主水が下働きを初め約一年間が経った。
主水は職についたその日から、昔の同心仲間や上司の筆頭同心が見たら
「中村さん、あなたどこか変なんじゃありませんか?真面目に働くなんて!帰宅して家でしっかり養生してください」
と言うのは間違いがないほど真剣に働いていた。
いつもの昼行灯ぶりがどこへ行ったと言わんばかりに。
やはり、何処であろうと先立つものが必要と強く感じたためである。
それにもし、奉行所と同じようにダラダラと働くというかサボっていたら、せっかく得た仕事を失う憂き目にも合いかねないからだ。
そして、一年間なりふり構わず働いたからこそ、この世界が実際のもので、地獄ではないのではと疑念を持ち初めていた。
また、以前会った大男が言っていた「腐ったやつの吹き溜まり」と言っていた理由も体感していた。「どこの世界も汚ねえ悪党はいるもんだ」と。
ただ、変わったのは主水の思考だけではない。
主水の身分もその働きによりあがっていたのである。
下働きだけでなく、主水は危険種の退治なども自分の力を隠しながら行っていたのである。
以前の危険種退治では。
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「土竜が出たぞ!!」
「主水どこへ行く?」
「少し厠へ」
「戦闘中だぞ!」
「申し訳…あっと」
主水は石に躓き転がると共に、主水右手の抜き身の刀が土竜に向かい飛び、頭を貫き一閃した。
土竜は脳髄を散らし、噴水のように血液をぶちまけ生き絶えた。
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というようにドジを踏んだふりをして、結果を積み上げていったのだ。
そこから主水はかなりの戦績を残しながらも「運が良い」としか思われずに、実際の力を隠すことができ、実際には強いのかもとさえ思うものはいなかったのだ。
で、ついに主水は帝都の警備隊の末端に名を連ねることになった。
「正義の為に行くぞーコロちゃん!ついてこい主水君!」
「待ってくださいセリューさん」
主水は帝都警備隊のセリュー·ユビキタスの下に配属されていた。
セリューは年の頃20代前半であり、顔だちは整っているが、その年に見えない幼さを感じさせる容姿である。
性格としては、正義を深く愛する彼女は純粋だが、その純粋さゆえにどこか妄信的に正義を希求しているのでかなり危ない感じはしたが、主水は嫌いにはなれないでいた。
「セリューさん今日は何処へ行くんですか」
「今日はね、この帝都を荒らす盗賊団を皆殺しにします!」笑顔でビシッとポーズをとり宣言するセリュー。
(いっちゃってるぜこの嬢ちゃん……)
心ではそう思いながらも
(俺も同じようなものだがな…)
とも思っていたのが、主水が彼女を嫌いにはなれない一つの理由かもしれないと主水も薄々気づいていた。
セリューと主水が少しばかり裕福そうな家の前にくると、10人ほどの大きな荷物を抱えた盗賊団が、血の滴る刃物をぎらつかせ、荷物にしがみつき「返してくれこれがないと老後が…頼む」と懇願する老人に無慈悲に振り下ろしている所であった。
咄嗟にセリューと主水が止めに入ろうとしたが、間に合わなかった。
二人の目の前で、老人の首が空を飛び鮮血が舞う。
老人の大量の返り血を浴びた盗賊は下卑た笑みを浮かべ刃物についた血糊をなめとり、こちらにそれを見せつけるような素振りをとっていた。
「ゆ、許せない!!絶対に許さない!!」
セリューの顔が狂気に歪む。
(はあ、仕方がねえ殺るか)
主水もかなりの悪逆さにヘドが出ていたので、セリュー程ではないが怒りが込み上げていた。
主水は仕事人として感情を表に出すことを極力押さえていた。
しかしながら、老人や子供のような弱者が虐げられているのには我慢がならない性格でもあった。
