主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第35話

 校庭のグラウンドがまるごと入るのではないかと思われる程の巨大な鍋。

なみなみと灌がれた水からは、白い靄が立ち上ぼり、所々薄い氷が水面に張り、氷の塊が浮かんでもいる。

 鍋の下から見上げるように佇む表情を無くしたエスデスが、片手を上げると、幾多の重りを体に結び付けられた、半裸の男が、瞳に涙を浮かべてクロメによって連れられてきた。

そのまま促されるままに、鍋の上部にいたる階段を上らされる。

憐れで悲哀に満ちたその男、ウェイブを見ても、エスデスの表情は変わらない。

「やれ」

抑揚の無い声で刑罰の実行の命令がとぶ。

「えい」

「うわああぁぁ!!」

クロメに背中を蹴られ、ウェイブは鍋の中に没した。

「寒!!おぼで…!!」

人間が耐えるには厳し過ぎる水温は、ウェイブの体に痛みとして苦しみを与え、水練達者な海の男でも音をあげる程の重りは、ウェイブをもってしても、水中での自由を奪い、鍋の底に引きずりこもうとする。

「ウェイブ、今日一日そこで頭を冷やし、深く反省しろ!今回はこのような温いお遊びで許してやるが―――次回はないと思え!!」

エスデスの周囲が白く凍りつく。

底冷えする程の威圧感溢れる声でエスデスは最後通帳を言い渡す。

愛するタツミを逃がしてしまったことが、エスデスの逆鱗にもろに触れてしまったのだ。

(やはりこうなっちまったか……すまねえなウェイブ)

絶え間なく辺りに響く、もがくウェイブがたてる水音と、水の冷たさからくる断末魔を聞きながら、この状況を作り出してしまった張本人の主水は、心の中でウェイブに深く謝罪した。

「ウェイブ以外のイェーガーズは至急会議室に集合しろ」

エスデスのその一言で拷問の執行を見届けたイェーガーズの面々が会議室に集合した。

――――――

「Drはどうしたんだ?」

エスデスは集まったイェーガーズの面々に視線を巡らすと、この場にいないスタイリッシュについて尋ねた。

「Drスタイリッシュは朝から姿を見ていません」

セリューが代表で答え、エスデスはその答えを元に視線を巡らすと、皆一様に頷いた。

(スタイリッシュが居たのを知っているのは俺だけか……)

主水は皆と同じように頷いてはおいたが、朝スタイリッシュがいたことを思い出していた。

(……まずいことになってるかもしれねえな…ヤツもエスデス達の話を聞いていた…もしかしたらヤツもタツミについて疑いを持っていて、フェクマまでついてきたのかもしれん。気配は感じなかったが…)

逃げたタツミを追い、ナイトレイドのアジトを発見されるという、一番最悪の想像が頭に浮かぶ。

「Drが単独行動をするのは今に始まったことではないか。では、Dr抜きで始めよう。今回集まってもらったのは逃げたタツミを捜索するのが目的だ」

ウェイブが逃がしたタツミを探し、連れ帰ることをイェーガーズの仕事とするということのようだ。

私物化や、職権乱用にも思われるが、イェーガーズのリーダーのエスデスが命じた瞬間それが公式の仕事となる。

「タツミがいなくなったのはフェクマだ。故に皆にはフェクマで捜索にあたってもらう。ボルス、中村、セリュー、クロメはフェクマで捜索、ランは私と共にここで待機だ」

指示が出されると共に、イェーガーズの面々は席を立ち、即座に行動に移った。

◇◆◇◆◇◆

 切り立った岩山が立ち並ぶフェイクマウンテンに再び主水は訪れた。

辺りはすっかり日が暮れ、朝とはその様相は一変していた。

まさか一日に二度来ることになろうとはと考えていると、

「私とクロメちゃんで東側を捜すから、主水君とセリューちゃんは西側をお願いね」

一番の年長者であるボルスの指示を受け、捜索に向かう。

この組分けにしたのは、普段から主水とセリューが、仲良くしていたことを鑑みてのことだろう。

ボルスだからこそできる心配りの行き届いた指示である。

「タツミ君とDrを捜しに行こ主水君!」

「分かりました」

口ではそのように答えるが、頭の中では、このままセリューと共に深々と捜索にあたることは危険ではないか?という葛藤が渦巻いていた。

 険しく切り立った岩場を抜けると、それまでになかった深緑の深い森に行き当たる。

(まずいなこれ以上進むとナイトレイドのアジトにたどり着いちまう)

段々とデッドラインに近づきつつあることに、主水は焦りを感じる。

「セリューさん危険種のレベルが上がる、こんな夜更けにこの森に入るのは危険です。迂回するか、ボルスさん達がタツミを見つけているかもしれないので、一度戻りませんか?」

なんとかこれ以上先に進むことを阻止しようと苦心する主水。

しかし、セリューそんな主水の苦労を露知らず、微笑を浮かべると、

「私の勘なんだけど、この先が怪しいと思うの。それに、私にはこれがあるから大丈夫」

セリューは月光に照らされて虹色に光るガントレットを主水に見せる。

「それは?」

「これはね、Drが私の為に作ってくれた五つの属性を持ったガントレットなんだ。帝具や臣具程の力はないけれど、そこら辺の腕がいい鍛冶師さんが作る武器よりよっぽど強いんだよ」

