたつ者と判断した。
「主水君。これ首斬りザンクかも」
「首斬りザンク?」
聞いたことがないと言った感じで、首を傾げていると。
「元々首斬り役人をしていた男だ。多くの人間の首を斬ってきたことで、狂気に取りつかれて、辻斬りになったという男だ。腕がたつだけでも厄介なんだが、さらに厄介なのが帝具を奪い、使っているという所だ」
近くで死体を観察していた、副隊長が説明する。
副隊長の険しい表情からも、かなりの危険人物だと言うことが判断できる。
ただ、主水の頭の中には、以前の仲間の〈首斬り朝〉(首斬り役人であり、公儀御試御用の山田朝右衛門)が浮かんでいた。
そのことからも、
「厄介だな」
と主水は無意識に呟いていた。
更に深く調べようとした時だった。
「ヒィィィィーーー!!」
辺りに絹を引き裂くような悲鳴が。
「あれはタカナ様の悲鳴だよ!」
悲鳴の聞こえた場に向かうと、腰が抜けたのか、地面に腰をついて、尻を刷りながら後退りし、刀を左右に振るタカナと、コートを纏い、額に瞳のような物を付け、血が滴る二降りの剣を持ち、「愉快、愉快」と呟く男の姿が。
「新警備隊隊長の首いただく」
タカナに向かい振り下ろされる凶刃。
タカナ自身も諦めたのか、目を瞑った。
しかし、何時になっても凶刃がタカナの首を落とすことはなかった。
タカナが目を開け、前を向くと、大きな姿のコロが立ちはだかり、その身をもって斬激を受け止める姿が視線に入った。
「もう誰も殺させない。お前はこのまま放っておいたら死ぬ人が増える。だから殺す!!」
新たな正義を心に秘めたセリューがザンクに立ち向かった。
必殺を知らない人には申し訳ないのですが、今回登場した新警備隊隊長はオリジナルですが、必殺に登場した主水の上司(田中熊五郎)をモデルとしております。