竜船を舞台に、タツミとダイダラが命を賭けたやり取りを開始していた時に、別動隊として護衛の任にあたる、アカメとラバックの組にも、新たな動きが現れていた。
一筋の陽の光も通さない雲に覆われた鉛色の空、ハラハラと舞い落ちる雪の結晶、見渡す限りの白い世界、極寒の世界がそこに広がっていた。
そんな人が生きていく上で過酷な環境の中に、存在する小さな集落に、大きな荷台を伴った良識派の文官が訪れていた。
文官は伴ってきた騎士に指示を出し終えると、自らも精力的に働き始める。
荷台から幾つかの米俵を下ろし、その米を集まっている集落の人々に配り始めた。
集落の人々は皆一様に感謝の眼差しを向け、中には涙を流す者もおり、文官に深く頭を下げていた。
文官も人の良さそうな優しい笑みを浮かべ、米を皆に配り続けている。
そんな様子を離れた木の上で二人の人物が感動の面持ちで見つめていた。
「備蓄米かあ……さすが良識派だぜ。ナイス施し!」
「うん、あれだけあれば当分大丈夫」
良識派の文官を護衛するために、影ながらついてきたラバックとアカメである。
ナイトレイドも良識派の文官と同じく民の味方をする組織であるからだ。
そんな和やかな様子を見ながらも、二人は一切警戒を怠らない。護衛は一瞬でも気を抜いたら取り返しのつかないことになる。それを重々承知の上であったからだ。
「糸はどう?」
ラバックは辺りに張り巡らせた糸の動きを敏感に感じとる。
「相変わらず、反応無し―――と言いたいところだけど、来なさったみたいだぜ」
ラバックは険しい表情で糸の反応のあった、遥か彼方を指差す。
白い世界と対になる黒いコートを纏った大柄の男が、目に見えるほどの殺気を放ちながら、此方に向かって歩いている。視線の先には施しを続ける良識派の文官が。誰一人として、全く気づいていない。
「ラバック、護衛は頼む。私はやつを葬る!」
「任せたぜ!」
木から飛び降りると、アカメはその男に、ラバックは文官を護衛に向かった。
―――――
アカメは雪に足を取られることもなく、雪の上を滑るように走り、一直線に男に向かい、男の前におどり出た。
「帝国の刺客か!」
アカメは帝具村雨を何時でも抜ける状態で答えを待つ。
「その通り。俺は刺客のザンク。世間で言われていた名前だと、首斬りザンクだ」
「えっ!?」
アカメはその答えに困惑する。以前ザンクは主水に捕らえられ、連行され、死刑になることは免れないだろうと話をしていたためだ。
「お前が言いたいことは分かるぞ!」
額に付けた帝具〈スペクテッド〉が怪しい光を放つ。
「何故捕まった筈の俺がここにいるかだろ。簡単な話だ。牢屋で死刑の執行を待っていた俺に、大臣(悪魔)からの囁きがあってな。命令通りに働けば、命を助け、さらには殺人許可書をくれると言ってな。俺は喜び勇んで大臣(悪魔)と契約したんだ。首を斬りたくてしょうがなくてな」
口は饒舌に、また滑らかに動き続け、表情には歪んだ愉悦が浮かんでいる。
つまりは、良識派の文官を殺すことを条件として司法取引をしたのだ。
法などあって無いようなものだが。
アカメは無表情に村雨を鞘から抜き、晴眼に構えた。
鞘から抜き放たれた村雨は、白い大地に紫電の輝きを放つ。また圧倒的な存在感を持ち、相手に畏怖を与える。
「愉快、愉快、しゃばに出て、すぐに帝具遣いと戦えるとは、ヤツとの前哨戦にもってこいだ!」
口が避けるのではないかと思えるほど、口角が上がり、下卑た笑みを浮かべる。
「葬る!」
アカメは一瞬で間合いを詰めると、横凪ぎに一閃する。
「ほう、少しでも傷かできたらおしまいか。面白い」
ザンクは体を少し後ろに反らし、アカメの一閃を避け、そこから反動をつけて、突きを繰り出す。
アカメも身を屈め、突きをかわした後に、返す刀で切り上げる。
体を切り裂くと思った時だった。
キンと甲高い金属音が鳴り響き、村雨が弾かれた。
「残念。俺の体はオカマの博士に弄くられていてな、頭以外は全て機械になっているんだ」
突きを繰り出した腕の逆の腕に持つ剣でアカメを切り付けた。
