主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第29話

 主水がブラートの内々での密葬を終え、ナイトレイドのアジトから帝都に帰りついたのは早朝のことだった。

 未だにシトシトと静かに降り続ける雨は、ナイトレイドの仲間たちの心うちを表すかのようであった。

 何度も仲間の死を体験してきた主水でさえも、今回は大きな衝撃を受けていた。

 今までも、この稼業ならばいつ誰が死んでもおかしくないという過酷なものながら、頭の片隅で死ぬことはないのでは、と考えていた、念仏の鉄や、鍜治屋の政が殉職した時と、同じくらいの衝撃を受けていた。

 まさか、ナイトレイド1のブラートが!と仕事人の因果を感じる。

(タツミにあれだけの啖呵をきっておいて、俺がうじうじしていたらしめしがつかねえな)

精神的疲労はピークに達し、睡眠も一切とってはいなかったが、今日は、昇進して初めての顔合わせなので、気合いを入れて行くことにした。

頬を叩き、扉を開け、番傘をさした時だった。

「中村さんおはようございます」

「…タカナ様!!なぜここに?」

家を出てすぐの所に傘をさしたタカナが立っていて、笑顔で挨拶をしてきた。

家を教えたこともないのに何故?という疑問が浮かぶ。

すると、主水の考えを読みとったかのように、うっすらとタカナは微笑むと

「多くの警備隊員の宿舎がここら辺にありますからね」

と答えるタカナ。

江戸で同心が八丁堀に住むように、この帝都でも警備隊員の住む場所はだいたい決まっていた。

主水は惰性に勧められた所に居を構えていたので、そこまでのことは知らなかったのである。

「そうであっても私は同僚とこの辺であったことはないんですが…」

主水の疑問にタカナはヤレヤレといった感じで深くため息をついた。

「朝合わないのは中村さんが遅刻ギリギリだからですよ。皆さんは真面目に朝早く出仕しますからね。夜は夜で遊んでいるのではないのですか」

「いやはや…」

やぶ蛇だったなと苦笑いを浮かべるしかない主水であった。

「タカナ様は何故ここに?」

主水は話を変えるべく、疑問を呈す。

何故朝っぱらからここに?という疑問。

「今日は中村さんの晴れの舞台ですからね。上司として見送りをしたかったんですよ」

いつめの嫌みったらしい笑顔ではなく、澄んだ晴れやかな笑顔を浮かべるタカナ。

主水もつられて笑顔になる。ちょっとした心遣いが、この世界で築いた絆を感じさせたのだ。

「ありがとうございます。タカナ様」

「いえいえ構いませんよ。少し疲れているようですが、これなら大丈夫そうですね」

タカナは主水の肩をポンっと叩くと過ぎ去り様に、

「エスデスにはくれぐれも気をつけてくださいね」

と真剣な声色で呟くと、振り返ることなく傘をクルクルと回し、去っていった。ハッとして主水は振り返るが、タカナの姿は既に小さくなっていた。

(タカナ様あなたはいったい……)

主水は去っていく小さなタカナの背中に問いかけるのだった。

◇◆◇◆◇◆

 大理石の廊下には、満遍なく高級な赤絨毯が敷かれ、匠の技が垣間見れる、細かな細工や彫り物が施された壁面、光源となるランプはどれも高価で年代物なのか、古いながらもしっかりとした作りをしている。

有り余る金を使い作られた贅を尽くされた宮殿内を、主水はキョロキョロと挙動不審に歩いていた。

(どうなってんだここは?だだっ広くて今いる所すらわかりゃしねえ)

完全に迷っていた。まるで田舎者が都会で迷ったように。

江戸にも宮殿並みに巨大な江戸城もあったが、主水は登城をしたことはなかったので、ここまで巨大な建物に足を踏み入れたのは、これが初めてだった。

(聞こうにも人一人いやしねえ)

宮殿に着くまではよかったしかし、着いてからが問題だった。

宮殿内の地図すらなく、集まる場所だけが明示された召集令状。

主水は途方にくれていた。

(セリューと一緒に来りゃあよかったな)