「トンファガン!」
セリューのトンファ型の銃が火を吹く。
盗賊団もさるもので、突然の攻撃も怯まず回避する。
(なかなかやるじゃねえか。だが甘いな)
「コロ!捕食!」
盗賊団が回避をすることをセリューは読んでいた。
セリューは帝具を有していた。
帝具とは、始皇帝が国を不滅にするために、叡智を結集して作られた兵器である。
伝説と言われた超危険種の素材、神から賜ったオリハルコンやそれ以外のレアメタル、世界の名だたる名工や職人達。
それらを結集し、現代の技術でも到底なしえない48の兵器のことである。
そして彼女は48の兵器の中の一つ、生物型帝具〈ヘカトンケイル〉を有していた。
普段の見た目は30センチほどのヌイグルミのように愛らしい姿だが、いざ戦いで主の命を受けると二メートルほどの巨体に膨れ上がり、戦うというものである。
そして、今主であるセリューから命が出されたのだ。
コロはサメのように二段に生え揃った牙を剥き出しにし、銃弾を回避し安心しきった盗賊団を食い千切りつくした。
盗賊団10名は断末魔を上げるもの、断末魔をあげることさえ叶わず食い殺されるもの、10名全てが命をたたれた。
辺りに広がる血の海、血の海に浮かぶ、食い散らかされた残骸、それは、おぞましいとしか形容できない地獄の光景であった。
見るもの全てに畏怖を感じさせるその様を、セリューは満面の笑顔で見つめていた。
(俺はやることなかったか。それはいいが……)
主水は横目で満面の笑顔で惨劇を見守るセリューを確認すると、そのまま痛々しそうに目を反らした。
セリューの過去の話を聞いていたからこそ、不憫に思われていた。
「セリューの尊敬する父親が凶族に殺され殉職した」という。
それから悪人を恨み、悪人を殺し正義を行うことがセリューの義務となっていた。
「パパ…私凶族を皆殺しにしたよ!正義の名のもとに裁きを加えたよ!」
子供が親に甘えるようにセリューは天に向かって何度も、何度も話かけていた。
返事は返ることはないのに。
―――――
あの一件から月日が立ち、相も変わらず凄惨な事件を凄惨な終わらせ方をしてきた。
そして主水にとって人生を大きく返る大きな事件が迫っていた。
「いつも私が何かする前に事件は終わっているんで私は行かなくてもよいような気がしないでもないですが、一応聞いておきます。今日は何処へ行くんですか?いつもより人員が多いようですが」
「今日はね、手配された殺し屋集団〈ナイトレイド〉が襲撃しにくるとたれ込みがあった所の警護の役目よ。一人残らず皆殺しにするわよ」
(ナイトレイドか……)
主水もしばしば聞き及んでいた名前だ。
聞いた所によると、法で裁けない恨むべき相手を、金で殺しを請け負うという集団であるということだ。
それを聞いた主水は仕事人と同じだという驚きこそあれ、その存在には驚くことはなかった。
主水も何度もこの帝都での闇を見てきたからである。
権力や金をばらまき、悪どいことをする者。
弱者を虐げ快感に酔いしれる者。
仕事人が生まれるのも当然の世界であった。
主水の心うちは複雑な感情に満たされていた。
主水は気持ちが晴れないまま、配置されることになった。
―――――
「まさか、屋敷の外の塀沿いだとは……まあ気乗りしない仕事だったしいいか」
主水はまだ警備隊のしたっぱであり、重要な場を護らせられることはなかった。
一番ナイトレイドとは関わりにくい場所であるとも言えた。
(夜は冷えるな)
だからこそ、主水は気が抜けていた。
そんな時だった。
「ナ、ナイトレイドが出た――ガハッ!!」
「奴ら裏へ回ったぞ!!」
「殺――ゲハッ!!」
追う声と悲痛な叫び声が着実に大きくなり、主水の近くに近づいていることが分かる。
(ここなら大丈夫と思ったが、来なすったか…)
スッと主水が立ち上がった刹那、主水の目の前に大小6人の黒い影が現れていた。