Drスタイリッシュの力作を誇るように、満月にかざすと、虹色の光が一層輝きを増した。

だからといって主水も折れる訳にはいかなかった。これ以上セリューをアジトに近づけないためにも。

 しかし、その努力も無為に終わる。

森を隔てた奥の方から、轟音が轟き、空には巨大な飛行物体が地面に影を作りながら、旋回しているのが目に入った。

(あれは特級危険種のエアマンタ…何処かで見た覚えが…)

主水がその姿を見て瞬巡していると、隣にいたはずのセリューが、迷いなく走り出していた。

「嫌な予感がする……行こ主水君!」

(俺はもっと嫌な予感がするぜ)

今日一番に顔をしかめ、セリューの後を追い走り出した。

 二人は森の悪路や、行く手を遮るように深く生え繁る植物も物ともせずに、突き進んだ。

森の出口に近づくと、辺りが一望できる岡の上の広場が見えてきた。

 そして、そこに居たのは、二~三人の側近(耳がデカイ女と目や鼻が大きい男)を連れ、逃げ惑うスタイリッシュと、和装を身に纏い、頭部に角を生やし、巨大な槍とも金槌とも判断がつかない得物を携えた、見たことがない男がいた。

また、丘の下には、苦しそうに地面に横たわるナイトレイドのメンバーが。

(ナイトレイドの方が旗色は悪いな。それとあの男は新しいナイトレイドのメンバーか)

主水が鋭い視線を男に向けていると、追い込まれたスタイリッシュは白衣の裾から、注射器のような物を取り出した。

「あ、あれはダメDr!!」

セリューはスタイリッシュの持つ注射器を一目見ると、顔色を変え走り出した。

「チッどうにでもなれ」

主水は非常時にと用意しておいた、黒いローブを目深に被ると、セリューを追って走り出した。

「終わりだ」

男は巨大な得物を振り上げ、スタイリッシュを圧殺しようと降り下ろす。

「大事な人を殺させはしない!!」

横から割って入ったセリューが虹色に輝くガントレットで、得物の腹を打つと、爆炎を上げ、得物は弾かれ、携えていた男も共に吹き飛んだ。

「えっ!セリュー?」

スタイリッシュは注射を打とうとする手を止め、突然現れた自分の味方を見て目を白黒させている。

「スタイリッシュ、引き時だ」

スタイリッシュの傍らに、黒いローブを目深に被った主水が現れると、スタイリッシュに撤退を促す。

「どうしてあなたたちがここに?」

「お前を助けるためだよ。仲間としてな」

(なんで口から出任せを言わなくちゃならないんだ…まあ仲間の劣勢を覆すためにも、そのうえまだコイツには利用価値がある。しょうがないか…)

「あたしが仲間…」

スタイリッシュが普段言われなれていない言葉。スタイリッシュの周りには損得勘定のみの人間関係しかなかった。

何か反芻するように惚けたスタイリッシュは呟く。

「お前をセリューは大事だと思っているんだ。その思いを無駄にするんじゃねえ!」

「……分かったわ…」

スタイリッシュは観念したように頷くと、撤退を始める。

「逃がすか!」

男は吹き飛ばされた場で、瞬時に立ち上がると、撤退するスタイリッシュに向かって地面を蹴った。

蹴られた地面は深々と抉れ、男は突風を巻き起こしながらスタイリッシュに向かう。

セリューは男の前に躍り出るが、男は気にする素振りもなく、突進する勢いに任せ、得物を突き出す。

セリューは得物の下に身を屈め潜り込むと、ガントレットを頭上を過ぎ去る得物の下に添え、ガントレットを滑らせ得物の軌道を上方変える。そして、そのままガントレットと得物が接する箇所から火花を撒き散らしながら前進し、懐に入り込むと、空いている拳で打ち抜くように鳩尾に一撃を加える。

電撃を纏ったガントレットが螺旋の渦を描きながら男の鳩尾にヒットすると、男の腹に巨大な穴が穿たれた。

しかし、男は表情を変えない。

セリューの表情に困惑の色が浮かぶ。

すると男の腹に空いた巨大な穴が瞬時に再生された。

(まさかコロと同じ生物型帝具!)

驚きから一瞬の隙ができたセリューを、圧殺しようと、力任せに得物に力を込めた。

「ぐっ…」

セリューは放った拳を引き、上から押し付けられる得物を腕を交差し、守りを固める。

しかし、男の力は想像以上に強く、セリューの足が地面にめり込む。

「ガアッッ!」

主を守るべくコロが男に襲い掛かる、男は横目にコロの動きを捉えると、スッとバックステップを踏みコロをかわす。

「セリュー!」

主水がセリューに向かおうとするが

「先に行ってて…Drをお願い…私はDrの為にもう少し足止めするから」

「……分かった」

苦渋の判断に顔をしかめがらも、セリューの思いを受け止め、血の滲む拳を握りしめて、主水はスタイリッシュ共々セリューを殿に残し撤退した。

 

 

 

 

 


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