主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第21話

 「中村主水、復帰いたします」

主水は警備隊隊舎の詰所の扉を開けると、声を張り上げ、頭を下げた。

皆に迷惑をかけたという、思いも相まっての行動だ。

一日ゆっくり養生した主水の体は、すっかり癒えていた。

精神的な疲労は全く癒えてはいないばかりでなく、悪化しているぐらいだが…

(いつも通り茶でも飲むか)

周りの警備隊員に、挨拶されたり、体を気遣われ、一言二言言葉を交わし、茶が備え付けられた所定の場に至り湯飲みに茶を注ぐ。

(これを飲まねえと一日は始まらねえな)

芳ばしく、自然の息吹を感じさせる、仄かな匂いが鼻腔を擽る。

一時の安らぎを得ようと湯飲みを携え、口をつけようとした直後、

「中村さん。少々お時間いいですか?」

肩を軽く叩かれ、声を掛けられる。

邪魔をされて、少し不機嫌になった主水が見上げると、神妙な顔をした、タカナがそこにいた。

普段とは違う印象に、主水は違和感を覚え、不機嫌さを消し、普段と変わらぬ調子で

「いいですよ」

と言うと、茶を一杯口にして、部屋を出ていくタカナの後を追った。

難しい顔をして無言で歩くタカナに、やはり主水も幾ばくかの違和感を感じるが、自分から聞くのもなんなので、黙って後ろに続いた。

依然として難しい顔で、黙ったまま、タカナの警備隊隊長の私室に通された。

タカナは主水を招き入れると、外に誰も居ないことを再三確認したのちに、慎重に私室に鍵を締める。

「中村さん」

密室にいい年した男が二人。不気味な雰囲気に主水は嫌な汗が頬を伝う。すると、タカナが動いた。

詰め寄るタカナ。後退りをする主水。

タカナは電光石火の動きで、主水の手を握り締める。

(はっはええ!?)

なにやらアッーーー!な雰囲気に狼狽する主水。

この世界に来て何度目のことだろう。この世界で、主水は、女性より男性にモテている気がする。おぞましいことである。

「中村さん!」

「は、はい」

「頼みがあります」

「なんでもお申し付けください」

声が裏返りながらも、この状況を脱したく、必死で答える。

意を決したような、張りつめた表情のタカナに安堵の微笑みが溢れる。

タカナは、手を放し、主水から少し離れ、話を始める。

「実は、私の懇意にしているチョウリという人物がいるのですが。中村さんに護衛をしてほしいのです」

「なぜ私に?」

当然の疑問。演技?ではあるが、普段からだらけたり、サボったり、失敗したり、真面目にしなかったり、勤務状態に大きな問題があり、且つその事について、上司として、日々愚痴を溢すタカナが、主水に、このような大事な役目を任すというのだから、聞き返して当然である。

タカナは主水の疑問を聞くと、うっすらと微笑を浮かべて、参ったなという感じで答える。

「そうですね。中村さんには日頃から迷惑をかけられていますし、勤務態度をみてもまず重要な役目を任せてはならない人物であるのは確かです」

「仰る通りです」

怒る素振りすら見せず、主水はうんうんと頷く。

「ですが」

それまでとは違い力強く、逆接を繋げる。

「何故だか分からないのですが、私の本能が中村さんに任せれば大丈夫といっているのです。さらに付け加えれば、警備隊一の強さを持つ、あのセリューさんさえ尊敬と敬愛の眼差しで見ているという事実からも目を反らせないものがあります。以上の二点まあ、一点目は確証がありませんが、そこから考えて中村さんに任せようと思った次第なんです」

真剣な眼差しで主水を見詰めるタカナ。今まで見せたことがないほどの、信頼を寄せるような眼差しで、目をそらすことなく、主水を見詰める。

(はあ、仕方ねえな)

なんだかんだで、主水はタカナのことは嫌いではなかったために、ため息を吐きながらも、護衛を了承することにした。

「感謝しますよ中村さん」

「タカナ様から感謝なんて言葉でるとは思いませんでしたよ」

二人は心から笑いあった。そこには上司と部下の垣根を超えた関係が生まれていた。

「で仕事内容を詳しく教えてほしいのですが」

「分かりました」

タカナは言いにくそうに重い口を開いた。

「チョウリさんは、元大臣の大職を与る身でした。そして今は隠居しておられたのですが、この世の中の腐敗に心を痛め、立ち上がることを決意したのです。しかし、今の上層部はチョウリさんのような目の上のたんこぶが出てくるのが、我慢になりません。したがって、チョウリさんは帝都に出てくるまでに必ず―――」

