大地が鳴動する程の歓声、それに助長されるように、激しくなる剣撃や立ち回り。
今、エスデス主催の都民武芸試合が行われていた。
主な主催理由は、暇潰しやエスデスの恋人探しである。
エスデス主催ということで、イェーガーズの面々も運営に関わっていた。
例えばウェイブは試合の審判、ランならば、エスデスの付き人として、といった感じである。
しかし、この人、中村主水は、イェーガーズに於いても相変わらず、昼行灯ぶりを遺憾無く発揮していた。
「おっ、ノブナガなかなかやるじゃねえか。手慰み程度だが、かなりやるほうだな」
運営をサボり試合観戦を楽しんでいた。
因みに、今試合で戦っているのは呉服屋のノブナガ。
主水が帝都に来てから懇意にしている店の主人だ。
ノブナガの呉服屋にしか、日本風の服がなかったため行き着けとなった店とも言える。
「勝者呉服屋のノブナガ」
ウェイブが勝ち名乗りを上げると、轟く歓声。
ノブナガも高々と刀を天に掲げて、歓声に酔いしれている。
(次回おだてて安くしてもらうか)
主水が悪知恵を働かせていると、舞台の清掃をボルスが行い、賞金をセリューが渡している。
自分がサボっている時に仲間が働いているのを見ると、少し良心が痛んだ。
現実から目を反らし、晴れ渡る青い空を見て、ボーッとしていると、いつの間にか清掃が終わり、最後の試合の二人が舞台に上がっていた。
「おい………いったいどういうことだ……」
舞台上の二人の内の一人を見て、主水は呆気にとられていた、
「西方、鍛冶屋タツミ!」
いつも見ているナイトレイドのタツミが舞台に上がっていたのだ。
「あのバカヤロウ!いったいどういうつもりだ!」
主水の手がワナワナと震える。
もし主水がタツミの近くにいたら迷わず鉄拳制裁を加えていただろう。
ただでさえ、この稼業は人目についてはいけないもので、目立つことはどんなことがあってもしてはならない。
それは仲間の命すら危うくするものであるためだ。
それ以上に今回の問題が大きいのは、この試合が敵のエスデスが主催している試合で、強さが目立てば、目をつけられナイトレイドにも危険が及ぶことは、火を見るより明らかなことだ。
そのため、主水は飽きれと同時に、その思慮の足りなさに強い怒りを感じていた。
(負けてくれりゃあいいが、敵の牛を見ても力の差は歴然だ。厄介なことにならなきゃいいが)
この時、主水の考えの遥か斜め上をいくほどの厄介なことが起ころうとは、誰が予想できたであろうか。
案の定戦いは一方的なものになり、タツミが牛を完封し、ウェイブによって勝ち名乗りを受けていた。
その時だった、突如エスデスが壇上から舞台に降りてきた。
ざわつきだす会場。会場内に来ていたラバックとレオーネにも緊張が走る。主水も何が起こるのかと気が気じゃない。
エスデスはタツミの前に立つと、まるで乙女のような顔をして、微笑みながら、タツミに首輪を着けた。
「!?」
皆の驚きと喧騒など無視してエスデスはまるで所有物のようにタツミを引き摺り、タツミが僅かに抵抗すると、はにかみながら首に手刀を打ち込み、お持ち帰りしたのだった。
(なんなんだこの流れは!?)
