主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第22話

 魔の手が延びるかの如く、三人の黒い影が主水の足ともまで迫っていた。

「怪しいヤツだ。チョウリ様を護れ行くぞ!」

「止めろ。お前らじゃ敵わねえ!」

護衛を止めようとするが、その責任感からか、足を止めることはなかった。

(バカ野郎)

力の差も測れず、無下に、命を捨てにいく行動、決して誉められた行動ではない。しかしながら、主を護ろうとする強い想いは、古来の武士を彷彿とさせる姿で、主水の心も揺り動かされた。

「ダイダラ」

「おう。奴等の経験値は俺が貰う!」

紳士のような細身の男が、ダイダラと呼ばれた大柄の男に声を掛けると、ダイダラは巨大な斧を抜いた。

(帝具か!)

巨大な斧〈二挺大斧〉ベルヴァークを振りかぶり、轟音をあげながら横凪ぎに振るわれた。

全ての護衛の胴が両断されるかと思った。

しかし、胴を切り離す前に、全ての護衛は倒れ、ベルヴァークは間一髪頭上を掠めて、空を切った。

「何!」

手応えや目の前に舞うはずの血飛沫が舞わないことに、疑問符を浮かべるダイダラ。

今までであればこの一振りで全てが終わっていたのに、何故だ?という疑問。その疑問の答えを持った男、主水がダイダラの前に立った。

「間一髪だったぜ」

主水が全ての護衛の意識を奪い眠らせたのだった。

 主水とダイダラでは、身の丈一回り以上違うはずだが、ダイダラには、逆に主水が見上げる程の大きさに感じていた。

「お前らなにもんだ」

「俺たちはエスデス様配下の三獣士だ」

(またエスデスか…)

主水は辟易していた。ただでさえ目につけられているのに、今回こいつらを倒したら、より目をつけられるのは、火を見るより明らかだったからだ。

 右手で黄金の輝きを放つアレスターを持つ主水に、ダイダラは気圧されていた。

自分の主エスデスから感じた威圧感と同等のものであるからだ。

しかし、ダイダラは認める訳にはいかなかった。

自分の主以外に俺を恐れさせる者がいるはずはない!いや居てはならない!!

そのプライドが体に力を蘇らせた。

「俺は負け―――」

ベルヴァークを高々と振り上げた。

しかし、それが振り下ろされることはなかった。

夜の帳に一筋の光が、夜空を駆ける流れ星の如く線を描いた。

刹那、全て言い終わる前に、ダイダラの手からベルヴァークがスルリと落ち、地にめり込んだ。

「あっちで寝てな」

崩れ落ちかけるダイダラに対し、まるで虫を払うかのようにアレスターを振るう。

アレスターが腹部にめり込み、ダイダラはくの字に折れ曲がり、そのまま闇の中に吹き飛んでいった。

「ねぇリヴァ何があったの?」

「あの男が瞬く間にダイダラに幾多の打撃を打ち込んだのだ。侮れんぞ。我らも本気で行くぞ!ニャウ、スクリームを使え」

リヴァという紳士のような男がニャウという小柄で少女かと見紛う程の容姿を持つ少年に、指示を出す。

ニャウは後ろに位置取り、笛の帝具スクリームを口に添え、リヴァは前に立ち、手袋を外し、指輪型の帝具ブラックマリンを構えた。

(尺八のような帝具と指輪のような帝具か。力を見極めるか。いやそんな余裕もない。速攻で行く)

主水がアレスターを下段に構えた刹那、辺りに澄んだ、清らかな音色が響き渡る。

心安らぎ、戦意を貶め、力を奪う魔性の音色。

(体から力が…)

主水は何とか踏みとどまるが、立っているのがやっとの状態である。

笛の帝具スクリームの持つ、奏でた音色を聴いた者の感情を、自在に操作する力が発動していた。

「ニャウそのまま続けろ!」

リヴァはどこからか、樽を出し、その場に置いた。

「行くぞ水塊弾!!」

リヴァが主水を指し示すと、樽から浮き出た水が小さな刃と化し、まるで生き物のように主水に襲い掛かる。

帝具ブラックマリンは、水棲危険種が持つ、水を操作する為の器官を素材とし、装備者はその力を得ることができるというものである。

(捌ききれねえ)

ナイフ代の幾多の水塊が降り注ぐように襲い掛かる。

アレスターで弾き落とすが、弱った体では限界があり、捌ききれない水塊が主水の体を傷つけた。

至るところから出血するが、急所に降り注ぐ水塊は完全に捌いているため、見た目ほどのダメージは負ってはいなかった。

(くっ、このままじゃじり貧だ。どうにかしてあの笛の音を止めねえと)

絶えず降り注ぐ水塊を弾きながら対策を考えると、以前暇潰しに警備隊の書庫で見た書物を思い出した。

(やってみるか)

残り少ない体力を振り絞り、小柄を鞘から抜き、倒れ込みながら放つ。

「こんなもの」

リヴァは水塊を避け向かってくる小柄を、余裕綽々といった感じで手刀で振り払う。

「悪あがきも終わりかな」

紳士然とはしているが、歪んだ狂気が見栄隠れする。

「本命はそちらじゃねえよ」

キンという金属音と共に、辺りを支配していた音色が止んだ。

(第一段階は上手くいったな)