父娘?相棒?とも言えるセリューを思い出す主水であった。

 そんな時だった。

「あの、どうかしましたか?」

声が聞こえた方に振り向くと、そこには誠実そうな青年が。

年の頃は20才ほど、精悍な顔つきをしているが、服装は、宮仕えするような服装ではなく、軍服のようなラフな服装なので、官僚などではないことは一目で分かる。

一際目についたのは、魚の頭や、尾や蛸足が飛び出た大きな包みを抱えていることぐらいか。

「あまりに広くて迷ってしまって」

ハハハハと頭を掻きながら苦笑いを浮かべる主水。

「そうですね。俺も今日初めてここに来たので同じようなものですよ」

(こりゃあダメかもな)落胆の面持ちで青年を見ていると、

「どこに行くんですか?」

気さくに話しかけてくる青年。明るく人当たりの良い青年だ。どこかタツミに似ているなと思う主水。

「特別警察会議室だったかな」

再度懐から取り出した召集令状を開き、見直し答える。

青年の表情がパッと明るくなる。

「お、俺も特別警察会議室に呼ばれているんです!!」

興奮ぎみに途端にハイテンションになる青年。

主水同様初めての場所で緊張していたのだろう。

青年が見せてくれた文書も主水の物と同様のものであった。

「ってことは新しい同僚になるのか。私は中村主水と言います」

「俺はウェイブって言います。よろしくお願いします」

一人より二人、困っていた同じ境遇の者同士が出会い、二人は安堵した。

目的地は同じということで、二人は雑談を交わしながら特別警察会議室を探し、宮殿内を歩き出した。

――――――

「ウェイブ大したもんだな。お前にしたがってついていったらすんなりついたぜ」

ほんの僅かな時間であったが、主水とウェイブは打ち解け、主水はタメ口で話すまでになっていた。

ウェイブは主水が年配ということで、まだ丁寧語を交えてはいるが。

主水は『特別警察会議室』と書かれたプレートを見て感動している。

「そんなことないですよ。じゃあ開けますね」

ウェイブは主水に褒められたことに、照れながら、扉を開いた。

「帝国海軍から来まし―――」

固まるウェイブ。

「失礼しました」

即座に扉を閉めた。青い顔をして。

「どうしたんだ?」

「な、中に拷問官?みたいな不審者が」

「んなことないだろ」

ウェイブは嘘をつくタイプではないのは分かっているが、到底信じられないウェイブの言葉に、見間違えだろと思いながら主水は扉を開いた。

「帝都警備隊から来まし―――」

主水も動きが止まる。

室内にはポツンと一人の男が。

ただ様相がおかしい。

ガッシリとした体格で、上半身裸でマスクを着け、縮こまって座っている、まさに異様な風体。

「間違えました」

デジャビュか、主水も即座に扉を閉めた。

「すまねえウェイブ。お前の言っていることは正しかった…」

「分かってもらえれば俺は構わないですよ…」

二人揃って部屋の前のプレートを見返すが、何度見返しても『特別警察会議室』と書いてある。

「同僚…なんですかね…」

「たぶん…そうだろな…」

二人は深いため息をついた後、意を決して主水は扉を開き、「失礼します」と入室し、ウェイブも主水に続いて挨拶し入室した。

そそくさと入室した主水とウェイブは男から少し離れた席に腰をおろした。

それから室内は異様な静けさが支配していた。

じっとこちらを熱のこもった瞳で凝視するマスクの男。

主水もウェイブも心が折れかかっていた。

警備隊はまともな所だったんだな。

今になって気づいたことだった。

客観的に見ると、僅かな時間だが、主水とウェイブにしたら恐ろしく長く感じる時間が過ぎた。

 すると、物音一つしない静寂を撃ち破るように、静かに扉が開かれた。

入ってきたのは、年の頃10代で可愛らしい容姿をした少女であった。黒いセーラー服と腰に挿した刀から、どこかアカメを想起させる。

まともな少女のようだと主水とウェイブは胸を撫で下ろす。

しかし、その希望もすぐに崩された。

その少女は椅子に腰を下ろすと、大きな『クロメのお菓子』と書かれた袋を取りだし、お菓子を徐に食べ始めたのだ。

その姿は小動物のようで可愛らしくはある。

ウェイブが初めに動いた。

「よ…よぉ。君も召集されたんだろ。俺はウェイブって…」

訝しげに見ていた少女は、即座に反応した。

「このお菓子はあげない」

お菓子を抱えて護りに入った。やはり少し?いや大分変わっていた…

ウェイブはあからさまに落胆し、静かに席に戻った。

刹那再び扉が開かれる。先ほどとは打って代わり大きな音をたてて、豪快に。

「帝都警備隊所属セリュー·ユビキタス&コロです」

ビシッと敬礼をした一人と一匹。主水がよくよく知っているセリューだ。

しかし、続いて異様な人物が。

セリューとコロが薔薇の花びらを巻き、道を作り、跪き、

「Drスタイリッシュ、準備が整いました」

と声をかけると、

「第一印象に気を遣う……それこそスタイリッシュな男のタ·シ·ナ·ミ」

白衣を着た30前後のオカマだった。

主水は見慣れてはいるが、ウェイブにはショックが大きかったのか、口を開けて茫然としている。

「あっ主水君。もう来てたんだ」

セリューが走ってきて主水に飛び付いた。

(まさかセリューに癒される時が来るとはな…)

セリューに抱きつかれながら、傍目に見ると、ウェイブがスタイリッシュに目をつけられたのか、

「アナタ中々のイケメンね。アタシが磨いてア·ゲ·ル」

とウィンクを送られ、ウェイブは真っ青になり、身震いをしていた。

(御愁傷様ウェイブ)

心の中で黙祷をした主水である。

(それにしてもまともなやつがいねえな)

視線を一周させるが、ウェイブとセリューが霞むほど、キャラが濃い面々が揃っていた。

頭が痛くなる主水であった。

そして、再度開かれる扉。

まともなやつが来るはずないと諦めの境地の主水とウェイブを、いい意味で裏切ってくれる人物が入っていきた。

「どうやら私が最後のようですね」

まるで天使に見紛う程の美青年。年齢は20代前半程か。

屈託のない笑みをたたえている。

「よぉ…ウェイブだよろしくな」

また騙されるんだろとふて寝していたウェイブであるが。

「ランです。こちらこそよろしくお願いします」

ここに来て初めてまともな挨拶を丁寧に返してくれたことにより、ウェイブの心が見事に撃ち抜かれた。

「主水さん以外でやっとまともな人が来てくれた!」

ランの手を握りしめて、ウェイブは感謝の涙を流した。

しかし、主水は訝しげにランを見ていた。

悪い感じはしないが、どうも笑顔の裏に何か隠されている気がしたからだ。

(今は様子見か。この組織で貴重なまともな人物にはかわりねえからな)

個性溢れた七人のメンバーが一同に集結した。

 


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