暖かい筈なのに、体の芯から寒く感じられる程の禍々しい殺意、抜き身の刃を首筋に押し付けられるような威圧感。
それが甘味処〈甘えん坊〉から溢れている。
(幸先よく見つけることはできたが、まさかこんな所で見つけるとはな…)
主水が市中の巡回中に探していた、帝都一の危険人物エスデスが、いつものドSの性格からは考えられない甘味処に座っていたのだ。
一般人が見ると、綺麗で、氷のような透き通る美しさを持った女性。
しかし、見るものが見れば、彼女は、鬼にも悪魔にも、死神にさえ見えてくる。それほど底知れぬ恐ろしさを秘めている。
(あからさまに誘ってやがるな。わざと隙を作り、レオーネを釣るために。にしてもスゲエ殺気だ。本人はあれでも抑えているんだろうが)
主水は辺りの気配を辿る。必ず近くにいるはずだと。そして見つけた。
(これでレオーネもやつの危険性が分かったんじゃねえか)
エスデスの死角の建物の屋根に隠れ、様子を見ているレオーネに視線を向ける。
以前の作戦会議の際レオーネから危うい感じがしたため、気になってレオーネが偵察に来るだろうエスデスを探していたのだ。
無茶をさせないために。
しばらく経つと、獣化したレオーネが大粒の汗を流し、青ざめた表情で退散したので、主水も安堵し気を抜いた。
しかし、それが災いした。
「おい、そこにいるんだろ中村。出てきて一緒に菓子でも食わんか」
にこやかな笑顔を浮かべエスデスは主水に声をかけてきた。
(気づかれたか。まあいい、ナイトレイドとバレてるわけでもねえ。それに下手に逃げるとそれこそ疑われる)
「ご馳走になります」
主水は意を決して、そして偶然を装い、エスデスの誘いに乗った。
―――――
主水とエスデスのもとに、目に金貨の跡をつけた店主が、ソフトクリームを二つと、二つの茶を持ってきた。
既に冷えきっている体をさらに冷たく冷やすソフトクリーム。しかし、甘党の主水を満足させるだけの美味しさはあった。
「美味しいですな」
「ああ、ここが旨いと聞いてここに来たんだ」
和やかに会話は続いていた。素振りは見せないが、警戒心はなくさずに。しかし、直後雰囲気がガラリと変わる。
「中村には感謝している。私の部下を捕らえるだけで殺さずにおいてくれたのだからな。お前の力ならあの三人を殺すなど雑作もないことだろうからな」
顔にはうっすらと笑みを浮かべてはいるが、目は決して笑わず、主水の答えを待っている。。
主水は気にすることもなく、平静を保ち答える。
「私は人殺しはしませんから」
3人を雑作もなく殺せるということに対し、否定はしない。
そして、主水は偽りのない真実を話す。表の仕事では殺しはしない。仕事人としてのきょう持である。
「そうか…」
雰囲気と表情が再び和やかなものに変わる。
「旨いな。この菓子任務が終わったら三獣士にも食わせてやるかな」
(ブラートとの差しでの鰻屋は勘弁して欲しいが、ここなら皆で食いに来てもいいな)
奇遇にも同じ考えを二人は持っていた。
再びまったりとした和やかな雰囲気が流れる。警戒心も幾分か薄れ。
主水が茶を啜っていると、
「ところで中村」
「なんでしょう」
主水は雰囲気通り、何気なく聞く。
「拷問させてくれないか」
「!!」
和やかな雰囲気にそぐわない『拷問』という言葉に、主水は啜っていた茶を吹き出した。
「流れがまったく読めないんですが」
主水が問うと、エスデスはうっとりと恍惚の表情で
「お前の哀愁漂う背中を見ていると私の心が疼いてしょうがないんだ。頼む」
ととんでもない頼みをしてきたのだ。
(勘弁してくれ…)
主水は深いため息を吐き、その後時間をかけてエスデスを説得したのだった。
◆◇◆◇◆◇
同じ空の下、竜船の甲板上で、三人を瞬殺したブラートにタツミが興奮しきった様子で称賛していた。
「すっげえよ兄貴。あの三人を一瞬で倒すなんて!」
タツミの称賛を満更でもない様子でブラートは受けている。
「まあな。軍でも100人斬りのブラートと呼ばれたぐらいだからな」
「実際斬ったのは128人だがな。あの時は、特殊工作員を相手に、大活躍だった」
突如甲板に響く重低音の効いた声。
二人が振り返ると、何もなかったかのように颯爽と歩いてくる人影が。
日に照らされ見えた顔は、ブラートに蹴りを入れられ吹き飛んだリヴァである。
「その帝具に、その強さ、やはりブラートだったか…」
感慨深げに呟くリヴァ。
タツミはまだ息があることに驚いていた。
しかし、それ以上にブラートは困惑し、当惑していた。
先ほど蹴りをいれたのは自然と敵に対して体が反応したためで、顔まで把握はしていなかった。
今になって把握した顔がブラートにとって馴染み深いものであったのだ。
「リヴァ将軍…」
ブラートの無意識の呟きに、タツミの顔にも驚きが広がる。
以前ブラートに話してもらった話で、自分の尊敬する将軍の話をしてもらったことがあった。
その将軍の名前がリヴァであったからだ。
「今では将軍ではなく、エスデス様の僕だがな」