主水の第一の目的は、音色を止めること。

小柄をニャウだけに放てば、前衛のリヴァに落とされるので、一投目をリヴァにフェイクとして投げ、時間差でニャウに本命の小柄を放っていた。

「ニャウどうした?」

唯一主水の動きを拘束できる音色が、止んだことに焦りを見せる。

「小さなナイフみたいなのが飛んできて、大丈夫続けるよ」

主水はアレスターを地面に突き立て、右手を刀の柄に、左手を鞘に、腰を下ろして居合いの構えを取る。

そして、鋭い目付きで、ニャウの一挙手一投足を見つめる。指ひとつの動きさえも見逃さないように。

そんなことも露知らず、ニャウは再び帝具スクリームに手を掛け、そして、口をつけ、音色が奏でられ、辺りに美しい音色が響く―――その刹那、砂煙を巻き上げながら、地を裂く斬撃が飛んだ。

「ちっ!ニャウが帝具を使用する事への妨害か。しかし音色は既に奏でられている」

リヴァとニャウは斬撃を横っ飛びしてかわす。ニャウはかわしながらも音色を奏でるのを止めてはいなかった。

「上手くいったぜ」

リヴァとニャウは目を見張った。

間近に主水が立っていたのだ。

「何故動ける!?」

「敵にベラベラネタを喋るやつがいるかよ」

主水はアレスターを翻し、神速の打撃を放った。

まるで、神が後光を放ちながら舞を舞うように。

主水がアレスターを腰に挿し、砂煙が収まる頃には、リヴァとニャウが呻き声を上げながら地に伏していた。封じられ身動き一つせず。

(手こずらせやがってまああれを読んでなけりゃヤバかったかもな)

主水は以前読んだ書物で音とは振動だということを知った。そして、振動であるならば、物理的に斬ればいいと解釈し、実行に移した。難しかったことと言えば、振動が自身の体にかかるコンマ何秒(間合いが30メートルに音速が毎秒343メートルのため、到達まで0、087秒)に合わせることだけだった。斬撃が振動を斬りながら突き進むのに続き主水はリヴァとニャウに肉薄したのだ。

主水は一瞥すると、踵を返し、馬車に向かった。 主水としては、三人の帝具を確保すべきか悩んだのだが、表の仕事の護衛の最中ということと、所持できる空きがないということで断念した。

しかし、この主水の判断が後の悲劇を産み出すことになろうとは、誰が予想出来たであろうか。

「主水君ありがとう。君は命の恩人だ!」

馬車から飛び出してきた、チョウリは深々と感謝の意を示し、

「ありがとうございました。中村様。貴方が居られなければ私達は皆やられてました」

娘のスピアもチョーリと共に頭を下げた。

「頭を上げてください。これも任務ですから」

主水はむず痒く感じていた。

「お父様この者達はどのようにいたしましょう?」

スピアは目を覚ました護衛達が運んできた三獣士を見て、チョウリに判断を求める。

「主水君はどうするべきだと考えるかな?」

「わ、私ですか?」

いきなり話を振られ驚く主水。

「君が捕らえたのだから君に任せるよ」

主水は三獣士を見て考えた。

一般的に言えば当然だがここで殺したほうが良い。しかし

「殺さずに警備隊に差し出しましょう」

「!!」

「その心は?」

スピアは主水の言葉に驚きが隠せない。

しかし、チョーリは楽しむように主水に尋ねた。その真意を。

「この三人はエスデスの側近らしいです。ならばここで命を断ち怨みを買うより、殺さずにエスデスに恩を売ったほうがチョーリ様にも良いと思いまして」

「確かにな」

チョウリの頭の中では、損得勘定を算盤を弾き計算していた。

数秒後、

「エスデスは大臣の言いなりだが、恩を売っといて損はないな。主水君の言う通りにしよう」

チョウリの顔は汚い世間を歩んできた、海千山千の策士のものになっていた。

――――――

 その後、動けない三獣士を縛り上げ、馬で引き摺りながら帝都に連れ帰った。

 帝都に着いた時には、日が顔を出し、空が白み始めていた。

「主水君、本当に感謝するよ。君のお陰で生きて帝都にたどり着くことができた」

チョウリに両手を握られ再び感謝を述べられる。

「中村さん。よくやってくれました!!報告は明日聞きますので、今日はゆっくり体を休めてください」

気配を感じさせずに、背後を取っていたタカナも主水に深く感謝を示しており、主水も満更ではなかった。

「では、失礼します」

主水が頭を下げ、家路に着いた。

◇◆◇◆◇◆

「君が主水君を手配してくれたお陰で助かったよ」

「いえ、頑張ったのは中村さんですから」

チョウリの言葉に、タカナの中での主水の株が急上昇し、我がことのように嬉しさが込み上げていた。

無意識ながらに笑みが溢れる。

「君の要請に関してだが、私は内部からこの国を直していきたいと思うよ」

真剣な表情で思いを語るチョウリに、タカナは頷くしかなかった。

「チョウリ様がそのように仰るならば。しかし、何かあったら我々をお頼りください。チョウリ様は、この帝都の将来に、必要な人なのですから」

「分かった。その時にはまた頼むよ」

「はい」

チョウリとタカナは笑顔でお互いの健闘を称えて、握手をして別れた。

 


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