全く状況が分からない。
多分この会場中の人全てが理解できていない行動である。エスデスを除いては。
いてもたっても居られず、状況を確認すべく、厳しい表情で戻ろうとした時だった。
「主水の旦那ーー!!」
「いいところに」
「レオーネとラバック」
あわてふためき、取り乱しながら走ってくる二人。
二人もこの会場で成り行きを見守っていたのだ。
「タツミがエスデスに」
「ああ分かってらあ。こんな大会に出るからこんなことになるんだ…」
あからさまに不機嫌そうな顔で呟く主水、それと同時に曇る二人の表情。
「すまねえ。旦那、この大会のことをタツミに教えたのは俺なんだ…」
「マジかよ。止めなくちゃならねえやつが、逆に進めるなんてよお。呆れてものが言えねえぜ…」
主水は吐き捨てるように呟き、ラバックとレオーネを睨み付ける。
その圧倒的な威圧感に二人は動きが止まる。
「すいません…」
「もう起こっちまったことはうだうだ言ってもしょうがねえ。説教は次に置いといて、今はタツミのことをどうにかしねえとな。今から俺はイェーガーズに戻って状況を判断した上で、対策を講じる。おめえらは早まったことすんなよ」
主水はそれだけ二人に告げると、踵を返し、闘技場をあとにし、イェーガーズの本拠地である特殊警察会議室に向かった。
―――――
その道中ウェイブとボルスと会い、合流した。
「いったいエスデス様はどうしちゃったのかしら?」
「俺も何がなんだか」
やはり二人も今回の出来事に困惑していた。
一般市民を大衆の目前で、首輪をつけて拉致したのだから、困惑して当然ではあるが。
「まあ、今はエスデス様から聞くしかないな。そして出来れば穏便にことをすませねえとな」
ナイトレイドのメンバーとしての答えとしても、イェーガーズのメンバーとしての答えとしても通じる答え。
二人は当然イェーガーズを思っての答えと受け取り、
「そうね、結成されたばっかりのイェーガーズの悪い噂が広まったら困るものね」
「一般市民を拉致したエスデス将軍が率いるイェーガーズとか言われるのはマズイですよね」
三人は互いに視線を交え、頷き合うと、固く握手を交わした。
主水と二人の思惑は違えど、目的は一致したのだ。
(常識人の二人は上手く味方につけられたが、相手は常識が通じねえエスデスだ。まだ味方が必要になる)
主水の頭には他のイェーガーズの仲間4人が浮かぶ。
(セリューならいけるな。ランはいけそうだが、真意が読めんため少し怪しいか。クロメは……分からん。スタイリッシュは…論外だな)
主水はそのように考え、セリューとランを探しながら歩いたが、特殊警察会議室に着くまでに、その二人に会うことはなかった。
――――――
三人が宮殿の特殊警察会議室に帰りつくと、部屋にはイェーガーズの他の四人と、エスデス、椅子に鎖で拘束されたタツミの姿がそこにあった。
(皆はもう集まっていたのか…合わねえはずだ。さてどうするか)
主水が思案にくれると、主水に気づいたタツミが哀れをそそり、助けを求めるような視線で主水を見つめた。
(少し我慢していろ、自業自得だしな)
生きているタツミを見て、少々安堵を覚えた主水であったが、タツミの視線を一蹴した。
「というわけで、イェーガーズの補欠となるタツミだ」
「あの、市民をそのまま連れて来てしまうのはまずいと思うのですが」
「俺もそう思います」
ボルスの言葉に賛同するウェイブ。
「私もボルスとウェイブと同じに思います。市民にイェーガーズの悪印象を与えてしまうことを恐れます」
主水はボルスとウェイブに感謝しながら、タツミを助けるべく、エスデスを説得する。
「気にしなくてもいい。私は気にせん」
暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏、エスデスに響くことはなく、嬉しそうに微笑んでいる。決して黒い笑みではなく、乙女のような純真な笑み。
「いや気にする気にしないでは―――」
「大丈夫だ。暮らしに不自由はさせないさ。それに部隊の補欠にするだけじゃない…タツミは私の恋の相手になるんだ」
噛み合うようで噛み合わない会話。
主水、ボルス、ウェイブの三人は、エスデスを説得することを遂に諦めた。
(話にならねえな。他の方法を考えるか…)
「えーと、なんで首輪をさせているんですか?」
説得を諦めたウェイブが、別に疑問に思ったことを聞いた。
普通なら好きになった人に首輪をつける人など、余程変わった性癖を持つ者しかいないからだ。
「愛しくなったから、無意識にカチャリと」
歪んだ性癖を持っていた…
「ペットではなく正式な恋人にしたいならば違いを明らかにすべく、外されたほうが良いのでは?」
ランの助言にエスデスは耳を傾けると、僅に思案にくれた後頷き、
「確かに言う通りだ。外そう…」
タツミの首輪を外した。
ウェイブと主水は黙って呆れるばかりであった。
「そう言えばこのメンバーの中で、恋人がいたり、結婚している者は?」
首輪を仕舞いながら、エスデスは、視線をイェーガーズのメンバーに向ける。
スッと一人の手が上がる。
それは誰もが予想だにしていなかったボルスであった。
皆の顔が驚きに変わるが、主水は然程驚くこともなかった。
(関わってみりゃあ分かるが、ボルスは見た目さえ気にしなけりゃまともだしな。いても可笑しくないだろ。まあ俺にもカカァがいたが、この世界じゃねえし、目立ちたくもねえから黙っておくか)
主水は照れながら、「結婚六年目なの」や、「私にはもったないほどの、すばらしい妻なの」、とのろけるボルスから視線を床に反らし、状況の整理を始める。
(危機的状況かと思ったが、タツミがナイトレイドとばれた訳でもねえし、命の危険もなさそうで、一安心だ。いや視点を変えるとナイトレイドにプラスに働くかもしれねえ。恋に溺れたエスデスの戦闘力は落ち、俺への拷問も影を潜めるだろうからな)
自分の願望交じりの思考にくれていると、不意に扉が開かれ、イェーガーズの初仕事が舞い込むのだった。