リヴァの顔には、将軍時代よりも今のほうが誇りに思っているという様子が伺えた。
ブラートは一旦視線を床に反らした。
タツミには表情こそインクルシオを着ているため伺えないが、悲痛な思いを抱いているのだろうと、切に思われた。
ブラートは視線を戻すと
「味方なら再会を祝して酒を酌み交わしただろうが…」
槍を構え
「敵として現れたなら…斬るのみ!!任務は完遂する!!」
臨戦態勢に入った。
対するリヴァも、白い手袋をスルリと外し、帝具ブラックマリンを解放した。
リヴァの周辺に用意周到に準備されていた樽から水が吹き上がる。
「エスデス様は、無から氷を作り出すが、私は水がないと無力でね。しかし、この場ならば私が有利だ!水塊弾!!」
四方から襲い掛かる水の槍。
だがブラートは全てを見事な槍さばきで粉砕していく。
それを尻目に、目を覚ましたニャウがリヴァを援護するべく、帝具スクリームを手に取り、口につける。
ニャウは川という無限の水が存在する場なら、リヴァは勝てると踏んではいたが、先ほどの圧倒的な力を見せられた以上、念には念を入れて、援護が必要と判断し、必ずブラートにも効果がある、スクリームの音色を奏でようとしたのだ。
「させるか!!」
ニャウの頭上から、タツミが肉薄していた。
「俺だっていつまでも兄貴の足手まといではいられないからな」
タツミの剣とニャウのスクリームが交錯する。
タツミは一振りに体重と重力による勢いを乗せていたため、ニャウは押し負け、吹き飛ぶが、スクリームを床に突き立て、勢いを殺す。
「コイツ…邪魔だ!」
ニャウは苦虫を噛み潰したような表情で、床を蹴る。
まずタツミを排除することに決め、スクリームで打撃戦を挑む。
スピードに特化したタツミには、音色を奏でる暇はないと判断したためだ。
スピード対スピード、タツミとニャウは甲板上を駆け巡りながら、熾烈な攻防を繰り広げる。
ニャウが即座に無数の打撃を繰り出し、タツミは見事に裁くが、それは目眩まし、体勢を低くし、後ろに回り込んだニャウから、小柄な体格にみあわない強力な蹴りが、タツミの背中にヒットする。
タツミは地面に倒れるすんでの所で、腕を突き、側転し、体勢を立て直し、踏み込む。
(めちゃくちゃ速いが、アカメほどじゃねえ)
普段から稽古をつけてくれている、アカメの速さを思い出す。
そして、反転して攻勢に入る。
リヴァとブラートの戦闘の場は移っていた。
リヴァは川の水から生成された大蛇の上に、ブラートはそれに対するために、船の側面に来ていた。
「水圧で潰れるがいいブラート!深淵の蛇!!」
巨大な蛇がブラートに襲い掛かる。
しかし、ブラートは避ける素振りも見せず、飛び上がり様に、槍で切り上げる。
蛇が真っ二つに両断しながら、ブラートがリヴァに迫る。
しかし、リヴァにはそれも予想の範疇であった。ブラートならそれぐらいするだろうと。
「宙に浮いた状態でどう対処する?濁流槍!!」
水塊弾を強力にした、柱のような、水の槍が無数にブラートを襲う。
ブラートは腕を交錯し、耐えしのぐ。
「水をかけられたぐらいじゃ俺の情熱は消えねえ!!」
全ての攻撃を耐えきったブラートが看板に着地すると、何体もの水竜を従えたリヴァが。
「お前がこれぐらいでやられないことぐらい分かっていた」
リヴァの脳裏には、昔共にブラートと戦場を歩んできた想い出が、鮮明に浮かんでいた。
あの強さが。その経験から、これぐらいではブラートは倒せないと理解していたのだ。
リヴァはうっすらと笑みを浮かべ、勢いよく腕をつきだした。
「私の最大最強の奥義を味わうがいい!水龍天征!!!」
四方八方から水龍が襲い掛かる。まるでヤマタノオロチのように。
逃げ道がなかったブラートは、水龍に飲み込まれた。
「ハァハァ……やったか…」
不意に溢れた一言。
いや願望だったのかもしれない。
しかし、
「そういう台詞を吐いた時にはな、たいてい殺ってねえんだよ!」
水の渦が弾けとび、槍を構えた鬼の形相のブラートがリヴァの眼前に迫っていた。
「耐え抜いたのか!」
奥義を使用したため、リヴァは動くことができない。
観念した表情で突っ込んでくるブラートを迎え入れようとした、その刹那。
ブラートの側面から、先ほどのまでタツミと戦闘を繰り広げていたニャウが迫っていた。
「チッ」
ブラートは舌打ちをすると、槍でニャウを振り払った。
「あはははは……残念だったね……リヴァを倒すチャンスだったのに…」
尻餅を着きながらしてやったりといった表情を浮かべるニャウ。
「兄貴すまない。足止めすらできなかった……」
対したタツミはボロボロになりながら、悔しさに、そして自分の不甲斐なさに、顔を歪めて、ブラートに謝罪した。
「気にすんなタツミ。帝具無しで生き残っているだけでも、上等だ」
ブラートはすでにインクルシオが解除された、生身の姿でタツミの前に立っていた。
インクルシオを着けていた筈なのに、体は至るところが傷つきボロボロの状態であった。