「うっ!」
村雨は弾かれ防御に間に合わず、またザンクの懐深くまで入り込んでいたために。バックステップによる回避も遅れ、ザンクの一撃がアカメを襲う。
服が縦に裂け、ネクタイがハラリと落ちる。
アカメの雪のように白い肌に一筋の刀傷が走り、傷口から流れ落ちた血液が白い雪を朱に染めた。
「浅かったか、愉快、愉快。だがな、お前に勝ち目はない。スペクテッドによる未来視、機械化により帝具の効果が効かない肉体。全てにおいて俺が優位にたっている」
「喋り過ぎ」
「趣味でね」
アカメは再びザンクに飛び込んだ。
帝具の名前通り、村雨の如く、降りかかる数えきれない斬撃の嵐。
ザンクは顔に当たる物のみを的確に、両手の双剣で弾く。
刀と剣、そして機械化したザンクの体との交錯により、けたたましい金属音と、白い世界に、まるでスパークが迸るかのように、幾重にも火花が散る。
それでも構わず、アカメは刀を振り続ける。
「無駄なことをいつまで続けるつもりだ?」
依然として生身の頭部のみを護り続けるザンク。
相手を嘲笑うように、バカにした声色でアカメに問いかける。
アカメは鋭い目付きで睨み付け、
「無駄じゃない。こうなるからね」
下から上にアカメが切り上げる。
村雨が天を指すと同時に、機械化した腕が宙を舞う。
オイルであろうか、切断部から漏れた液体が、白い雪を汚す。
「な、何故俺の腕が」
全く理解不能だといった感じで、驚愕の表情を浮かべ体勢が崩れる。
「簡単なこと。機械化して痛みが無くなっているから、攻撃を受けても気にしないし、同じ所に集中して斬撃を加えられても気づかなかった。そしてそれによって、脆くなっていることにも」
返す刃で、刀を返し、斜めに振り下ろした。
体勢が崩れたザンクは防ぐことも、避けることも叶わない。
さらに無事であった片方の腕が地に落ちた。
「ちっ!」
両腕を失い、攻撃の方法を無くしたザンクは、バックステップを踏み、後方に下がるが、足を雪に取られたことから間合いを取りきれない。アカメは追撃の手を緩めず、再び容易に間合いを詰め、村雨を横凪ぎに振るう。生身の顔面に一太刀入るかと思われた瞬間だった。
「なんで!?クロメ!!」
村雨がザンクの僅か数センチ出前で止まり、アカメの表情に影が射す。
ザンクの頬には冷や汗が伝うが、それ以上に愉悦を帯びた笑みが浮かぶ。
「どうだ〈スペクテッド〉の力幻視だ。見るものの一番大事な相手が見える催眠能力で、どんな手練れでも最愛―――」
止まっていた村雨が、再び横一閃に軌道を示し、饒舌に話すザンクを切り裂いた。
アカメの先ほど表れていた影は消え、表情は平静時のものに戻っていた。ただ、なにかやりきれない思いは、表情の深層に込められてはいるが。
「なぜ幻視が…!?」
「最愛の妹だからこそ救済(殺)してあげたい」
ザンクはアカメの真意が分からぬままに、言葉を残すことなく、傷口から呪毒が周り、生き絶えた。
アカメが村雨を振るうと、水が舞うように、刀身についていたオイルやら血液が綺麗に落とされ、白い雪の上に、鮮やかなグラデーションを描いた。
アカメはザンクの額に残る帝具スペクテッドを回収する。そんな中、アカメは勝利の余韻に浸ることもなく、また護衛の任を果たした安堵もなく、表情には笑顔はなかった。
帝具を回収した後は、ザンクの死体を一瞥することもなく、踵を返し、ラバックと合流するために、戻っていった。
―――――
アカメとザンクの戦いを一望できる、小高い丘で、白衣を着、バッチリメイクが施された男が、腕組みをして、全ての戦いを見ていた。
「あらあら負けちゃったわね。中々素材は良かったのにもったいないわ。まあ代わりはいくらでもあるけれどね」
誰もいない所であるのに、手を広げ、大袈裟にポーズを取る。まさにスタイリッシュに。
再び落ち着きを取り返すと、
「あの帝具村雨の特性に負けちゃったみたいね。次回の課題にしましょう」
今度は、何の感慨も無さそうに、頬に手を添え、ポツリと溢すと、白衣を翻し、クネクネと腰を揺らしながら、男?は去っていった。