主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第33話

 すでに黄昏時を過ぎ、宵闇が辺りを侵食する刻限になっていた。

 しかし、山間に佇む盗賊団のアジトは夜の安らぎなど無く、地獄の様相を描き出していた。

 膾切りにされ、肉片と化した門番、たった一発の拳による打撃で崩壊した門、頭を撃ち抜かれながらも、何か神々しい者を見たかのように安らいだ表情で生き絶えた盗賊の一団、時刻を夕方と錯覚するほどに、天まで燃やす程の勢いで、闇を照らし払い、盗賊団のアジトと盗賊の残党を、容赦なく燃やす地獄の猛火。

 これほどの惨状をたった数人のイェーガーズが、ほんの僅かな時間で成し遂げてしまったのである。

 その光景を一望できる丘の上で、唖然とした表情で見つめるタツミと、アジトを燃やす炎のように頬を染め、タツミを見つめるエスデスの姿がそこにあった。

 目の前でまざまざと見せつけられた、これから敵となるイェーガーズの力の一端、囚われの身にあるタツミに焦りを植え付ける。

 それとは別の場では、何をするでもなく、ブラブラと辺りをぶらつく主水の姿が。

 他のイェーガーズの面々とは違い、どこか場違いな雰囲気を醸し出していた。

 何故か?それは、今回のイェーガーズの初仕事の打ち合わせによって決まったことが問題となっている。

◆◇◆◇◆◇

 ボルスのノロケにより、和気藹々とした雰囲気をぶち壊すように扉が開かれた。

「エスデス様!ご命令にあったギョガン湖周辺の調査が終わりました」

敬礼しながら兵士が情報を伝えると、エスデスはうっすらと口許を緩めた。

「フフフ……丁度いいタイミングだな。お前たち初の大きな仕事だぞ」

イェーガーズの面々は「仕事」という一言により、雰囲気がガラリと変わり、ピリピリと緊張したものとなる。しかし、皆の顔には何か余裕を感じさせるものがある。

いままで成し遂げてきた実績からだろう。

――――――

 エスデスは一枚の地図を皆に見えるように机に広げる。

「ここがギョガン湖だ。お前たちはギョガン湖に山賊の砦が出来たのは知っているな」

エスデスが地図の中心部を指しながら、視線を一周させる。

「もちろん知っています。帝都近郊における悪人たちの駆け込み寺ですね」

警備隊でも何度か話題に上がっていた案件の為、知っていたセリューが答える。

少し苦々しげな表情をしているのは、ギョガン湖の山賊は凶悪な極悪人が多く、警備隊の時には、危険度が高く、手を出せなかった苦い思い出があったからである。

「そうだ。今は居場所が分からないナイトレイドなどは後回しにし、居場所が分かっている敵から潰していく」

エスデスの眼孔の鋭さが増す。

「敵が降伏してきた場合はどうしますか隊長?」

「降伏は弱者の行為…この世は弱肉強食、弱者が淘汰されるのは世の常だ」

エスデスの冷たい声が響く。

しかし、皆は反論などすることもなく、静かに頷いた。軍の中では上官の言うことが絶対である。

(ドSらしい考えだぜ…)

「出陣する前に皆の覚悟を聞いておきたい」

つまり、これからは命令次第で、手を血に染めていく覚悟ができているかを確かめようとしているのだ。

「私は軍人です。命令に従うまでです。このお仕事だって…誰かがやらなくちゃいけないことだから…」

優しさを持っているからこそのボルスの発言。

誰かにさせるぐらいなら自分が嫌なことは引き受ける!という覚悟が感じられる。

「悪人を殺す覚悟はできています。ただ悪人の程度によりますが」

(イェーガーズに入る時には心配だったが、大丈夫そうか…)

未だに一抹の不安はあるが、ある程度安心できるセリューの宣言であった。

「私は命令を粛々と実行するのみ…今までずっとそうだった」

幼い容姿とは真反対な重みのある発言。

クロメの歩んできたこれまでの人生が過酷であったことが伺える。

「俺は…大恩人が海軍にいるんです…その人に恩返し出来るかって聞いたら、国の為に頑張って働いてくれればそれでいいって言ってくれたんです。だから俺はやります!恩を返すために、命を懸けてでも」

ウェイブにも強い思いや覚悟があった。

普段の人当たりのいい好青年とは別の顔がそこで見えた。

「私はとある願いを叶えるために出世しなくてはならないのです。その為に手柄を立てないといけないので、やる気に満ち溢れています」

そこに普段の天使のようなランはいなかった。

すでに悪魔のような笑みに一変していたのだ。

ランにここまでの変化を与える程の何かがあり、余程の強い願望があるのだろう。

「Drはどうだ」

ニヤニヤしているだけのスタイリッシュの覚悟を問うべく、エスデスは話を振った。

「アタシの行動原理は」瞑っていた瞳をカッと見開き、

「スタイリッシュの追及!!」

力強く宣言した。

皆は呆然と見守るだけ。

さらにスタイリッシュの世界が続く。

「かつてエスデス様の戦いを見た時に思ったの」

片手を額に当て、

「あまりに強く、気高く、あまりに残酷、ああぁ……神はいたのねと!!」

両手を広げ、天井を仰ぎ見、

「そのスタイリッシュさ!ぜひアタシは勉強したいのです」

スタイリッシュは白衣を何度も翻し、舞を舞いながら胸中を告白し、遂には床に膝まずいていた。

スタイリッシュについては言うことはないだろう。

(ついに俺の番か…だが命が懸かっていようが俺は趣旨を変えることはねえ!)