「命を狙われると」

主水が重い口調で、言いにくそうなタカナに変わって言葉を繋ぐ。タカナは静かに頷く。

「ええ、中村さんのいう通り。腐りきった上層部は暗殺者を向けるでしょう。それを本当に申し訳ないのですが、中村さんにお任せしたいのです。本当は私が行かなくてはならないのですが、なにぶん警備隊を空けるわけにはいかなくて……」

苦肉の決断だったのだろう、自分が行かなくてはならない任であるのに、それが出来ないジレンマ。

部下である主水に命を賭けてくれという、ある意味理不尽な要望をしている自分への憤り。

その二点がタカナを苦しめていた。

「分かりました。今までの失態を取り返す為に、この中村主水やり遂げて見せます」

タカナとこの室内に流れる暗い雰囲気を吹き飛ばすべく、明るく主水は宣言した。

主水としても、いつものように嫌味ったらしく、愚痴を溢すタカナの方が、良かったらしい。

「すいません中村さん」

タカナは深々と頭を下げた。あの高慢なタカナがだ。

「では、これをチョウリさんに渡してください。私から詳細を書いておきました」

「分かりました」

主水は黄色い油紙で包まれた、手紙を受けとると、懐に納めた。

「中村主水いって参ります」

「頼みましたよ中村さん」

タカナは、主水の背中を見守っていた。

そして出ていき、室内に一人きりになると、寂しそうに呟いた。

「最後の仕事頑張ってくださいね中村さん…」

誰にも聞かれることなく、そして誰にも真意を知られることはない。

全てを知るのはタカナのみであった。

(今回は話からすると危険そうだが、表の仕事だ。頼りにしてるぜ相棒)

主水が帝具アレスターを掴むと、アレスターも答えを返すように布越しにも分かるほど、神々しい黄金の光を放っていた。

主水は一端自分の部屋に戻り、準備を整えた。

タカナの話では、帝都近郊の村まで行き、そこから帝都まで護衛すればいいという話だが、地図を見ると中々の距離があり、往復となると、まる一日かかるのではないかと予想され、そして、必ず暗殺者との戦闘が起こることも容易に想像できた。故に入念に支度をしたのだ。

着流しでは歩き難いということで、以前帝都の呉服屋で購入した、袴を着て、腰に愛刀の二本挿し、帝具アレスターを携え、愛用の同心羽織り、頭には雨が降っても大丈夫なように黒い塗り笠を被り、背に風呂敷で包んだ荷物を担ぐ。

この世界ではほとんど見かけない純和風の様相である。しかし、旅路には慣れた様相の方がよい、と主水は判断していたのだ。

(いくか!)

主水は気合いを入れ、部屋をあとにした。

―――――

 主水が歩き続け、帝都近郊の約束の場に着いたのは、黄昏時であった。約束の場には、少数の護衛と、初老の男性、それに寄り添うように長い槍を携えた若い女性がいた。

(お偉いさんにしては、護衛が少ないな)

隠居していた『元』大臣だからだろうか、はたまた命懸けの仕事だからだろうか、あまりにも少ない護衛に少々不安を主水は覚える。

だからといってすることは変わらないので、主水は気を入れ直し、チョウリであろう初老の男性に挨拶をするべく歩み寄った。

「タカナ様から派遣された中村主水と申します」

主水は頭を下げた後、タカナから受け取り、渡してくれと言われていた手紙を渡した。

「これはこれはタカナ君が言っていた頼りになるという中村君か。私はチョウリ、こちらに居るのが私の娘のスピアだ」

チョウリは柔和な表情で主水を見ると、手紙を受け取りながら、これこれとスピアに合図を送る。

スピアと呼ばれた女性は軽く会釈した。

「では護衛頼みましたよ中村さん」

元大臣ということなのに、偉ぶることもなく、低姿勢な態度である。

またチョウリ本人からは威厳と堅実さを感じられた。

(元大臣とは思えないほどの清廉な男だ。こりゃあ今の腐敗しきった上層部は嫌うはずだ…)

主水は初めてこの国で立派な男に出会うと同時に、深い失望を帝都に覚えた。

 チョウリと娘のスピアは寄り添うように馬車に乗り込むと、馬車は帝都に向けて走り出した。

主水も馬を借り、後に続く。

 しばらく走り続けると、主水は殺気を感じた。幾多の修羅場を乗り越えた者の発する、鋭い殺気。

(来なすったか)

主水は馬車を止め、前に出る。

地に沈みかけた夕焼けが、三つの長い影を描き出す。

黒ずくめの三人の暗殺者が主水の前に立ち塞がった。


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