強い覚悟を持ち、一歩前に出た時だった。

「中村お前はいい」

「えっ!?」

予想外の反応に、気が抜ける。

「お前の強い意志は以前甘味処で聞いた」

「甘味処!」

いち早く反応したのは主水でなくクロメだった。

甘い物好きの反応は凄いものがある。

「フフフ、今度は皆で行こう」

「はい!」

優しい笑顔に、優しげな声でクロメに話すエスデス。クロメも今まで無表情であったことが嘘のように、満面の笑顔で返事を返した。

このやり取りだけを見れば、素晴らしい上司と部下のやり取りである。

「話を戻すが、中村の意志だけではなく、帝具も殺すことができないものらしいしな」

エスデスの言葉を聞いたメンバーは、ここで主水の帝具は『スペクテッド』のような補助専用の帝具だろうと、予想をつけた。

「だからといって、お前もイェーガーズの一員なのだから働いてもらう。イェーガーズの中でも何よりも一番重要な仕事をな」

(一番重要な仕事?)

さすがの主水にも緊張が走る。悪人の殺害より重要な仕事だと言うのだから当然である。しかも言っているのがエスデスという。

「ああ、私の趣味……もとい、これからの帝国の為に敵の捕縛をしてもらいたい。無傷でな。お前なら容易いことだろう」

(自分の快楽の為に、直ぐには死なない傷のない実験台が欲しいということか…)

なんとなくワクワクしたようなエスデスに対して、「分かりました」と主水は一言だけ返した。

「では、行くぞ。イェーガーズの初仕事だ!」

◇◆◇◆◇◆

ということがあり、今に至る。

(ほとんど死んでて、ピンピンしているやつなんて、いねえじゃねえか)

半壊し、燃え盛っているアジトの中を歩く主水。

エスデスに求められた、拷問用の盗賊を探していたのだが、どれもこれも死体ばかりだった。

(見つからなかったらまた俺がエスデスの拷問を受けなくちゃならねえのか…)

エスデスの嬉々とした顔が脳裏に浮かぶと、ブルブルと身震いをした後に、辟易とした表情で歩きだした。

その刹那、音もなく主水の真上から大剣が振り下ろされた。

舞った砂埃が収まると、そこには陥没した地面のみで、主水の姿は何処にもなかった。

「良かったぜ。今まで相当悪どいことをしてきた野郎でな。俺も任務を果たすことができたぜ」

「!!」

大剣を振り下ろした盗賊は力無く地面に倒れた。

盗賊の背後には、抜き放たれた帝具アレスターを携えた主水がいた。

◆◇◆◇◆◇

 仕事を終え、宮殿に帰りついた後に、イェーガーズは散開し、主水とウェイブは下弦の月が照らし出す夜道を、帰宅の途についていた。

「初仕事やっと終わったな」

「終わりましたね。俺はあまり役に立てませんでしたけど」

頭を掻きながらウェイブは苦笑いを浮かべる。

「でも主水さんは凄いですね。無傷で盗賊を捕らえるなんて」

「そんなことはねえよ。運が良かっただけさ」

帝具の能力はいずれ明るみに出ることもあるかもしれないが、それまでは、自ら率先して話すことはしない。気心が知れた相手でもだ。

仕事人にとっては、些細なことでも自分だけでなく、仲間も危険にさらす、つまり自ら首を絞めることになることもあるからだ。

その後も笑いながら雑談をし、別れ道に来る。

「じゃあ俺の家はこっちなんで、失礼します」

「ああ、おやすみな」

ウェイブと別れた主水は、自らの足でラバックの貸本屋に向かった。

「ラバックいねえか?」声を潜めて、軽くノックする。

「今開けるよ」

扉が開けられ、地下のナイトレイドのアジトに通された。

「タツミは今のところ命は大丈夫だ。というか命の危険どころじゃねえ問題になっている」

主水深くため息を一回つくと、ラバックにことの成り行きを全て話した。

「マジかよ!本当にタツミは年上キラーだな…」

「年上キラー?」

「ああ、主水の旦那は知らなかったっけ、タツミの野郎、年上に好かれるってことでボスが言っていたんだ」

苛立たしげにラバックは話す。女好きなラバックからすると、腹立たしくてしょうがないらしい。男の嫉妬である。

「そうだな。その年上キラーが災いしたな。で、そういうことだから、命は大丈夫だ。俺は隙ができしだいタツミを逃がす。それまでは静かにしとくようにボス代行のアカメに言っといてくれ。多分心配しているだろうしな」

「ああ、分かった」

ラバックの表情は緩む。ラバックもタツミのことを心配していたことが窺えた。

「ああ、それと」

主水の真剣な表情が崩れ、何か暗いものが浮かぶ。

「この件が片付いたら、おめえとレオーネ、張本人のタツミとみっちり話すことがあるからな。覚悟しとけよ」

「お、覚えてたのね……」

床に膝をつくラバックを見ながら、主水は不敵な笑みを浮かべるとアジトを去っていった。

 


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